「とりあえず……とりあえず優先順位をつけましょう。大まかに対処すべき問題は3つ。『名もなき神々の王女』『エデン条約』『虚妄のサンクトゥム』だけど……『王女』は先生が近づかなければずっと起きない……はずよ。少なくとも先延ばしにはできるわ。一旦置いておきましょう。ヒマリもそれでいいわね」
「異論がないわけではないですけど、先に議論すべき事があるのはそうですね」
リオの要請でホワイトボードが中華料理屋の個室に運び込まれた。セイアがあらかじめこうなると解っていたようで、用意してあったんだよ。
ボードに『王女』『エデン』『タワー』と大きく円で囲まれて書かれる。
「『虚妄のサンクトゥム』もプレナパテス先生が色彩を狩っていたりする以上実際に来るかはわからないわ。でも、無名の司祭がいる以上似たような事は起きるはず……これはまだ先の話だし、やっぱり『エデン条約』周りの『アリウスによる騒乱』が問題ね。キヴォトスの直接的な滅亡は起こらないにしろ、ここでトリニティとゲヘナがアリウスという共通の敵を持つことで和解と連携ができるようになる……これは対『無名の司祭』相手の戦いで必須になるわ」
ここで一息リオがため息をついた。気持ちはわかるよ。本当に解る……
「必要なのだけど……ええ、必要なのだけど。なんというか」
「ぶっちゃけた話をしましょう。もう言葉を飾る意味もないですし。……セイアさん、これぶっちゃけ要ります?」
「ははは、まあ……笑うしかないよね。結局エデンを望んでいたのはナギサとヒナ委員長だけだったんだ。上がまともであっても、独走するだけじゃこうなるんだよ。リオ会長」
「耳が痛いわね……けれど、だからこそ理解したでしょう? いくら合理的な判断をしても理解を得られない気持ちが」
「ええ、これでよくわかりました……少しお互いの事が解ってよかったですけれど。いずれにせよ、真っ先に対応すべきなのはアリウスですね。人道的にも、戦略的にもここを早期に落とせれば有利にはなります。とはいえ……お互いの感情的にはそれも得策ではないですし」
ため息しか出てこないよ……なんだいマコトってのは。
現場が過労死しそうになってようやくこぎ着けた和平をその場のノリで側近にも告げずにミサイルの手引き?
気に入らないティーパーティーを潰す機会? 舐めてるのかいこの小娘は。
もう勘弁しておくれ。もう赦してくれキヴォトス。
「はあ……もう勘弁しておくれキヴォトス……ともあれ、わかったよ。ここで先にアリウスを止めても振り上げた拳のおろし所がないんだろ。アリウスにもトリニティにもゲヘナにも。ここで三すくみの全力の戦いをしてエデン条約側が勝たなきゃ、アリウスも諦めきれない。ああ、わかるわかる」
投げやりになってしまうよ。ああ、アイスクリームが美味い。脳を使うと甘味が欲しくなるのさ……モエもそう言ってただろ。
「けれど、同じ歴史を辿るのはあまりにもつらいし、その必要もないと私は考えるよ。何もナギサもミカもあそこまで傷つく必要があったのかい?」
セイアがゆっくりお茶を飲みながらゴマ団子を食べる。
「ないね。ベアトリーチェとかいうメス豚に踊らされる意味も無い。正直、もう全部ほったらかして今すぐ獣狩りをしたい気分さ。ああ、そうはいかないのは解るけどね」
「なら、いっそもう温泉同好会に古聖堂からいい温泉が出ると噂を流してだね、カタコンベごと地下迷宮を爆破してそこからアリウスと全面戦争はどうだい?」
「わかりやすいね。嫌いじゃないよ。けどエデン条約はもうなくなるね……別にいいんじゃないか? あんなの。それでも条約を結ぶなら温泉同好会に対する攻撃を理由にしてゲヘナとトリニティで軍事同盟をしてアリウスを叩く。悪くない話だ。それはそれでトリニティとゲヘナの領地がぼろぼろになるし、下手したら死人が出るね」
ははは、と誰ともなく虚ろな笑いが場を包む。
「そうね、これはブレインストーミング……あくまで実現性を度外視したアイデアなのだけど。いっそレッドウインターの安守ミノリにアリウスの実情を話すというのはどうかしら。民衆と労働者の権利による革命だったかしら。丁度いいのではないかしら」
「ふふふ……それをしたらレッドウインターに本物の武力と動機を与えてしまいますね……後で絶対に制御できない武力組織が誕生してしまいますけど」
「ええ、解っているわ……ブレインストーミングよ」
一同、ため息を吐いて冷静になる時間を取った。
「とにかく……とにかくエデンは比較的『前回』に近いルートでいくしかないね……細かい改善点はありつつも構図そのものは今は弄らないでおこうか」
「ええ、一端これも置いておきましょう。どういう選択を取るにしても、私たちには足りない物があるわ。それは兵力よ」
リオがホワイトボードを消し、大きく「兵力」と書く。
「これから起こる事件に対処するためには前回と同じ、いえもっと大きな兵力が要るわ。あるいはシャーレによる多学校のゆるやかなコネクションといえばわかるかしら。前回はゲヘナ風紀委員とアビドス対策委員会がいたわ。今回はその代わりにSRTとレイヴン小隊がいる……先生の連邦軍計画に協力するから、その代わりにエリドゥの建設に協力してちょうだい。どうあっても避難シェルターは必要よ」
そして「兵力」の横に「エリドゥ要塞都市」と書く。
まあ結局ゆるやかにお互い有事に備えて協力できればという感じで落ち着きそうだね、よかったよ。
「異議はあるかしら?」
全員首を横に振った。
「なら、晩餐会は成功だね。結局のところ私がこの晩餐会を開いたのは『有事に際してお互いに協力ができるように情報を共有する』ということが達成されればそれでよかった。最初に手紙に書いたとおりだったんだよ」
「そうですね……可能ならばゲヘナの中で比較的信用できるヒナ委員長を引き込めればいいのですけれど、あの人の心労をこれ以上増やすのも……」
ヒマリが顎に手を当てて考える。
「各校のパワーバランスから考えてもゲヘナの誰かを参加させたという形はいずれ必要になるわ……万魔殿の棗イロハなら比較的話し合えるでしょうけど……そこからマコトに漏れるとなると本当にまずいわね……」
そこでリオが私を見た。
「いっそのこと、便利屋ちゃんを参加させるってのはどうだい?」
全員があたしを『それだ!』と指さした。つまりそういうことになり、会議はいくつかの有用な提案をひねり出して、その場は連絡先を交換して解散になった。
この晩餐会は定期的に開催するだろう。
さて、またしばらくは忙しくなるねえ……人使いの荒い街だよキヴォトス。
もう勘弁しておくれキヴォトス……