風に吹かれてユルユラリ
秘めし花園、至上の愉悦♪
風の申し子、此処に有り!!
【風影】サルトビW
前衛系のステータス、即ち
分かり易い例として挙げるなら〈
即ち、現在の【双槍姫】ラピネ・ルピはステータスだけなら古代伝説級〈UBM〉に等しい人型の怪物。
それも単なるステータスだけの存在では無く、そこに歴代の【
凄まじい刺突の嵐がトラペゾンに襲いくる。
余波だけで空気を引き裂く程の槍技を必殺スキルで更に高めたラピネの攻撃はトラペゾンに防げるものでは無い。
そう、
トラペゾンの約三倍のステータスを得た事でラピネは圧倒出来ると思っていた、思っていたが……実際にはトラペゾンはその攻撃を捌いている。
「へぇ……流石ね!どういうカラクリかは知らないけど、必殺スキルを使ったアタシの攻撃を防げるなんて流石〈超級〉!大体、普通の〈マスター〉なら三合もしない内に穴空きチーズになるのに♪」
ラピネは純粋に驚いていた。
ラピネ自身も必殺スキルを使用するまでは三倍のステータスを誇るトラペゾンの槍を自身の槍で防いでみせたが、あれは槍に精通しているからこそ出来た芸当だ。
その証拠に長剣と斧に切り替えたトラペゾンにあっという間に崩されて滅多斬りにされている。
最もラピネ自身もあの時は本気を出してた訳では無いが。
しかし、今のトラペゾンは逆の立場になっても容易に崩され無い。
急所部分をしっかりと守り、体幹を保ち防御重視とは言えラピネの攻撃を防ぎ切っている。
これはひとえにトラペゾンの技量とスキルが為せる技であった。
リアルでも同じ事であるが、達人同士の戦闘は熟練する程に陣取りゲームの様な様相を示してくる。
即ち、相手の間合いを制圧し、如何に自身の間合いを通すかである。
ラピネの武器である双槍は長物、つまりは長リーチ武器である。
遠間において最大の威力を発揮する武器であり、トラペゾンの持つ長剣と手斧より遥かに長いリーチで攻撃出来るが、その分近接における取り回しの分は悪い。
その為に必殺スキル使用前のラピネは切り刻まれたのだが、今のステータスを持つラピネにはもはや通用しない。
ラピネ自身も自身の苦手な距離には絶対に近寄らせない様に槍を
それに対してトラペゾンは自身に近い間合いの制圧を完璧にしている。
長剣の刃は勿論、鍔、柄まで使い切って上手くラピネの槍を手斧との連携でいなしている。
普通は前衛系ステータス三種が三倍も違えば絶望的であるのに、その不利を凌いでいるのだ。
攻勢に移る隙は無いが、崩れる心配も無い。
この絶技が成立している理由はトラペゾンの
トラペゾンが右手で振るう伝説級特典武具【
剣技に長けた〈竜王〉の力が宿るこの剣は高品質な剣であり〈上級エンブリオ〉のアームズ系列にも劣らない。
そして、特典武具としての固有スキルも剣技に関するものである。
その名は《
装備者の〈剣術〉スキルのレベルを相手が人間範疇生物の場合に限り跳ね上げる力。
モンスターが相手である場合には何の役にも立たないスキルであるが、今の相手は準〈超級〉の〈マスター〉。
これにより元より優れた剣技を持つトラペゾンの〈剣術〉スキルのレベルは【
そして、左手に持つは逸話級特典武具【
巨大な斧の如き異様を持つ角で地形を破壊する暴力を振るっていた〈竜王〉【
武器としての質は【ドラグソード】にやや劣るが、強度だけならそれ以上。
そして固有スキルは使い方によってはその等級を遥かに超えた有用性を示す。
その固有スキル《
その力はいわゆる
間断なく攻撃を放つ事によりその攻撃力を高める斧は超ステータスを持つラピネの槍撃を真っ向から跳ね返していた。
この二つの特典武具に《フレキシブル・ワーム》を利用した瞬間ステータス上昇を合わせたスキル使用によりトラペゾンはラピネの槍術を正面から受け止める事を可能にしていた。
そして、トラペゾンの読みの力。
<Infinite Dendrogram>ではリアルにおけるセンスも発揮される。
料理や芸術、そして
トラペゾンはラピネの攻撃を精密に読んでいた。
自身の肉体特性である全身感覚でラピネのあらゆる動作からその次の動きを先読みする力。
ラピネ自身の技量の高さも災いしていた事が大きい。
その動作は流麗であり、無駄が無い。
しかし、裏を返せば合理的過ぎて遊びが無く、その攻撃は一つ一つがトラペゾンの隙や急所を無駄なく狙って来る。
それ故に読み易いのだ。
しかし、それは無理からぬ事。
ラピネはリアルにおいては槍など振るった事は無い。
超技巧を持っていながらも、それは<Infinite Dendrogram>をプレイし始めた事で初めて開花した素質だったのだ。
リアルにおいて武術をやった事の無いラピネは自身の欠点に気付けない、気付かない。
そもそも戦闘において必殺スキルを使わせるような相手は稀だった事も不幸だったのかも知れない。
大抵の相手は前衛系戦闘超級職であるステータスの暴威と一定時間無敵の〈エンブリオ〉と慮外の槍技により瞬く間に光の塵と化してきたのだから。
それでも理屈の上では可能であってもトラペゾンの先読み技能は超常の域にあって普通は不可能なレベルである。
しかし、<Infinite Dendrogram>内には同じ様な事が可能な怪物は〈超級〉にそれなりに居た。
アルター王国〈三巨頭〉の一人【
それは相手の攻撃を圧倒的な読みのセンスによりAGIに劣っていても攻撃を先読みして、自身の常軌を逸した超
その根幹を為すのは【破壊王】の奥義、《
自身の攻撃力以下の耐久力の破壊不能対象を破壊するスキル。
これにより、液体や気体など通常破壊することのできないものさえも破壊できる。
《物理攻撃無効》などのスキル、『概念』や『法則』であっても、攻撃力がそのスキル等の強度を上回れば物理攻撃で“破壊”が可能となる破格のスキル。
【
そう……、その気になればラピネを遥かに上回るレベルであるトラペゾンは奥義の使用で難なく彼女を撃破するのは可能であった。
それをしないのは〈超級〉であるが故の余裕等では無い。
当たり前の話ではあるが、自身の情報が漏れると言う事は戦闘においては死活問題である。
強者程、自身の手札を明かさない。
明かしても問題無い手札しか見せない。
悪質な犯罪者では無いがレジェンダリアから指名手配を受けたトラペゾンはプレイヤーから狙われる事もある身。
まあ、今まさにその状況とも言えるが。
そんなトラペゾンが最低限の情報を見せた上で対応しようと言うのはある意味間違ってはいなかった。
実際にそれでラピネの猛攻を凌いでいるのだから。
しかし、トラペゾンは現状は
◇◆◇
トラペゾンの防御の硬さにラピネは舌を巻く。
そして、その意図もラピネは予想していた。
ラピネの必殺スキルが時限制だと見極めた上で耐久戦に移行したと見える。
確かにラピネの必殺スキルは10分間しか持たないが、その間を凌ぎ切るのは些か博打に過ぎる様にラピネには見えたが……、敢えてそれに乗る事にした。
一対一なら有効だったろうが、今回の決闘は団体戦。
良くも悪くも味方や敵の存在がその均衡を打ち破る可能性が高い。
そしてラピネもまだ
必殺スキルによりステータスこそ上がったものの特典武具の固有スキルも使っておらず、【双槍姫】の奥義も開示していない。
使わないのは余裕もある、あるが……、大半は目的の為だ。
ラピネはトラペゾンとの白兵戦を余さず舐め尽くす様に味わいたいのだ。
一般的にマゾが責めをする場合には下手なサドよりも遥かに苛烈になると言う。
それは受ける側としてどれだけの責めなら耐えられるかを正確に把握しているからだと言う。
ラピネもその性質そのままにトラペゾンを責め立てる。
その力をもって存分に味わう為に……。
トラペゾンへの攻勢を絶やさぬままに、ラピネは事態の変化を待つ事にした。
◇◆◇
アールは無言で無数の短剣を放つ。
両手で投げられる数を優に超えている数多の投刃がサルトビWとモアドープに襲い掛かるが……。
「ござるっ!!」
「フッ!シイィィッ!!」
サルトビWは無数の手裏剣と苦無で迎撃し、モアドープは無数のペティナイフやテーブルナイフで迎撃してアールの投げた刃を全て撃ち落としていた。
「チッ……!」
(厄介っスねぇ……あの二人!!」
攻撃を迎撃された事に舌打ちしながらアールは内心で敵の実力に文句を言う。
アールの攻撃面リソースの大部分を司っている【投刃姫】は戦闘もこなせる芸人系統投刃師派生超級職であり、そのステータスの伸びは本職の戦闘型超級職に比べて些か劣るものである。
アールの〈エンブリオ〉である【征跳天 シャンバラ】が属するTYPE:アポストルというカテゴリーは共通で
〈エンブリオ〉が〈マスター〉のレベルアップの際に掛けるステータスの上昇補正を一切出来ないのだ。
TYPE:ボディのマイナス補正に比べれば遥かにマシではあるが、一般的な〈エンブリオ〉を持つ〈マスター〉とステータス勝負をするには些か分が悪い。
超級職と〈エンブリオ〉の特性の為にアールのステータスはAGIを除けば、上級職の高ステータス補正〈エンブリオ〉持ち〈マスター〉と同程度か若干劣る程度しか無いのだ。
それが何を意味するか?
それこそは先程の結果に繋がる要因だ。
《投擲》スキルレベルEXで投げナイフに強力な威力と精度補正こそ掛かっているが、【風影】が持つ高いAGIと同系の高い《投擲》スキルによって防がれ、前衛で無い癖に何故かステータスがある【中毒王】モアドープの高いSTRとAGIによって無理矢理迎撃されてしまった。
【投刃姫】の奥義ならあるいは倒せたかも知れないが、敵味方無差別の範囲殲滅系スキルの為にトラペゾンが白兵戦をしている現在はとてもでは無いが使用出来ない。
トラペゾン自身が使用しろと言う指示を出さない限りはアールには使えない代物だ。
更にはトラペゾンの邪魔にならずにサポートをすると言う役割の関係上、アールが取れる位置は限られている。
それ故にアールの転移場所はある程度の目処を付けられてしまっている為に易々と防がれてしまうのだ。
トラペゾンを有利にする為に相手側の戦力を削りたいアールは空中を自在に飛び廻りながらも、もどかしい思いをしていた。
しかし、そう言った思いを抱いているのは当のアールだけでは無かった。
(厄介でござるな!あの娘!)
(オーウ!このままじゃあ、手一杯だよぅ!!)
アールと同じくサルトビWとモアドープも内心で困っていた。
自由自在に空間移動してアンブッシュ&エスケープを繰り返すアールの存在は放っておけない。
空間を自在に移動し、何処からでも強力な遠距離物理攻撃を放ってくる彼女をフリーにする事はこちら側の作戦を破綻させかねないからだ。
しかし、その速度と奇襲力に対応するのはAGI型で無ければ無理である。
アールの方から攻める場合には攻撃タイミング&攻撃or跳躍を行う2ステップで足りるが、サルトビWとモアドープからはアールの移動タイミング、移動後の位置確認、迎撃の3ステップを行わなければいけないからだ。
手番の
遠距離攻撃するだけならラーフララとギストリーも可能であるがAGI型で無い為に即座に反応、対応する事が出来ない。
結果としてアールに対抗する為にはサルトビWとモアドープは揃って互いにカバーし合わなければならない事となる。
アールは文句を言っていたが、結果だけ見れば一人で二人を封殺している為に充分仕事をしているのだ。
ギストリーは事態の打開の為に必死に考えていた。
当初の予定であるアールに対する速攻は見事に失敗。
ラピネは当初の予定通りに【正義魔王】の足止めに成功したばかりか自身の必勝パターンに巻き込んでいる。
あちらは安心だろう。
ギストリーとしては予想外の伏兵であったアールへの対応をすれば良い。
しかし、それをするのには思考の為に哲学者系統上級職【
これは自身が動けなくなると言う戦闘における多大なデメリットと引き換えに思考速度を10倍に引き上げるスキルだ。
自動砲台の〈エンブリオ〉が攻守を担っている為にギストリーには然程のデメリットにはならないが、防御は間違い無く下がる為にカバーしてもらわなければならない。
ギストリーはサルトビWに目配せする。
それを受けたサルトビWは事前の取り決め通りに動く事にする。
それは、アールに対する囮。
「先程から熱い
アールの攻撃は確かにサルトビWを最も多く狙っていた。
その意図をサルトビWも理解する。
広域殲滅能力を持つ自分を優先して始末したいのは明白だからだ。
サルトビWもアールの立場なら同じ事を狙うだろう。
それを逆手に取り、あからさまな挑発をしたのだ。
「……アァ?」
そして、その挑発は見事にハマった。
真顔になりブチ切れたアールはサルトビWを先程までよりも遥かに苛烈に責め立てる。
サルトビWはそれを必死に凌ぐ。
内石は超ビビりながら。
(超コエーでござるぅぅぅ!!ギストリー殿!早くしてぇぇぇ!!)
サルトビWの涙ぐましい努力を理解してギストリーは自身のスキルを発動する。
(待ってろよ、サルトビ!何とか穴を見付ける!)
【哲人】の奥義、その名も《
スキルの使用と同時にギストリーの思考速度が十倍化されて世界の流れが遅く感じる。
実際には思考速度の強化による影響であって時間が引き伸ばされている訳では無いが、ギストリー自身の感覚はそう認識する。
あくまで思考速度が強化されるだけであり、高AGI型が持つ反応速度等は無い為に行動を見切る事が出来るわけでは無い。
その証拠にAGI強化中のギストリーをしてラピネとトラペゾンの近接戦闘は国民的バトルアニメの超速戦闘の如くコマ送りの様に動きが目まぐるしく変わり、あまりの速度に何が起きてるか分からない戦闘の様なナニカにしか見えない。
(化け物共が!)
ギストリーは近くで行われる恐るべき戦闘を恐怖を抑え付け何とか無視して、自身の仕事に取り掛かる。
それは、アールの能力考察である。
アールの高AGIと移動に振り回されながらも、ギストリーはある疑問を抱いていた。
それは、アールが最も有効な場所……ギストリー達にとって最も居られたら困る位置に何故か転移して来ない事だ。
ギストリー達は互いをカバー出来る場所を維持はしているが、それは完璧な形では無い。
ギストリーやラーフララの様な非AGI型とサルトビWやモアドープの様なAGI型では速度差があり過ぎる為に有効なフォーメーションが取れないのである。
それ故にどうしても互いにフォローが難しい死角が幾つか出来ている。
ギストリー達も長い時間を掛けて練習等をすれば完璧な連携でフォロー可能であったかも知れないが、元々知り合いと言うだけで即席で組んだチームである為にそれも不可能だった。
それでも外部からの攻勢に関してはある程度は有効な位置取りをしていたが、それもアールに対しては無力だ。
何故ならアールの能力は空間転移。
フォーメーションの内側に難なく侵略して引っ掻き回すのを簡単にやってのける能力であるからだ。
ギストリー達がカバーし切れない場所や、同士討ちしかねない為に攻撃を躊躇する様な場所に転移して来て一方的に攻撃してたなら、とっくの昔に誰かは死んでいてもおかしく無い。
サルトビWへの攻撃を見るにわざわざ手加減するタイプにも見えない。
そして、空間転移の使い手である以上は自身のスキルを熟知している筈でありその手段を思い付かないともギストリーには思えない。
ならば何故?
ギストリーは予想立てる。
それは
加速する思考の中で【砲撃王】としての標的補足スキルを併用しながらアールの転移を見続けるギストリー。
距離や高さは変幻自在。
スキルの使用スパンもスキルの性能に比べたら遥かに短い。
魔法系スキルを始めとした強力なスキル程に準備に普通時間がかかるものなのに、それを踏み倒している理不尽にギストリーはアールに怒りさえ覚えた。
しかし、完全無欠のスキルなど存在しない事も知っている。
スキルは強力になれば成る程に消費、準備、条件、クールタイム等に何らかの制限が掛かるのだ。
少なくともギストリーはそれらの一切を無視したスキルなど知らない。
アールの転移能力は間違い無く〈エンブリオ〉が成立させている力である。
超級職の【跳躍姫】とのシナジーにより長距離、コスト低減、スパン低減を実現しているのであろうが何処かで歪みが出る筈なのだ。
その歪みがギストリーの違和感だとしたら?
(【跳躍姫】……、ジャンプスキル特化……、いや、待てよ。ジャンプは距離、高さに補正は出来る……
ギストリーはその何かしらの違和感の根拠を元にアールの移動を観察する。
【シキンコウコロ】に乗っているギストリーの高さは3メテル程。
その視界の広さは助けになる。
そして、数度の転移を見てギストリーの勘は確信に変わった。
ギストリーは叫ぶ。
「分かったぞ!!そいつの空間転移には隙がある!!距離と高さは自由に決めれるが方向だけはある決まった向きにしか飛んでない!!そいつの転移方向は恐らく最初の開始地点を中心に十六方向に区切った角度にしか飛べないんだ!」
叫ぶギストリーの声は当然アールにも聞こえる。
(バカそうな顔して賢いじゃない!!当たりっスよ!!まったくぅ!!間抜けな強盗野朗の癖に!)
アールは表情をポーカーフェイスで取り繕いながらも内心でギストリーを罵った。
ギストリーの考察は図星だったからである。
アールの【シャンバラ】は【跳躍姫】とのシナジーによって半径500メテルの範囲内ならアールを自由自在に飛ばせる……、訳では無い。
そもそも【シャンバラ】の転移範囲の基点はアールでは無い。
最初に基準地点となる場所からワールドを展開するのだが、見えざるマーカーの様な物を設置しなければならないのだ。
アールは〈センターサークル〉と呼んでいるが、その〈センターサークル〉を基点として半径500メテルの球状に展開されるのが【シャンバラ】のワールドとしての固有スキル《ワンダリング・ゾーン》である。
空間の性質としてはレジェンダリアの自然魔力によって生じる様々な魔法が発生する現象〈アクシデントサークル〉に近い。
空間自体に『極めて空間転移し易い』と言う性質を持たせているのだ。
そしてアールに付与されるルールとしての固有スキル《リバティー・アポート》によってアール自身を『空間転移する存在』として空間転移ならぬ空間跳躍を【跳躍姫】のスキルと合わせて極めて低コストで実現している。
しかし、この能力を成立させるにはある問題があった。
その問題とは【シャンバラ】は〈上級エンブリオ〉でしか無いと言う事である。
根本的に自由自在な空間転移をさせるには保有リソースが足りないのだ。
アポストルとして空間支配能力を持ち、ワールド・ルールとして空間転移を可能にしたがその演算能力はアールを空間転移させる事だけで手一杯なのだ。
高さと距離は【跳躍姫】の奥義で誤魔化せても方向だけはスキルの仕様に入って無い為にフォローのしようが無かったのだ。
TYPE:
〈上級エンブリオ〉に対して100倍のリソースを保有すると言う〈超級エンブリオ〉だったら方向も自由で問題無かったかも知れないが、言っても仕方の無い事である。
その結果としてワールド展開の初期地点から方角を十六分割した矢印にしか空間転移出来ないと言う問題が存在した。
その方角を変えるには一旦基点位置に戻って空間を張り直さなければいけないのだ。
【シャンバラ】はシンプルな能力だけに展開速度は速いがそれでも超音速戦闘中に展開し直す余裕が出来る程では無い。
アールもその方向の歪さを誤魔化す為に距離や高さを変えたり、転移以外にも自分で【エアロック】を利用してジャンプしたりと、欠点をなるべく気付かさない様にしていたがそれでも限界は有る。
その行動の歪さが故にギストリー達にとっての死角に転移出来ずにギストリーに能力の制限を見透かされる事になってしまったのだ。
ギストリーの考察を聞き、理解したサルトビWとモアドープは即座に対応する。
距離と高さは自在でも方角がある程度分かるなら余裕が出来る。
更には【シャンバラ】の展開基点より離れる距離位置に転移する程に場所も大雑把になる事も欠点として見抜いた。
「流石でござるなぁ!ギストリー殿!頭だけは〈超級〉クラスでござる♪」
「スゴイよ!ギストリーさん!!人間一つぐらいは取り柄あるネ!」
「お前ら!褒めてる様で俺をバカにしてるよな!?」
軽口を叩き合うギストリー達だったが、アールはそれを余裕で見ていられない。
(マズイ!!何とかしないと!!ボクの対応に余裕が出来たらトラペゾンさんに攻撃が向かう!)
焦るアールは生成したダガーを祈る様に舐める。
【ポワゾナス】はアールの舌に紋様を転写するシール原紙の様な特典武具だ。
特典武具として使い切りタイプでは無いが、一度使い切ると補充に丸3日は掛かる。
後数回で使用不可になる少ないチャンス。
デバフ付与をしたダガーをアールは祈る様に見て……、その刀身がドス黒く変わっている事に気付いて歓喜した。
(当たり引いたっス!!)
【ポワゾナス】は紋様に触れた刃にランダムで様々な状態異常デバフを付与するがその効果は様々であり状況にもよるが当たり、外れが存在する。
黒く塗れた刀身は大当たり。
刺された対象に【猛毒】、【麻痺】、【即死】、【衰弱】、【腐食】を付与する【ポワゾナス】の効果の中でも最大の殺傷力を持つ複合毒だ。
そのダガーを渾身の力でサルトビWに投げると同時にもう片方の手で無数のダガーをモアドープに散らす様にして投げる。
サルトビWはそのダガーを意識して反応して、既に回避体勢に移っている。
モアドープは無数に投げられたダガーを自身に直撃する軌道だけを上手く選り分けて捌いたが……。
自分の肩口に受けた衝撃に一瞬気を取られ、驚愕した。
そこには
「バ、バカな!?」
モアドープはアールがダガーを転移させる能力を隠し持っていたのかと疑った。
モアドープはサルトビWにそのダガーが超高速で向かうのを確かに見ていたのだ。
しかし、それは転移などでは無い。
アールの【シャンバラ】に物品を転移させる能力は無い。
アールとアールが装備しているアイテムだけが適用範囲だ。
今、起きた事をサルトビWは見ていた。
見ていたが信じられ無かった。
自分に向かって来ていたダガーを別方向から来たダガーが弾き飛ばしてモアドープの死角から刺さる様にしたのだ。
跳弾ならぬ跳刃。
いや、跳弾と言うのは普通は壁等に当たって跳ね返る弾を言うもの。
狙って起こせる様なものでは無い。
ましてや、超音速で飛んでるダガーをダガーで弾いて狙った場所に突き刺すなどはもはや人の業では無い。
それに第一、アールの両手は既に投擲で塞がっていた。
超音速のダガーに当てるには超音速のダガーを投げるしか無いが、それは何処から来た?
サルトビWは自身の目の前で起きた事実を信じられ無い。
そんなサルトビWとモアドープを尻目にアールは内心でガッツポーズしていた。
当然だがアールは狙ってやっている。
それは奇しくもトラペゾンがラピネと打ち合っている理由と同じく、センス、特典武具、スキルの複合技術である。
尋常ならざる先読みと、投擲技術でダガーをダガーで弾いて死角から当てる。
【熟練投刃師】の奥義、《トリック・スロー》によって角度を大幅に曲げた超音速ダガーが種の一つだ。
しかし、アールはそのダガーを投げる手を持っていない。
いなかった……、
アールの尾てい骨の辺りから見えざる手が生えている事を知る者は居ない。
逸話級特典武具【
使用者に見えざる手を、追加の装備枠を与える特典武具である。
【阿修羅王】の《修羅道戦架》と同じく念動力の如き力で装備を振るう……訳では無い。
それは実際に見えない外付けの手を与える能力。
トリッキーな動きを多用するアールの移動を文字通りに見えざる手として普段は支えている。
この腕はアールの意思で自由に動く上に装備の効果でSTR、AGI、
これによりアールはダガーをダガーで弾いてモアドープに刺すという絶技を可能としていた。
【ポワゾナス】の黒毒は特典武具由来の複合毒故に【快癒万能霊薬】でも解毒出来ない。
【即死】の効果は【救命のブローチ】によって防げても他の状態異常によって無力化され程無く死ぬ。
そんな状態のモアドープは……。
笑いながら、肩口に刺さったダガーを抜いた。
「オーウ、流石に驚いたヨ!ダガーの色から察するにとっておきの毒とかだったのかな?けど……狙う相手を間違えたねー。オレはもう
アールは驚かない。
予期していた事だ。
先程よりも前に放った毒ダガーを喰らった時もモアドープはケロりとしていた。
【
モアドープの就いている超級職だ。
その存在は朧気ながら知っていたが、近い存在を知っている。
〈超級〉アルブレヒト・グルーミーが就く【魔王】の一角、すなわち【
そして、アールの考察は当たっている。
【憂鬱魔王】は試作超級職。
ありとあらゆる
言わば状態異常耐性を持つ超級職の始祖である。
故に【中毒王】もその系譜であり、その力を色濃く残していた。
(成る程……【ポワゾナス】が効くのは望み薄っスね。ランダム付与で効果を高めているとは言え、耐性が高過ぎるとダメっスか)
必殺の一撃は防がれたが、その絶技はサルトビWとモアドープを更なる警戒させるに充分な仕事をしたのだが、アールは知る由もない。
一人と二人の超速戦闘は続く。
◇◆◇
一人と二人が拮抗している中、チーム前衛の要であるラピネは正直に言えばモチベーションが下がりつつあった。
(……まあ、強いけど……こんな程度なの?“不撓”)
第三者から見れば目まぐるしく攻防が入れ替わる高次の戦闘を行っているトラペゾンとラピネであったが、その激しさとは裏腹にラピネの内心は冷めつつあった。
レジェンダリアと言う国における〈マスター〉の傾向として直接戦闘よりも搦め手に秀でたスタイルが多い事が挙げられる。
例えば〈超級〉を例に挙げても───。
【超力士】バルク・ボルガンは戦闘スタイル自体はガチンコのプロレスだが、〈エンブリオ〉は相手の装備を強制解除する特殊なスキル特化。
【呪術王】LS・エルゴ・スムは様々な状態異常やデバフをばら撒くデバフ系状態異常スキル特化。
【忘却王】マイヤ・ソーティスは相手を変身させる特殊デバフやスキル封印等の状態変化スキル特化。
と直接的な破壊力に特化したタイプがいない。
国家所属とは言えないが〈超級〉犯罪者同盟〈デザイア〉も入れればそれなりの数にはなるのだが……。
(今見せてる能力では何の面白味も無い、典型的な近接武器型ね)
ラピネ自身は典型的な〈遊戯派〉の〈マスター〉ではあるが、自身の楽しみを真面目に追求している。
その過程において【超力士】や【鮮血帝】、果てにはレジェンダリア最強の〈超級〉と言われている【暴食魔王】にさえ挑んだ事はあるが、彼らが持つ理不尽な強さを【正義魔王】トラペゾンからは正直感じないのだ。
ステータスはそれなりにある。
戦闘関連のステータスALL三万は充分高い水準である。
しかし、【獣王】や【鮮血帝】のような破格のステータスを持つ化け物達と比べると明らかに低い。
技量は高い。
必殺スキルが上手く嵌ってステータスが強化されたラピネと接近戦でここまで長くやり合えた相手にはとんと覚えが無かった。
それでもラピネの槍捌きに【正義魔王】は何とか喰らいつくのがやっとだ。
実際には安全マージンを取っている為であるが、攻勢に移る余裕がある程では無い。
(万能性を突き詰めたタイプなのかしら?これだけの特典武具を持っているって事は色々な状況で戦える証査だと思うけど……、モンスターにしか効果が無い能力持ちって可能性もあるかな?)
楽しみは長く続けたいが、それでも限度はある。
ラピネは状況変化の起爆剤として特典武具のスキルを使用するか思案し始める。
が、それより先に別の角度からやって来た。
「《
ギストリーが必殺スキルを発声すると同時に超音速の砲弾がトラペゾンに向かって来た。
至近距離にいたラピネは超々音速に近い速度で余裕を持って飛び退いたがトラペゾンはそうはいかない。
着弾寸前のギリギリで何とか砲弾を躱して飛び退いた。
ギストリーの方を横目で睨むラピネ。
「ギスっち……アンタ、本当無粋な奴ね」
ラピネに睨まれたギストリーはビビりながらも釈明する。
「ラ、ラピネ!お前の目的は攻撃を受ける事だろ!?それまでは俺も邪魔しなかっただろ!?」
ギストリーの言葉は間違っていない。
ラピネ・ルピの目的は痛みを味わう為に攻撃を食らう事。
必殺スキル自体はオマケみたいなものである。
それでも、強化された能力を存分に振るって戦うのは目的とは別の快感をラピネに与えてくれる楽しみだ。
トラペゾンを是が非でも倒したいギストリーの立場は理解するがその空気の読めなさはどうかと思った。
しかし、ラピネはそれ程問題視はしない事にした。
どうせ、無駄だと思ったからだ。
その証拠にギストリーの必殺スキルはトラペゾンに躱され続けている。
自身を追尾してくる砲弾を見据えながらトラペゾンは思う。
(前回よりも遅い)
そして、それは事実である。
速度も遅いし、誘導も甘い為に前回の戦闘時に比べれば遥かに余裕を持って避けれるのだ。
ギストリーはそれを見て舌打ちするが困惑はしていない。
この状況を予期していたかのようだ。
(シキンコウコロ……紫金紅葫蘆か。西遊記の金角、銀角が持つ名乗った者を吸い込み、閉じ込める瓢箪型の宝貝の事。今回は以前に比べて遅いし誘導も甘い、恐らくは閉じ込める結界もそうだろうな。随分性能が落ちているが……、
トラペゾンの予想は当たっている。
ギストリーの〈上級エンブリオ〉【未逃砲 シキンコウコロ】の必殺スキルは元ネタを名乗ったら逃げられない結界と言う形で再現はしているが、そのスキル自体は保有している固有スキルの出力を強化して使用しているに過ぎ無いのだ。
《バイオレット・マーカー》。
名前を知っている者を砲弾が追跡する為の見えないマーキングスキル。
相手がその場で名乗りを上げる事で最大の効果を発揮するが、名乗ら無くてもギストリーがその名前を知ってさえいれば一応の効果は発揮する。
《ゴールデン・ポット》。
シキンコウコロの本体である大砲と台座に関する複合スキル。
迎撃用の蔓もこのスキルに含まれる。
《バイオレット・マーカー》の対象に対する砲撃を強化する効果を持つ。
《クリムゾン・フィールド》。
名前を知ってる対象を逃げられ無くするテリトリーとしての固有スキル。
外部からは入り放題だが、内側から出ようとする名前を知った相手を閉じ込める効力を持つ。
闘技場の結界に近い性質を持ち、〈上級エンブリオ〉の攻撃特化必殺スキルや超級職の奥義なら破壊する事も可能。
以上3種の固有スキルの効果を最大限に発揮するのが必殺スキルの《シキンコウコロ》である。
しかしながら、元ネタの能力故かその場で名乗りを上げられないと最大の効果を発揮してくれないのだ。
今の《シキンコウコロ》は威力こそギストリーの《フォートレス・バスター》で底上げしている為に問題無いが砲弾の速度は精々AGI五万程度、誘導も甘いし、結界の強度も大した事は無い。
トラペゾンもそれを見て取った為に躱し続ける隙を消す為に迎撃を選ぶ。
その右手に長剣の代わりに現れたのは金色の突撃槍、【穿金槍 シングーラ】である。
自身に接近する砲弾にタイミングを合わせて突きを放つと何時ぞやの【超硬神話級金属】の如くに大穴が空き変形、砲弾はその性能を保持出来なくなり落下した。
「げえっ!?」
その無惨な結果にギストリーが悲鳴の様な声を上げるが、ラピネはつまらなそうに見つめるのみ。
(バカねぇ……、初撃を外された時点でアンタの攻撃に成功の目は無くなっていたのよ。そもそも相性が悪い相手なんだから自分で勝つのは諦めなさいよ)
ラピネはギストリーを弱いとは思っていない。
しかし、今回の戦いではあまり役に立つとは思っていなかった。
ギストリーの能力は物理防御重視の相手や中途半端なAGI型を相手にした時に圧倒的な強さを発揮するタイプだ。
【正義魔王】の様に高水準なステータスを持ち、迎撃手段がある相手にはすこぶる相性が悪い。
ラピネ自身もギストリーと戦った事はあるが必殺スキルを使うまでも無く、無敵が続いている間に接近して難なく突き殺している。
チャリオッツ系列やキャッスル系列の様な硬いが鈍重な相手には非常に強いがそれ以外の相手を選ぶのが【砲撃王】ギストリーなのだ。
トラペゾンがギストリーに対応している間にラピネは【救命のブローチ】を装備していた。
必殺スキル使用中は防御スキルが無くなる為に当然の処置と言えよう。
ギストリーは役に立たなかったが、それでも自分にアクセサリーを装備する時間をくれた事をラピネは感謝した。
その様子をトラペゾンは見ている。
(やはり【救命のブローチ】を付けていなかったか。俺と同じでスキルの性能故に付けても意味が無いタイプだった様だな。今、装備し直したのは予想はしていたが必殺スキル使用中は無敵性が無いという事なんだろうな)
トラペゾンの言う通りに必殺スキル使用前のラピネにとって【救命のブローチ】は意味がほぼ無い。
奇襲を防ぐ意味はあってもラピネの場合は一瞬の隙も無く、スキル発動の暇も無く即死させない限りは《マゾヒスティック・カム・ペイン》によって復活してしまう。
その為に【救命のブローチ】は必殺スキル使用前には不要なのだ。
トラペゾンの場合はやや事情が異なる。
肉体の特殊性故に【救命のブローチ】が意味を為さないのだ。
トラペゾンの肉体である【然治全脳 アザトース】は触手の集合体としてのボディである。
普通の〈マスター〉達の様に普通の肉体では無く、脳や心臓を始めとした即死判定に通じる器官が一切無い。
その為に例えば今作っている人型の肉体の上半身を一撃で消し飛ばされたとしても【救命のブローチ】が即死判定をしない為に機能しないのだ。
全身を消し飛ばされたなら流石に発動するかも知れないが、その時には肉体ごと【救命のブローチ】も消滅しているだろうからやはり意味は無い。
アルター王国の〈超級〉である〈アルター王国三巨頭〉【
【救命のブローチ】は即死攻撃を一度は防ぐ有用なアクセサリーだが欠点が無い訳では無い。
連続攻撃判定には無力だし、致命傷を防ぐ訳でも無い。
前者は空間そのものに作用するタイプなら珍しくは無いし、後者は上半身を消し飛ばす様な攻撃は防げても下半身等を消し飛ばす様な攻撃には無力だ。
準備が整ったラピネは再びトラペゾンに肉迫するが、トラペゾンが口を開く。
「一つ聞きたい、ラピネ・ルピ。お前、それ程の強さでありながら
ラピネの強さは必殺スキル無しでも十分に上位を狙える実力だ。
それ程の強さを持ちながら何故、十五位などと言う中途半端な位置に留まっているのかがトラペゾンには純粋な疑問だった。
ラピネは槍を振るいながら眉をひそめる。
そして少しだけ答えた。
「
その答えに《真偽判定》は反応しない。
しかし、その言葉の上面だけでは判断出来ない程の情念が満ちているとトラペゾンには感じられた。
トラペゾンは預かり知らぬ事だったが、ラピネは決闘ランキングの上位に居た事がある。
その地位は決闘
決闘、討伐、クランの三つのランキングにおいてある不文律が存在した。
それは三位以内は最上位、即ち一位すら喰らいかねない紛れも無い実力者達であると言う事実だ。
ラピネ・ルピが決闘二位に就いた時期は現在の四位、〈超級〉に匹敵する実力者にしてレジェンダリアの
当時から超級職に就いていたラピネはその技量も相まってあっという間に決闘ランキングを上り詰めた。
決闘ランキングは四位〜三十位までは自由に挑戦したり、受けたり出来るが三位から上は一つしたの順位しか挑戦出来ないルールが存在している。
ラピネが二位を目指したのは一位に挑む為。
そう当時から既にレジェンダリアの決闘王者に就いていた〈超級〉【
今でこそラピネの能力は決闘関係者に知られているが、当時は超級職や〈超級〉も少なく、直接戦闘能力が低めなのも相まって超級職のラピネは必殺スキルはおろか無敵化する必要も無くその地位に辿り着いた。
バルクに挑む理由は簡単。
当時、レジェンダリア最強と呼ばれた暴力をその身で味わう為である。
そうして、そのチャンスを手に入れたラピネは全力でもってバルクに挑んだのだ。
バルクの〈超級エンブリオ〉の能力は装備解除。
しかし、ラピネの〈エンブリオ〉は防具とはいえフュージョンアームズであり肉体と一体化している為にその効果の対象外であり相性はすこぶる良い。
バルクの猛攻を受け切り、必殺スキルで強大なステータスを手に入れたラピネは存分に闘り合った。
そして最高の痛みを味わい、貫き、殴られ、締められ、投げられ、凄まじい激戦の末にラピネは敗北した。
しかし、敗北しても尚、ラピネは満足していた。
ラピネにとって今まで味わった事の無い、それは至上の
決闘二位に就いている限りはそれを存分に味わえる。
それはラピネにとって夢の様な一時であった。
そう、バルクがラピネを訪ねてくるまでは。
ラピネのいる控室を訪ねたバルクは挨拶もそこそこに言った。
『挑戦するのを控えて欲しい』と。
ラピネの戦闘力を恐れたのでは無い。
その戦闘スタイルを忌避したのだ。
バルクの願いは決闘という場で
しかし、ラピネが相手ではプロレスでは無くSMショーになってしまう。
それは彼の望む<Infinite Dendrogram>では無い。
その事を問題視したバルクは恥を偲んでまで頼みに来たのだ。
〈マスター〉は自由。
それもまた<Infinite Dendrogram>における不文律であり、ラピネはバルクの頼みを聞く義理など無い。
しかし、ラピネはバルクの顔に見た。
かつて、自身の願いを忌避した元カレと同じ感情を。
それを理解した時、ラピネは諦めたのだ。
ラピネがもっと傲岸不遜な性格をしていたのなら良かったかも知れない。
しかし、ラピネのキャラクターはあくまで責めて貰う為のキャラ付けであり、実際は生真面目なものである。
バルクの行動にかつてのトラウマの如き出来事を思い出したラピネは自身の願いを押し付ける事は出来なかった。
それから決闘におけるやる気を無くしたラピネはあっと言う間にランクを落とした。
その能力を知られたのも大きかったかも知れないが、一番はラピネ自身のモチベーションだろう。
それでも適当にやって決闘十五位を保持出来る程の実力者ではあった。
それから暫くして〈超級〉の犯罪者同盟〈デザイア〉が発足した事でラピネの悩みは消えた。
存分に挑める強者が現れた事でラピネは自身の性欲を満たせる術を得たからだ。
【正義魔王】トラペゾンに挑むのも同じ事。
ラピネは自身を満たしてくれる暴力に飢えているのだ。
相手が強ければ強い程にラピネは楽しめるのだから……。
トラペゾンとラピネは再び武器で打ち合い始める。
ギストリーも合間を見て牽制をしたいが、ラピネが近くに居る為に射撃する事が出来ない。
ラーフララも同じ事であり、スキル発動準備だけを済まして常に待機している状態である。
そんな二人に対して空中から再びダガーが降り注いで来た。
僅かな合間を見付けてアールが牽制の為に放ったのだ。
ギストリーとラーフララが防御に注力している間にアールがトラペゾンに対して声を掛ける。
「トラペゾンさん!このままじゃ、埒が明かないっス!ボクとスイッチしてAGI型の【風影】と【中毒王】を始末して下さいっス!」
その提案は戦術的に間違いでは無い。
攻撃能力とステータスで勝るトラペゾンがサルトビWとモアドープを仕留める間はアールがラピネを牽制する。
ステータスで大きく水を開けられてはいるが、接近戦主体のラピネに対して高速移動しつつ空中から遠距離攻撃を行えるアールは極めて相性が良い。
少なくとも今のジリ貧からは抜け出せる可能性は高いだろう。
トラペゾンはラピネに対応しつつ返事をしようとしたが……。
「お、お喋りはそこまでだよ!バ、《
必殺スキルの発声をした瞬間、ラーフララの全身から見えない何かが周囲に放たれた。
その速度は超々音速にも達しており、トラペゾンやアールは勿論、ラピネやギストリー達すら巻き混んで影響を及ぼした。
攻撃や状態異常を警戒したトラペゾンとアールだが異常は何ら見られ無い。
時間差で影響するスキルもある為に警戒を怠らないままにアールに返答をしようとしたトラペゾンだが。
「rjujddxgammqpcadkiaj!?」
発生されたのは意味不明な言葉であった。
トラペゾン自身にも理解できないテキトーに羅列された声を自身が発言した事に驚愕するトラペゾン。
(こ、これは!?)
幸いにも思考自体は普通に行える。
トラペゾンの異常を心配したアールが声を掛けるも……。
「376ajtdhsjtvjunhpsn!」
やはり、その言葉は意味不明。
ラピネが僅かな隙を縫う様にして刺突攻撃を行う。
「bwvnwfmpwodg!!」
その掛け声もやはり理解出来ないものになっているがラピネはまるで気にする素ぶりを見せない。
その事実をもってトラペゾンはラーフララの〈エンブリオ〉の能力に気付いた。
(互いの意思疎通を妨害する〈エンブリオ〉!)
その読みは当たっている。
バベルとは旧約聖書に登場する神に反逆した罰として砕かれた塔とその街の事。
そしてヘブライ語の『混乱』を意味するバベルと言う言葉から来ている。
遥か昔の時代に驕り高ぶった人間の王が神が住まう天の国まで届き得る巨大な塔を人類の力を結集して建造しようとし、それに激怒した神が神罰を下して塔を破壊した。その後に人々が協力出来ない様にする為に言語を乱して分ける事で意思疎通が出来ない様にする事で世界を分割したという逸話だ。
ラーフララの〈エンブリオ〉。
【
必殺スキル《バベル》はラーフララを中心とした半径500メテルを一切の言葉が互いに通じない意思疎通不可能な世界に塗り替えるのだ。
発生した言葉自体がランダム性の塊になる為に解読自体もまず不可能。
魔法系ジョブが扱う詠唱ですらその意味を為さなくなる魔法系殺しの〈エンブリオ〉。
〈上級エンブリオ〉であるが必殺スキルのリソースを制御に一切使っていない為に範囲と効果が高くなる。
トラペゾンとアールは魔法系ジョブや〈エンブリオ〉の持ち主で無い為に効果は薄いが、協力を阻害する効果は十分に発揮される。
ギストリー達はラーフララの能力を当然知っていた為にジェスチャー等で意思疎通を図れる練習をしていた為に影響は小さいのだ。
(〈マスター〉に共通して与えられる筈の国籍の違いからくる言語齟齬を解消する為の完全翻訳機能すら無効化するんスか!?いや、翻訳機能では無く、発声された言葉に干渉して実現している?けど、【波動姫】も魔法系ジョブである以上は自身にすら影響をする……)
ラーフララの能力を解析しながら、その能力を発動した本人を見たアールの思考は突如、止まった。
能力の所為では無い。
理由はラーフララの姿だ。
「pjmjodgpt’hegbapodgtva(見てぇ!私を見てぇぇぇ♡)!!」
アールはラーフララが叫んでいる言葉を理解出来ない。
しかし、その顔が紅潮しながらも嫌がる素ぶりなど無く、まるで周囲に見せつける様にして裸を晒している事から本人が望んでやっている事は明白だ。
そう、
【超力士】バルクの様な〈エンブリオ〉の能力から勘違いされているタイプでは無い。
性癖から来る真性の露出狂。
それがラーフララだった。
ラーフララのリアルはフランス人の少女である。
デンドロ内の姿とは似ても似つかない白金髪をした見目麗しい活発な少女だ。
彼女は最初からこの様な性癖を持っていた訳では無い。
きっかけはある友人の存在だった。
デンドロ内のラーフララによく似た姿をしていたその友人の少女とは姿も性格もラーフララとは似ていなかったが不思議と気が合った。
小学校でも良く連んで遊ぶ仲であり、ある日その娘の家に遊びに行った時に運命は変わった。
遊びに行った家でラーフララの目の前に現れたその少女はその身に何も纏わぬ状態で現れたのだ。
驚き戸惑うラーフララに少女は自分の家が
ヌーディズムとは人間は衣服を纏わずに生まれる為に、何も纏わない状態こそが自然であると考える思想の人達である。
勿論、普段は公共の法を尊重して家の外で裸体を晒す事は無いが、家の中では自然な姿になる事を尊重している。
ラーフララの友人はそう言った。
客人であるラーフララにそれを強要する事も無いし、何より友人もそれを一切恥ずかしがっていない。
友人の家族達も裸を晒しながらもそれが当たり前の様に自然に振る舞っていた。
その姿はラーフララに驚愕をもたらしながらも深い感銘を与えた。
ラーフララの家は厳格なクリスチャンであり、その様な振る舞いは一切許されない。
ヌーディズムは裸体を晒しはするが性的な意味で晒したりする訳では無いと言っても世間の理解は難しい。
しかし、ラーフララはその姿に憧れ、同時に性的な興奮も憶えてしまった。
『自分も皆に自然な姿を見て欲しい』とさえ思う様になった。
そんな彼女も中学生になり、ヌーディズムの友人と別々の全寮制の学校に通う様になって疎遠になった。
しかしながら、内に悶々としたものを抱え続けていたラーフララがリアルで<Infinite Dendrogram>の情報を知った事もある意味運命だったのかも知れない。
<Infinite Dendrogram>で自身を曝け出し、似た様な性癖を持っていた者達と作り上げたクランが〈肉体解放同好会〉である。
ところ構わずに自分を曝け出すラーフララ達であったが、レジェンダリアは多種多様な種族が暮らす国であり、その種族の中にはほぼ裸同然の姿で日常を暮らす者達も存在しており、他国程には露出も問題指されない。
何よりラーフララの能力により通報も碌に出来ない為に〈肉体解放同好会〉がそうそう捕まる事は無かったし、国家所属クランとして〈デザイア〉の侵攻を阻む活動(実際には戦いはついでであり、裸を見せ付けに行っているだけだが)もしている為にある程度のお目溢しをされていたのもあり今だに存続していた。
トラペゾンもアールもラーフララがいきなり裸を晒した事に少なくない衝撃を受けて動きが悪くなるが、ギストリー達にその心配は無い。
ラーフララが露出するのには慣れているし、そもそもラーフララはギストリー、サルトビW、モアドープにとっては性欲の対象外であった。
それでもラーフララにとっては反応されない事はどうでも良かった。
ラーフララは相手の反応を見たい訳では無く、露出したいだけなのだから。
トラペゾンとアールは互いの意思疎通が出来ない為に連携する事を諦める。
意思疎通が出来ない以外は【バベル】の効果は互いにまったく問題無い事もすぐに理解したからだ。
しかし、一連の行動によりトラペゾンはともかく、アールには明確な隙が生まれていた。
その隙にサルトビWは既にアールを仕留めるべく仕掛けを準備していた。
サルトビWとモアドープに対応するべく二人に向き直ったアールに何らかの準備をしているサルトビWとそれを守る様に立つモアドープの姿が目に入った。
(
直感的に悟ったアールは一瞬で攻撃に移るもそれはモアドープに阻まれた。
そして、サルトビWのスキルが発動される。
サルトビWは天地出身の準〈超級〉の〈マスター〉である。
天地固有の忍者系統派生術忍超級職【風影】に就ける程の実力を持っていたがある事情により、天地から流れ流れてレジェンダリアまで辿り着いた変わり者であった。
術忍とはその名前通りに術を使用するのに特化した西側で言えば魔法戦士ビルドに相当するジョブであり、MPとAGIに優れたステータスを持ち、そのそれぞれの属性系統に合った術で戦う近、中距離型の前衛型戦闘職である。
前衛型戦闘職に分類されながらも術を主体に戦う為に他の前衛型戦闘職よりも範囲攻撃に優れているが、西方の【魔術師】系統の様に術に特化している訳では無いのでその火力で劣るというジョブ。
天地の〈マスター〉達にも比較的人気なジョブであったが、〈エンブリオ〉との兼ね合いでその活かし方も非常にバリエーションが出るタイプのジョブでもあった。
サルトビWのビルドはその〈エンブリオ〉との兼ね合いにおいてある意味、オーソドックスなものでありながら最適解である強力なモノ。
それは……。
サルトビWから風が噴き上がる。
正確にはサルトビWが着けているベルトより暴風とも言うべき勢いで凄まじい勢いの風が吐き出される。
サルトビWの腰に装着してあるベルト型の〈エンブリオ〉【
その能力は
〈上級エンブリオ〉である【カゼノサブロウ】はサルトビWのAGIに高い成長補正を掛けつつその固有スキル《吸風穴》で大量の空気、風力を溜め込む事に特化した〈エンブリオ〉である。
その最大貯蔵風力は東京ドーム千個分を優に超える。
「参るで御座る!《神風ノ術・天狗風ノ型》!!」
【風影】の奥義である固有スキル《神風ノ術》は超級職の奥義としては珍しい特定の型を持たない奥義である。
その性能、性質は使い手である【風影】の発想や技量によって様々に変化し、千差万別の能力を見せる。
歴代の【風影】達はある者は巨大な竜巻を、ある者は武器と合わせて殺傷力を上げた烈風を、ある者は自身に纏わせて見えざる鎧として使っていた。
では、今代の【風影】サルトビWはどんな形で使うのか?
それは、
《神風ノ術》は自由度の反面として他の術忍系統超級職
《神風ノ術》はその仕様の性質上、術者が空気、風を掌握しMPを注いで特性を付与して放つのと同時に規模、射程、範囲を詳細に決めて使用するのだが、サルトビWの《神風ノ術》はほぼノータイムで決められた効果を発揮する。
これは【カゼノサブロウ】がTYPE:アドバンスを内包している事に起因する。
アドバンスは大型兵器の付属品的な性質が強いTYPE:チャリオッツ系列のハイエンドカテゴリーである。
サルトビWが愛用していた乗り物の付属強化パーツとして本来は進化していたこのエンブリオは乗り物が無い状態でもベルトの付属パーツとして万全に機能している。
内部に収納してある風、空気に対して一定の性質や能力を付与しておく事でスキル使用時の消費MP削減や効果向上、範囲強化、発動速度最短化等に大いに寄与しているのである。
歴代の【風影】が自身の得意な型を決めていたのは制御に慣れていなければ自爆しかねないのに加えてマニュアルで処理を演算しなければならなかったのもある。
技名に神が付いているが故か完璧に使い熟すにはそれこそ【神】シリーズの如き才覚が必要とされたのだ。
そんな事情をサルトビWは自身の〈エンブリオ〉で解決してしまっていた。
歴代の【風影】の使ってきた様々な《神風ノ術》を一人で使い熟す、風の申し子、サルトビ
〈マスター〉には良くある事例だが【風影】の長い歴史において、歴代最強にして最大の範囲殲滅能力を誇る【風影】がこうして誕生したのである。
術の発動と同時にサルトビWは【アイテムボックス】を取り出しており《瞬間放出》の効果で内部に収納されていた大量の石や岩を空中に浮かせた。
『天狗石』と言う現象はリアル世界の日本において伝承として民間に伝わっている。
これは何もない空から突然に石等が降って来る現象であり、古来より天狗の悪戯と言われていた。
《神風ノ術・天狗風ノ型》は《神風ノ術》の応用の一つであり単純な物理的殺傷能力ではサルトビWの扱うスキルの中でも上位に位置するスキルであった。
無数の
物理殺傷能力を上げた暴風は点では無く面で殲滅を狙う広域殲滅攻撃。
高END型にとってはそこまで脅威には感じないだろうが、AGI型には致命的な威力を持つ範囲攻撃。
その脅威を瞬時に見抜いたアールは【シャンバラ】によって空間跳躍して難を逃れようとしたが、トラペゾンの状況に気付く。
あの攻撃は明らかにアールを狙っているが、そのアールが狙えないとなるとどうするか?
間違い無く狙われるのはトラペゾンだ。
ENDも高いトラペゾンは無事に済むかも知れないが彼は自分以上のステータスを持つ【双槍姫】と戦うのに手一杯である。
狙われたならその隙を突かれかね無い。
ラピネも勿論巻き込まれるだろうが、トラペゾン以上のステータスを発揮している彼女にとって彼以上に影響は深刻では無いだろう。
ギリ、と音が出る程に歯を噛み締めるアール。
図らずも、決闘前に心配していた状況に追い込まれてしまったのである。
アールは自身の間抜けさに歯噛みして……、そして覚悟を持ってトラペゾンとは反対側の決闘範囲ギリギリの場所まで装備を替えながら空間跳躍で跳んだ。
そして、トラペゾンを巻き込まないために距離を取ったアールを狙ってサルトビWの奥義が放たれる。
サルトビWも勿論、アールの選択を予想していた。
アールの口上から彼女のトラペゾンに対する忠誠心を見抜いていたからだ。
「状況が悪かったでござるな。しかし、容赦はしないでござるよ!《神風ノ術・天狗風ノ型》ぁ!!」
大量の砂礫、岩石、果てには金属塊が混じり合う恐るべき大風がアールが転移した場所とその周囲に叩き付けられた。
アールの跳躍スキルの僅かな隙を狙ったジャストタイミングの為にアールは受けるしか無い。
AGI型であるアールでは到底耐えられない量の物理攻撃威力の文字通りの嵐。
【救命のブローチ】も瞬く間に削られる為にまず助からない。
サルトビWとモアドープは光の塵になるアールを幻視した。
しかし……。
「あ〜あ……割と早く使う事になっちゃったっすねぇ」
気怠げなアールの声が砂礫の嵐の中から聞こえた。
それはサルトビWからしたら考えられない異常事態だ。
アールは明らかにAGI型であり〈エンブリオ〉の能力もそれを更に強化するタイプの〈マスター〉。
サルトビWとはやれる事は違えど、同じAGI型としてサルトビWはそのスタイルの強さと弱さを良く理解していた。
その上で自身が一番やられたくない事、即ちAGI型特化に対する広範囲潰しスキルとしてデザインされたのが《神風ノ術・天狗風ノ型》なのだ。
広範囲に対する超高速物理判定攻撃の嵐は文字通りにAGI型に対する最適解の一つだ。
少なくともアールが居た位置で回避して防ぎ切れるモノでは無い。
しかし、アールは生きている。
その理由は直ぐに知れる事になった。
アールの背後には一切の巨大な飛礫が飛ばず、細かな砂となってその破壊力を失い散っていっていた。
アールの両手にはアール自身の身体よりも巨大な光輪が握られておりその光輪が飛ばされた岩石の全てを粉々に砕き、その威力の一切を奪っていたのだ。
これこそアールの持つ最大最強の特典武具。
古代伝説級特典武具【
リアルでは古代に全滅したと言われている口蓋に巨大な円盤鋸を持っていた鮫、ヘリコプリオンに酷似した姿を持っていた怪魚のモンスター、古代伝説級〈UBM〉【転威矛崩 ソーサイド】の成れの果て。
【ソーサイド】は全体的に高いステータスを持っており、その中でも特に高いAGIによる超音速機動ならぬ超音速遊泳により口の回転鋸の威力を際限無く高めてあらゆる物理防御を粉砕するEND型殺しの固有スキルを持っていた。
その特徴を色濃く残したこの双輪の特典武具は所持者であるアールの移動距離と移動速度を回転力に変換してストックする能力……
その仕様を実践して確かめようとした時にそれは起きた。
【ソーサイド】を装備した状態で空間跳躍をした直後にその外輪は眩い程に輝き最大の回転数に瞬時に達した事が分かった。
「な……何で?」
その威力は実際に振らなくても持っただけで実感出来る。
この輝く旋刃は【神話級金属】すら難なく断てるだろう、と。
「……恐らくなんだが」
装備の説明欄を一切の欠けなくアールが相談したトラペゾンが予想をした。
【ソーサイド】の移動距離と速度は指数では無く、その座標間の距離に対しての移動速度によって決まっているのではないか、と。
アールの空間跳躍はスキル発動から一瞬にして行われる。
この一瞬と言うのは比喩などでは無い。
いや、一瞬と言う表現では遅過ぎる程の時間である。
移動開始地点から移動終点まで半径500メートル内の指定座標に移動するのは言ってみれば瞬間的にだが擬似的に
その座標間移動を【ソーサイド】は誤認して最大威力まで一瞬で高まっているのでは無いか?とのトラペゾンの予想だが、それは結果的に正解であった。
超級職とのバグに等しいシナジーと同じく特典武具ですら仕様外とも言えるシナジーを起こしている。
その攻撃力は概算だが数十万は有るだろうと予想された。
実際にトラペゾンが用意した【
マトモに受ければ物理偏重のEND型はまずひとたまりも無い領域の威力である。
バグの如き仕様によって限界まで高まった回転力は高いAGIを持つサルトビWをして刃の回転どころか輪郭すら見る事が敵わずに光の輪にしか見えない程である。
「対人で使うのは初めてっス。けど、問題無さそうっスね?じゃ、行くっスよ」
その宣言が終わるか終わらないかの間にアールは再び転移。
そして、サルトビWとモアドープの死角より某宇宙戦争映画の光剣が振るわれる時の様な音を立てて光の輪が投じられた。
特徴的な形をしているが巨大なチャクラムとでも言うべき形をしている為に投げる刃という判定を受けるもその巨大さと投げ難さによりダガーよりも遅い速度で襲い来るが、それまでのダガーと違って迎撃を二人は選ばない、選べない。
その威力を身体で知りたくも無いし、知る気も無いが先程見た光景でその威力を知るには充分に過ぎる。
サルトビWとモアドープは冷や汗をかきながら避ける。
アールとの一対ニは振り出しに逆戻りだ。
(面白くなってきやがったでござるな♪)
しかし、【ソーサイド】を躱しながらサルトビWは心中で喜んだ。
サルトビWは自身の自慢の奥義を防がれたのだが、その心は結果とは真逆にウキウキしていた。
戦いはそれ程好きでは無い筈だったが、サルトビWはその混乱を含めて楽しんでいた。
サルトビWはリアルにおいてデンドロ内とは真逆の美男子である。
リアルにおける男性として最高峰の美形である【破壊王】シュウ・スターリングと方向性こそ違えど異世界ですら通用しかねない整った顔立ちの人好きのする男性。
デンドロにおいて初期アバターをリアルよりカッコ良く、あるいは可愛いく仕上げるのは別段に珍しい事では無いがその逆は極めて珍しいと言えた。
人ならざる異形に仕上げる場合でさえも人を感じさせる部分の造形は大体の人物が拘るところだ。
そんな中でリアルよりもブサイクに、体型も太めに仕上げる事にこそサルトビWの目的はあった。
サルトビWの性癖、それは『女性のスカートを捲ってイヤがる姿を見る事』であった。
親がアニメ好きで、古いアニメを録画した保存媒体をコレクションしていたのも有り、幼少期からそれに親しんでいたサルトビWこと
その作品はチビで太っちょの忍者学生が女の子とラブコメをしてその過程で風の忍法で女の子達のスカートをめくると言うラブコメアニメであった。
幼少期にそんな感銘を受けた駿河了はリアルでいけない事だと知りながらも興味に負けてそれを実行してしまい……落胆した。
そこには彼を怒るどころか喜ぶ女性しかいなかったからだ。
小学生の時分は可愛い少年のした事だと許され、中学生は色気付いた女子達が駿河了に性的に見られた証拠と言って喜ぶ始末。
そう、それ程にイケメンだったのだ。
リアルのサルトビWこと駿河了は。
幼少期から人懐っこく、性格は明るく、誰にも優しく、運動神経は抜群。
どんな人にも平等に接して人望も厚く、成績も優秀と、その性癖以外では何の欠落も見えない優良学生。
更にはその顔と運動神経の良さを生かして国民的男性アイドルグループに入っている始末。
むしろ、唯一の欠点である性癖すらがチャームポイントに見られてしまう程。
人間、完璧過ぎる人には物怖じしたりするモノだが、欠点が一つあると逆にそこが親しみ易さにさえ感じるものなのだ。
中には駿河了の行動に怒る人物も居たが、周囲がこぞって庇い立てする為に罪らしい罪にならない。
駿河了はそんな環境に絶望とは言えないが、どうしようもない倦怠感を感じていた。
そんな彼の機転はやはり<Infinite Dendrogram>の発売であった。
芸能界の末端に属する伝手で難なく機台を入手すると、幼い頃見たアニメの主人公の如き自身を作り上げてゲームを始めた。
選んだ国は天地。
血で血を洗う争いが絶えず行われている修羅の国であったが、忍者系統のジョブを取る為に選ばざるおえなかった。
その国の気質こそサルトビWの肌にはあまり合わなかったが、自身の〈エンブリオ〉【カゼノサブロウ】との相性もあって難なく【風影】に就けたのは行幸だったろう。
軽犯罪とは言え他者に対する危害を加えるサルトビWは様々な恨みをかったが指名手配される程では無かった。
武力を尊ぶ気風の天地においては強者もまた尊ばれるべき者。
ティアンは元より〈マスター〉もそれなりにその傾向があった為にサルトビWは本人の強さもあってその命をプレイスタイルのせいから狙われる事は殆ど無く、自分の楽しみを味わっていた。
簡単に言えばサルトビWは調子に乗り過ぎたのだ。
広域殲滅型が割りかし貴重な天地の準〈超級〉であり大名達からの覚えもめでたいサルトビWは天地の支配者【
このあんまりと言えばあんまりな無礼に姫は泣きじゃくり、【征夷大将軍】は怒り心頭。
周りの取りなしも意味を為さずにあっと言う間に指名手配を受けてサルトビWは天地のセーブポイントを使用出来なくなってしまった。
いわゆる詰みである。
天地は他の国とほぼ断絶している為に他国に渡るには命懸けの旅をするしか無い。
当然ながら他国に行った事など無いサルトビWは天地のセーブポイントが使用不能になった時点でデスペナルティ後の復帰時には監獄行きは免れない。
姫のスカートを捲った罪とは姫の名誉の為にも公には言えずに国家反逆罪を着せられたサルトビWは今迄の恨みとばかりに天地中の血の気の多いティアンや〈マスター〉から狙われて命からがら逃げ出してレジェンダリアまで辿り着いたのであった。
レジェンダリアでは自分の楽しみとモンスター討伐や〈デザイア〉に挑む事を日常にしていたが久しく忘れていた天地時代のヒリヒリ感を思い出して高揚していた。
モアドープもサルトビWに
そして、それはモアドープにも波及する。
【中毒王】モアドープ。
彼はリアルにおいて裕福な家庭に生まれた青年であった。
幼い頃から美食に慣れ親しみ、その文化に魅せられた彼は料理人という職業に憧れを抱き当たり前の様にそれに就いた。
天性の才能と不断の努力により若くして開いた彼の店は世界的にも有名な観光ガイドブックから星を付けられる程であった。
若くして星を得ると言う料理人として垂涎の名誉を賜りながらも、しかし彼はまったく満足などしていなかった。
いや、正確には彼にとってレストランガイドの星などどうでも良かったのだ。
何故なら彼には理想とする人物像ならぬ料理像があったから。
それは『毎日、飽きもせずに食べ続けられる料理こそが究極にして至高なる真の美味』という信念から来るものだった。
人間である以上はどれだけ美味しい物だろうと毎日食べ続けていればいつかは飽きる。
そんな当たり前の理屈に彼は異を唱えたのだ。
『真に美味しい物は毎日にこそ食べ続けたくなるものだ!そう思われないのは料理が未完成だからだ!』と。
その信条を表現するかの様な独創的ながらも素晴らしく美味な料理は評判を呼び、連日賑わう客達で予約すらマトモに取れない店として更なる評判を呼んだ。
食べる者に幸福と、元気になる力と、離れ難い快楽を刻む料理の数々を提供する話題のレストラン。
そんな彼にとっての忙しい日常は、彼自身の理想を叶える為に必要不可欠の楽しい努力の日々であった。
しかしながら、その日々にも終わりは訪れる。
きっかけはある1人の常連客の存在であった。
彼女はオリンピック金メダリストであり、そのスポーツの歴史において名を残す事が確実と言われていた天才であった。
そんな彼女がある時ドーピング不正疑惑を取り沙汰された。
有名選手のまさかの疑惑に世間は湧き立ち、国内どころか国外にさえその噂は広まった。
しかし、彼女は記者会見の場において涙ながらに訴えた。
『自分はドーピングなど決してやってない』と。
選手なら誰しもがそう言って釈明するであろう決まり文句ではあったが、その釈明に疑問を持ったある捜査官が居た。
『彼女は本当にやっていないのでは無いか?』と。
その女性は今までにオリンピックで充分に結果を残しており、今更ドーピングをしてまで結果を残す理由が無いと言うのが明白だったからだ。
そんな捜査官の執拗な捜査によって浮上したのがモアドープが経営する店であった。
そして、調査の結果、恐るべき事実が判明した。
モアドープは料理を作る時に合法的なドラッグ各種をブレンドして依存性のある料理を作っていたのだ。
合法ドラッグとは言え、モアドープの天才的なセンスで調合された料理は違法ドラッグと遜色無い効果と結果を食べた者にもたらしていたのだ。
一般的な血液検査や尿検査では判明しなくてもオリンピック選手が行う厳重な検査は抜けられなかった。
その事実はたちまちに世間に広まり彼の店は潰れ、オリンピック選手の彼女を始めとする被害者達に対する賠償金の支払いで何も出来なくなってしまった。
彼自身も料理の開発に於ける味見の余波で廃人に近い状態になっていた為に施設に送られる事になった。
しかし、彼は諦めていなかった。
今回は失敗したが、いつか万人が認める完全なる美食を完成させる。
そう意気込む病身の彼に<Infinite Dendrogram>の情報が与えられたのは運命だったのかも知れない。
ゲーム内においてもレジェンダリアで会員制の隠れ家的レストランを開いてその店に来た客達を虜にして資金を大量に手に入れて自身の理想を追い求めるモアドープ。
そんな彼はいつしか【中毒王】に就く試練クエストを受けられるまでになっていた。
彼自身の願いから生まれた〈エンブリオ〉の力によって……。
その力とは……。
モアドープが唐突に何処からか取り出した紫色の
高速戦闘中に行う事では無い。
しかし、それをする事により彼は超常の力を得る。
モアドープのステータスが上がる。
特にAGIが爆発的に上昇してアールの動きにも今迄以上に付いていける様になった。
これこそがモアドープの〈上級エンブリオ〉。
【
装備品群が多数入るアームズのカテゴリーにあって、なお異質。
〈マスター〉含む人間範疇生物に捕食される事により効果を発揮する世にも珍しき消費型の〈エンブリオ〉だ。
神々の住まう園にて、神々が常食すると言われている秘宝。
そのモデルに違わぬ力をこの〈エンブリオ〉は所有していた。
強い依存性、この世に在らざる旨味、そして……短時間だがステータスを強化する固有スキルを持つ食べれる〈エンブリオ〉。
複数の効果を持つ様々な色をした果実がランダムで紋章から実る。
最大保持数に上限は存在しないが、1日6個までしか収穫出来ない為に使い所を考え無ければならない。
今、食べたのは【紫速之過実】。
6分間のみ食べた者のAGIを3倍に引き上げる力を持つ【アンブロシア】の一つだ。
地上を駆けるその速度は単純なAGIでアールを超えていた。
アールは【ポワゾナス】の毒を塗布したダガーを牽制で投げ付けるが、そのダガーを致命部位に達する物以外は無視する様に追随して来る。
幾つかのダガーがその肉体を掠めたが、その毒性が発揮される事は無い。
その事実にアールは顔を歪めて、モアドープは笑う。
アールもモアドープのジョブを聞いて《看破》で改めて確認した時から覚悟はしていた。
薬師系統中毒者派生超級職【
毒術師系統超級職【
【猛毒王】が『毒物』を扱うが故に《病毒耐性》レベルEXを持つのに対して《対毒耐性》レベルEXを持つが故に『毒物』を扱える様になった超級職。
特典武具由来の『毒物』とは言え逸話級では《対毒耐性》レベルEXを突破するには出力が足りない。
アールがモアドープを撃破するには純粋な火力で撃ち倒すしかない。
どうするか、とアールが逡巡してる時にサルトビWが隙を見せた。
モアドープのAGIが高まった事で余裕が出来たのかトラペゾンとラピネの戦闘に目を奪われていたのだ。
その隙を見逃すアールでは無い。
空間跳躍により高速接近して【ソーサイド】を振るった。
サルトビWもそれにギリギリで反応して致命部位の切断だけは回避したが、その膝辺りから下を切断されてしまった。
「ござっ!?」
膝辺りから切断されたサルトビWの足は宙を舞い、足の持ち主だった男は地面に伏せる形で倒れる。
重傷だが、即死に繋がる様な致命傷では無い為に【救命のブローチ】も発動しない。
普通の戦いならほぼ勝負有りの形だが、アールは油断しない。
機動力はほぼ無くなっているものの攻撃スキルの行使自体は可能だろうからだ。
キッチリトドメを刺しておく。
アールは《リバティー・アポート》によってサルトビWの死角である背後の頭上、即ち真上を取り両手に八本のナイフを構えた。
そして、サルトビWの様々な致命に繋がる部位をロックオンし投擲しようとした刹那、標的を見失った。
「!?」
まさしくアールがダガーを投じる瞬間、その先にサルトビWはかき消えていた。
忍者系統は移動や騙すスキルも複数持っているトリッキーな戦闘系ジョブだが、今の瞬間に発動するような素振りは無かった。
しかし、サルトビWは一瞬で消えた。
隠密系統ならあるいは可能かも知れないが術忍系統のサルトビWには到底不可能な筈だ。
アールの【投刃姫】は狙う事に優れた……真っ当に命中させられる状況ならターゲットを決して外す事は無い程に優れた精度を持つ超級職である。
固有スキルの命中補正スキル《スロー・サイト》によってターゲットをロックオンしていた場合はターゲットが移動しようがその狙いは継続される。
そして、その仕様がアールを救った。
アールは
そして、回避すると同時にサルトビWの姿を見た。
失った足先からジェット噴射の如く風を吹き出し、空を飛ぶ忍者の姿を。
「残念♪
それは過去の話。
サルトビWの天地脱出直前の出来事。
「はぁ……いよいよ、俺も年貢の納め時かね……」
サルトビWは普段のござる口調から素の口調に戻り、夜空を見ながら一人ぼやいていた。
【征夷大将軍】の姫のパンツを覗いた罪により、天地で指名手配になり追手に追われる日々。
天地在住の〈マスター〉としては上澄みの準〈超級〉【風影】サルトビWと言えども勝てない相手は当然いる。
【征夷大将軍】お抱えの超級職の猛者ティアンや〈超級〉を筆頭に、四大名家の〈超級〉や準〈超級〉上位勢連中、それ以外の大名家や野良の準〈超級〉上位勢等々……。
幸いな事に〈超級〉達はサルトビWに興味が無いようでわざわざ狙っては来てないが、【
姫のパンツを覗いた事を後悔はしてないが、反省はしている。
しかし、このまま天地にいたのでは反省を生かす機会も無くその内にデスペナルティとなりあえなく監獄行きとなる事は免れないだろう。
サルトビWは天地を脱出する事にした。
幸いな事にサルトビWはAGI型。
速度に優れた彼は逃げる事にかけてはEND型よりはるかに有利だ。
しかし……それは天地以外の国なら、と言う注釈が付く。
天地は島国であり、脱出するには海を渡るしか無く、そのルートにも問題がある。
片方は大陸との間にある海峡を越えるルート。
短期間で脱出可能だが〈超級〉ですら危うい危険な道だ。
こちらのルートは当時は〈超級〉では無かったが後にカルディナに於いて世界最高クラスの個人生存型と謳われる事になる“万丈無敵”【
もう片方は海峡を通らず回り道をするルート。
長い距離になるが準〈超級〉でも比較的楽に脱出可能な道だ。
こちらのルートは準〈超級〉でありながら、ティアン最多殺害記録を持つ〈超級〉犯罪者“国崩し”【
直ぐにでも逃げ出したいサルトビWだったが、危険なルートを通ってデスペナルティを食らっては元の木阿弥。
後者のルートを利用する事を決め、渡りを何とか付けて脱出ルートに向かう街道を走る矢先に
夜の街道を超音速で駆けるサルトビWに難なく付いて来る不気味な足音。
ソレはこの街道にまつわる怪談話。
天地において幽霊は足が無いものとされるのが一般的であるが、その怪談話に登場する幽霊は真逆……
幽霊と言っても〈UBM〉か何かであるのは明白と言われていて、数多の武芸者が挑んである時は見つからず、ある時は返り討ちに遭って未だに果たされたと言う噂を聞かぬ正体不明の怪異。
夜にこの街道を行く強者に追いすがり、蹴り飛ばし、踏み殺す、神出鬼没のモンスターの話。
サルトビWも噂は聞いていたが、まさかこのタイミングで自身が狙われるなどとは夢にも思っていなかった。
AGI型の利点を生かして逃げ切ろうとしたのだが、相手もAGI型であり速度においてサルトビWをも凌駕していた。
逃げ切れぬと悟ったサルトビWは逃走から撃破に目的を変えてその〈UBM〉に挑んだのだが……。
結果は最初の夜空を眺めるサルトビWに戻る。
その両脚は太腿の半ばから断たれて未だに血が止まらずに流れていた。
無くなった両脚は〈UBM〉の攻撃によって粉微塵になり消し飛んでしまった。
俗に準〈超級〉と伝説級〈UBM〉が戦えば相性はある程度あれ、勝率は五分五分程度になると言われている。
今回サルトビWが戦った〈UBM〉は伝説級以下のランクではあったが五分の勝利を掴む為の代償は大きかった。
このまま処置しなければ〈出血〉の状態異常が続いて遠からずデスペナルティになる事は明白であったがサルトビWにはどうする事も出来ない。
回復薬は品切れ、治癒や治療系スキルも持ってない、せめて血を止める為に傷口を焼くにしても火薬の類は〈UBM〉との戦闘において全て使い切ってしまっていた。
いわゆる詰みである。
仮に出血を何とかして生き延びたとしても脚を失ったサルトビWにこの国から逃げる事は出来ない。
デンドロにおける部位欠損は手足の欠損は勿論の事、刀傷等もスキル等で完全治療しなければ跡が残ってしまうもの。
普通ならわざとデスペナルティになりアバター再構成の際に治すのが一般的に〈マスター〉が取れる方法だが、指名手配されているサルトビWにその方法は使えない。
デスペナルティを利用して治癒したとしても次にデンドロにログインした時は監獄内部だ。
スキル等で治療しようにも部位欠損を回復させる様なものはかなり高位のスキルになってしまう。
〈エンブリオ〉なら〈上級エンブリオ〉以上の必殺スキル、ジョブなら超級職の奥義に相当するモノだ。
あいにくとサルトビWの知り合いに部位欠損を治せる様な回復スキルを使える〈エンブリオ〉の〈マスター〉は居ないし、超級職は国のお抱えだ、今のサルトビWを治療してくれる事はまず無い。
あらゆる意味で終わりを悟ったサルトビWの脳内にアナウンスが流れて来る。
【〈UBM〉【影追幽足 ダテアシ】が討伐されました】
(ああ……これが〈UBM〉を撃破した際のアナウンスと言うやつか)
サルトビWは今までに機会が無く〈UBM〉と戦う事は勿論、出会う事さえ無くデンドロをプレイしてきた。
初めての〈UBM〉撃破がこの様な瀬戸際を招くとは何とも皮肉だったが。
サルトビWの自嘲を尻目にアナウンスは続く。
【MVPを選出します】
【【サルトビW】がMVPに選出されました】
【【サルトビW】にMVP特典【
アナウンスの最後の言葉に朦朧とし始めた意識でありながらサルトビWは惹かれた。
(
サルトビWの脳内疑問に答えたのでは無いだろうが、特典武具はサルトビWの脚部を纏う様にリソースである光の粒子から始まり脚全体を覆う様にして形を作った。
そこに有ったのは消えた脚を代わりに補うかの様にアジャストした義足型の特典武具であった。
特典武具のアジャストの仕方は取得した者によって千差万別では有るが武具型の特徴を持つ物であれば、元の形を活かす形でアジャストする事が多い。
修羅の国、天地においては武芸者達が扱う武具の製作も当然ながら非常に盛んである。
生産系超級職の【匠神】を頂点にそれに近い技量を持つ職人達が鎬を削って様々な武具を今でも鍛えている。
それは今も昔も変わらずに連綿と続いて来た歴史であるが、そんな風土により生まれた武器群も国を跨いで有名であった。
使い手を利する力を持たせる武芸者垂涎の武器を纏めて名刀百選、使い手と敵に破滅をもたらす呪いの如き力を持つ武器を纏めた妖刀四十二染を筆頭に様々な名具が生まれていた。
そんな中にあって名だたる名将が使って来た具足が存在した。
長い年月を血で血を洗う様な経歴で染め上げた結果、怨念を溜め込みモンスターとなり固有スキルを得た結果【影追幽足 ダテアシ】と名付けられた呪われし武具のエレメンタルモンスター。
そう言った武器等はモンスターと化しても基本的に元からの性質や形を失ったりする訳では無い。
認定型の〈UBM〉なら尚更だ。
呪われた具足は自身を扱う強者を追い求めていた。
その過程で数多の命が犠牲になろうとも関係無い。呪われし武具の慣れ果ては、今まさに特典武具と成り果てても使い手にアジャストしたのだ。
もしもの話ではあるがサルトビWの両脚が健在であったなら【ダテアシ】は素直に具足の形で彼にアジャストしていたであろう。
しかし、サルトビWの置かれた環境は彼の両脚を治療出来る様な状況では無かった。
特典武具の取得者が生産系の能力を持っていなくても、身近に生産系の能力を持つ人物が居たりした場合には加工素材になる事がある。
これは管理AIが特典武具取得者の状況を把握して行う確かな例である。
サルトビWの場合も似たような物だ。
特典武具は脚を失い、それを治す手段を持たない〈マスター〉を補う為のアジャストを行った。
こうして【
サルトビWはこの特典武具の能力を見事に使い熟し、天地を無事に脱出してレジェンダリアまで旅して来たのだ。
天を飛ぶサルトビWの速度は概算でAGI十万を超える超々音速の域に到達している。
【ダテアシ】の固有スキル《天猛回界》は【カゼノサブロウ】との合わせ技により空を自由に駆け回る力をサルトビWに与えた。
本来なら自身のENDを遥かに超えるAGIには肉体が耐えられない筈なのだが、空を飛び、〈エンブリオ〉とジョブ能力で自分自身を風の壁で防護しているサルトビWには問題無い。
「にん!にん!にん!にん!忍〜ん!!」
圧倒的な速度差でアールを追い詰めるサルトビW。
アールは【シャンバラ】のスキルによって本来持つAGIを遥かに超えるAGI数十万相当に匹敵する移動力を持っているが、それはあくまで移動力のみ。
実際のAGIが上がっている訳では無い為に反応や思考の速度は上がらないのだ。
サルトビWの【ダテアシ】もステータスとしてAGIが実際に上がっている訳では無い為にアールと同条件ではあるが速度に差があり過ぎる。
対応をしくじれば瞬く間にサルトビWに身体を裂断されるだろう。
アールの【シャンバラ】は誰もが羨む様な能力を持ち、なおかつ超級職とのシナジーにより完全に見えるが欠点が二つある。
方角の自由な選択と連続使用の限界である。
スキル制御の演算処理の限界故に連続して使いすぎればその能力は格段に落ちてしまうのだ。
サルトビWの超スピードに対抗する為に連続して空間跳躍をしているアールにはその限界が近付きつつあった……。
トラペゾンはラピネと白兵戦を行いながら冷静に現状を把握していた。
決闘開始直後に比べて明らかに形勢は自分達に不利に傾いている。
トラペゾンもラピネの攻勢に対して防御に徹する事がギリギリでありそれ以外をする余裕が無い。
アールもこのままでは遠からずデスペナルティに追い込まれるであろう事は見て取れる。
トラペゾンの目的は今回の決闘において
一つ目はトラペゾン自身が決闘を楽しむ事。
二つ目はギストリー達の能力を識る事。
そして、三つ目はアールが死んでは叶えられる事は無い。
故に……。
「
瞬間、トラペゾンの全身から強大な何かが
To be continued
とうとうベールを脱ぎ出したレジェンダリアの恥部ならぬ愉快な仲間達について解説と特典武具やその元ネタになった〈UBM〉について説明して行くのじゃ♪
【双槍姫】ラピネ・ルピ
メスガキ煽りで自身を責めてくれる相手を選別するアブノーマル系マゾ女。
単純な近接系戦闘術の技量は直接戦闘系の少ないレジェンダリアではトップクラス。
【双槍姫】に就いた理由は就けたから就いただけ。
自身の楽しみついでに〈デザイア〉の〈超級〉連中に挑んでいるがその行為が結果的に連中の侵攻を阻んでいる為に国家からの覚えは良い。
触手に責められたいと思えばジーに挑み、血を吸われたり殴られたいと思ってはオーに挑み、頭を無残に潰される気分になったらアイに挑み、捕食される気分を味わいたいと思ってはディスに挑む狂気の女。(zzzの能力は趣味では無い為に一度だけ挑んでからは無視している)
ラピネ自身は自分を責めてくれる相手を求めているが、そのキャラクターに惹かれたマゾ気質男性のラピネに対するファンクラブが出来てしまっているのが複雑な気持ちらしい。
【交呪逆展 サド・マゾ】TYPE:フュージョン・アームズ
ラピネの肉体と一体化している融合型のボンテージスーツ。
そのスキルの方向性故かステータスの成長補正はEND補正がほぼ存在しておらずSTRとAGIに偏っている。
装備自体の防御力もほぼ無い為に防具としての意味が殆ど無いが固有スキルとラピネの技量がカバーしている為に無問題。
スキルも必殺スキル使用前は一つしか無い為にいつでも無発声で使用出来る様になっている。
奇襲等はそれで対応している。(仮に致命傷を受けてもスキルが間に合えば回復する為に奇襲で彼女を殺し切れる相手はほぼ皆無)
戦闘時は1分間の使用しかしないが、実は回復再生効果を弱める事で最大1時間の使用が可能である。
紋章は簡素なボンテージスーツ。
【砲撃王】ギストリー・グスタフ②
ヤバい連中に絡まれながらトラペゾンに挑んで来たリベンジャー。
超級職はほぼ〈エンブリオ〉のおかげで就けたタイプ。
リアルは真面目な大学生。
FPSゲームが好きで〈エンブリオ〉もその影響から産まれている。
リアルとは真逆のアウトロースタイルを楽しんでいる遊戯派。
【未逃砲 シキンコウコロ】TYPE:ウェポン・テリトリー
今回で名乗りを上げなくても使用出来る事が判明した為に多少は救われた〈エンブリオ〉。
ただ、やはり最大威力を発揮する為には目の前で名乗ってくれなければダメなので初見殺し感は大きい。
ラピネは自身の遊興の為に良く名乗ってくれるが、相性の悪さもありほぼ勝ち目が無い。
紋章は蓮の葉に乗った砲台。
【風影】サルトビW
リアルイケメン、ゲーム内ポッチャリブサメンなパンツ覗き魔。
普通に犯罪者だが、レジェンダリアではもっとヤバい性癖の連中が幾らでもいる為に目溢しされている。
性癖もあくまでパンツを覗くのとその後の蔑みや怒りといった一連の行為のみを求めている為に中身(女性自身)にはまったく興味を示さない、と言うかリアルの事情もあり少し苦手なくらい。
司書っ娘のパンツを見たいなと思ってはアイに挑み、魔王コスっ娘のパンツを見たいなと思ってはジーに挑み、食いしん坊娘のパンツを見たいなと思ってはディスに挑む無謀な挑戦者、それがサルトビW。
その目的はともかくとして〈デザイア〉を邪魔しているのでやはり国家からの覚えは良い。
超級職は狙ってたし、〈エンブリオ〉との相性も抜群であった為に難なく就けたタイプ。
【螺秘嵐概 カゼノサブロウ】TYPE:アームズ・アドバンス
サルトビWの能力を純粋に補強する完全シナジー型の〈エンブリオ〉。
ほぼ【トール】の風力版であるが、発電ならぬ発風、送電ならぬ送風、帯電ならぬ帯風能力が無く、蓄電ならぬ蓄風能力のみに特化している為に出力は非常に高い。
能力はケイデンスの【ロスコー】に似ているがあちらと違い魔力に変換せずに蓄積する為に蓄積効率は拡大に良い。
風通しの良い場所に佇んでは風を溜めている覗き魔がレジェンダリアでは良く見られるらしい。
アームズとしての能力は進化の際にほぼ無くなっている為に形として残っているだけ。
〈超級エンブリオ〉に進化する事があれば多分その時に消える。
紋章は竜巻とつむじ風。
【波動姫】ラーフララ。
能力故に露出狂とされているバルク・ボルカンと違い、真性の露出狂リアル中学生。
年齢制限の為にモザイクになっても自身が露出する事自体が目的な為にまったく問題にしていない危険人物。
超級職はシナジーはあまり無いが就けそうだから就いたタイプ。
水棲亜人に見られたいと思っては〈アンダーグラウンド・サンクチュアリ〉とジーに挑み、吸血鬼達に見られたいと思ってはオーに挑み、邪妖精達に見られたいと思ってはアイに挑む傍迷惑な少女。
〈デザイア〉は泣いて良い。
やはり、ラピネやサルトビWと同じく結果的に〈デザイア〉の邪魔になっている為に国家からは評価されている。
【粒言飛誤 バベル】TYPE:ワールド・テリトリー
同系統の下位カテゴリーが複合している珍しいTYPEの〈上級エンブリオ〉。
上級進化時にワールドになったが残った、と言うよりは新しくテリトリーが生えた。
あらゆる言語通信を阻害するが、〈マスター〉に与えられる完全翻訳機能を阻害している訳では無く出た言葉や思念に干渉している。
思念に干渉と言ってもスキルとして出力が高いものには効果が無かったりする、具体的には【獣王】の奥義《獣心一体》とかは無理。
紋章は崩れる塔。
【中毒王】モアドープ
Twitterフォロワーの蔵ノが原案を担当した〈マスター〉。
リアルの境遇は妾が構築。
原案に比べて物語の都合上かなりの魔改造が施されている。
【中毒王】としての能力はレストランに寄与していない為に店が流行っているのは純粋にモアドープの技量によるおかげ。
シュウ・スターリングの料理やガーベラのお菓子に次ぐ美味さを発揮出来るセンススキルを持っている。
【猛毒王】の対な為に最終奥義も勿論有る。
【過食禍実 アンブロシア】TYPE:アームズ
世にも珍しい消費型の〈上級エンブリオ〉。
食べても美味しいし、消費型な為にスキル効果も高い。
ただし、ストックしておける果実の数に上限がある為に所持限界に達しそうになったら自身のレストランの料理に使用していた。
それが店の評判にも一躍買っているが、一部の人しか知らない。
果実自体はモアドープから離れていても残るが、モアドープが所持していない状態でログアウトした場合は1日持たずに腐って光の塵になる。(食べられて消費されていた場合は問題無い)
紋章は果実を齧る人。
逸話級〈UBM〉【ポワゾナス】種族・魔樹
無数の触手の先端が触れた部分に毒を分泌する紋章を作る固有スキルを持っていた巨大なベラドンナ型の〈UBM〉。
特典武具よりも強力な毒を分泌していたが移動能力や遠距離攻撃に乏しかった為にアールに難なく撃破された。
次で今回の話は終わりじゃぜ♪
モチベーションの為にも評価と感想よろしくぅ♪