ヤーナムから来たアイリーン先生   作:照喜名 是空

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飲みニケーション?

 

 その夜、連邦生徒会のビルにほど近い高級レストラン。

 あたしはカヤを食事に誘うというテイで呼び出した。

 

「すまないね、せっかくの金曜日にババアと飯だなんてね」

「いえいえ、役割の近い部署で交流を深める事もまた大事な仕事ですから」

「そう言ってくれると助かるよ。まあ飲みな。コースを頼んであるさね」

 

 カヤは気取った動作でジンジャエールのグラスを軽く上げる。

 あたしもその倍は気取った動作で乾杯を返した。

 こちとら狩人だよ。気取ることのプロさ。

 

「連邦の繁栄に……とでもしておきましょうか」

「そうさね、いつか勝ち取る平和のために、とかどうだい?」

「いいですね、それはとても夢のある話です」

「そうさね」

 

 カヤは平和に、と言うと少し驚いた顔をして、それから機嫌が良さそうにうさんくさく微笑んだ。

 

「さて、何から話したものか……そうですね、ご活躍はお聞きしていますよ。さっそくシラトリ区の不良達を制圧したとか」

「ああ、面倒を見てる娘たちの腕試しにリンの依頼がちょうどよかった」

「そのようですね、各校から強者を引っ張ってくるのではなく、どこにでもいる生徒を鍛え上げる……興味深い運用です」

 

 さっそく先付(アミューズ)が運ばれてくる。

 パテだのキッシュだのテリーヌだの、おもちゃみたいに小さく美しい料理達に思わず顔がほころぶね。

 それから少し料理が美味いだの、FOX小隊に無理させてないかだの、他愛ない話をして……

 

「さてと、そろそろ脳みそも暖まってきただろう。もう面倒だから言ってしまうよ。私は連邦生徒会に『軍を作ってプレゼントしてやろう』と考えてる。そのへんのごろつきを更正がてら鍛えて治安維持部隊にする。悪いアイデアじゃないだろう? あんたはどう思う?」

 

 カヤはわずかに考え、また張り付いたような笑みで静かに語る。

 

「なるほど、面白いアイデアですね。それがRAVEN小隊の今していること……ですか」

「まあね、少なくとも、企業に外注するより、1から作った軍の方が健全だろうさ」

「ええ、連邦生徒会の所有する軍ですか……企業の力を借りずにできるならば、非常に魅力的です」

「……いい響きだろう? 企業の紐付きじゃない軍事力……傭兵に軍権をあずけたら必ず乗っ取られるからねえ……」

「ええ、ですが実現にはさまざまな問題があるかと思います」

 

 スープが運ばれてきた。ほどよく暖かいこれは……コーンスープだね。驚くほど甘くてコクがある。香りまで良い。安くない金を払っただけあるよ。

 カヤも静かに飲み終えると、興が乗ってきたように空中でろくろを回すように指を動かす。

 

「たとえば……今はシャーレのビルを寮として使っているようですが、明らかに無理があります。安全上からも人数からも新兵を入れるべきではないでしょう。そうですね、たとえば訓練を終えて高い実績を出したエリートだけ入れて、向上心の糧とするとか」

 

 地頭は悪くないんだろうねえ……けど、たぶん経験とか他人の気持ちに配慮しようって気がないんだろう。

 

「ああ、それも悪くないね。実際思ったより保護が必要な子が多くてね。なんとか手当てして病院に放り込んだのが10人ばかりいたよ。確かに他の方法を考えようとしてたのさ。助かるね、あんたはやっぱり地頭がいいよ」

「ふふふ、そうですか」

 

 実際、緊急的に寮に入れた30人はすぐさま『聖歌の鐘』やSRTの治療キットで手当てして、その上でレベルアップで体力を大幅に増やした。

 20人はまあそれでだいたい元気になった。けれど、10人はもうどうしようもなかった。

 体が治っても心が壊れた者、病気を患った者。薬中。結局とりあえず一ヶ月先払いで入院させるしかなかった。

 

「とはいえねえ……家と飯だけはなんとかしてやりたいのさ。花の青春が宿無しで終わるのはあんまりだろう」

 

 あえて、少し弱みを見せていくよ。なんだかんだお人好しのコイツはそれなりに考えるだろう。

 そして、だからこそ距離が縮まるはずさ。けれど、嫌だねえ。損得づくでつきあうというのは……

 

「たしかに、貧民救済は必要だと思いますが……それは捜査部の仕事かといえばどうでしょうね。ですが、もう約束してしまったなら……食糧配給か炊き出しをして安宿を借りるとか……やはり住居が問題になりますね。なにより、資金繰りはそちらも苦労されているご様子ですし」

 

 ふうん、ようやく少し踏み込んできたね。こっちも踏み込むか。

 

「そうさね、こいつは本来生徒会がやるべき政策レベルの事だ。ふさわしい手続きと承認が要る。けれど、リンは多分現状維持で手一杯さね」

「……ええ、リンの弱った様子は目に余ります。なんとかしてあげたいものですが」

 

 なかなかガードが硬いね。

 

「あんた、根回しが得意だね? なら口下手なリンに代わって自治区への説明をしてやることから始めれば良いさ。あんたも忙しいだろうけどね、あんた、そこで満足してるわけじゃないんだろう? なら少しづつ仕事を奪ってやりな」

「大胆な発言です。連邦生徒会への反意とも受け取られかねませんよ」

 

 にやにやしだしたね。だいぶほぐれて来たようじゃないか。おっとなかなか美味いねこの魚料理。

 

「というか、本来あんたとリンはそういう役回りで選ばれたんだろうさ。リンが判断をして、あんたが説明する。合理的だけど口下手な脳と、雄弁だけど滑りが良すぎる口ってわけさね。丁度良く協力しあって生徒会長の代わりに連邦生徒会を代行できるようにね。そんな気がするよ」

 

 カヤが目を見開いてしばらく考えた様子をした。

 

「……反意ではなく互いに協力して一人前、ですか……一理、あるかもしれません。会長はそういう人事がお好きでしたから」

「だからまあ、仲良くとまでは言わない。うまくやりな」

 

 おや、箸が止ってるねえ。

 

「ええ、ええ……仲良くではなく、うまく。さすがは先生ですね。失礼ですが、年の功というものでしょうか。参考になります」

 

 コイツ本当に太鼓持ちさせたら上手いねえ……そのうさんくささがなければだけどね。

 しばらく静かに魚料理を食べ、皿を返して、次の料理まで少し間が開く。

 仕掛けるなら今だね。

 

「……なあ、あんたの理想ってのも風の噂で聞いたよ。治安良くしたいんだって? まあ、毎日銃撃戦するのが当たり前じゃ困るのは解るよ。あたしも同感さね。そのために、あたしはゴロツキ共を軍に組み込む計画を本気でやるつもりだ。あんたも一枚噛まないかい?」

「……ふふふ、なるほど。だからこそ私にと。ええ、ええ。あなたの評価は正しいですよ」

 

 好感触だね。ちょいと悪巧みの気配を出すか。

 

「カイザーよりはいい目を見せてやろうじゃないか」

 

 お前の方の計画は知ってるぞと匂わせて。さあ、勝負の時間だ。

 一緒に悪巧みするのは楽しいだろうさ、子供はそういうのが好きなもんさ。

 ……便利屋ちゃんの顔を思い出すねえ。

 

「悪い話じゃないだろう?」

 

 そう言って、手を差し出す。

 

「ええ、とても魅力的なお話です。『協力』であればしますよ」

 

 カヤは手を取った。細く、小さな手だねえ……

 

「ですが、それ以上はそちらの要求によります。それだけの事がタダであるはずがない。あなたの要求は何です? 殺人許可証ですか」

「そいつはもう持ってるからいい。けれどそうだね……要求と言えば要求かね」

「……では、私に何を求めますか?」

 

 肉料理が来て手を離す。牛ヒレ肉のロッシーニか……小さくて良かったよ。

 肉にフォアグラトリュフだよ? ババアにはこってりしすぎさね。

 

「なに、順調にいくならあんたが司令官だ。そうだろ?」

「ええまあ……」

 

 テーブルを挟んでお互いに皿の上の肉をナイフで切っていく。

 

「けれどね、軍人ってのは単純なもんでね、現場に行かない、喧嘩も弱い。そんなのはボスと認められないんだよ」

「……つまり?」

 

 嫌そうな顔をしてるね。当たりだよ。勘も悪くない。

 

「あんたも戦うんだよ」

「はあ?! 私がなぜ!?」

 

 ああ、ようやく子供らしい顔をしてくれたねえ。叶うならばこんな話題じゃない方が良かったけれど。

 

「昔話をしてやるよ」

「はあ」

「かつて、貴族ってのがいた……貴族とは民と軍を率いて国……ここで言うところの学園を率いることを産まれたときから定められて育てられるのさ」

「なるほど生徒会の血筋のような?」

「まさにそれさ。産まれたときから民に食わせて貰って地位を保証される。ほぼなんでも命じて良い。だからこそ、領土に危機が迫ったときは軍を率いて真っ先に戦う義務がある」

「……なるほど。高貴な義務ですね」

 

 肉がうまいねえ。カヤは嫌そうな顔でもちもちと肉を食べてるけれど。

 

「つまりそういうことだよ。権力には必ず義務が伴う。特にあたしの産まれた国の貴族は血気盛んでねえ。ひとたび戦となれば最前線で一番槍をするのさ」

「一番槍……? まさか、一番前で指揮するとは言いませんよね?」

 

 口元がひきつってるよ、防衛室長殿。

 

「いや、本当にそれをしたのさ。真っ先に剣を抜き銃を構え、ただこう命じる。『ついてこい』ってね」

「いやいや、嘘でしょう!? いえ、嘘と言うより誇張した表現では……?」

 

 うん、あんたはそうやって素の顔を見せた方が愛嬌がある。

 

「いいや、本当にあったのさ。高貴な者の義務ってのは本来そういうものだ。そういうものであるべきなのさ」

「ま、まさか……私にそれをやれと」

「大体はね。そこまでやれとは言わないけれど、一度も現場を見ずに指揮をするなんざ、あたしから言わせればおままごとさね」

「む……そう、でしょうかね……」

 

 デザートのアイスとコーヒーがやってくる。

 

「1週間でいい。後ろから見てるだけでも良い。とにかくうちの軍を『視察』してみな。それは必ずあんたの力になるはずだ」

「……少し考えさせてください」

 

 カヤが静かにコーヒーをブラックで飲んだ。そういえばこの子の好物だったね。

 

「構わないよ。すぐに答えが欲しいわけじゃない。けれどね、少し想像してみるんだ。あんたの腕っ節が強くなったときのことを。もう誰もあんたを舐めた態度を取らなくなる。それは心の余裕に繋がるはずだよ」

「強く……私が?」

 

 おっ、目に力が宿ったねえ。そうさその意気だ。

 

「なれるさ。私がする。背がずっと高い相手でもあたしが鍛えるなら軽くたためるようになる。どうだい?」

「……一週間、視察と訓練……いいでしょう。予定を合わせましょう」

「決まりだ」

 

 今度の握手はしっかりとしたものだった。

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