彼が彼女で彼女らが彼らで   作:回転するカイデン

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詳しくは言いませんがリアルでドエライことが起きたので、投稿が遅れましたすみません


13話 休日謳歌

 

家庭教師に出てからもう半年

あれからエリオットは授業を逃げ出すことは無くなり

少々文句は言いつつも真面目に受け続けてくれている

 

そんな中今俺がどうしているかと言うと

 

 

「ルーディア遅いぞ!早く来い!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいエリオット!この服で歩くのまだ慣れてないんです!」

 

エリオットと館から出てロアの街に降りていた

 

どうしてこうなっているかと言うと

あれは1週間前に遡る……

 

 

─────

 

 

そう、それはいつもと変わらない日

何度目かの算術のテストのときであった

 

「これでどうだ!」

「どれどれ……」

 

その日はこの前やった、二桁の足し算と桁の変わる引き算の混合テストである

 

歳で考えたらもう掛け算とかやっていてもおかしくないが

何せエリオットは基礎が全然出来ていない

四則演算の内、掛け算と割り算の2つは所詮形が変わっただけの同じ物だが

そもそもの数の足し引きがちゃんと出来なければその2つなんか解けるわけもない

 

というわけで今は足し算引き算を完璧にマスターするまでその2つを徹底して演習しているわけだ

 

「んーっと、ここの問題だけ間違えちゃってますね。でもそれ以外は全部あってます」

「どこだよ!」

「ここです、ここ。一桁目は合ってるんですけど二桁目を間違えてます」

「だぁー!クッソ!」

 

エリオットは間違えたのを理解すると机に突っ伏すと、手で拳を作り何度も机を叩いた

 

これだけで済むなら年相応の少年の癇癪なんだろうが、しかしそれだけでは収まらない

 

姿勢をなおしたと思えば貧乏揺すりは激しくなり、瞳孔は縮み、歯を噛み締めてギリギリと音を立てる

イライラが頂点になる合図である

ここで迂闊に突っつくと怒りが爆発し暴れだす

 

エリオットが座学で機嫌が悪くなるのは珍しい事ではないが、ここまで酷いことにはなったことは早々ない

というか授業の受け始めの何もわからなかった頃に1回あっただけだ

 

しかし、今エリオットがこうなるのには1つ心当たりがある

それは1ヶ月程前からエリオットにもう1人先生が付いたのだ

 

俺が家庭教師になってから、と言ってもよくわからないのだがエリオットは以前より少し落ち着いてきたらしく

それを見たフィリップがいけるかもしれないと思ったらしい

 

そんな訳で新しく礼儀作法を教える先生が試しにとやってきたのだが

何せエリオットは傍若無人、唯我独尊、ワガママという言葉そのもののような奴であったものだから本人から激烈な反対を受けたとのことである

 

ただ、それでも言いくるめられて一応授業を受けることになり、問題もいくらかあるもののちゃんと受けてはいるらしい

一応説得には俺も参加したのだが、それも一助になったのだろうか

 

ちなみにそれまで礼儀作法はどうしていたのかと言うと、ヒルダとフィリップが折を見て教えていたらしい

最初会った時の対応を見る限り成果は薄かったようであるが……

 

 

さて、そうしてエリオットに教鞭をとる人は3人となった訳なのだが

そこで問題発生だ

 

今までは俺とギレーヌで2人で魔術、座学に剣術をそれぞれ朝食後、昼食後で授業をしてきたが

その中に礼儀作法が加わったことで授業が朝食後、昼食後、おやつ後の3回に増えたのだ

 

そのことで今まで自由だった時間の1つが無くなり

自由時間が減ったエリオットはそのことにストレスを貯めるようになる

 

しかし、ストレスを貯めても約束通り授業にはちゃんと出てくる

そうなったことでやり場の無くなったエリオットのストレスが積もりまくった結果が最近の不機嫌さの原因だろう

 

そして、この状況は大変よろしく無い

ストレスを溜め込む事で起きる出来事はエリオットの身にも、俺の健常なメンタルの維持の為にも良くない

故にこの状況は変えなければならないのだ

 

と言うわけで、思い立ったが吉日ということでその日の内にギレーヌと礼儀作法の先生を呼んで3人で話し合った

 

主題はエリオットのガス抜きとなる休日を設けようというもので

話し合いの結果、授業の日数を調節することで7日に1度、エリオットに休みの日を与えようということを3人総意(ギレーヌはちょっと理解しきっていなかったが)の元で可決した

 

 

──────

 

 

そうして日も経ち7日後となった今日

 

エリオットは元々自由な時間の方が多かったとはいえ、俺が来てからは毎日何かを教わっており丸1日空くと言うのは久しぶりだからなのか、エリオットは遂に来た休日に期待を隠せずにいた

 

俺も丸1日自由な時間が生まれるというのも同じく久しぶりなので、この機会にロアの街をグルっと観光でもしようと思っていたのだが

 

そうする前にエリオットに付いてこいと約束を勝手に取り付けられた

断わって起きる悪影響のことを考えると断る事はできず仕方なく一緒にロアを周ることになった

街全体をまわるつもりらしいしこの際複数になったところで問題なかろう

 

 

 

「あら。ルーディアどこへいくの?」

 

そんなわけで街をまわる準備をしようと自室に行こうとしたら、廊下の角でばったり会ったヒルダが声を掛けてきた

 

「坊っちゃんに誘われまして、ロアの街に観光に出ようかと」

「そうだったの。だったらついてきて頂戴、街に降りる前にしてもらいたいことがあるの」

 

そう言ったヒルダは笑みを浮かべていた

特に黒い雰囲気もない純粋な笑顔だ

 

しかし、それからはとても断ろうとは言い出せない程の強い圧を発してもいた

 

 

───────

 

 

「良く似合ってるわ!」

「とても可愛らしいです!」

「こっち向いて下さい!」

 

ヒルダについて行った先で待っていたのは複数名のメイド達

そして彼女らによって着せ替えさせられる少女である

 

少女が着ているのは普段着けているような実用性重視の飾り気のない服ではなく、貴族の娘が着るようなフリル等の装飾があしらわれた上等なものだ

 

そんな淑女達の注目の的になっている少女はスカートの裾を握りしめていて、頭を下げているせいで被り物が邪魔となりよく見えないが隙間から見えるその顔は羞恥によるものか真っ赤に染まっていた

それに合わせて全身もプルプルと震わせているが、そんな様子も少女の可愛らしさにつながるのか淑女達からの歓声は止まない

 

 

そんな少女は無論俺である

 

ゼニス譲りの美少女の見た目を持つこの体は服に着られると言うこともなくバッチリと似合っているらしい

それとなくしていれば名のある貴族のお嬢様と言っても疑われることは無いだろう

 

「こ、これを着ていくんですか……?」

「当たり前じゃない。お出かけするならお洒落しなくちゃ」

 

半年滞在して分かったがこの館には俺くらいの年代をした女の子はいない

仮にいたとしても在住はしていない

 

幾らお金に余裕がある家といえど、そもそも着せる対象の居ない服など無いはずなのだが

一体どこからこんな服が……

 

いや、待てこの服はどこかで見たことがある

そうだ、あれはこの前に服を見に行こうと服屋に連れて行かれた時

そこでは着せ替え人形のように色々な服をとっかえひっかえ着させられたのだ

 

俺の文句により結局は普段着ている服が少し色味が鮮やかになったくらいのものを買っていった筈なのだが

確か、着せられた服の中にこれがあった筈だ

 

この服はヒルダが選んだものだったし恐らく服屋から帰った後、もしくは服屋で俺が見てない内にこっそり店主に相談して買っておいたのだろう

それからは着る機会が無かったから飾られていただけだったこの服も、今日お出かけをするということをヒルダに聞かれた事で遂に俺に着せられる時が来たのだ

 

俺としてはそのまま思い出にでもなっていて欲しかったが、そうはならなかったようだ

まぁ服としては役目を果たす時が来たのだからいいのかもしれないが

 

しかしだ、俺は今や美少女にはなっているがその中身は34の男でしかない

 

見た目を良くすると言うのがいいものだというのはわかる

見た目は肌とかを良くしておく以外にも着ている服に気を使うというものだと言うのもわかる

人ごとの見た目に似合う似合わないがあると言うのもわかる

 

だが、それはそれとして実際にこんな服を着ると言うのは話が別だ

流石に羞恥心が凄い

 

「こ、この服は動きづらいですし、汚れたら大変です。いつもの服装ではダメですか……?」

「そう?でも、折角買ったものなのだから着ないと勿体ないし、暫く着ていてもいいのよ」

 

ニコニコとした顔を崩さないヒルダ

優しい顔こそしてはいるが、それには先程と同じ有無を言わせぬ圧を感じさせる

 

「い、いってきます……」

 

これを説得するのは無理だと悟った俺は大人しく部屋を出て、エリオットとの待ち合わせ場所の館の入り口へと向かった

 

待たせてしまったエリオットからは遅いの一言を貰ったが、見たことの無い服装だったからかジロジロと見られた後はそれ以上は何も言って来なかった

 

折角だし似合ってるかどうかを聞いてみたのだが、フンと鼻をならすだけで特に何も言わなかった

あれだけ似合ってる似合ってると言われて恥ずかしくはあったが、無視されると少し腹は立つ

 

いつかはコイツからも誉め言葉を引き出してやりたいものだ

 

 

─────

 

 

家を出たエリオットはズンズンと歩いて行くが

履いている靴が普通の形状をしているエリオットと慣れない高めのヒールの付いた靴を履いている俺は歩行速度に大きな差があり、歩いているとどんどん離されていく

そして離れる度にエリオットから遅いと言われる

 

自分から付いてこいと言ったのだから歩く速度くらい合わせて欲しいものだ

 

そんなエリオットに先に進まれる中、貴族の居住区画を通り過ぎ商業施設が並ぶ区域に入るとどっと増えた人によって遮られ2人の姿を見失ってしまった

 

何とか人混みを潜り抜けるもののそこには2人の影も形も無い状態であった

咄嗟に近くの店に居ないかと周囲を見渡すがギレーヌの立派なケモミミと尻尾、エリオットの目を引く赤い髪はどこにも見当たらない

 

とはいえエリオットは頻繁に俺の方を見て“遅い”と文句を言ってくるから自分がいないことに気づくのはそう遅くないだろう、先ほどから進んでいるこの道は細い路地を無視すれば交差路は無く一本道になっているから進んでいけばいつかは会うはずだ

 

「そ、そこの君」

 

そんなことを考え周囲に注意を配りつつ歩いていると、真後ろから呼びかけられた

振り返ると、そこにいたのは3人1組の見知らぬ少年達

身なりが他の通行する人と比べそこそこ良いそうなのを見るに商家とか貴族の子だろうか

 

「……? 何か御用ですか?」

「えっ、えーっと……」

 

声をかけた少年は返事を決めていなかったのか俺が返すと顔を赤らめながらしどろもどろになってしまった

俺が後ろの2人の少年に目を向けると先程の少年の様に視線があちこちに移っている

 

 

「ひ、1人でなにをしているんだい?」

 

先頭の少年は目線を外しながらもおずおずとした様子でそう聞いてきた

これはもしやナンパというやつなのではないだろうか

 

だとしたらなんとも初心な反応だ

少しイタズラしたくなってくる

エリオットも年相応にこんな感じなら可愛げもあったのだが

 

「実は人とはぐれてしまったんです。あまり遠くには行っていないと思うんですが」

「そ、それなら僕達と探しませんか!」

「いいんですか?」

「もちろん!」

 

周囲に目をやりつつもそれとなく返事をしたら、それを聞くなりやたら少年達が食いついてきた

やはりナンパだったようだ

というか一応一緒にいる人がいると言ったつもりなのだが、そんなに美少女と行動を共にしてみたいか

もしくは困ってそうだから助けてチャンスを、とでも思ってるのかもしれん

 

だが、残念だったな

その美少女の中身はアラサー過ぎのオッサンだ、君たちの考えるようなことには決してならんよ

 

まぁそれはそれとして人探しなら人は多い方がいい、大した範囲でもないだろうがこの体の背は低くて人が邪魔だし

万が一にもすれ違ってしまうと言うこともあるかもしれないしな

 

「では、お言葉に甘えて。ああ、それと申し遅れました。私の名前は……

「おい。何してんだ」

 

名を名乗ろうとしたその時。後ろから聞こえた聞き覚えのある生意気な声

 

振り返るといつの間に近づいてきていたのかそこにはエリオットがすぐ後ろにお得意の腕を組んだ仁王立ちで立っていた

よく見るとその向こうにはギレーヌもいる

想像通り俺が居ないのに気づいて戻ってきたのか

 

折角探そうと提案してくれたのに悪いが、探し人の方から出てきてくれたので断ろうと向き直ったら少年達の様子がおかしい

 

「あ、あ……。エ、エリオット……」

 

俺と話していた少年は唐突に現れた赤毛の少年に困惑しきり、というより青い顔をして震えている

 

考えてみればそうだ

エリオットは学校で暴れ回って、挙句来るなとまで言われたヤツだ

学校に行かなくなってもこんな感じで街に出た時に別の問題を起こしても不思議じゃないし、有名というより悪名は名高いだろう

 

少年達は見たところ俺より少し上の歳、ということはエリオットと同い年ということだ

貴族の子であるとするなら学校で直にその暴威を味わったということは十分に想像できるし、そうとなれば怯えるのは当然だろう

 

「エ、エリオット……」

「何でこんなとこにいるんだよぉ……」

 

そしてその子の後ろに立つ2人も同じなようだが、その怯え様がより酷い

恐らくコイツらは本当にエリオットの被害者なのだろう

 

余程エリオットの事が怖いのか、2人の少年は一緒に手を合わせて膝をガクガクと震わせ涙目にすらなっている

それにエリオットが睨みをきかせると、顔を伏せて全身をガタガタさせ始めた

 

 

「おい」

「なんでしょうか」

「とっとと来い」

 

暫く少年達を睨みつけていたエリオットも少しして飽きたのか不機嫌そうな顔で俺に短くそれだけ言うと振り返って歩き出した

 

正直文句をいわれるのかと思っただけに意外である

少年達より先に俺に話しかけたのは近いのが俺で、探すのに手間取らせた俺の方にムカついているからか

はたまた、これ以上自分の時間を使うのが惜しいのか

 

「わかりました」

 

まぁ何でも良い

少しでも待たせるとまた小言をもらうだろうし、すぐに付いていこう

 

「待った!」

 

とその時、何を血迷ったのか俺と話していた少年は声をあげると俺の前に手を出して庇うような姿勢をとった

 

「そ、その娘には他に一緒に回ってる人がいるん「おいバカやめろ!」「殺されるぞ!」

 

エリオットに歯向かう少年を必死な顔して2人が止める

一体何を勘違いしているのかと思えば、そういえば俺が具体的に誰と探して回っていたのかは言って無かったな

これだけ怯えているのならどの道探してもらうのに協力してもらうのは無理だったかもしれないが……

 

もしかしてこの少年

エリオットが俺を強引に連れて行こうとしてると思っているのか

まぁエリオットの悪評を考えれば無理もないか

先んじて言っておけばこんなことにもならなかっただろうに、悪いことをした

 

「あ?何だよオマエ!!」

 

そして元から機嫌が悪めだったというのに見ず知らずの少年に急に水をさされて完全にご立腹のエリオット

これをされても殴りにいかないだけ前から成長したんだろうが、手は既に握り拳を作っているしこのままなら十中八九殴りにいくだろう、俺もギレーヌもいるし何発も殴らせることにはならないだろうがその前に一発は殴られるだろう

 

流石にそれは避けたい、折角の休日がバイオレンスな始まりになっては楽しめるものも楽しめん

 

何より、彼は勘違いとはいえ善意から止めようとしてくれたのだ

よろしくない思惑もあったのかもしれないが、彼は怯えていた相手にそれは良くないと正面から止めに入ったのだ

 

そんな勇気ある者が酷い目にあうと言うのはちょっと酷いんじゃないだろうか

 

「き、君が誰なのかは知らないけどそう言うのは良くないと思う……」

「何だと!テメ……タァン!!

 

 

威嚇して尚、自身に歯向かう少年に遂に我慢ならなくなったエリオットはそれを黙らせんと拳を振り上げるが

その拳が振り降ろされる前に俺はエリオットも、俺を庇うように立つ少年も、怯える2人の少年も、様子を見ている野次馬も気づくように強く手を鳴らした

 

よく響いたその音は目論見通り周囲の全員の動きを一時的に止め、俺に注目を集めさせた

 

「そこまでですエリオット」

「……フン」

 

振りかぶった姿勢のまま俺に目を向けて停止したエリオットは諌められると、目だけでチラリと少年を見た後不機嫌そうな顔のまま鼻を鳴らして構えを解いた

 

「ふぅ……。 すみません、腕を退けて貰えませんか」

「え?あ、あ……うん」

 

安心して一息つくと、前に立つ少年にも声をかける

少年は素直に言われた通り腕を退けてはくれたが彼は突然の展開にまだ思考が追いついていないようで目を白黒させている

 

「伝え損ねてごめんなさい。私はルーディア・グレイラットと申します。そして私が一緒に回っていた、探していたのがエリオットなんです」

「え?……え?」

 

様子を見かねて忘れていた自己紹介ついでに軽く説明をするが

俺の言葉を聞いても未だ頭の整理は出来ないどころか余計に混乱したようで、もう既に離れて歩きだしているエリオットと俺を間の抜けた顔で交互に見ている

 

「では失礼します。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」

「おい早くしろ!」

 

最後にエリオットの分まで謝罪をすると、そんなエリオットから小言を貰ってしまった

何にせよどちらからしても悪気は無かったのだろうから、それの始末が俺への小言だけで済んだのならなによりだろう

 

 

──────

 

 

少年達から離れて少し歩くと先程の場所より露店が増えてきた

先程からも露店はあったのだがその設置間隔がどんどん短くなっるのだ

今俺達が歩いている辺りではズラリと露店が並んでおり中々壮観な眺めである

 

先程の辺りは買い物には貴族向けなのか低くても金貨1枚はかかるアクセサリーや香水とかのお高めの店が多かったが、ここらでは値段が高くて金貨1枚で多いのは食べ物や食器とかの庶民向けな店だ

 

食べ物も果物や野菜だけではなく、お菓子なんかも売られている

流石はここらで1番大きな街と言ったところだろうか

 

「……スンスン」

 

そんな感じで街を散策していると何やらエリオットが鼻をヒクヒク動かし出した

匂いを嗅ぐためだからそれ自体は大して不思議ではないが彼は別に甘いものを特別好むという訳でもない

 

何故なのかと思っていると俺の方にも何やら良い匂いが漂ってきた

それはお菓子のような甘いものではない、香ばしく焼けた肉の匂いである

 

「あれ美味そうだな」

 

そう言ったエリオットの目線の先では煙を上げて何かの串を焼き上げる店があった

風に乗ってくる仄かな炭と焼けた肉の合わさった匂いは確かに食欲をそそられる

 

エリオットと共に店に近づき何を売っているのかを見ると、キングエメラルドヘビという魔物の焼いた肉らしい

店主の触れ込みによれば冒険者のマスト飯らしいが

こんな町中でもそんな魔物の肉が売られていると言うのは中々意外だ

もしかしたら今まで食べてきた中にも魔物の肉は混ざっていたのかもしれない

 

しかし気になるのは何より味だ

ヘビ、というか魔物の肉なんてどんな味なのか想像もつかん

ヘビはサバイバルものとかでも食ってたりするし

自然の魔物はあくまで生物が変化したものが大半らしいから食えないものだとは思わないが

少なくとも自分の知識にある食べたことのある肉は牛、豚、鶏のみだ

サイズ自体がそこそこ大きいし食いきれない可能性もある

興味はあるにしても、だからといって旨くないものを食べる程のものではないからな

 

……そうだ、丁度いい人物がいた

 

「ギレーヌ、キングエメラルドヘビって食べたことあります?」

「あるぞ。あたしも冒険者だった時はよくたべていた」

 

俺たちの護衛のためついてきていたギレーヌである

冒険者のマスト飯というのだから元冒険者のギレーヌは食べたことがあるのではないかと思っていたがビンゴのようだ

 

「味はどうでした?」

「中々美味かったはずだな。ふむ、話していると久々に食べたくもなってきたな」

 

なるほどね

元冒険者からのお墨付きを貰えたとあれば、食べてみることにしようか

 

「なんだ、お前も食うのか?」

「そうですね。1本頂こうかと」

 

既に食う気で満ちているエリオットが俺の会話を聞いてかそう聞いてきた

 

「ならお前の分も買ってやるよ!」

「え?いいのですか?というより、お金はあるんですか?」

「持ってるぞ!」

 

そう言ってエリオットが懐に手を突っ込んで取り出したのは、その小ささの割に中身によってかやたらとドッシリとした袋である

 

「い、一体それは……?」

「お祖父様がこれを使えって渡してきた!」

 

笑顔を浮かべてエリオットが袋を振ると中からはジャラジャラと音がなる

その中身は全て金貨だとしたら、おいくら詰まっているのかは想像がつかない

というかサウロスさん、そういうことするから孫がつけあがるんじゃないですかね

 

「お金の使い方とかも教えた方がいいのかなぁ」

「なんだよ!」

「ああ、いえ何でもないです。でも大丈夫ですか?いくらかかるとか、ちゃんとわかっているんですか?」

 

チラリと値段を見ると1本銅貨2枚とあった、肉の仕入れに幾らかかってるのか気になるが結構安い

冒険者のマスト飯というが安いから食ってるってことなのだろうか

 

「あ?えーっと……。1本2枚だから2に2を足して4で、4に2を足して6で……8枚だ!」

「うーん。それだと4本買うことになっちゃいますよ?」

「ん?オレが2本食べるんだから4本だろ」

 

俺とギレーヌに1本ずつ渡すとして自分で2つも食う気なのか

まぁまぁサイズがあるというのに成長期の男子はよく食うものだ

それに……

 

「それならちゃんと計算できてますね。流石はエリオットです」

「フン、当たり前だろ」

 

3人に必要だから3本、でも自分が食べたいからもう1本足して4本

銅貨2枚が4本で8本

実に簡単な計算だが別に構わん

ちゃんと計算を覚えてはいるのだし、プライドが高い彼には出来たらすぐに褒める方が効果的なのだ

 

エリオットは持っている袋を漁ると、中から先程計算した分だけの銅貨を取り出して店主に4本分のお金を支払って串を受け取ると俺とギレーヌに1本ずつ渡した

 

実際に持ってみるとこれまた中々ずっしりしてる串である

折角の服が汚れない様に齧りやすい様に持ち替えていざ実食

 

「はぐっ……。……んむ」

 

軽くかじってみてすぐに感じた

これはあかんヤツだ、と

 

まず肉の食感が悪い

生という訳でもないがブロックの肉だし、直火の焼肉だからミディアムな感じだろうとは思っていたがなんか全然違うものだ

なんともグニッとした感じがして、噛めないほど硬いというわけではないが軽く噛めるような訳でもない

筋張っているという訳でも、グズグズしてるって感じでもなく本当に名状しがたい食感だ

ヘビは全身筋肉の塊であるとは聞いたことがあるが、だとしてもこんなものになるだろうか

 

噛み切れないほどでもないので一口かじり口の中で咀嚼してもみるがコレも中々酷い

ちゃんと下処理をしてないせいだろうか

獣臭いというよりゴムのような名状し難き臭みがあり、噛むと肉汁が漏れるのだが、それが余計に臭みを口に広げる結果となる

味だけはまだそこまで悪くないのが幸いだな

 

総括すると、食えないこともないが俺はマトモに食いたいとは思わない、といったところか

香辛料とか使えばまた話は変わりそうだが、それでももう一度はご遠慮願う

ギレーヌは平気な顔して食べているが、獣族にとってはイケる味なのだろうか

 

そういえばエリオットは平気なのだろうか、先に狙いを定めていたのは彼の筈で2本も買っていたが

エリオットは産まれてから俺よりよっぽど良いものを食べていた筈だし、さぞ嫌な顔をしているだろうと思い彼の方を振り返ると

 

そこには既に何も刺さっていない空の串を片手に、刺さっていた肉を口一杯にモシャモシャ咀嚼しているエリオットがいた

 

「あー。えー……、マジですか」

「?」

 

俺の困惑した顔を見ても特に思うことは無いのか、そのまま咀嚼し続けている

 

「平気……なんですね……」

「ん?ふぇっほふふふぁいふぉ(結構うまいぞ)

 

何を言ってんのかわからんが、何を伝えたいかはわかる

お前の味覚はどうなっとんじゃい

 

「口に物を入れたまま喋らないで下さい、行儀悪いですよ」

 

俺の注意も素知らぬ顔で食い続け、口の中の物を飲み込むと一言言ってきた

 

「食わねぇのかそれ」

「え?」

 

そう言うエリオットの目は俺の手元に握られている殆ど口をつけていない串を見ていた

 

「実はあまり口に合わなかったんですよね」

「ふーん」

 

興味なさげに言いながらもその目は未だ湯気立つ串から離れていない

朝食から時間経っているとはいえ大きめの串2本食っておいてまだ足りんとは、流石は成長期の男子

 

「私はあまりお腹も空いてないですし。良ければ、あなたが食べます?」

「ん、そうか」

 

人の物を強請るほどマナーがなっていないわけでは無いみたいだが、あんな風に見られていると俺も察せないほど鈍くはない

元はといえばコイツの金だしな

 

しかしエリオットに串を手渡したその時、既にこれを俺が一口齧っている事を思い出した

 

「ちょっと、待っ……」

「んぐっ?」

 

そこに気づいて慌ててエリオットを止めようとしたが、言うのが遅かったのかエリオットは串焼きを俺が口にしていた部分ごと既に食べてしまっていた

 

「あー……いや、何でもないです」

「ん、そうか」

 

そう言うとエリオットは再び串を食べ始めた

 

全くなんというやつだ

言わなかったこっちも悪いが、だとしても既に人が食べていたものでしかも女子のものを躊躇なく食べられるものなのか

パウロならむしろそのことを先に気にしそうなものなのに、色気より食い気とは正にこのことなのだろう

 

 

───────

 

 

あれから小腹も満たせて満足したのかエリオットと俺はそれからも右へ左へ街を散策し、適当に気になった店を覗いたりしているとあっという間に日が暮れてしまった

今日だけでも大分歩いたと思うのだがまだまだ見ていない所があるのだから大した街である

このフィットア領最大の街の名は伊達では無いということか

 

「今日は楽しかったな!」

 

隠れ始めた陽の光を受けて周囲が赤く染まって来る中、館の門が目の前というところで並んで歩いていたエリオットが突然体をこちらに向けてそう言ってきた

顔には満面の笑みが浮かんでおり、そこにはこの前までの不機嫌さは欠片もない

やはり丸1日自由な時間を過ごさせるのは効果的だったようだ

 

「そうですね。私も楽しかったです」

 

俺も少々振り回されはしたが今日1日の観光は楽しかった

目的としてはエリオットの機嫌を良くするためだったが、存外俺もリフレッシュしたかったのかもしれない

 

「また行こうな!」

 

そう言うエリオットの顔は夕日のせいなのか分からないがちょっと頬が赤くなっていたように思う

まさかデートのお誘い!?エリオットが!?

口調も朝の強制っぽい感じより提案という感じがするし、まさか本当にそうなのだろうか

 

「ええ、また行きましょう。」

「言ったな!絶対だぞ!」

 

俺に男色の毛なんぞ微塵も無いが、俺は彼の家庭教師だということもあるし、その相手が俺を好きでいてくれる奴というのなら俺だってそれには出来る限り答えてやりたい

 

「わかってますよ。ですが」

「ん?」

「ちゃんと授業は受けるんですよ。」

「わかってる!真面目にしてればいいんだろ!」

 

一応釘を刺すための発言もしたのだが、エリオットはむしろ喜んだままの様子でそう言って駆け出すように館の門に飛び込んだ

 

初めて会ったときはこちらを眼中にも無い、むしろ邪魔と思わせるような感じだったのにこんな風にこちらの様子を伺う様子を見せるとは

何とも感慨深いものである

 

そんなことを考えながら俺も門に向かって歩いていった

 

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