血と呪いの街、ヤーナム。
その歴史上一番長く一番ひどい獣狩りの夜。その終わり間近の聖堂での一幕。
「……やり遂げたぞ、アイリーン先輩。獲物を奪ってしまってすまない」
一般的な狩人装束、枯れた羽を模した三角帽。手甲と金属飾りのついたロングコート。
ヤーナム最後の夜に現われた、最後で最新、故に最強の狩人はその師であり先達である古狩人アイリーンに一礼をした。
血みどろだ。『狩人』もアイリーンも。
それもそのはず、このヤーナムにおいて『獣狩り』とは風土病により理性を失い、異形と化した人間を狩るもの。
故に、その狩りは凄惨である。
「……あんた、年寄りのいうことは聞くもんだよ……」
「解っている。だが……見捨てられなかった。もう人死にはたくさんだ。本当に、沢山だ」
この街で一番高く大きな聖堂の中で、最後の狩人は決闘をした。
アイリーンが敗れ、そして勝ち目の無い再戦を挑もうとしている血に狂った狩人と。
おそらくは、アイリーンの師か弟子か……戦いは壮絶だった。
「まあ、いい……あんたに助けられたのは事実さね。でも、もう……アタシももう潮時かもしれないねえ……」
とんがり魔女帽子にペストマスク。大カラスの羽毛のマント。下には警官の制服。
その服は今やまんべんなく血塗れだ。大きく肩で息を吐き、動かすのも危ない怪我人。
それが『狩人狩り』アイリーンの今の姿だった。
「先輩、すぐに治療を……聖歌の鐘なら」
最後の狩人がつらそうな様子で治療を行おうとするが、アイリーンは力なく首を振った。
「フフ……最近……よく昔を思い出すんだ……はぁ……」
それは昔を愛おしく思い出す老婆の声だった。ろくでもない思い出ばかりだけど、それでもなぜか暖かく懐かしい。回顧とはそういうものだろう。
一つ息をついて、気合いを入れる。このよくできた後輩に、託さねばならないものがある。
残りの時間全てを使って。
「なあ。あんた……これを、渡しておくよ……!」
首に掛かったペンダント『鴉の狩人証』とそれに秘められた神秘『狩りのカレル文字』を渡す。
「アイリーン先輩……?」
「いいから聞きな……! それは、狩人の業さ。けれどあんたが背負うべきものでもない……」
「アイリーン! そんな……しゃべるなババア、諦めるんじゃない! そんな、ダメだ!」
「ふふ……どうしようと、あんたの自由さね……ふふ、ふふふ……」
最後の狩人の様子に思わずほほえましくなってしまう。ああ、悪くないねえ。こんなババアの最後に泣いてくれる人がいるなんてねえ。
うれしいじゃあないか……
「ああ、なんだか眠くなってきたよ……」
「ババア! 寝るなババア!」
「すまないけど、少し眠らせてもらうよ……少しだけね……」
「ババアーッ!」
意識が闇に落ちる。
……どれだけ経っただろうか、一瞬? それとも永遠?
最後の狩人の声を聞いた気がした……
『すまない、アイリーン先輩……赦しは請わない。生きてくれ……! そして、彼女を助けてやってくれ』
「なんだい……あんた……しっかりおしよ……もう新米ってワケじゃないだろうに……まったく……フフ……」
狩人の手に、触れられた気がした。暖かい。
なんだい、思ったよりご機嫌な走馬燈じゃないかい……
おや、目も開くらしい。体の感覚もある。
なんだいこりゃ? 列車……? 夜明けとも夕暮れともつかない中を走ってる。
窓の外は……空と湖?
「私のミスでした……私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況。結局、この結果にたどり着いて初めてあの人の方が正しかったと悟るだなんて」
目の前には、見知らぬ白服の少女。自分と同じように血だらけ傷だらけだ。
なるほどね、これがあの世行きの列車ってワケか。
「何言ってんだいお嬢ちゃん。これが三途の川かい? あんたも、どこかでヘマしたのかい」
「直接関係のないあなたに頼むのは図々しいですが……お願いします。アイリーン先生」
「あんた、往生際が悪いよ。人生誰だって後悔だらけさね。それでも、あたし達はやりきった。そうだろう?」
アイリーンは少しおかしくなってペスト仮面の奥で笑った。
いやはや、死んだ後でこんな列車に乗って見知らぬ少女と出会うとは! なんたる奇縁か。
「きっと私の話は忘れてしまうでしょうがそれでも構いません」
アイリーンは持ち前の経験からものすごく嫌な予感がした。
獣狩りの夜においては、一人の狩人が上位者に選ばれて狩りが成就するまで何度でも死に、過去に戻る。
そしてアイリーンもかつて『選ばれた』狩人である。
これは『そういう事』ではないか?
「待ちな。ああ、そうかい……聞かせておくれ。これは何回目だい?」
「さあ……? 私にとっては1回かも、無限かも……でも、あなたにとってはこれが最初のハズです」
「……そうかい、続けな」
もうノンキにあの世に昇天する気分ではなくなっていた。巻き込まれる。とびっきり厄介な事に。
あの
「何も思い出せなくても、きっとあなたは同じ状況で同じ選択が出来る人です。あなたにしかできない選択の数々……」
「わかったよ。ならヤーナム流でいくけど文句は聞かないよ。いいね」
つまりは、死と血と狂気にまみれたそういう類いの物である。そんなのをこんな少女が望むとは到底思えないが。
「いえ、大事なのは経験ではなく、選択。もっとも暖かい狩人であるあなただからこそできる選択」
「あのバカなんてあたしを説明したんだい……お嬢ちゃん、それだったらやめときな」
狂った同業者を暗殺してた粛正人にそんなもの求めるんじゃないよ! 何だと思ってるんだい。
「……いいえ、大人としての責任と義務。あなたの選択はその延長線上にあるはずです」
「お嬢ちゃん、聖歌隊みたいな事を言ってないでしっかりしな」
「……それでも、私は古狩人アイリーンを信じます。狩りを……上位者……全うしてくださ……あなたになら……」
「お嬢ちゃん、ああもう……」
このお嬢ちゃん無理やり『現実』にたたき出そうとしてないかい? ああ、久々に感じるよ。死に戻る『目覚め』ってヤツを。