彼が彼女で彼女らが彼らで   作:回転するカイデン

11 / 13
11話 脱出作戦

気がつくと石畳の上に転がされていた

軽く顔を上げて周囲を見渡すが部屋はかなり暗く、前方の扉の覗き窓からと真後ろの鉄格子付きの窓越しに光が差す程度であまりよく見えない

 

暫く使われてないのかそれとも捨てらたのか、倉庫であったらしい部屋の片隅には埃を被った箱や鎧が積もり、床には苔も生えている

 

後ろ手に縛る縄があるが、この状態で動けるよう練習しておいたので問題はなし

体も起こして軽く動かしてみるとまだ少し痛むものの、怪我自体は無いようだった

治癒魔術を掛けたら痛みも消えたし、ここまでは計画通り

 

フィリップと話した【エリオット坊っちゃん、誘拐からの脱出作戦】は一先ずうまくいっているようだ

 

ここまで来るためには、まあまあ苦労した

 

まず適当な理由で街に降りる坊っちゃんに付いていく

ワンパクな坊っちゃんは街の色々な所を回るがその中で付いていた護衛のギレーヌがうっかり目を離してしまう

そんなの構わずズンズン進む坊っちゃんを1人で行動させる訳にもいかないので俺だけでも坊っちゃんに付いていく

前のこともあって鬱陶しく思ってる坊っちゃんはそんな俺を振り切ろうと街を駆け回る

駆け回る中でフィリップには前もって人とか物を配置して貰い、街の端の方まで移動する様に坊っちゃんを誘導する

そして特定の地点に着いたら坊っちゃんの前に人さらい登場、追いついた俺共々あっさり昏倒させられて誘拐される

 

で、今に至るというわけだ

後はここを脱出して魔術だの算術だので坊っちゃんを助け、そのまま引き連れてロアに帰ることで恩を売りつつ、坊っちゃんに俺が相応の力を持っているのを知ってもらおう、というワケだが……

 

今更だがこれで本当に坊っちゃんが話を聞いてくれるようになるのか?

助けるのは当然みたいな感じになるのでは?

むしろ、もっとうまくやれみたいに言われるのでは?

 

あれこれ悪いことばかりが頭に浮かび上がるが、もう始まっているのだからこれで好転するのだと考えるしか無い

 

そこから暫くして暗い室内に目が慣れた頃に坊っちゃんが起きた

 

「クソッ、何だよコレ!」

 

跳ね起きようとしても上手くいかなかった坊っちゃんが手足を見ると縛られているのに気づき、そのまま騒ぎ暴れ始めた

 

「ふざけてんのか!おい!聞こえてねぇのか!これ解けよ!」

 

さしもの坊っちゃんと言えど縄を引きちぎるなんてことは出来ないようで、芋虫みたいに這って扉に近づいて体を叩きつけていつもの大声で喚き始めた

至近距離で聞いていると耳が悪くなりそうなので少し離れる、八つ当たりでキックされても嫌だし

 

「うるせぇぞクソガキ!!」

 

喚く坊っちゃんに答えるように扉を乱暴に開けて男が入ってきた

見窄らしい服に、鼻を突く酷い臭い、実によく出来た格好だ

誘拐犯と言われて疑う人は居ないだろう

 

扉に寄りかかるようにしていた坊っちゃんは弾き飛ばされたが、何事も無かったように体を上げるとそのまま男を睨みつけた

 

「ウエッ臭っ!何だよテメェ!オレを誰だと思ってんだ!オレに何かあったらギレーヌが、ヴァッ!」

 

坊っちゃんは鼻を覆いながらも何時もの調子で偽物の誘拐犯に食いかかったが、相手はそんなのに怯むこと無く坊っちゃんを蹴り飛ばした

鈍い音と共に蹴り飛ばされた坊っちゃんはかなりの勢いで床に叩きつけられた

 

「生意気!何だよ!こっの!貴族のガキが!調子乗ってんじゃねぇ!」

 

蹴り飛ばした男は坊っちゃんに近づき何度も何度も踏みつけた

確かにある程度無力感を与える様な感じがいいともバレない様な演技をしてくれとも言いはしたが、流石にこれはやり過ぎなんじゃないか?

 

男が暫くして満足したのか、坊っちゃんを踏みつけるのを止めたかと思えば、今度は首を回して俺の方を睨みつけると近づいてきた

坊っちゃんを蹴ったのだから俺にも何か無ければ不自然だ、と言うことなのか

近づいてきて酷くなった臭いに顔を逸らすと男から蹴りが飛んできた

 

「うあっ……」

 

痛い……

顔には当たらなかったけどこっちは女の子だぞ、少しは手加減したらどうだ

 

「全く、ムカつく顔しやがって」

 

男が唾を吐き捨てて扉の向こうに帰っていくのを見て、自身の縄を焼き切り足音を立てないように坊っちゃんに近づく

 

「あが、ぐぅ……、クソッ。アイツ……絶対に殺してやる……」

 

散々蹴られた割に未だに物騒な事を口走っている

やはりコイツを何とかするのって無理なのでは?

 

とはいえ、このまま怪我されていては逃げるのも逃げられないので治してやろう

 

「ぬぐ……ん?お前なんで手が、グッ……」

 

治癒魔術をかけようと手を伸ばしたのだが、坊っちゃんは伸ばした手を見ると蹴られた部分を隠すように体を丸めてしまった

 

痛いのはわかるが、治癒魔術は患部に直接触れていないと効果が薄くなってしまうからやめて欲しい

 

「ちょっと失礼しますね」

「お前何すんだ、ツッッ」

「母なる慈愛の女神よ彼の者の傷を塞ぎ健やかなる体を取り戻さん エクスヒーリング」

 

仕方ないので、手を差し込んで患部に直接触れて詠唱する

顔を顰めてたが我慢して欲しい

 

魔術の光も消えて傷が治ると坊っちゃんが目を白黒させてこちらを見てきた

 

「お前……中級治癒使えたのかよ」

「私について聞いてなかったんですか?」

「聞いてない」

「全く……それはそれとして。いいですか、私達はどうやら攫われてしまったようです。話し合いたいので声の音量を落として下さ

「おい、ギレーヌ!ギレーヌ!!聞こえてないのか!?早く来いよ!!」

 

言うのが遅かったのか、ハナから聞いて無かったのか

坊っちゃんは息をスッと吸うと先程よりも遥かに大きな声を出してギレーヌを呼んだ

 

しかし、ギレーヌは来なかった

というか、来るわけがない

 

まず、この作戦をする上で成功するかどうかは兎も角、作戦としての形にするのに最大の壁になるのがギレーヌだった

坊っちゃんのボディーガードを務めているギレーヌは、俺があの家で働く上で出来る限り俺のボディーガードもする事になっていた

それに旧友であるパウロとゼニスからも俺を頼むと言われていた事もあって、この作戦には難色を示していた

 

結果としては作戦を組む上でギレーヌには俺たちが誘拐される街、された後監禁される場所を教えた上で2日掛かって帰らなければ探しにきてくれと言う風に前もって伝える事でこの作戦に協力してくれたのだ

 

故に誘拐が成功したと言うことはここは少なくともロアではないので、ここで叫んだ所で幾ら耳の良いギレーヌと言えども来ることはない筈である

 

勿論坊っちゃんはそんな事を知る由もなく

いつも通り自分じゃ解决出来ないことなのでギレーヌに助けを呼んだというわけだ

 

というか、さっき騒いで蹴られたばかりなのに何故また大声を出す

学習能力ゼロか

 

「黙れねぇのかテメェ!!」

 

坊っちゃんの騒音に耐えきれず、再び男が登場

1度ならず2度までも、と言うことなのか額には青筋が入っておりさっきよりもキレている

 

「う、うるせぇ!お前らなんかギレーヌが来ればすぐに真っ二つになるんだからな!それが嫌ならとっととこの縄解けよ!」

 

しかし、坊っちゃんも負けじと言い返す

よく見ると少し腰が引けているのだが、そこで黙らずに言い返すのだから何故問題児と呼ばれていたのかわかる

 

「ガキが!何様だと思ってんだ!」

 

男は言い返されると思って無かったのか歯茎から血が出るんじゃないかと思うくらい歯を食いしばると扉を閉めるのも忘れて、坊っちゃんを再び蹴り飛ばし壁に叩きつけると壁と挟むようにして再度坊っちゃんの足を蹴った

 

「産まれて苦労もしたことの無いガキが!舐めてんじゃねぇぞ!死ね!クソガキが!」

 

坊っちゃんに追撃の蹴りを入れた男は終わること無く、馬乗りになって殴り始めた

 

演技であろうと何があろうとこれはやり過ぎだ、愛のムチとかそんな話ではない

このままやらせていたら間違いなく坊っちゃんは死んでしまう

 

止めさせなければ

 

「あ、あの……」

「アァ!?」

「それ以上やったら。し、死んじゃいますよ……」

「……チッ」

 

男は俺の言葉を聞いてこちらに注意を向けると、俺と坊っちゃん双方を睨みつけた後に舌打ちをして殴るのを止めた

 

ガヅッ!!

 

男は立ち上がる際に俺の頬に拳を飛ばすと、不機嫌そうに扉を閉めて出ていった

 

女の子を殴るとは……

仮に演技だったとしたら悪趣味すぎる

 

こうして殴られたのは前世で家を追い出されて以来か

この世界に来て初めての出来事にジンジンと主張する痛みを他所に少し放心していた

 

ハッとして坊っちゃんの方に駆け寄ると、見るも無惨な状態だった

何とか呼吸はしていて命はあるみたいだが、失神しているようでこちらに反応をしない

横を向いた顔の口からは折れた歯と血を吐いていて、蹴られた足の部分は骨が折れているのか黒ずんできている

 

内臓破裂も起こしているだろうしこのまま放置すれば死んでもおかしくはない

 

「母なる慈愛の女神よ彼の者の傷を塞ぎ健やかなる体を取り戻さん エクスヒーリング」

 

扉の方を見て向こうの様子を見つつ男に気づかれない様に小声で中級治癒魔術を唱える

見た限りでは無事に治ったようだが、気絶からは覚醒しなかった

 

とはいえ、また元気になって騒がれたらもっと酷くやられるだろう

俺にもさっきより暴力を振るわれるだろうし、今は少し寝ていて貰おう

 

自分にもヒーリングをかけて頬の痛みが引いたのを確認すると、扉にゆっくり近づいて耳を立てる

 

この状況はどう考えてもおかしい

俺に危害が及んだらパウロが殴り込んで来るからと言われ

そうならないように俺を交えて細かく話し合ったというのに

どうしてこんなことになっているんだ

 

扉越しに音を聞いてみると先程の男ともう1人別の男の声が聞こえてきた

 

『おい、まさか殺してないだろうな』

『はぁ?アイツは殺すのが依頼だっただろ』

『アホかお前、それはあくまで最悪の場合だ。別に死体なんて偽造できるし、それに見た目だけは良い貴族のガキだ、払われる金より売っちまった方が金になるって言っただろ』

 

ホワイ?殺すのが依頼?

何処からそんな話出てきた?

坊っちゃんは恨みを買いそうな奴だけど、役に入ってるって言うには度が過ぎる

 

『そんなことより売るツテあるのかよ、2日後には捜索入んだろ?』

『なに、アスラ貴族様ならあのぐらいの年の奴が刺さる奴の1人や2人いんだろ。ダメなら別の国にでも逃げりゃ良い』

 

ううむ、効く限りだと本業の方の話にしか聞こえない

コレが演技だと言うなら満点をあげてもいい

 

しかし、これが演技ではないとしたら非常にマズい

このまま少なくとも俺は奴隷として売り飛ばされてしまう

 

この世界の奴隷の扱いについては知らないが、奴隷に出す奴らがあんななのだからロクな扱いは受けないだろう

そうなことになる前になんとかしなくては

 

しかし、どうするか

逃げるか、倒すか

作戦では誘拐犯を倒すなんて考えていなかった

この場所が当初計画した場所と一致してるとは限らない以上逃げるのにもリスクはある

しかし、倒すのはもっとリスクがある

さっきの男の仲間が何人いるかもわからないし、男の強さもわからない

 

……よし、逃げる方向でいこう

 

『おい、さっき殴ったガキの様子見てこいよ。殺してたら承知しねぇぞ』

『だから別に女の方だけでも問題ねぇだろ、あんなんじゃ買い手つかねぇだろ』

『それがいるんだよ、ああいうのを調教するのが好きなやつ』

 

この国の貴族ってロクな趣味な奴いないの?

 

っと、まだ駄弁っているみたいだが余り時間がない

扉の隙間を土で埋め、更にドアを動かせないように金具を溶かし固める

これなら開けようとしても時間を稼げるだろう

 

振り返り、壁をよじ登って鉄格子を取り外しにかかると扉の向こうから声が聞こえてきた

 

『アン?おい、この扉開かねぇぞ』

 

扉を開こうとガンガンと音を立てて揺らしているが、細工されていることには気づいてないようだ

 

そしてその音で気絶していた坊っちゃんも起きたらしい

 

「ギレーヌ!!ギレーヌ助けてくれ!! なんで来ないんだよ!早く!早く来いよ!」

 

目の前で揺れながら鳴る扉を見て先程より明らかに焦った様子で必死に名前を呼んでいる

流石の坊っちゃんと言えどもこの状態では命の危機を感じるらしい

 

『いいかげんにしろこのクソガキが!くっそ!なんでこれ開かねぇんだ』

『んな焦んなよ、立て付け悪いのに思い切り閉めるからだ』

 

まだ扉は開かないがもう片方の男も開くのを手伝い出したのか

扉からなる音が激しくなってきた

 

とりあえず土槍(アースランサー)でつっかえ棒を入れ、もう少し時間を稼ぐ

 

激しくなった音に恐怖が掻き立てられたのか声を出さなくなった坊っちゃんは逃げ場を探してかあちこちを見渡すと、頭上の格子に張り付いている俺に気づいた

 

「お、おい!何してんだよ!」

「何って、逃げるんですよ。ここにいたら私も危ないですし」

「お、オレも連れてけ!」

「……人には頼み方ってものがあるんじゃないですか?」

「ぐ……つ、連れていって……くれ……」

「ま、いいでしょう。動かないでくださいね」

 

外した最後の鉄格子を外に放り投げると、窓から降りて坊っちゃんの手足を縛る縄を焼き切り、坊っちゃんに急かされながらも窓から脱出する

 

 

『クソが、やっと開きやがった』

『おい!ガキどもがいねぇぞ!』

『アァ!?』

『窓だ!窓から出やがった!』

『舐めたマネしてくれるじゃねぇか!』

『お前は裏に回れ!俺は他を探す!』

 

2人が完全に抜け出たと同時に男達が扉を壊しでもしたのか部屋に突入してきたようで、何かが崩れる音と共に男達の罵声が部屋から聞こえてきた

 

男達の声が聞こえると同時に坊っちゃんが向かい側の壁まで後ずさったのは中々面白かったが、何よりもまずは此処を離れなくては

 

「ここに居ると危険です。早く離れましょう」

「お、おう」

 

───────

 

部屋から出た後、俺らは大通りを避けて極力小道を通った

それのお陰もあってか移動している間出会うこともなく、度々聞こえる男の怒声も少しずつ離れてきた

 

「とりあえずこの辺りであれば大丈夫ですかね」

「やっとか!」

 

鬱憤を晴らすかのように大声を出す坊っちゃん

なんでお前は学習しないんだよ!

 

「静かに。あくまでさっきのところよりかは比較的にってだけです」

「なんだよややこしいな!」

「だから静かにしてくださいよ」

「なんでオレがお前の言う事聞かないきゃいけないんだよ!」

 

お前には恩義ってもんが無いのか?

 

「ああ、そうですか。ならどうぞご自由に」

 

坊っちゃんは俺が引き留めないのを気にもせず、ズカズカと進んでいくが、少し進んだ先むと道端に放置された箱に腰を下ろした

生意気言う割に1人で進むのは怖いらしい

ため息もでるが、家に帰すのが作戦だから言う事は聞いてもらわんといけない

 

会話出来ないかと近づくと箱から立ち上がって少し離れた所で停止した

そしてまた近づくとまた離れ停止、近づくと離れて停止

それを何回か繰り返したその時

坊っちゃんはこちらを向いて離れており、目の前の路地から男が出てきたのに気づかなかった

 

「あ?何処見てんだ、ってガキども!」

 

男はこちらを見るなり激昂した

初対面の人にいきなり何だと思ったが、男の声には聞き覚えがあった

さっきの時に“裏に回れ”と言っていたやつだ

 

先程からその声が聞こえないと思っていたがまさかこっちに回って声を出さずに探していたとは、迂闊だった

 

「声が聞こえたから来てみれば……さっきから、チョロチョロ逃げ回りやがって」

 

男は坊っちゃんを蹴り倒すと、腰にさしていた剣を抜いた

坊っちゃんも相手の正体に気づいたのか下がろうとするのだが、腰を抜かして立ち上がれないようだ

それでも何とか手だけで後ずさろうとするが、腕が震えて上手くいかない

 

「こうすりゃ少しは大人しくなるか!」

「危ない!」

 

男が剣を振り上げたのを見て、自分の足元に衝撃波を起こして坊っちゃんに飛び込む

何とか抱えて相手側に飛び出すと、さっきまで坊っちゃんの左足があったところに剣が振り下ろされた

 

「なっ!?テメェ!」

 

咄嗟のことだったから威力の調節なんかしてなかったが、何とか2人とも無事だ

向こう側に飛び込むのと同時に男の足元に深めに泥沼を作る

剣を避けられた男はこちらに向き直そうとするが、急に膝まで沈み込んだ事で体勢を崩し剣を取り落として転んだ

 

「クソがっ!」

 

男も負けじと剣を取ろうとするがそうはさせない

威力を弱めた石弾を頭にぶち込み、怯んだ隙に剣を取ろうと突っ込んだ腕ごと泥沼を凍らせる

 

「今のうちに離れましょう!」

 

動かない坊っちゃんの手を取って、逃げ出す

後ろから“待ちやがれ”とか男の怒声が聞こえてくるが、両足に片腕まで固められたからか追ってきては居ないようだ

 

 

逃げていくと幸運な事に町の入り口についた

町の入り口辺りには乗合馬車の待合所がある、前もって教えてもらったことだ

迷わずそこに飛び込み、窓から外の様子を見て男達の姿はないのを確認する

 

「ふぅ、今はここに隠れましょう」

 

一先ずの安全を確保できた事に一息をつく

 

「あそこは何とかなりましたけど、次は分かりません。また見つかるのが嫌ならちゃんと私の言う事を聞いて、家に着くまで大声出さないで下さい」

 

 

「わ、わかったよ」

「本当ですか?」

「本当だ。というかお前、オレの家庭教師なんだろ。なら助けろよ」

 

本当と言ってはいるが、思い出したかの様に立場を盾に脅してきた

 

「別に。家庭教師は教えるだけです。それに、そもそも私はまだ貴方の家庭教師でもないですし」

「はぁ?ンなわけないだろ」

「貴方が教わる気ないって言ってたので、まだ雇われてません」

 

そうであるならこちらも突き放すだけだ

坊っちゃんは歯ぎしりしているが、こちらとしても教わる気になってくれないと困るし、それが作戦組んだ理由なのだから

思ってたやり方とは違うが、いずれにせよ教わると本人から言わせるのが大事なのだ

 

「わ、わかった。わかった、ちゃんと教わればいいんだろ……」

「言い方」

「……ちゃんと教わります」

 

まだ不服そうな感じではあるが、言質は取ったしまぁいいだろう

 

「約束は守ってくださいね」

 

この後、合流したのか2人になった男達がこっちまで探しに来たが奥に引っ込むことで何とか見つからずに済み

時間通りにやって来た乗合馬車に運賃を渡し、2人とも乗り込んで脱出するのに成功した

 

運賃は何処から出したって?

言わせるな恥ずかしい

 

 

───────

 

 

「あー、その、なんだ」

 

馬車に揺られながら隣に座っている坊っちゃんが珍しいことに申し訳無さそうにし始めた

先程の出来事から時間が経って少しは冷静になったのか?

 

「どうしたんですか」

「さっきは、悪かったな」

 

思わず言葉を失った

この坊っちゃんに謝罪を言うなんて価値観が存在したことよりもそれを俺に向かって言ってきたことだ

 

「別にいいですよ。ちゃんと約束さえ守ってくれるんでしたら」

「そっちじゃねぇよ」

 

ふむ?そっちではないとはどう言うことだ?

 

「オレを庇っただろ」

「ああ、それですか」

 

確かに直接的に危害があったのはそっちだったな

にしても結果として無事ではあったが、殴られたのを治したのにはお礼言わんのにそっちは言うのか

 

「まぁ別に怪我した訳でもないですし、もういいですよ」

「でも、切れちまっただろ。それ」

 

切れた、と言っても別に出血はしてないし、服も擦れてはいるが切られた訳では……あ

 

体を動かして後ろを振り返った時に髪がたなびいて気づいた、髪の一部が不自然な形で切れているのだ

結構後ろの方であるし前にばかり注意を向けていたから気づかなかった

だからお金を渡す時に御者さんの目がチラチラ動いていたのか

 

避けきれたと思っていたのだが、髪までは無理だったらしい

 

「気にしないで下さい。足とかと違って、髪はまた伸びてきますから」

「怒らないのか」

「怒りませんよ」

「……前に母様の髪を切った時に物凄い怒ったから、お前もそうかと思ってた」

 

あー、なるほどね

髪は女の命とか聞いたことあるし

まぁ俺は中身男だし別にそこまで気にするものでもないけど

 

それより坊っちゃんの母親か……

フィリップは落ち着いてたけど、コイツの親だからな

だいぶ苛烈そうだ

というか、寧ろこの性格は母親似なのでは?

 

「人によっても違いはありますよ」

「そんなもんか」

 

返事を返すが、坊っちゃんは興味を無くしたようにそっぽを向いてしまった

 

「そんなことより、これで本当にウチに帰れるんだろうな」

「いえ?この馬車は隣町で止まるはずですけど」

「は?オレをだましたのか?」

 

坊っちゃんは身を乗り出すようにして一瞬声を荒げたが、その瞬間横を馬に乗った人が音を立てて通過した

 

坊っちゃんは反射的に口を押さえたが、帰っても来ないし誘拐犯ではないらしい

 

「だましたわけじゃありません。乗合馬車は1回の運行で1つの町までしか行かないんです。さっきの町はロアから2つ離れているのでこの馬車じゃつかないんですよ」

「そ、それなら早く言えよ」

「待合所に書いてあったじゃないですか」

「オレは読んでない」

「書いてあったのを見てたような気がするんですけど」

「なら読めなかった」

 

なら、って何だよ

 

とは言え、これも都合がいい

文字とかも教えるという契約である以上今それに繋がりそうなことは何でも使おう

 

「それでまた誘拐されたらどうする気なんですか?文字が読めなかったら場所もわかりませんし、地図も読めません。今回は私がいましたけど、次も一緒だとは限りませんよ」

 

くどくど説明していると坊っちゃんがまた嫌な顔をしだしたが今回のことを引き合いに出すと大人しくなり、その間に文字や算術の重要性を説いていると

気づけば馬車は隣町に到着していた

 

馬車から降りると変わらず誘拐犯を警戒しながらも夜を過ごすために隣町で宿屋を探した

持っている金には多少余裕もあったが、危機感を演出するためにも今日は飯抜きでオンボロ宿に泊まることに決めた

 

坊っちゃんはご飯が食べられないことにはブツクサ文句を言っていたが、宿屋で泊まると言うシチュエーションになると途端に興奮した様子を見せ、早く止まろうと急かすまでであった

お泊まりと言うのには何処の子供も胸を躍らせるものであるらしい

 

そして翌日、まだ陽も昇らぬ頃

一番にロアに向かう商用の馬車に乗せてもらうことにしたのだが

興奮のせいか、はたまた時々聞こえてきた怒鳴り声のせいか、あまり寝付けはしなかったらしい坊っちゃんは少しやつれていた

 

 

─────

 

 

陽が顔を出して間もなく

俺たちはロアに帰還した

 

「やっと着いたか!」

 

坊っちゃんは流石に眠気が勝ったのか馬車に乗るとすぐに船を漕ぎ始めてしまっていたのだが、ロアに付く頃には起きて元通りになっていた

 

「遅いぞ!さっさと来い!」

「はいはい、ちょっと待って下さい」

 

なぜアレっぽっちの睡眠であそこまで元気になるのか

俺が同じくらいの歳でもあそこまでじゃなかったぞ

 

「帰ったらちゃんと授業受けてくださいね」

「分かってる!」

「ホントですか?」

「いい加減鬱陶しいな!受けるっつってんだろ!」

 

調子を取り戻した坊っちゃんが朝早くまだ人も居ない通りを大声を上げて駆けていくのを追いかける

 

一応家に着くまでは俺の言う事を聞いて静かにしてるという約束だったのだが

まぁ、授業は受けると言っているからとりあえずは責めないでいてやろう

 

 

そうだ、このまま走り続けるのも何だし今のうちに坊っちゃんがどのくらい魔術について知ってるか聞いておこう

文字と算術の具合はある程度分かったけど魔術は聞いて無かったしな

 

「坊っちゃん!」

「何だよ!?」

「貴方、魔じゅンムゥ!?」

 

坊っちゃんを呼んだその時だった

裏路地の前を通りかかる瞬間に引きずり込まれたのだ

 

「あ?どうし…ぐぁっ!」

 

俺が引きずり込まれてから1拍置いて、坊っちゃんの苦悶の声が聞こえた

 

「テメェ。次、妙な動きしやがったらその首斬ってやるからな」

 

即座に魔術で脱出しようかと思ったが、首に剥き身の短剣を当てられた事で中断せざるを得なかった

引きずり込んだ相手の顔を見ると俺があの町で魔術を使い、足止めをしたやつだった

 

見えないが後ろからもう1人ついてくるような足跡が聞こえるし、この男がいると言うことは倉庫で殴ってきたもう1人の男もいるのだろう

 

しかしらこの調子で行くと今度は本当に誘拐されてしまう

しかも次の相手は気を抜かないでいるだろう

1人でならまだ何とか脱出方法は思いつくが、坊っちゃんと2人でとなると途端に難度が跳ね上がる

 

まだ捜索が入るには1日あるし、そうなったらもう2度とこの地を踏むことはできないだろう

 

必死になって思考を巡らしていると

 

「イッテェ!!」

 

後ろの男が急に痛みの叫びをあげた

 

「どうした!」

 

俺を担ぐ男もそれを聞いて振り返り、担がれた俺も振り返らされる

その際も俺の首に短剣を当てたままで脱出の隙は無い

 

見るとそこには確かに倉庫で会った男が居たが、何故か右手を押さえて坊っちゃんと相対していた

 

「ガキが……噛みつきやがって……」

 

立っている坊っちゃんの顔を見ると殴られたのだろうか、頬がかなり赤く腫れ上がっている

 

「坊っちゃん!私はいいので逃ガッッ……」

「黙れ!」

 

咄嗟に叫ぶが剣の柄で殴られ話しきれない

 

しかし、どうやって抜けた?

腕は抑えられていて子供の力では振り解けない……

坊っちゃんの顔は殴られて腫れている……

そして犯人の“噛みつきやがって”という発言と押さえた手……

 

……どうやらこのワンパク坊っちゃん、担がれて手を出せないからと自分の顔を殴る相手の拳に文字通り噛みついたらしい

 

野蛮な事も役立つこともあるもんなのだと状況に合わず少し感心する

思えばあの男は倉庫で坊っちゃんを殴る時にも右手を使っていたその時の事を覚えていたんだとしたら大したヤツである

 

しかし、拘束から抜けたとはいえ状況は好転しない

この裏路地は一直線になっており、坊っちゃんがいるのはその真ん中あたり

走った所で大人からは逃げ切れるとは思えないし

更に相手は剣を持っており、余所見ができない

 

「おいガキ!この娘がどうなってもいいのか!」

 

せめて、俺が動けたらどうにかなるのだが

坊っちゃんに気づいたこの男が締める力を強くした上、首元に付く位に剣を近づけており、動けそうにない

 

「クソガキが……」

 

噛みつかれた男が押さえた手を解き、腰の剣を引き抜くのを見た坊っちゃんは……

 

「ギレーーヌ!!!」

 

息を吸い、あらん限りの力を込めてギレーヌを呼んだ

 

「なっ!?テメェ!!」

「死ねや!」

 

俺を担ぐ奴がそれに反応し

憤怒で顔を真っ赤にした男が坊っちゃん目掛けて思い切り剣を振り下ろすが、坊っちゃんはそれをヒラリと躱す

 

「避けんじゃねぇ!」

 

剣を避けられた男は坊っちゃんの動く方向に合わせて、右に左に、振り上げ振り下ろして剣を振るが坊っちゃんはそれら全てを辛くも躱す

 

「おい!早く仕留めろ!」

「わかってんだよそんなこと!」

 

男達も中々当てられないことに焦りを見せるが、坊っちゃんも連日の疲れのせいか動きがふらついてきている

 

「テメェ!それ以上避けるようならコイツの首切るぞ!」

「!!」

 

担ぐ男の脅しに気を取られ、坊っちゃんは自身に振られる剣から一瞬目を離してしまった

 

「ガァッ……」

 

足もふらついた坊っちゃんは直撃こそ避けたものの二の腕を切りつけられてしまった

 

「死ねぇ!!」

 

それに怯んだ坊っちゃんに剣を振り上げられる

 

咄嗟に顔を背け目を瞑る

 

 

ザンッ

 

その瞬間肉が切れた音がした

 

1秒?2秒?

分からないがその音からほんの少しして

 

「うわっ!?」

 

ガクンと体が落ちるような感覚を受けた

うっすら目を開けると変わらず石造りの地面が見える、しかし一向に落ちない

目をゆっくり開いていき、開ききった所で視界を動かし……

 

短剣を握った腕が落ちていた

肩に繋がっていなければならないところには何もなく、ただ血がドクドクと流れ出していた

 

「あ……、え……」

 

一体何が起きた?

 

そうだ、坊っちゃんはどうなったんだ

 

顔を上げるとそこには腰を抜かしたエリオットと柄だけになった剣を持って仰向けに倒れた男がいた

 

その男に頭は無かった

否、頭はあった

ただ転がっていて胴体と繋がっていないだけだ

 

「え?……え?」

 

理解が追いつかない

 

坊っちゃんが殺されそうだった  死んだのは誘拐犯

俺は動けなかったはず  声を普通に出せる

誰がやったのか  俺達以外に人はいなかった

 

考えが追いつかずフリーズしていると坊っちゃんが声をあげた

 

「ギレーヌ!」

 

笑顔になった坊っちゃんが立ち上がり、倒れ込む死体を蹴り飛ばすように駆け出す

 

「すまない。遅れた」

 

すぐ側から聞こえた声に顔を上げると見えたものは

鋼鉄のような筋肉、チョコレート色の肌、ふさふさの毛がある尻尾と耳

 

「あ。え。ギレーヌさん?」

「無事、ではあるのか。……やはり、やらせるべきではなかったか。」

 

坊っちゃんを助けを呼んでからまだ1分程度なはず

全力疾走とはいえ、それで館からここまで来るとは思わなかった

そりゃ坊っちゃんもまず助けを呼ぶはずだ

 

ギレーヌは苦虫を噛み潰したような顔をした後俺をゆっくりと下ろすと、目線も下げた

目線の先を見ると俺を抱えていたはずの男が右手と頭を落とした状態で倒れ込んでいた

どうやら、ギレーヌが男を切った後に落ちないように抱えていてくれたようだ

 

「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。結果として怪我しなかったんですから」

「全く……。危うい所で助けられたから良かったが、仮にお前に何かあったらゼニスに何と言えばいいのか……」

 

危うい所、確かにその通りだ

足元に転がる腕付きの短剣を見て、首にこれが当てられていた時の冷たい感覚を思い出す

アレは脅しではあったのだろう、だがやるとなったら間違いなく殺る気ではあったのだ

 

そういえば、この世界に来てから本気で危険だと思ったことは無かった

少し甘い気持ちで居すぎたかもしれんな……

 

「と、とりあえず今度こそ、館に帰りましょう」

 

死体からは止めどなく流れ出す血の匂いに、気分が悪くなりつつあったので足早にこの現場を離れることにした

 

 

─────

 

 

朝日が差し込み始めた頃に俺達は館に帰還した

 

「帰ったぞ!」

 

坊っちゃんの一喝が響くと朝早くだと言うのにメイドが家から飛び出て駆け寄ってきた

腕に受けた傷は戻って来る間に既に治しておいたから心配されることはない

腕を組んだ仁王立ちのポーズでメイドに軽く身だしなみを整えさせる

その様子からは昨日誘拐犯から怯えていた姿は微塵も感じさせない

さっきもそうだったしワンパク坊っちゃん完全復活である

 

さて、これで気になるのはちゃんと俺の言う事を聞いてくれるのかだ

元に戻って、やっぱ聞かないってなったら、ここまで苦労した意味が無い

 

都合がいいことに魔術の理解度はさっき聞きそびれたから

刺激しないように、慎重に聞こう

 

「あ、あのぅ」

「ん?なんだよ」

 

身だしなみを整え終わり、メイド達が離れたのを見計らって声を掛ける

 

「実はですね。魔術教える上で坊っちゃんの……」

「おい!」

「は、はい!」

 

急に話に割って入ってこられて体がビクッとする

もしや、やっぱりアレなしとでも言うのか

 

はー、神様仏様お師匠様どうかお願いします

そればっかりは辞めさせてください

 

「呼ぶのはエリオットでいい」

「は、はい……はい?」

 

返ってきたのは予想だにもしていない言葉だった

 

「え、えっとじゃあエリオット様、魔術の……」

「様は付けるな」

「では……エリオット」

 

名前で呼ぶと坊っちゃんは口をへの字に曲げたままだが、満足そうに頷くとクルッと方向転換して歩き始めた

そしてそれをそのまま見ていると、振り返って俺と目を合わせた

 

「おい、早く来いよ!」

「え?」

 

来いと言っても来ない俺に変わらず不機嫌そうにするが、今までとは少し雰囲気が違う

 

「授業するんだろ!早く来いよ!」

 

2度来いと呼ばれて体が勝手に動き、その前の文章を理解する前に駆け出す

坊っちゃんは俺が動いたのを見て、歩くのを再開したが

俺が少し近づくとフラついたと思ったら横に倒れ込んでしまった

 

「ちょっ、坊っちゃん!?」

 

もしやあの剣に毒でもあったか、と急いで駆け寄ると

 

「グゥ……、グゥ……」

 

苦しげであるどころかとても穏やかに寝息を立てていた

本人の意志としてはまだまだ起きているつもりだったようだが、実際には体に疲労が溜まっていたのだろう

 

(あれ?そういえば、さっき授業するんだろって言ってた?)

 

そしてホッとすると同時に冷静になった頭で先程の言葉を理解し、近づいてきたギレーヌと顔を合わせる

 

「私にも聞こえていたぞ」

 

それを聞き、安堵と共に全身の力が抜けてへたり込む

 

体の力が抜けた上でこの穏やかな寝顔を見ているとなんだか自分まで眠たくなってきた

宿で睡眠は取ったとは言えベッドと呼べるような物でもなかったし、1度ゆっくり休ませてもらおうか

 

眠る坊っちゃんをメイドの1人が担ぎ上げ、部屋に向かうのを見届けると

俺も自室に戻っていった

 

 

こうして苦労の甲斐あって、エリオット・ボレアス・グレイラットの家庭教師になるのに成功した

とはいえ、相変わらずワンパクなエリオットには今後としても振り回されて行くことになるのだが

それはまた先のお話

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。