◇
時を少し戻して……便利屋を逮捕してゲヘナ生徒会に引き渡した直後。
「この子達の上司で、ゲヘナ学園の行政官を担当しています天雨アコです。まずは謝罪させていただきます。手違いがあったようでして、営業中のお店とは思わず……こちらのラーメン屋さんには後日補填をさせていただきます。そしてお礼を言わせて下さい。便利屋68は以前から我々の頭痛のタネの一つでした。感謝の証として、どうでしょう……近隣でお昼でも奢らせてください」
何やらとんでもない格好の子がお礼と称して出てきた。なんだいはしたないねえ……気の良い子たちを逮捕して気分が悪いところで話したい相手じゃないよ……乳を放り出すんじゃない。
「……わかった、ただしアビドス内で手早くたのむよ。何なら調理器具をちょいと貸してくれるだけでもいい。今最短で飯が食えるのはこの場でステーキでも焼くことだからね……」
「ええと……その、お肉は?」
「これさ」
『懐』にしまった向こう1週間分くらいの食糧から、肉のパック詰めを取り出す。
『懐』に入れている間は基本時間が経たないからね……羊1頭分まるごと買っておいてよかったよ。牛や鳥肉もまあまあ買いだめしたしね。
「ええ……? 懐に入ってた肉なのに、冷たい……? なるほど、これが先生の力の一端……ということですか。それならば我々も食材と人手を提供します。歓談がてら、昼食を一緒にしても構いませんか?」
「好きにしな。……あんたのうしろでえらく怖い顔をしてるちびっ子ちゃんが良いというならね」
「ふふ、そんな古典的な手でひっかけて何を……」
アコの肩に手が置かれた。
「ア コ」
「ヒナ委員長……? どうしてここに……えっと、これはその、ですね……」
「チ ナ ツ か ら 全 部 聞 い た わ」
「申し訳ありませんでした。全て私の独断専行です……処分は甘んじて受けます」
「そう。それから……」
ヒナというちびっ子は柴大将の前に出て、深々と頭を下げた。
「彼女たちの上司の空崎ヒナです。今回は私の監督不足でした、大変申し訳ありません。今日の所は片付けを行い、後日補填させていただきます」
柴大将はなんとも言えない顔でため息をついた。
「いいさ、頭を上げてくれ。どうせ地上げで土地の権利はカイザーに取られちまったんだ。いつかはこうなるのは覚悟してたさ……」
「申し訳ありませんでした。それから、連邦捜査部のアイリーン先生。あなたにも謝罪を。ご協力感謝します」
「かまやしないよ。それよりあんた、ひどいクマだね……忙しいんだろ? ならどうせだから食っていきな」
こんな小さな子が治安維持組織の長なのかい……ひどく疲れて……そりゃあ、ヘイローの分厚さや気配から強いとわかるけどね。
それでも、ただ強いだけでこんな小さな子がここまで働かなきゃいけないのかい……
どうなってるんだいゲヘナって所は。
「でも……」
「柴大将、かまわないかい。手伝っておくれよ。素人仕事じゃ時間がね……」
「……ああ、腹を空かせた子供達に俺ができるのはこのくらいだからな」
「そういうわけさね。子ウサギと白栗、少し手伝ってくれるかい?」
「おーっ!」
「了解した」
ヒナはため息をついて、風紀委員に向き直った。
「全員片付けと料理を手伝いなさい。必要なら
「はい!」
「イオリ」
真っ先にやらかした小娘がびくっと顔を上げる。今までずっとうつむいてたのだ。
まあ……思い切り大事になっちまったからね……
「後先考えずに暴れるとこうなる。次からはチナツの言うことをちゃんと聞いて。ただ破壊するだけだったら、温泉同好会や美食研究会と何も変わらないわ」
「は、はい……ずびばぜんでじだ……わ、わたしこんな大変な事になるなんて……」
泣いちまったよ。まあ、子供の頃は叱られて泣く事も必要さね……
「そう、大変な事をしてしまったのよ。ちゃんと反省して反省文を書くこと」
「はい……」
◇
とにかく、急ぎで店の鉄板やら冷蔵庫やらを発掘して、足りない者は風紀委員から借りて……
まあ。まあなんとか30分で準備ができたよ。柴大将の案で立食式焼き肉パーティーになった。
どうせ腐っちまうだけだからとラーメン屋の食材も全部大盤振る舞いだ。
「焼き肉パーティーだ! いちいち待たなくて良いから好きに食いな! よく焼くんだよ!」
「おーっ! うまいぞっ!」
それぞれが思い思いに食べている。丁度良い、各テーブルを回って挨拶回りしておくかね……
「子ウサギ共、休み中に本当にすまなかったね。それからミユ。あんたついてきてくれたんだね……気づかなくて、悪かったよ」
「い、いえ……お役に立てたのなら……えへへ……」
「それにしても意外だったな。てっきりあのまま便利屋68を逃がすかと思っていたぞ」
少し複雑な顔のサキがもそもそ肉を食いながらあたしの目を見る。
「……どうもだまし討ちみたいになっちまったけどね。『屈強な正義』だろ? あんたらにそう言った手前、かっこつけたかったのさ……とはいえ、泥臭くなっちまったが」
「いえ、情に流されずにきちんと犯罪者に対処したのは間違ってないと思います」
「ああ、少し安心したぞ」
「そうかい……かっこつけるってのは難しいものさねえ……」
実際あの場はRABIIT小隊を取るか、便利屋68を取るかの選択だったよ。
越境してまで逮捕に行く案件だと解っていたら、そもそも便利屋に行くこともなかったけどね。
あの黒服適当な事を言ってくれたね……とはいえ、人柄と実力に関しては間違いなかったが。
惜しいもんだよ……なんとか、手助けしてやりたいね。
「あの、これは提案なのですが……ゲヘナ風紀委員の方も連邦捜査部に誘ってはどうでしょうか? 今後こういった事態でも越権行為にならずに済みます」
ミヤコが焼いたニンジンを食べる箸を置いてこっちの目を見て言ってくる。しっかりした娘だよ……
……余り信用ならない情報だけど、黒服の話が本当なら、三大校全部に顔つなぎがいる。そっちの面からもたしかに有用な案だ。
「そうさね、あたしもそれを考えてた……ちょっと行ってくるよ」
「くひひ……スカウトがんばってね先生~」
「……まともなやつを引き入れてくれよ、先生」
「……ああ、ちょいと行ってくるよ」
ゲヘナ側はどうも雰囲気が暗いね……まあ自分たちが吹っ飛ばした店の前で食う飯は善良であればあるほど不味いだろうさ。
「どうだい、やってるかい?」
「ええ、まあ……迷惑をかけたわね」
「いいさ。あんたの指示じゃないんだろ?」
もそもそ肉を食べるヒナがアコの方をちらりと見た。
アコは首から『私は独断専行しました』と書かれた段ボールを下げてるよ。
どうやらそういうことらしいね……
「アコもエデン条約を無事に締結するために火消しに飛び回っているの。それでピリピリして、突っ走っちゃったんだと思う……」
「エデン条約ね……トリニティとゲヘナ間の和平だったね。平和になるならまったくもってそれでいいが……実際難しいのは解るよ」
「それから、カイザーの事だけど……驚いたわ、シャーレにそこまでの権限があったなんて……連邦法を確認したら間違いなく『ああいうこと』も可能ね」
ああ、まあ解るヤツにはカイザー殺しの犯人は明白だからね……それよりもやっぱりあの条文、殺人を前提とした作戦でも合法になっちまう物だったよ。
ヤーナムと同じで助かるが……狩人に殺人許可証与えちゃっていいのかい? あの白い生徒会長、どう考えても相当ヤバいよ。
まあ、合法行為ならRABBITやRAVENが罪に問われることはないからね……安心したよ。
「……ああいう輩は、死なない限り本当に止らないんだよ……そして砂漠に眠るオーパーツとやらは、そんな馬鹿に渡して良いもんじゃない。それだけさ」
「ええ、まあ……私はそういうやり方に賛同はしないけど、共感はするわ……いっそ『そう』できたらどれだけ楽か……でも、私たちは治安維持組織。その一線だけは超えたくないの」
「それが正道さね。けれど、あんたも大変な道を行くねえ……」
「自分で選んだことだから」
「そうかい……なら私たちに対する監視と牽制をかねて、一人くらい出向したらどうだい? 兼部は可能だろ、何も仕事を手伝ってくれって話じゃない。部室でごろごろしててもおとがめなしさね。昼寝しにくるだけでも歓迎さ」
「……考えておくわ」
そういうことになった。
感触は悪くないね、たぶんチナツかアコが来るんだろうよ。
アコが来るなら服装はちゃんとするように言っておくべきだね……まあヤーナムの狩人とてそういう半裸の異常者はわりといるんだが……
◇
なんだか、その日は結局アビドスの面々も集まってしまってみんなで焼き肉パーティーして帰ったよ……
寝具と銃をRAVEN小隊に配るとまあ喜ばれたり……
そしてその夜、外でウイスキーをちびりちびりやっていると、ホシノと出会った。
「や~先生。先生も眠れないの~?」
「飲まなきゃやってられない夜もあるのさ……ああそうだ、丁度良かった。明日でかまわないから、対策委員会をそのまま生徒会として承認する書類……そいつに目を通しておいておくれ」
「うへぇ……めんどくさいなあ。でも、ありがとうね。アビドスは当分は存続できそうだよ」
「……そうだね」
酒が苦いねえ……アロナちゃんに頼んでゲヘナの法を手に入れたけど、本当にろくでもないねえ……
こんな法に正当性なんざあるものかね。便利屋ちゃんを逮捕するのは正しかったのか……
でも、あの場で逃がせばサキの信用を失うだろう。
ああ、全く嫌になる大人の損得勘定だ。
「先生、いつも悩んでるね~。もっと肩の力をぬきなよ~。おじさんにだったら、話してくれてもいいからさ~」
「……すまないね。そうだね、考えてることがあるのさ」
「ふぅん?」
「昼の便利屋みたいな、学園を追われた子たちがいる……その中にも、まともな子は多いはずさ」
「……アビドスで面倒見ろってこと~?」
「あんたと、あんたの後輩達がよければね……簡単に決めて良いことじゃない。けれどね、一つアビドスだからできる商売を考えた」
「……聞かせてみて」
「空崎ヒナを見ただろう? 仕事に追われて……そう言う子たちが一時、都会の喧噪や仕事のことを忘れられる、何も無いからこそ何もしなくていいリゾート……そういうのも、悪かないだろう。余所の学校の子とつきあう事で見えてくる事もあるはずさ」
ホシノがあたしの隣の砂丘に座る。
「避暑地ってわけか~砂漠なのにね。うん、すぐには返事ができないけど、考えてみるよ~」
「なんだい、ずいぶん信用されたもんだね」
実際カイザーだの何だので相当人間不信だろうに。
「……わかってるでしょ。先生は本来私がやるべきことを、代わりにやってくれた……先生の覚悟はわかったよ」
「……そうかい」
背負わせちまったか……やるせないねえ……
砂漠の夜に、星空が煌めく。信じられないほどの星の河……綺麗なもんだ。
自然と、空を見上げてしまう。
「……美しいね」
「うん~?」
「星だよ。見てるだけなら、本当に美しい。こうして仕事を離れてじっくり見てみるとね……」
見てるだけならね。
『宇宙は空にある』
あたしはあの空に何が住んでいるか知ってしまったからねえ……
「……そうだねえ~おじさんは見飽きちゃったけどね~。でも、そっかあ。都会はこんなに星見えないって本当なんだね」
「そうさね、星なんかそうそう見えるもんじゃない……」
おだやかな沈黙が少しだけ場を支配した。夜風が心地良い。
「なあ、あんた。年を取ると、気ばかりが焦る……体がついていかないのにね」
「そっか~……おじさんも色々もうボロボロだよ~」
「そのボロボロのままであと50年くらい自分の体につきあうのさ……覚悟しておくんだね、フフ……」
ホシノは足で砂をさらりと弄る。あまりにも色々ありすぎたよ……今くらいは意味のないとりとめもない話がしたいのさ。
「ねえ、いつか水族館とか、海とか行こうよ。ここはこんなだからさ……お魚や水がたくさんある海を見たいんだ~」
「……ああ、いけるよ。必ず連れて行くさね……」
「……楽しみにしてるね~」
お互い明日をも知れない身だ。その約束がどれだけ儚い物かはお互いにわかってる。
けれど、そういう些細な希望が、生きる
海か……いつか、行かなきゃいけないね……