ヤーナムから来たアイリーン先生   作:照喜名 是空

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第一回『晩餐会』前編

 

 ともあれ、DUの中華料理屋に妙な面子が集まった。

 ミレニアムの生徒会長、その同格の車椅子、ティーパーティーのホスト。

 そしてどういうわけか、殺人許可証を発行されちまったあたしだ。

 

「百合園セイア……キヴォトスの存続に関わる脅威に対しての会議、ということだったけど。こんな場末のレストランで機密性の高い話をするのはどうかと思うわ。電子的には紙切れも同然の防備よ」

 

 黒スーツの発育のいい娘、いやもう娘と言うより女と言った方が良いね。ミレニアムのリオが淡々と前菜の卵スープを飲みながら言う。

 

「いいえ、儚い美少女天才ハッカーのこの私が保証します。ここは電子的には真空地帯ですよ。皆さんの携帯もろくに電波が入らないでしょう?」

 

 儚げに見えていい性格してる白髪に車椅子の子がヒマリだ。なんでもとんでもなく頭がいいらしい。

 

「それはそれで危険だと思うのだけど……だからこそ、護衛を連れてくるのが前提だったのね……まあいいわ、それでお互いどこまで知っているか認識の摺り合せが必要だと思うのだけど。それはホストのあなたから……ということでいいのかしら」

 

 円卓の奧で座るのがちびっこくて狐耳のはえた盲目の少女、権力者の中の権力者百合園セイアだ。

 その目には白いレースの布が巻かれ、椅子には間違いなく『仕込み杖』が置かれている。

 けれど、『月の香り』はわずかでむしろこれは……『灰と炎』の臭いがわずかにする。

 この嗅覚は本来は人にはない、血の医療を受けた者にしか分からない物だ。

 

「もちろんさ。ああ、セキュリティ面は私が保証するけれどいくらでも確かめて構わない。一つ言うならここはサンクトゥスの息がかかったところだということだね。じゃあお手元に最初から置いてある資料を見たまえ。メニューにはさんであるだろう?」

 

 ああ、まあ読んださ。

 なんだい『名もなき神々の王女』って『アトラ・ハシースの船』? 

 要はまた古代人の遺産だろ……そんなものは埋まってるままにしときな。

 そこから先もまあひどい。

『アリウススクワッド、およびアリウス自治区』『色彩』『ゲマトリア』。

 ああもう……やっぱりあいつらはただのテロリストじゃないか。ただの。本当にただのテロリストだ。いくら気取ろうとね。

『虚妄のサンクトゥム』『無名の司祭』『ヘイローの反転』。

 

「ああ、読んだよ。まったく、どこも何も変わりゃしない……要は古代人の生き残りがろくでもない神様とやらを崇めながら攻め込んできて、それをろくでもない研究者気取りのテロリストがクズの企業(カイザー)を手先に迎え撃って、結局焼け野原になって『前回』は終わったって所かね」

 

 リオが顔をしかめて、ヒマリは微笑んだ。

 

「あまりにも端的すぎる理解ね。けれど、私の掴んでいる情報もおおむね同じよ。むしろ、こちらから出せる手札はないわね。なら先生は他の情報を持っているのではないかしら」

「まあ、あるよ。聞きな」

 

 例の『黒服の証言の録音』を携帯から流してやった。食事中に聞きたくない最後の瞬間は聞かせずに。

 

「なあこれどうすんだい。いくつも絡み合ってるから『前回』うまくいった事はもう無理だね」

「どうするのよ……これは知ってしまった時点で再現は不可能じゃない……『王女』の善性に全部賭けるのが、しかもその善性の元があんなゲームで正解だとは普通思わないわよ」

「どうしたものでしょうね……いや、それはこの全知たる私に言わせれば『テクスト』で説明がつきます。『無垢な少女』というカードは文脈という世界では相当に強いのですよ」

「どうしたらいいんだろうね。もうわからないから、私はしたいようにしたよ。アイリーン先生もそうじゃないかな」

 

 とりあえず全員で頭を抱えてしまった。リオが深刻に沈痛な顔をしてるが、あたし含め残りの全員は乾いた笑いしか出てこない。

 それは『今まで全て自分でなんとかなった者』と『どうにもできないことを受け入れざるを得なかった者』の違いだろう。

 いずれにせよこの場の全員の思いは一つだろう。

 

「もう勘弁しておくれよキヴォトス……」

 

 リオとセイアが深くうなずいた。

 

「まったく同感だよ先生。それでも、私たちは一人じゃないし、建設的な話もできると思うんだ」

 

 セイアが上品な仕草で回鍋肉を食べる。あんた絶対見えてるだろ。見てるのが眼球じゃないにしろ。

 

「協力してなんとかなるのかしら。いえ、確かに理解はしたわ……これはもう、私一人の手に負える話ではないわね」

「めずらしいですね。あなたの毒沼のような精神にもそんな殊勝な心がけがあったなんて。けれど、私の言ったとおりでしたでしょう。ここキヴォトスでは一人で抱え込むよりも、皆で協力したほうが上手く行くんですよ」

「私一人で対処するのが合理的でないと判断しただけよ。その判断を下す日が来るとは思ってなかったけれど」

 

 この子はなまじ自分だけでなんでもできちまうから、全部抱え込むのって話は本当だったんだねえ……

 けれど、人間そんな便利な生き物じゃない。誰しもいつかはそこにぶつかって、だからこそ謙虚さというものを身につけるんだよ。

 ……だとしたら、この子はまさに今成長したんだろうね。

 

「あんた、一皮剥けたじゃないか。あたしは今までのあんたを知らないけど、今あんたは成長したんだ。やるじゃないか」

「……私の個人的な問題はいいわ。それより、まだ説明されていない事が一つあるのではないかしら、百合園セイア」

 

 リオはかなり一杯一杯の顔でジャスミンティーを飲む。

 

「そうだね、あの夜起こった事……そしてヤーナムのことについて説明しよう。まず私には予知夢の力があるのは知っていると思うけど、あの時私はエデン条約に向けてその力を多く使って疲弊していた。そして、繋がったのさ。狩人の夢に。そこで出会ったんだ」

 

 ここで麻婆豆腐を一口。

 

「……プレナパテス先生と」

 

 後輩の名乗ってた名前が出てきたね。なるほど、後輩。あんたはやり遂げた。そして今でも狩人の夢にいるんだねえ。

 

「彼は黒服達たちと同じ『前回』の先生の一人で……たぶん虚妄のサンクトゥムのちょっと前あたりにシャーレビルを爆破されて昏睡状態に入った……そこで、その時の私がどういうわけかサンクトゥス派の禁じられた秘宝……『青ざめた血』と呼ばれる秘薬を提供したらしい。アイリーン先生ならわかるだろう? あれはきっとヤーナムの血だった。そして先生の魂はヤーナムに引きずり込まれ……そこで地獄を乗り越えて、再誕したのさ。最新にして最後の上位者として」

 

 リオとヒマリがわけが解らないという顔をしてるね……

 

「続けなセイア。リオ、あんたには後であたしが説明するよ。ヤーナムという街についてもね」

「え、ええ……」

 

 セイアは茶を飲むと話を続けた。

 

「とにかく、プレナパテス先生は蘇った。でも『前回』の世界はすでに『無名の司祭』によって『反転』させられた砂狼シロコによって破壊されていた……上位者となった先生が人の形を取り戻すのに時間がかかりすぎてしまったんだ。とにかく……滅びた世界でプレナパデス先生は無名の司祭も色彩も狩り殺して、その世界のシロコを解放して正気に戻し……クロコと本人は言ってたからそう言うよ……クロコと共に『狩人の夢』を拠点に色彩を狩り尽くすための長い旅をしてるんだ。私が夢でプレナパテス先生と出会ったのはその頃だね」

 

 ヒマリと私だけが黙々と小籠包を食べていた。リオは胃を抑えている。

 

「プレナパデス先生は青輝石によるレベルアップで私の虚弱体質を治してくれたし、狩人の業もいくらか教えてくれた。アイリーン先生が今生徒にやってるのと同じようなものさ。あれは血の医療じゃない。使っているのが血ではなく青輝石だからね。とにかく……健康になった私は、夢の中のまま先生についていっていろんな世界を目にしたよ」

 

 セイアが麻婆豆腐を一つ二つ食べて……

 

「砂に埋もれたローラン、冷たい絵画世界、ロスリックの王城、ロンドール黒教会。イルシールに大沼、そして輪の都……あるいはルビコン、クレイドル、レイヤード……いくつもの滅びを見たよ。そして、いくつもの点字聖書や呪術書を読んだ私は……いつしか火防女……アイリーン先生に解りやすく言えば人形さんと同じ存在になったんだ。他者の想いや魂を受け取り、それを相手の力にする……誰かをレベルアップできる存在になった。その過程で私の瞳は溶け、代わりに脳の瞳を得たんだ。だから視覚については心配要らないよ」

 

 この子、ヤーナムでも随分古い、はるか昔の伝説を知ってるじゃないか……あんな地獄みたいなお伽噺の時代に行っちまったのかい。

 

「その過程で現実世界の私の肉体はこうなったというわけさ。いずれにせよ、私は狩人の夢で『介錯を受けた』。私はもう『夢』を見ないんだ。プレナパテス先生の力で予知夢を封じたと言えばわかるかな。でも、十分な経験を積んで私は戻ってきたよ。最初にやったのがティーパーティーで『ちゃんと喧嘩をすること』だったけどね。お互い文句や疑いがあるなら、心に秘めて嫌がらせをするよりは、もう素直に殴り合った方がずっと後腐れがない。それはアイリーン先生も解っているだろう?」

「……そうさね。それができてれば、きっとヤーナムももう少しまともな滅び方をしたはずだよ」

 

 リオとヒマリがこっちを見てた。ああもう説明が面倒だよ……

 

「ああ、ヤーナムというのは私がいた街さ。あそこは『獣の病』という人が理性のない怪物になる病があった。けれどその病ゆえに医療の発達した街だった……」

 

 結局はそれは上位者、わけのわからない神様に近づくためのアプローチで、こっちでいうバイオハザードが起こってヤーナムは滅んだと説明したよ。

 とても長い話になったねえ……

 

「……というわけさ。プレナパテスが何になったかはわかるだろう?」

「『上位者』。こっちで言う『色彩』あるいは『崇高』かしらね……ええ……何があったかは解ったわ……とても壮大な話で頭がついていかないけど」

「一般的な言い方でいえば神ですかね……」

 

 世界観と温度差であたしも頭がおかしくなりそうだよ。

 セイアが目隠しの顔で微笑んだ。

 

「いったん休憩にしようか。一〇分ほど雑談しながらゆっくりしよう。続きはデザートが来てからでいいじゃないか」

 

 どいつもこいつもいい性格してるよ。ここには変な女しかいないのかい。

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