彼が彼女で彼女らが彼らで   作:回転するカイデン

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日曜に投稿したかったのですが、遅れて申し訳ない


5話 卒業試験

何度も夢に見た

それはいつもゴミの散らかった部屋で目覚めるところから始まる

小さく、非力で整った容姿の少女はおらず、そこには肥え太った醜い姿の男がいた

 

腕を動かしても何も起きない、周りを見ても暗い部屋で目に悪い光を放つ愛機が鎮座しているだけ

あの村は俺が都合よく作った夢だったと言わんばかりにいつも通りの光景があった

 

こうして見る夢は毎度少しずつ違っていた

 

ある夢ではそのまま扉の向こうから、兄弟達の声が聞こえた

あの時と同じ俺を責める声は階段を上がって近づいてきた

そして扉を蹴破る音と共に目を覚ました

 

ある夢では扉を開けて外に出ようとした、だがそこは廊下ではなかった

俺は裸で校門に繋がれていて、身に降り注ぐ雨は夢の筈なのに痛いほど冷たく、震える寒さは意識を鮮明にした

目の前では制服を着た男がこちらを見て笑い、写真を撮っていた

女は軽蔑した目で謗言を吐き捨てた

何も見えない後ろからも不明瞭な声で俺に向けた陰口が聞こえる

 

何度も見る夢はその度に俺を絶望に突き落とした

 

あれが夢であることはわかっている、魔術の衝撃も食べた料理の味もふとした事故の痛みも、愛情からの温もりもここは現実なのだと教えてくれている

 

それでもあの夢を見るたびその自覚は揺らぎ、今度目を覚ましたら本当にあそこにもどってしまうのではないかと不安になった

だから俺は毎回己に言い聞かせる“大丈夫、ここが現実であれはあくまで夢なのだ”と

 

 

 

 

 

今日の天気は見事な快晴である

雲一つ無い空は綺麗な青で、降り注ぐ日差しは暖かい

洗濯物もよく乾きそうで、こんな日は大の字になって日向ぼっこでもしたくなる

しかし、そんな天気と裏腹に俺の心には暗く重く沈んでいた

 

卒業試験で使う水聖級魔術は庭で使うには規模が大きすぎるため外で行う必要があるのだとか

 

最初は別れることに対するショックを受けていたが、外でやることを聞いてからはそちらの方ばかりに意識が寄っていた

 

「どうしたのですかルディ、もう準備はできましたよ」

「あの、どうしても外にいかないとダメなんですか?」

「はい、ダメです

 先程も言った通り『轟雷積層雲』(キュムロニンバス)は大規模で農作物や人に被害が出る恐れがあります」

 

些細な抵抗を示すもののバッサリと切り捨てられてしまった

外にはいつか必ず出なければならない時が来るのはわかっていた

しかし、今こうして前にすると足が竦んで動かない

なんと情けない事なのか、ロキシーは人から見られることを恐れていないというのに、俺は過去に縛られたまま動けずにいる

 

「で、でも外には魔物が…」

「平気ですよ、私もいますし、この辺りの魔物ならルディにだって倒せます」

「うぅ…」

「しょうがないですね、少し目を瞑っていて下さい」

 

そう言われ、言われるがままに目をつむると軽く担ぎ上げられ、そのまま馬に乗せられた

 

「うわっ!?」

「はいはい、暴れないで下さい」

 

ロキシーは俺を乗せると、すぐに自分も乗り、俺が暴れないように腕と足を使い左右から挟んだ

 

「ほらね、怖くないでしょう では、行きますよ」

 

俺が馬ではなく外を恐れているとは露知らず、ロキシーは手綱を打ち馬を歩かせ始めた

着々と近づく外に、逃げようにも簡単には抜けられないくらいにしっかりと押さえられている

俺は縋るように身を縮こませ、目を強く瞑った

 

俺とロキシーを乗せた馬は何事もなく庭の外に出た

 

 

「見て下さいルディ、畑で作物が綺麗に育っています」

 

目を瞑りっぱなしの俺を見かねて、ロキシーが声を掛けてきた

恐る恐る目を開けていくと、目の前には囲む人混みなどは影もない広々とした畑が広がっていた

 

まだ収穫には程遠い作物は青々した葉を茂らせ、風に靡いている

心地よい蹄の音と揺れに背から伝わってくる人の温もりは、悪意なぞ欠片もない開放感のある景色と共にゆっくりと俺の心を解していった

 

「この村はこんなに広かったんですね」

「そうですよ家に居るだけではわからないものです、ルディはもう怖くありませんか?」

「はい、今のところは大丈夫そうです」

 

俺の緊張が解けたのがわかると、ロキシーは俺を押さえていた力を抜いた

その後周りの景色を見ながら進んでいるとら畑に人影が見えた、

それを見て身が強張った

ここはあそことは違う、だけど人の目はまだ怖い、そいつは本当に何も知らないのか俺を馬鹿にはしないのか

近づいていくと人はこちらに気づき目線を向けてきた

何故こちらを向くのだろうか、そのまま農作業を続けていればいいだろう

 

目線から逃れるように俺は顔を背けた

 

「こんにちはロキシーさん、今日はお弟子さんと一緒かい?」

「こんにちは、今回は外でやる必要がありましてねそれでです」

「そうだったか、気をつけるんだよ」

「はい、ありがとうございます」

 

村人は明るい声で挨拶をしてきた、俺に気づきこそしていたが話しかけているのはロキシーにであった

話終わり通り過ぎるのがわかって振り返ってみると、こちらに向かって笑顔で手を振っていた

 

その後にも何度も人とあったが、その度にこちらに向かって挨拶をしてきた

こちらを見て嫌な顔をしていた者は誰一人として居なかった

誰もが最初からこうだった訳ではないだろう、外から来て尚且つ魔族であったロキシーはその分偏見も強かっただろうに、今こうして誰からも挨拶をされる仲になっている

 

こんな風に外を動けるのも彼が自分から認められるように働いていたからだろう

見上げて見え“どうかしましたか”と聞くいつも通りのすまし顔が、いつになく格好良く見えた

 

次に挨拶された時、俺もおずおずと挨拶を返してみた

その人の顔は他の人と変わらない顔だったが、俺にはそれが他よりも優しい雰囲気を持っていたように思えた

 

何を恐れていたのだろうか、ここは俺を拒絶しない

それがわかると一段と力が抜けてしまった

 

 

進むままに体を任せていると畑もなくなり

見る限りいっぱいに何も無い草原が広がる場所で馬が止まった

 

「このあたりでいいですかね」

 

俺を馬から降ろすと、後ろに一本だけ生えていた木に手綱を結んだ

 

「それでは始めましょう、これから一度だけ『轟雷積層雲』を使います、よく聞いて、よく見て再現して下さい

 お手本なだけなので私は1分ほどで終わらせますが、そうですね……ルディは1時間ほど続けることが出来たら合格としましょう」

 

 

言い終わると草原に向かって少し歩き、ある程度歩いた所で止まった後杖を天に掲げた

 

「雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ!

 我が願いを叶え、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ!

 神なる金槌を鉄床に打ち付けて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ! ああ、雨よ! 全てを押し流し、あらゆるものを駆逐せよ!」

「キュムロニンバス!」

 

唱え終わった瞬間に今まで吹き付けていた風が止んだかと思えば、瞬く間に凄まじい大雨が吹き荒れる

 

顔に打ち付けられる雨粒を堪え目を開くと、先程までの長閑な景色を塗りつぶすかのように嵐と闇が広がっていた

そしてその闇を切り裂く稲妻が雲の間を駆け抜けたかと思うと、急に目の前が光で包まれる

 

ガガランガシャーン!

 

急な眩しさで目を瞑ると、次の瞬間には地が割れたと間違える程の轟音を立てて雷が落ちてきた

光で目をやられ、全身に浴びた音の衝撃で意識が混濁する

 

「────ッアアーー!」

 

なんとか頭を振って目を覚ますと、ロキシーが今まで聞いたこともないような悲鳴をあげていた

叫びながらも走り出していて、その先を目で追うと先程の落ちた雷にあたったのだろう、木に繋いでいた馬が繋いでいた木と一緒に黒い煙をあげて焦げていた

 

「母なる慈愛の女神よ、彼の者の傷を塞ぎ、健やかなる体を取り戻さん!」

「エクスヒーリング!」

 

先程の噛みしめるような詠唱とは真逆に舌を噛むんじゃないかと思う早口で詠唱を済ませると、馬の怪我もみるみるうちに治り

震えた足で立ち上がった

 

どうやらまだ息はあったらしい、生きていなかったらどうなっていたことか。これが終わったら別れるにせよ、追い出されるような形にならなくて一安心だ

 

「はふぅ、良かった」

 

馬が無事だったのを確認すると、脂汗を顔中に貼り付けた状態で地面にへたり込んでしまった

この馬はパウロが冒険者であった時から一緒にいるようでそれだけ思い入れも強い、それは俺やゼニスと同じくらいに大事にされていて、少し怪しさすら感じる手入れの様子からもわかる

既に2年も家にいるロキシーもそのことはよく知っているからこそここまで慌てたのだろう

 

「こ、このことはどうかご内密にお願いします」

 

いつの間にか横に付いていた俺にやっと気付いたロキシーは、涙目になりながらそう言った

 

やはりいつものロキシーだ

よくこうやってドジを踏むし、その度に間抜けな反応をする

たまにパウロとのスケベ談義もしていて、試しに一度混ざろうとしてみたら、パウロからは追い出されるわ、ロキシーは物凄い剣幕で誤魔化してくるわで散々だった

 

だが、その裏では夜遅くまで俺の授業のために準備をしているし師匠としての威厳のためかこっそり魔術の練習だってしている

 

願わくば男で友としていたかったが、まぁそれは仕方ない

出会えたことが何よりの幸運である

 

「さて、では次はルディの番です、やってみてください

 カラヴァッジョはお気になさらず、私が守っておきます」

 

ロキシーは土を払いながら立ち上がると指をさして言った

格好つけているみたいだが、体全体を使って逃げようとしてる馬を止めながら言っているから、かなり間抜けな見た目になっている

 

ロキシーが『土砦』でカラヴァッジョごと自身を覆うのを確認し

俺も魔術を使う体勢に入る

 

卒業試験、気合が入るな いっちょさっきのよりデカく作ってやるとするか!

 

えーっと詠唱は確か……

 

「雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ!

 我が願いを叶え、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ!

 神なる金槌を鉄床に打ち付けて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ! ああ、雨よ! 全てを押し流し、あらゆるものを駆逐せよ!」

「キュムロニンバス!」

 

よし、言えた

詠唱が終わると同時に先程のものと同じ分厚い雲が陽の光を遮り嵐が吹き始めた

 

それと同時に理解した

『轟雷積層雲』は複数の雲を同時に動かし雷雲を作る

しかし、魔力の供給を少しでも止めるとそこから雲が散っていってしまう

気合を入れて腕を上げ続けたが、数分すると腕が疲れてきた、このまま1時間続けるのはすこし辛いかもしれない

 

とはいえ、どうしたものか……待てよ?

これは混合魔術で応用が効くのではないのか、霧を作る方法があるんだ雲だって作れるだろう

 

霧は地面近くに出来た雲なんだからやり方は同じような感じなはず……

周りにまだロキシーが作った雲も残ってるし、それを横向きにズラして……

 

そんなこんなで魔力を半分ほど使って1時間は十分もちそうな状態にできた

雨の中ずっと立っていたものだから全身がズブ濡れになってしまったので、急いでロキシーのいる土のドームに駆け込んだ

 

「キチンと発動できましたね、この壁は1時間ほどで消えるのでそれまで続けば合格です、では続きに戻ってください」

「続きですか?」

「はい、水聖級だからって別に特別な魔術の訳でもありません、しっかり外で制御をしなければ解けてしまいますから」

「それなら大丈夫です、解けないようにしましたから」

「大丈夫です、って──まさか!」

 

なにかに気づいた様子のロキシーが外に飛び出し、それと同時にドームが崩れ始めた

 

(危なっ、ちゃんと維持し続けないか!)

 

「そうか、竜巻を斜めに起こして雲を押し上げつつ霧の応用で雲を増やしているのか……」

 

ロキシーのため息混じりの声が聞こえ外に出ると、そこには何倍にも大きくなり今尚規模を増やし続ける積乱雲があった

完成図の漠然としたイメージこそあったが、なかなかにそれっぽいものが出来たじゃあないか

 

「ルディ」

「はい、どうしました師匠」

「合格です」

「え?どういうことです?まだ30分もたってませんよ?」

「いえ、あの調子なら間違いなく1時間もちますし、ここまでできるのなら充分です

 それとあれ消せますか?」

「多分……とりあえずやってみます」

 

さっきのとは逆の手順であちこちを冷やしたり暖めたりしたが、時間が経ち規模が大きくなった雲にはその程度では効果がなく

最終的に風の魔術を使って力ずくで解除することになった

 

雲を散らすのに手間取った結果、来た時と同じ景色になる頃には横でその様子を見ていたロキシーも全身がズブ濡れになってしまった

 

「まさか卒業試験でさえ実力を見せつけられるとは思ってもいませんでした」

「いえいえ、今回は偶然上手く行っただけですよ」

「ルディならその上手くいった一回だけでコツを掴んだりしたのでは?」

「アハハ……バレました?」

「やっぱりですか……才能ある子だとは思っていましたがまさか2年で聖級を覚えるとこまでいくとは思ってもみませんでしたけどね」

 

水が体から滴る中、2人で顔を見合わせて会話していた

流石に2年一緒にいただけあってか随分こちらのことを知られたようだ、俺もこの2年でそれまでとは比べ物にならない程成長できたし外にだって出ることができた

それには間違いなくロキシーがいてくれたからだろう、他の人物に教えられていてもきっとここまでは来られなかった

そんなロキシーとももう別れの時だと思うと淋しくなる

思い出に耽っていると、ふとロキシーが少し考え込んだ様子を見せたかと思うとオホンと咳払いをし、真剣な表情に顔を変えた

 

「ルーディア・グレイラット」

「は、はい」

 

いきなり普段は呼ばない本名で呼ばれたもんだから背筋が跳ね起きてしまった

にしても、急に本名で呼ぶとは一体何事か

 

「これで、貴女は晴れて水聖級魔術師になりました

 ここまで来れる魔術の腕は並大抵のものではありません、ですがだからといって無闇にその力を振るってはいけません

 聖級魔術師たる覚悟をもって日々を過ごしてください

 それに魔術の道はこんな所では終わりません、ここで立ち止まらずより高みを目指して今後とも鍛錬を続けるように」

 

ロキシーの口から出たのは全く似合わない壮大な口調での魔術師としての心得だった、師匠と呼ばれるのを嫌う割にこういうことはするのだから、やっぱり変な所で真面目な人だ

 

話を終えると、話す前の笑みを浮かべた顔に戻った

折角格好つけていたロキシーには悪いが、俺としては先程のキリッとした顔より少し緩んだこの笑顔の方が似合っているように感じた

 

「堅苦しいのはこの辺にしておきますか、改めましてルディ卒業試験合格おめでとうございます」

「ありがとうございます師匠、ところで先程の心得はもしかして師匠が受けたものだったりします?」

「あ、いえ、あれはただ僕が弟子を取ったらその弟子に言ってみたいと思っていたことを言っただけです」

 

なんじゃそりゃ、背筋を伸ばしたのが馬鹿みたいじゃあないか

それに聞き間違えていなければ今、僕って言ったような……

 

「なんですかそれ、緊張した時間を返してくださいよ」

「まぁいいじゃないですか、それにどうでしたか先程の姿は、似合ってました?」

「正直に言っていいですか?」

「もちろん、どうぞ言って下さい」

「では遠慮なく言わせていただきますと、正直師匠にはさっきの雰囲気はあんま似合ってないと思います」

 

そう告げると、見た目通りの少年らしいキラキラした表情から一転して、見てるこちらが気の毒になってくる程の落胆したものに変わった

 

「そう……ですか、はぁ……ルディでもダメだったか……

 

いつも通り、聞こえないような声を出しているつもりなのだろうがガッツリ聞こえている

それにしても良く見られたいとは、中々見た目相応の気持ちもあったものではないか、落ち込ませっぱなしというのも悪いしここはフォローしておいてやろう

 

「気にしないで下さい師匠、別に格好良い姿が似合わないからって師匠の魅力が消える訳ではないですから、ほら私は普段の落ち着いてる師匠の姿が好きですよ」

「そういうことではないんですけどね……」

 

どうやら求めているのとは違ったらしい

その後もフォローを続けてなんとかロキシーの機嫌を立て直すと

今後の俺についての話を始めた

 

「ルディはまだ魔術を学びたいですか?」

「まぁはい、出来るのならば」

「そうですか、でしたらラノア魔法大学に行くと良いでしょう」

「なんですかそれ?」

「ラノア魔法大学は古今東西の様々な魔術が集まり研究がされているこの世界で最大級の魔術学習施設です

 そうですね、あの山脈が見えますか?」

「赤竜山脈ですよね?」

「はい、そしてあの山を超えた先にはラノアという国があります

 ラノア魔法大学はその国にあるんです」

「師匠もそこにいたんですか?」

「はい、とは言っても僕がいたのはだいぶ前ですけどね」

 

(うーむ、やはり聞き間違えてなどいないようだ)

 

「ルディ?どうしました?」

「ああ、いえ何でもないです」

「そうですか……話を戻すと、あそこは種族が幾つも集まって、それでその種族特有の魔術も研究が進んでいます

 突飛であってもそれに理論があれば一蹴はされないし、色々な魔術を学びたいというのならあそこ以上に優れた場所を僕は知りません」

「先程のルディの言葉が本当ならば、ラノア魔法大学に行くと良いでしょう、今のルディの実力ならば問題なく入れます」

「能力を買ってくれているのはありがたいんですけど、私にはまだ少し早いと思いますし……それに先程からのその一人称は?」

 

「あぁこの“僕”ですか?そういえばルディには教えていませんでしたね

 本来といっても会った時は話してたのとは違うので変に思うかもしれませんが、実は本来使う一人称が僕なんです」

 

先程からちょくちょく出てくる聞き慣れない一人称について聞くと、なんともあっさりとした様子で答えが帰ってきた

 

「なるほど、しかし何でわざわざ一人称を変えていたんですか?」

「それは……その、ルディが最初にあった時に指摘した通り僕はどうしてもこの身長のこともあってか幼く見られることが多くありまして……、それで恥ずかしながら少しでも威厳があると思われたくてせめてもと変えていたんです」

「たまに言葉が崩れてましたけど、そういうことだったんですね」

「聞こえてたのかぁ……」

「まぁ結構、ですけどなんで今さらその口調に戻したんですか?」

「理由といっても深い理由はなくてこれでルディと居るのも最後になりますから。

 素で話したかった、というのもありますが、懐いてくれている弟子に隠し事はしたくないなとも思いましてね」

 

(既に一緒にいて2年、もう大体のことはわかっていたつもりだったがこの最後の時にまだ知らないことがあったようだ)

 

「さて、ある程度服も乾いたことですし、帰るとしましょうか」

 

その後も話は盛り上がり、気がつくと陽が天辺を過ぎていて、いつの間にか濡れていた服も日差しによって乾いていた

ロキシーは俺を待機していた馬に先に乗せると自分も跨り、もと来た道をゆっくりと帰っていった

 

 

帰路につく中でふと頭に1つの疑問が浮かんだ

 

「そういえば師匠、師匠の口調の秘密って他に誰が知っているんですか?」

「口調ですか?そうですね、大学に通っている中で変えたので、変える前のを知っているのは両親と、魔大陸にいた頃の仲間達、それに師匠くらいでしょうか」

 

(意外と少ないな案外特別なものなのかもしれん、そう考えると俺もその中の1人であるのがなんか少し誇らしくなる)

 

「あ、そうでしたパウロさんも知ってるはずです」

 

──なぬ?

 

 

ロキシーは家につくとすぐに旅立つ準備を始めた

元々身軽な格好で来てのもあってか準備も日が落ちてすぐに終わってしまった

両親も寂しく思っているのか、何度が引き止めているものの意思は硬いようで首を縦には振ってくれなかった

 

 

 

また夢を見た

しかし、それはいつもと少し違っていた

目の前に広がる部屋は同じだし姿もあの時の姿のままだ

だが外からは何も起きなかったのだ、音はしてこない、扉を開けても廊下があるだけ人の気配はない静かなものだった

そのまま階段を降りて玄関に辿り着いた

そのまま進み扉に手をかけると、手が弾かれたようにドアノブから外れた

ふと手を見ると震えている

だがもう一度覚悟をもち今度こそしっかりとドアノブを握りしめ

そしてゆっくりと扉を開いて外に出た

 

そこで夢の記憶は途絶えた

 

やがて目が覚めると朝になっており、ついに別れの時が来た

親も師匠も来た時と姿は全然変わっていない、変わっていたのは俺だけだ、

折角の見送りも早朝ということもあってか、家族以外に人の姿は見えない、見送りは結構だと言われていたのだが、両親からせめてもと懇願されそこは折れたらしい

 

「それでは、この2年間お世話になりました」

「ロキシーさん、何もそんなに急がなくてもいいのよ?お別れの挨拶も満足にできてないし……」

「君には去年の干魃でも助けてもらって、村の奴らも喜んでいたんだ。まだしたい話とかも残ってるし、家庭教師じゃなくとも仕事は色々あるんだぞ」

 

親はまだ諦めていなかったようで、最後のチャンスとばかりになんとか引き留めようとしている

特にパウロが中々に強くアピールしている、恐らくロキシーが居なくなったらこの家でまた男1人になってしまうからだろう

男1人で話し相手がいないのだから躍起にもなるだろう

別に俺に対して話を振ってくれても構わないんだけどね、中身が男なことなぞ知る由もないんだから仕方のない話だが

 

半ば拝むような形でお願いされてロキシーも困った顔をしている

 

「そこまで言ってもらえるのはとても嬉しいんですが、今回の件で自分の実力不足を思い知りました

 しばらくはまた修行の旅に出ようと思います」

「そ、そうか……、まぁ、そのなんだ、すまないなうちの娘が自信傷つけちまったみたいで」

 

いくら思っていることがあるとはいえ、もう少しオブラートに包むということができんのか

 

「いえいえ、むしろ感謝したいくらいですよ、来るまでの私は実力で思い上がっていましたから」

「水聖級魔術が使えて思い上がってるってのは変な話だと思うがなぁ」

 

パウロに苦笑いで答えると、しゃがんで俺に目線を合わせていた

 

「ごめんなさいルディ、どうやら私では貴女の家庭教師には力不足だったようです」

「そんなことはないです、師匠からの教えは全部ためになりました」

「そういってくれてお世辞でも嬉しいですよ」

 

そう言うとロキシーは俺の頭に手を置き、ゆっくりとした動きで撫で始めた

そのうちに“そういえば”と声を上げローブを弄り始めると内側から1つのペンダントを取り出した

 

「すみません卒業祝いがこんなものでしか無くて、どうか我慢して下さい」

「えっと、これは……?」

「私達ミグルド族に伝わるお守りです、魔大陸に行くことがあればこれを見せるといいでしょう、多分少しくらい融通が効くと思いますから」

 

手渡されたペンダントを受け取るとしっかりと握りしめる

 

「ありがとうございます、大切にしますね」

「あくまで多分です、効果の程は期待しないように」

 

最後に笑みを浮かべた顔で俺たちを見ると、頭を下げとうとう旅立っていった

 

どんどんと遠ざかっている背中をみて、何時しか涙が流れ始めていた

寂しかったのだろうか、いやきっとそれ以上に感謝していたんだろう

彼からは魔術の知識だけじゃないものを数多く教わった

あれだけ魔族への偏見について語っていたロキシーもああやって挨拶されるまでになっていた、そんな彼が外に連れ出してくれたから恐怖にも勝てたんだと思う

あれはただ村を横切って道行く人に挨拶しただけ、探索したわけでも、深くコミュニケーションを取ったわけでもない

けれどもそれをする切っ掛けになってくれたんだ

 

もう俺は外を恐れない

彼は気にしてもいなかったのだろう、しかしこうして俺のトラウマを払ってくれた

それは間違えようのない真実だ

だから俺は彼を尊敬する

少し小さくちょっと見栄っ張りな少年を、俺はこの第2の生涯かけて尊敬し続けよう

 

「師匠ー!本当の本当に!ありがとうございました!」

 

声のあらん限りに叫ぶ

もう見えなくなりそうな小さな背中に感謝が届くように

 

 

 

(この家ってこんなに広かったか?)

 

ロキシーを見送った後、家に戻ったのだが、改めて家を見てみると変わってなどいない筈なのに妙に家の中が広く感じた

あんな風に見送りはしたが、やっぱりまだ割り切れているわけではなかったらしい

 

しかし、このまま落ち込んでいるわけにもいかない

そこで気分を切り替えるために植物図鑑を使って庭の草木を調べることにした、折角プレゼントされたのだから、使わないのは宝の持ち腐れになってしまう

早速庭に出て芝生に生えている花や家庭菜園で育てられている作物なんかを片っ端から調べ始めた

 

その最中ゼニスが大切にしている木も調べようとしたのだが、上の方を見ると何やら枝に布のようなものが引っ掛かっているようだ

手を伸ばしても届かない高さにあり、細かい形も他の枝が邪魔でよくわからない

枝を折らないくらいの強さに弱めた風の魔術を何度か吹き付けて、やっと引っ掛かっていた布が外れて落ちてきた

 

ヒラヒラと風に揺られている布をなんとか地面に落ちる前にキャッチし、広げてみると

 

それは男物の下着だった

 

(うっっわ)

 

つい反射で手放してしまったが、改めて見てみるとパウロのものにしてはサイズが小さい

そこで俺は、昨日の夜中荷物を纏めていたロキシーがパンツが足りないってボヤいていたのを思い出した

まぁつまり、これはロキシーのパンツなのだろう

 

木に引っ掛かっていたパンツを取る……

これがまだ見ぬ美女のものだったのならどんなに嬉しいことか、しかし何が悲しくて男のパンツで喜ばないといけないのだろうか

 

それは兎も角失せ物が見つかったのだから一旦家にいたゼニスに報告しにいった、ゼニスもロキシーが探していたのを知っていたらしく行方がわかるまで保管していよう、ということになった

 

こんな形でのロキシーの痕跡が見つかるというのも複雑なものだが、まぁ逆にロキシーらしいとも言えそうだ

 

 

 

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