遅すぎてごめんなさい
ゼニスとリーリャの出産が終わったが2人の出産は波乱であった
ゼニスの子がまさかの逆子で危うい所もあれど何とか無事に取り出せたと思いきや、立て続けにリーリャが産気づいたのには本当に焦ったものだ
何にせよ2人とも母子共に無事でよかった
それになんと産まれてきた子は2人とも女の子だったのだ、パウロは男の子を望んでいたが、結果として我が家の男女比は5:1になってしまった
性別がわかったときのパウロの様子は喜んでこそいたが、明らかに気まずそうにしていて実に傑作だった
ゼニスの娘はノルン
リーリャの娘はアイシャと名付けられた
2人はすくすくと成長し、そして元気に泣いている
お腹が空いてワンワン
シモを漏らしてギャンギャン
特に理由もなくビャービャー
片方が泣いてなくとももう片方が泣くし、泣き止ませたと思えば泣いてない方が泣き、片方に触発されて両方泣いてと
とにかく引っ切り無しに泣くのだ
赤ん坊なんて本来そんなものなのだが
なにせ長女の自分は我ながら一切手がかからないものだったから、実質的にこれが初めての育児であるゼニスとパウロはすっかり疲れてしまっている
そんな中リーリャだけは張り切っていた、王城で勤める上で経験もしたのだろう“これこそが本当の子育てだ”と述べて、2人を手際よく世話している
ちなみに俺は大丈夫である
前世では弟の世話をしてたし、その一環で夜泣きにも慣れている
転生したての頃の事もまだ覚えているし、オムツの交換はテキパキと出来る
我が妹にかかりっきりになるゼニスとリーリャのためにも洗濯、掃除の手伝いは欠かしていないし、最近は料理も教わるようになった、包丁の扱いとかは問題ないが家庭の味ってのを知っておきたかったのだ
俺が知っているレシピはお湯を注いで3分待つってのだけだからな
そんな日々を過ごす中、剣や魔術の鍛錬は家事を済ませた合間に行っているのだが、どちらも伸び悩んでいる
体こそしっかりしてきているのだけれど肝心の剣術はそもそも上達しているように感じていなかったのだが、やっている以上力にはなっている……筈だ
魔術も最近はもっぱらシルフに教えるのがメインで後は日頃からやっている魔力の増強くらいだ
色々魔術の組み合わせを試したり、単純に出力を上げてみてるが、ロキシーに教わっていた頃とやっている事に何ら変わりはなく、剣術以上に行き詰まりを感じているのが実情だ
とは言っても1人ではもう出来ることに限界はある、今持っている本に書かれている内容はもう全て習得してしまっており、さりとて新しい本を買ってもらうなんてのはこの世界での本の希少性を考えると現実的では無い
どうしたものか……
「そうだルディ、お前学校は…………いや、何でもない忘れてくれ」
シルフに勉強を教えるための準備をしていると、パウロが何かを言いかけて止めたが、俺は何を言おうとしたのかを聞き逃さなかった
「学校がどうしたんですか?」
「いやな、お前もう7歳になるだろ、大体そのくらいになるとロアの町にある学校って機関に通って算術や読み書き、歴史、作法とか教わることになるんだが……。うん、ダメだお前は行かせん」
「えー、興味あるのですけど」
「だけどお前読み書きは教える位にできるし、算術もできるだろ?礼儀作法ならリーリャがいるし、必要ないと思ってな」
「同じくらいの歳の子も集まって学ぶとも聞いてますし、この村は子供も少ないですからいい社会勉強にもなるのでは?」
少しでも今の状況の解決のヒントになるのなら是非とも行ってみたいが、パウロはあまり乗り気ではないらしい
「お前が行きたいって言うならあまりダメだとは言わんが……」
「お父様から言い出したのでしょう、なのにさっきから歯切れ悪いですね、…………もしかして私と離れるのが寂しいんですか?」
「そりゃ可愛い娘と離れるのが嫌じゃない訳無いだろ、そんなことよりもお前が学校にいったら何か危ないんじゃと思ってな……」
「危ないも何も、知らない人と合って慣れない土地に行くんですからそのくらい当然のことでしょう」
「あのな、学校はそんなもんじゃないぞ。教師は口煩いし、子どもは体はそのままに無駄にプライドだけデカくなったガキとかなんでも自分が一番じゃないと許せないやつだとかの碌でもないやつらが盛り沢山だ。ソマル坊とか可愛いもんだぞ?真面目なお前のことだしそいつらに狙われないか心配なんだよ」
「私は女の子ですけどそれでも狙われるんでしょうか?」
「むしろそこだ。あいつら性別関係なく気に食わないやつには容赦しないし、何より可愛い子には目が無いからな。ルディぐらい可愛けりゃ何してでも振り向かせようとする、絶対にする」
「何してでもとは?」
「そりゃあ、親の権力とか使ってアピールしたり、イジメにサクラ仕組んで助けたりとかしつこく付きまとったりだな」
やたら具体的なのを見るに実際に見たことなのだろう
そりゃ愛娘を行かせるのに躊躇うわけだ、俺も聞いてて行く気が失せてくる
いくらヒントがあるからって、見えてる地雷を踏みに行こうとするほど俺も愚かではない
だがそうすると今度は道が見えなくなってしまうな……
「うーんでも、私も今後の人生のためにも自分の知らないことややってないことにも興味があるのですが」
「気にすんなって、今そんなこと考えなくても、お前には速いよ」
まだ話したいこともあったのだがワシャワシャと頭を撫でてパウロは去っていってしまった
そしてその後すぐに玄関がノックされた
その時話す前の俺が何をしようとしていたのかを思い出した
今は気持ちを切り替えよう
とりあえずシルフを迎えに行き、その次準備を終わらせてしまおう
─────────
最近は家にシルフを呼んで勉強することも多くなっている
家事や剣術の稽古で待たせてしまうことが増えているのもあるが魔術を教えるのに算数や理科の基礎を知っていた方が楽であり、その算数や理科を教えるのに道具を用意するのに家の方が好都合だからだ
初めのうちは親がチラチラ様子を見に来る事もあったのだが、色恋沙汰の気配がないとわかると通りがかった時に少し様子を見ていくだけになった
ただまだ問題はある、それは教える俺が精々義務教育ギリギリまでしか知識が無いことだ、シルフは物覚えが良く教えたことは次から次に覚えていってしまう
この調子なら教えることが無くなるのにそこまで時間はかからないだろう
なるほどこれが師匠が言っていた感覚か、確かに思ったよりも焦りが生まれるな
「うーん……」
「ルディどうかしたの?」
「ああ、いえなんでもないですよ」
「そ、そう?でも、なんだか最近ルディいつもそんな感じ……」
そこまで表に出しているつもりも無かったんだが、やはり子どもは勘が鋭いな
まぁ隠した所でいいことも無いし打ち明けてもいいか
「実は最近悩んでいることがありまして……」
「ルディが?何を?」
「魔術も剣術も最近上達している感じが全く無いんです」
「でももう十分凄いよ?」
今の時点、この年で水聖級魔術師ということなら確かに凄いのかもしれない
だが、それはあくまで前世の記憶という使えて当たり前のアドバンテージを使った結果なのだ
結局そこ止まりになっていては何の意味もない
魔術師にしてもまだ上の段階があるのだ、ならそこに向かいたい、駄目だとしてもやったことには意味があるはずだ、そのためにもこの世界をもっと知りたいがその手段がない
「いえ、私もまだまだです、だからこそ次に進むにはどうすればいいかと悩んでいるですよ」
「な、ならさ……」
「ルディが困ってるのなら言ってよ、ぼくだってなんでもするから」
何か言おうとしてるのに気づき顔を向けたら、丁度宣言したシルフの顔を意図せず真正面から見る形になった
(うーむ、そういえばこうやってしっかり正面から見るってのはしたことなかった気がするけど、改めて見ると本当に顔がいいなぁ)
「あ、いや、えっと……その、確かにぼくはルディよりできることなんてないけど、ルディには助けてもらったから……、その……」
「フフッ」
俺が呆気にとられていると先にシルフの方が正気に戻ったが
折角いい感じにキマったセリフを言っていたのにすぐにもとの調子に戻ったものだから、ギャップで思わず笑ってしまった
それにしても格好つけたがるとはシルフにも思ったよりも男の子としての側面はあるみたいだ
「わ、笑わないでよぅ……」
「おっと、ごめんなさい。でもありがとうございますシルフ。もし機会があったらあなたに遠慮なく頼らせてもらいますね」
「う、うん……」
自分の発言が恥ずかしくなってきたのか赤面して俯いてしまった
まったく可愛いやつめ、ヨシヨシ
「あー、ルディ、お前に手紙が来てるぞ……」
シルフの頭を撫でていると先程の話が聞こえていたのか、気まずそうな顔してパウロが顔を出していた
盗み聞きはよくないぞパウロよ
しかし、俺に手紙とは一体誰から?
時間も丁度よかったのでこのタイミングでシルフとは解散し、夕食を食べて片付けを手伝った後に、自室に戻ったタイミングで読むことにした
手紙はロキシーからのものだった
『ルーディアへ
如何お過ごしでしょうか
あなたと別れて早くも2年が過ぎました
今は落ち着ける場所ができたのでこうして手紙を送ります
僕は今、シーローン王国という国に滞在しています
家庭教師をする前は迷宮に潜っていたというの は話していたでしょうか
どうやら知らない内にそのことが広まっていたらしく、今は王宮にて王子様の家庭教師をしています
グレイラット家でも働いていましたし、こうなると僕は意外に家庭教師の才があるのかもしれませんね
王子様はルーディアほどでは無いですが魔術の才能に優れていて
、頭もよいです
ただ奔放なとこがあるのがたまに傷でしょうか
とはいえ王子様も気兼ねなく話が出来る存在が欲しかったようで僕としても授業のいいガス抜きになっていると思います
ルーディアとは全く違う子ではありますが、この子も大切な教え子の1人ですから、自分の教えられることは全て教えるつもりでいます
あ、でも1つ、初めて出会った時に小さいと言ってきたことだけはルーディアと一緒でしたね
期間限定で雇われている身ですが
王宮では宮廷魔術師として雇うつもりのようでその話が回ってきています
この国ではまだ魔術の研究をするつもりだったのでこちらとしても助かります
それともう1つ
王宮の書庫で水王級の魔術の文献を見つけまして、めでたく水王級の魔術を使えるようになったのです
これで僕も晴れて王級魔術師の仲間入りですよ
さてルーディアは今どうしていますかね、僕が水王級になっているくらいですから今頃水帝級にでもなっているでしょうか
それとも他の聖級も使いこなしていたりしますかね
はたまた治癒魔術や召喚魔術にも手を出していたりするのでしょうか
何れにしてもあなたはあなたのやりたい様に進んでください、もし魔術の道を進む中で行き詰まることがあるのでしたら
前にも言ったラノア魔法大学の門を叩くとよいでしょう
紹介状無しでは試験を受けることになるかと思いますが、ルーディアにとっては問題にもならないでしょう
もし仮にラノア魔法大学に行ってジーナスという男性に会いましたら“ロキシー・ミグルディアは元気にしています”と伝えてください
では、また
ロキシーより
P.S. 律儀なルーディアのことだから返信しようとしてると思いますが、送られてくる頃に王宮にいないかもしれないので、返信は結構です 』
久々にみた恩師からの連絡の手紙は丁度悩んでいた俺にとって天啓ともいえるものであった
手紙を読み終えると地図を広げて場所を確認する
ロキシーがいるシーローンはここから丁度南東あたりで、ラノア魔法大学があるというシャリーアという町は少し北寄りの北西にある
しかし、それらは両方とも山脈によって隔てられていて、どちらに向かうにも大きく迂回しなければならない
向かうだけで何ヶ月かかるのか、これだけ離れていると想像がつかない
魔法大学……ロキシーは身分の差、能力に関係なく学べる素晴らしい場所だと言っていた
旅をして様々な物をみたロキシーがそう言うのだから、間違いないのだろう
師弟関係は拗れていたみたいだが、それはレアケースというやつか
地図も見終わった所で返信の手紙を書き始めた
返事は結構と書いてはいたが、折角2年ぶりに連絡が取れたのだから送らないのはむしろ失礼だろう
仮に届かなかったとしても紙が1枚無駄になるだけだ
内容は友達ができたこと、妹が産まれたこと等の当たり障りのない日常のことにしておいた、魔術のことは今の情けない姿を思うと書けなかった
それにしても帝級とは……師匠でさえやっと王級なのに、一体俺のことをどんな人物だと思っているのやら
だが期待をされているというのであればその期待には報いねばならん
彼の弟子として恥ずかしい姿は見せられないな
おっとそうだあれを書くのを忘れていた
『 P.S.こうして連絡がついたので旅立った日に忘れていったパンツを送っておきます、安心してくださいしっかり洗ってありますし、誰も使ったりしていませんので 』
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次の日
朝食で家族が集まっている時に話を切り出すことにした
「お父様、1つお話があるのですが」
「ん?なんだ、話してみろ」
パウロは食べていたパンを置いてこちらに体を傾けた
「はい、では早速ですが私をラノア魔法大学に行かせてはくれませんか」
ロキシーだってそうだったのだ、才能ある者でも全て1人でやっていたわけじゃない、頼れるものには遠慮なく頼るべきなのだ
さて、どう来る……?
「……それだけか?」
「え、はい。そうですが」
思ってたのとは違いパウロからの反応はそこまで大きなものではなかった
昨日のこともあったしなんかもっとこう、お前を1人でいかせるものか、とか。そうでなくてももうちょっと露骨に嫌そうな反応しそうなものだったが以外にも落ち着いている
新しく娘も出来たから少しは想定するのが広がったのだろうか
「そうか。 なら、理由はなんだ?」
「実は最近魔術の技能が伸び悩んでいまして……、魔法大学ならまだ私の知らない魔術もあるでしょうし、そのために行きたいのです」
「なるほどな……」
「如何でしょうか」
パウロは姿勢を正し、鋭い眼差しでこちらを見た
この目になるのはいつだって真剣になっている時だ、何度も見ているがその度に背筋に冷や汗が走る
「ダメだ」
帰ってきた返事は簡素なものだった、もちろん断られるのなんかわかっていた
だが理由がわかれば説得もできる
「理由は……まだ幼いからですか?」
「まぁそうだな、ただ正確に言えばお前にはその分経験が足りてないからだ。お前は賢い、それこそ知識なら下手な教師よりもあるだろう。それでもまだ知らないことの方が多いし、その知識を使ったことも少ないだろう。そんな状態のお前を放り出すのは親の責任として出来ない。他にも幾つか理由はあるが少なくともこれが解決できない限りはお前を行かせることはできん」
適当に言い訳を述べるなら説き伏せることもできただろうが、しっかり理由付けて言われてはこちらとしてはどうにもできない
それに魔法大学に行けなかったとしても別の話もある
シルフに教えることは少ないがまだあるし、焦る必要はないゆっくりと時を待てばいい
「理由はわかりました、では年齢は何歳くらいになるまで待てばいいでしょうか」
「そうだな……、俺としては15、せめて12歳ってとこだが……年なら俺よりはゼニスの方が参考になるんじゃないか」
先程から黙って聞いていたゼニスも重要になる話を振られて、口に手を当てて考え込んでいる
「そうね……、私は家を飛び出したのが成人してからだから、ルディにも成人まで待って欲しいけど、ルディの優秀さなら12歳で1度様子を見てもいいとは思うわ」
「そうか、わかった。ルディ、一先ずお前が12歳になったら、外にやっても大丈夫か話し合う、それで大丈夫だと話が付いたのならその時行かせてやる」
12歳、この国の成人が15歳だからそれより3年早い
それでもあと5年、中々に先の話だ
もちろんその間の事も考えてはおいた
「わかりました、では最後にもう1つ」
「おう」
「私に仕事を紹介してください。給金は問いませんが、出来るだけ高いものであってほしいです」
「仕事を?なぜだ?」
唐突な話だからかパウロの目が探りを入れる目つきに変わった
「先程お父様は私に経験が足りないと言いました。私は村の人に頼まれて手伝いをして手間賃を貰ったりもしていますが、仕事として受け持っている訳ではありません。であれば何かを仕事として責任を持って取り組めば必ずや私の経験になるでしょうし、人と関わったことか少ないのも仕事であれば不特定多数と関わることにもなります。それにお父様からの紹介でしたら内容はお父様が選べますから不安になることもないでしょう」
説明にはパウロが先程話した理由も交えておく
こうしておけばこれを否定すると自身の言葉も否定することになるからだ
「うぅむ……なるほどな……」
パウロは沈黙し何かを考え込んでいる
暫く食卓に緊迫した空気が流れたが
「わかった、俺からも心当たりを当たってみよう」
そう答えたパウロは何かを決意したような目をしていた
「ありがとうございます」
話はこれで決着したが、俺を心配してか不安そうな顔をしたゼニスが声を上げた
「あなた、でも……」
「俺にも考えはある、後で話させてくれ。それとだルディ」
「はい」
うん?俺?
「俺からも1つ聞かせて欲しいんだが、最近シルフの様子に何かおかしいと思ったことって無いか?」
ふむ、俺ではなくシルフにか
とは言ってもそんな怪しい様子に心当たりはない、不埒な視線は感じないし、別にボディタッチとかをしてきたりするわけじゃない、俺に懐いていて素直で自信なさげないつも通りのシルフだ
「いえ、特に感じたことはないですね」
「そうか……、変な事聞いたな悪かった」
パウロが軽く頭を下げ謝ると朝食が再開され今日の1日が始まった
─────────
「ふぅ…………」
畏まった手紙を書くなんて柄にもないことをしているからか、書いていると妙に体が凝る
本当なら娘を外にやるなんてことはしたくないのだが、ルーディアの話は筋が通っていて、あの場で感情に任せてダメだとは言えなかった
ならその後で無理だったと嘘でも伝えようかと思ったが、ウチの娘に口で勝てる気は微塵もしない、どっかでボロを出してちゃんと出せと言われるだろう
それに嘘だとわかったらルーディアの中でまたオレの信頼が落ちる、これ以上父親としてのオレの威厳がルーディアの中で落ちるなんてことになったら今度こそ耐えられん
大きくなったノルンとアイシャにも格好がつかない
仕方がないし真面目に手紙を送るとしよう
それに一応娘には少し村を離れて欲しい事情はある
それは幼馴染兼唯一の友人のシルフィアスについてだ
この前ロールズと話し合っている時にちょっと厄介なことになっているのを知った
最近シルフは親の言うことを聞かなくなっているというのだ
それだけならむしろ男の子らしくていいじゃないかとも思ったが、話としては親の言うことよりルーディアを最優先にしているということだった
草食ってそうなツラしてる割にウチの娘を誑かそうとしているとは中々やるなと思ったし、注意してやろうかとも考えたが
最近ルーディアと一緒にいるシルフの様子を見ているとその考えも変わってきた
あいつのはアプローチしてるんじゃなくて、依存しているのに近い
そしてルーディアはその事に気付いていない
知っててやっていたわけではないのはよかった、無自覚にやるというのもそれはそれで問題だが一旦これは置いておこう
親の言うことを聞かないというのは子供がやりたい事を親が抑圧するのが起きる大きな理由の1つだ
その点ロールズはシルフには他に友達が居ないのもあってルーディアと遊ぶのを咎めた事がなかったが、それがマズかった
シルフは他にしたいことが思い浮かばないから暇な時間ができるとルーディアとだけ遊んでいたし、大人が解決できなかったイジメから助けてくれた、知りたいことはなんでも教えてもくれる
そんなルーディアを親よりも優先するようになってしまうのも無理はないのかもしれない
更にそれとは別でシルフは明らかにルーディアに対して男女の意識もある
気になる子に嫌われないように動くというのは男の基本技術だが
それにしたって度が過ぎている
どこの馬の骨、という訳ではないが今の状態のシルフに娘を渡す気はさらさら無い
仮に彼が今のまま成長していけば価値判断が全てルーディア基準に行うようになるだろう
だがこの世界はとても広い、大人になれば他との交流は否応にもすることになるし、そうなるのは彼にとって非常によくない
幸いにもまだ7歳、変わるのは難しくない年だ
この状態になったのは娘の影響が大きいが、一緒にいるのを見ていたのにそれをこうなるまで放置してた大人としての責任として、そしてなにより1人の男としてこの状態にあるのはなんとか解決してやりたい
そのためにもまずはルーディアとシルフを離さなくてはいけない
さて手紙も書き終わった
後はこれを送って返事を待つだけだ
これが解決の足がかりになってくれるとよいのだが……
バイトがしたいと訴えてかれこれ1ヶ月ほど
朝食も片付け終わって、朝の剣術の稽古を受けているとパウロ相手に手紙が届いた
言っていた心当たりからの返事が来たのかもしれない
パウロは手紙を受け取ると“読んでくるから”と席を外した
さてはて一体どんなバイトになるのだろうか
子どもにできることじゃないと行けないだろうから力仕事とかは無いだろうし、出来るだけ高収入なのが良いとも言っておいた、
となるとロキシーもやっていた家庭教師とかになるのだろうか
あれこれ考え暫く1人で素振りをしていると、パウロが戻ってきたがその顔は何時になく真剣な表情に満ちていた
「ルディ、話があるからこっちに来てくれ」
「は、はい。わかりました」
庭で2人で話すのかと思えば家の中で話すようだ
家に入るとゼニスもリーリャも呼び出して、机を囲んで再び家族全員で話を聞くことになった
そりゃ仮にも娘が働きに出るのだからそれもそうであった
「早速だがお前の仕事が見当たったぞ、ロアって街での貴族の坊っちゃんの家庭教師を5年やって欲しいとのことだ
それに魔術以外にも算術と読み書きも教えて欲しいとのことだ」
ほほう家庭教師、やっぱりそれになったか
「あれでも?ロアの街って学校があるって所ですよね。なのに算術とかも教えるんですか?」
「それがそいつはとんでもないワガママ坊主らしくてな、学校から来ないでくれとまで言われちまったらしい」
「ええ……そんな奴の所に私を送るってことですか」
「だからこうやって話をしてるんだ、無理に行けとは言わん、俺としても危ない事はさせたくない」
折角の仕事が来たと思ったらとんだヤバい案件じゃないか、他に仕事は無かったんだろうか、まぁ無かったんだろうが
だが、どんなものでも仕事は仕事だ、俺から頼んだって言うのに深く聞かずに断ったら探してくれたパウロに悪い
話は最後まで聞いてから決めよう
「1つ聞くのですがお給料はお幾らなのでしょうか」
「月にアスラ銀貨4枚だな、家庭教師としては少し安いが子どもの小遣いとしては破格も良いところだ。それに5年間教えきる事が出来れば魔法大学でのルディの学費を変わりに払ってくれるそうだ」
「おお、流石に好条件ですね」
確かロアはフィットア領にある街で一番大きいものだったはずだそこに住んでいる貴族なのだから金にも余裕があるのだろうな
「でもやっぱり心配よ、1人で行かせるだけじゃなくて身の危険まであるのは無視できないわ」
先程から渋い顔をしながらも聞いていたゼニスもとうとう我慢できなくなったのか話に入ってきた
「一応そこは大丈夫だとは思う、そいつの剣術師範としてギレーヌが働いているらしくてな、坊っちゃんもギレーヌの言うことは素直に聞くらしいし、万が一の鎮圧もしてくれることになってる」
「それならまだ良いのかしら……」
ふむ、聞いたことのない人物が出てきたな
俺のことになると過保護なゼニスがそいつの名前を聞いただけで
引き下がるのだから信頼はされているみたいだが
「あの……、ギレーヌって誰ですか?」
「ん?そういやルディには教えたことは無かったな。ギレーヌは俺達と一緒に冒険してた剣王でな。馬鹿だが実力は心配しなくていいぞ、何せ俺が剣で勝てたことは1度もないからな」
剣王となると剣神流で上から3番目か
それにパウロが1度も勝てたことがないとは、そりゃ強さは申し分ないだろう
ゼニスが信頼してる時点で悪い奴ではなさそうだし、最初に聞いたよりも労働環境は悪くないかもしれない
「大体こんな感じだが、どうだ?行く気があるか」
パウロはこの前の様な真剣な顔で聞いてきたが、僅かに目が揺れている、口では尊大にしてるがまだ心配なのだろう
親に心配なんてさせる物じゃないが、ここは1つ、ワガママをさせてもらおう
「その依頼、受けようと思います」
まぁ所詮家庭教師、気に食わなかったら追い出されるくらいだ、何事も挑戦よ
失敗も経験になるだろうし、ロアってとこには行ったことが無かったからな観光して帰ってくるとしよう
そして帰ってきたらその時にまた新しく考えよう
「わかった、その旨を書いて手紙を出す」
パウロは無言で深く頷いた後にそう言った
─────────
受けることを決めてから1週間
貴族の家で働くことになるのだからと、剣術の訓練の時間を使ってリーリャからは挨拶から食事中のマナーにかけての礼儀作法をみっちりとたたき込まれ、休憩中も雑談ついでにゼニスから男との付き合い方を学ぶ羽目になった
お陰でしっかり寝て疲れを取っているはずなのにヘトヘトである
「おー、ノルンとアイシャは可愛いでちゅね〜、将来はママみたいな美人さんになりまちゅよ〜」
そんな自分を癒してくれるのは、今は母親からお乳を貰って満腹になり、今までに鍛えた渾身の揺らしテクによって揺り籠の中で気持ちよさそうにスヤスヤと眠る2人の妹であった
「ごめんなさいね〜、お姉ちゃんは暫く会えなくなっちゃいますから、2人を見守れないんですよ〜」
ううむ、憧れのお姉ちゃんになるはずだったのだが、こうなってしまっては2人の印象に残らないではないか
せめて2人の5歳の誕生日にはなんとか帰れないか掛け合ってみるか
疲れはリーリャとゼニスの講義からだけではなくもう1つ理由がある
シルフに家庭教師に行くので暫く会えなくなる可能性が高いことを伝えると、大号泣しながら抱きついてきたのだ
その尋常でない様子に慌てていると、シルフが泣きじゃくりながら言っていた言葉でどうしてこうなっているのかを理解した
俺がいなくなったらシルフは1人ぼっちになってしまうのだ
もちろん親はいるし、ウチの家族も遊びに来たらもてなしてくれるだろう、だが友達はいない
仮にまたイジメられても反撃はできるが、それだけだ
元々仲間外れにしてた奴らが友達にはなってくれる可能性は低い
パウロが言っていたシルフの様子というのはこういうことだったのだろう
まったく、1番近くで見ていたと言うのにその事にも気付けないとは情けない限りだ
シルフは何とか宥めることが出来て、このことをパウロに伝えて俺がいない間のシルフの相手になってくれるように頼むと
こうなるのがわかってましたと言わんばかりの顔をして了承された
気づいていたというのなら最初から言って欲しかった
確かに言われたところでこうやって体験しなかったら、深刻にとらえず甘い気持ちでいたままだった可能性もあるが
だからといってもう少しやりようがあるだろう
────────
「あら、ルディここにいたのね」
妹達を眺めているとゼニスがやってきた
「お母様静かにしてください、今寝ついてる最中なんです」
「ふふ、ごめんなさい」
そう言うとゼニスは俺の横にしゃがみ込むと眠る妹達の顔を眺め始めた
どのくらい一緒に眺めていただろうか、ふとゼニスが顔を引っ込め近くの椅子に座ったと思えば、他に人も座る人も居ないのに椅子を引いて自身の横につけた
「ほら、ルディもいらっしゃい」
始めはその言葉の真意がわからず首を傾げていたが、膝を叩くジェスチャーから何がしたいのかを察した
「もう、お母様。私もうそんな年じゃありません」
つまりは膝枕である
「いいじゃない、少しくらい、それとも疲れてないのかしら?」
「まぁ疲れてないわけじゃないですけど……」
頑張っている俺にゼニスなりの気遣いなのだろうが、精神年齢40超えの身からしたら恥ずかしくてできたものじゃない
「………………」
膝に手を置いたまま、ものすごいニコニコした顔で見てくる
もはや圧まで感じてくる
「はぁ……。わかりました、わかりましたよ。少しだけですからね」
揺り籠からそっと手を離し、椅子に登ってゼニスの膝に頭を預ける
こうするのはいつぶりだろうか、自力で動けるようになってからはしていなかったように思う
だからゼニスも赤ん坊の妹達を見て久しぶりにしてみたくなったのかもしれない
「ルディ、撫でてもいいかしら?」
「そのくらい自由すればいいじゃないですか」
気持ちは落ち着いているのだが素直に言えず、そっけない返事になったが、ゼニスは何も言うことなくゆっくりと、ゆっくりと優しい手つきで俺の頭を撫で始めた
いつもだったらこんなのは恥ずかしくなって落ち着いてはいられないのだが、窓から差し込む陽で温まって心地よくなっているからか不思議とリラックスできているし
それに、なんだか、少し、眠たく……なって……き、た……
───────────
「寝ちゃったわね」
膝枕で寝ている、自身の幼い頃にそっくりな娘の顔を見て、そうこぼす
その寝顔はあどけなくて、いつもの年に似つかない雰囲気もこうなっているのを見るとまだまだ年相応の幼子なのだと感じる
産まれたばかりのころは私が世話をしていたから、私の方によく寄ってはきた
けれど、喋るくらいになってからはパウロの方によく懐くようになった
ルディは手のかかるということが無くそれに甘えてまだ慣れていなかった村の生活を覚えていた私より、娘が可愛くて仕方がないのかしょっちゅう声を聞かせていたパウロの方が印象に残ったのかもしれない
だから魔術の才能があるとわかった時はとても喜んだし、勢いで家庭教師をつけてしまった
家庭教師で来たロキシーさんはとても優秀な人で少なくとも魔術では私が教えることは無くなってしまった
ロキシーさんがいなくなった後も外に遊びに行くようになって、シルフくんとも友達になった
でも男の子と遊ぶのだったら私が男の人についてしっかり教えて
おいた方が良かったのかもしれない
裸を見られた事もあったというのに、態度はちっとも変わらず無防備なままだったから
今になって思えばルディの無防備なところは私ゆずりなことなのだと思える、狭い世界で可愛がられて育ったからそんなことされるという考え自体がないことだ
特にパウロからシルフの様子に聞かれた時に何を聞かれているのかさっぱりわかっていない顔は冒険者になりたてだった私がパウロから詐欺をされていたと聞かされた時とまったく同じ顔だった
らしい
それを見た時は場の雰囲気には相応しくないけど、ホッとしてしまった
確かにこの子は私の子なんだなとそう思えたから
膝枕する時にルディは恥ずかしそうにしてたけど、今こうやって寝顔を晒している
願わくばこの子がこんな風にいられる日常はまだもう少し続いて欲しいかったけど、そんなわけにもいかない
庭の前の道に馬車が止まるのが見えた
ルディを起こさないように抱き上げると玄関に向かって移動する
その最中リーリャに会った
「リーリャ、丁度よかったノルンとアイシャのこと見ててくれないかしら」
「わかりました。ルーディア様は……」
「寝ちゃったわ」
胸に抱いているルディを見てリーリャも少し不安そうな顔をしている。
リーリャはパウロとの一件でルディに助けてもらって以来、家族として見守る様になっていた
だからいつもの頼もしい姿で見送るのではなく、最後に見るのが子供そのものな様子であるのは不安なのだろう
2人でルディの顔を見ていたが、いつまでもそうしている訳にもいかないので玄関の扉を開け庭に出る
庭では既に迎えのギレーヌが出てきてパウロと話をしていた
「ギレーヌ久しぶりね」
「ゼニスか、7年ぶりだな」
ギレーヌとはパーティーを解散した以来会ったことはなかったけれど、その姿は7年前と一切変わっていなかった
いや、少し髪が綺麗になっただろうか
「その子がそうか?」
「ええ、ルーディアっていうの」
「お前によく似ているな」
久しぶりの話にも花を咲かせたいが、あまり時間をかけたら別れ辛くなってしまうかもしれないから手早く準備してしまおう
馬車に入り、寝ているルディを起こさないよう席の上にゆっくりと横たわらせる
「様子も見に行くから元気にしててね」
額にキスをし、馬車から出ようとするとルディが何かを呟いていた
「お母様ー、お父様がまたリーリャに……むにゃ」
ルディの夢の中ではいつも通りの日常が過ぎているのだろう
寝言を聞いて反射的に抱きかかえようとしたが、手を強く握ってそれを堪えた
これはルディが行きたいと言い出したことで、私は今それを見送る立場なのだ
だから我慢しなくちゃいけない
馬車から降りるとそれと入れ替わるようにギレーヌが乗っていった
「ギレーヌ、ルディをお願いね」
「わかった」
私が馬車から離れると、パウロが御者に合図をして馬車が動き出すとそれと同時に足音も聞こえてきた
そちらに顔を向けるとシルフが走ってきている
恐らくウチに向かっていたら、馬車に乗せられるルディが見えて急いで来たのだろう
しかし既に動き出してしまった馬車にはどうにも出来ないのか庭の門の前に着くと立ち尽くしてしまった
気の抜けた顔で遠ざかっていく馬車を見ているシルフに見ていられないと言わんばかりの表情をしたパウロが近づいていった
「気持ちもわかるさ。でもな、お前もルディのことを思ってんならちゃんと見送ってやってくれ」
「はい……」
「それにお前もちゃんと成長してないと、ルディに見限られちまうかもしれんぞ」
パウロからしたら軽い発破をかけただけなのかもしれないけど、シルフはハッとした顔でパウロと馬車を交互に見ると、眉間にシワをよせて俯いてしまった
しかし、少しすると真剣な雰囲気になった顔を上げた
「パウロさん」
「おう、なんだ?」
「ぼくに……剣を教えてくれませんか」
パウロは意外そうな顔を浮かべると、すぐに頼りになる時の顔に変えて1言告げた
「俺は厳しいぞ?」
「覚悟はしてます」
それを聞くと表情も和らぎ、いつものイタズラする時のような顔になった
「それじゃあ今度からは俺の事は師匠とよんで参考にしてくれ」
「えっと……それはルディ、パウロさんのこと強さはともかく、人としてはあんなのになっちゃダメだって……」
パウロは苦笑いを浮かべた、息子が産まれたら剣を教えてやると息巻いていた彼だから、遂に男子に剣を教えられると思ったらこれだ
しかし、パウロをこう言うのは、ルディの友達なのだなと感じる
他の子からは凄いだのかっこいいとばかり言われているのを見てるから、男の子にこう言われているのは新鮮だ
2人を見ていると私も気分を落としている訳にはいかない
ここまで離れたら大きな声を出してもルディは起きないだろう
既に遠く離れ、小さくなっていく馬車に向かって手を振って叫んだ
「ルディ!いってらっしゃい!」
暫く振り続けた後に手を下げると、家からノルンの泣く声が聞こえ始めたので慌てて家に戻っていった