「先生、あの……先生? 起きてください! アイリーン先生! ……ですよね?」
鋭い若い女の声がする。目を開けると、なんだか妙に小綺麗な場所でアイリーンはソファに座っていた。
「ああ、『
なんだいこの乳のばかでかい女は。耳も尖って……天使の輪っかまでついている。
こんなのが天使だとしたら嫌だねえ……
「ずいぶんとお疲れだったご様子ですね。なかなか起きないほど熟睡されるとは」
「ああ、そりゃあ悪かったねえ。年甲斐もなく無茶なんてするものじゃあないね。さっきまで死んでたのさ」
「……そうですか、ここに来られるまでですでに色々とあったようですね。ですが、襲撃はキヴォトスでは日常茶飯事です」
なんだか、雲行きが妖しくなってきた。どうやら行き着いた果ては天国ではないらしい。
まあ、どうせ地獄行きだとおもってはいたからかまやしないが。
「ああそうかい。ヤーナムでも日常茶飯事だよ。それで、あたしは何をすればいいお嬢ちゃん。あんたがあの子の寄越した案内役ってところなんだろう?」
「……夢でも見られていたご様子ですね。その、大丈夫ですか?」
「なんだい、ババアが珍しいのかい? まだボケる年じゃないハズだよ」
「ではちゃんと目を覚まして集中して下さい。もう一度改めて今の状況をお伝えしますね。私は七神リン。学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会所属の幹部です」
「そうかい、私はアイリーン。ヤーナムの『狩人狩り』アイリーンさね。学園都市ねえ……そのお偉いさんってワケかい。そうかい、気の毒にねえ……」
ヤーナムも元々は大学と共に発展した都市だ。もちろん治安は崩壊したし、人体実験やら狂気と血にまみれていた。
きっと、どうせここもそうなんだろう? あたしゃわかるんだよ。学園の幹部なんて若い御空でやるもんじゃないよ。
「……いえ、自分で選んだことですから。それよりも先生がすべきことですが……学園都市の命運をかけた大事なこと、ということにしておきましょう」
「ああそうかい。じゃあ、行かせてもらうよ」
こういうのはどうせハッキリ言わないんだよ。どこでも同じだね。相手するだけ無駄さね。
「待って下さい! わかりました! 案内しつつ説明させていただきますから! 何でそんなに健脚なんですか!?」
「そうかい。ならさっさとしな」
おや、思ったより話が通じそうだね。
そこから、気持ち悪いくらい明るくて小綺麗な建物の中をお嬢ちゃんの案内で歩く。
説明を聞けば、タワーとやらを確保しなきゃインフラ? 要は水道とかガスとかそんなだろ? それが止るのだとね。
そしてこの街キヴォトスとやらはよほどイカレた広さと政治形態をしてるらしい。
まあ、医療者が医療教会なんぞ作って街を治めてたヤーナムとどっこいだね。
それで、ここから30km先の建物にある何やら鍵的な物をとってこいと。
おまけにそこがあたしの仕事場で、誰でも徴兵できて切り捨て御免だって?
本当に丸投げしやがったねあの子達。
話を聞きながら歩いていると、小やかましい小娘共がなにやらわめいている。この子達もどうやらお偉いさんか。
どうやら、タワーが止まったせいで武器は出回るわ脱獄はされるわでここでもろくでもない事が起こってるようだね。
「この方が?」
黒服黒髪のやたら乳と背のデカい羽つき娘がアタシに視線を向ける。
「あいにくと、そうらしいね。お互い因果な事に巻き込まれちまったもんだ」
「ちょっと待って! その、あなたは一体どなた? どうしてここにいるの?」
「あたしも何やら頼まれちまったんだよ。あの白い子と、よくできた後輩にね」
「それって、連邦生徒会長!? ますますこんがらがってきたんだけど!?」
黒い上着に白いシャツ、水色のネクタイ……おさげの娘でいいか。よくもまあここまで元気なもんだよ。
「しっかりしな。あんた、お偉いさんなんだろ? 上に立つ物なら、怖がるのは良い。けど、慌てるんじゃないよ。あんたがどっしり構えてないでどうするんだい」
「そ、それはそうだけど……」
「あんたもどたばたしてないで持ち場に戻りな。これは、私の仕事さね」
「でも外の人がどうやってこの混乱の中を30km行くのよ!」
「なあに、こう見えてこういうのは慣れっこだよ」
あたしは歩き始め、先導するリンが何やら耳元の機械を弄り始める。
「それは心強いです先生。今、ヘリを用意いたします。モモカ?」
何だいこりゃあ……桃色髪のお嬢ちゃんの幻影が出てきて何やら言ってる。
どうやら、現地は暴徒だらけらしい。まあ、いつものことさね。
「ヘリってのは何か知らないけど、要は乗り物だろ? 別に何人暴徒がいようがかまわないさね。行くよ」
「えっ、でも外の人は銃で撃たれたら死ぬって……」
「一般的にはそうさね。けれど、狩人はそうじゃない。弾丸の10や20じゃくたばらないよ。それより、あんたらもそうなのかい?」
「えっ、うん。このヘイローが体を守ってくれるから……でも一人じゃ無茶よ!」
おさげの白黒の子がきゃんきゃんわめく。元気な子だねえ……
「ええ、そうですね。危険です。ですがアイリーン先生。丁度ここに各学園を代表するお偉くてお強い方々がついてきておられますね? ご協力感謝します」
「……やめときな。手を出すんじゃないよ」
「しかし先生」
「これは私の仕事さね。子供は帰りな」
「わかりました。ではせめて近くまで車で移動します」
「ああ」
後ろの方には、三人のやかましい娘たちがぽかんと取り残されていた。
◇
車とやらは快適だった。あれだろう、最近発明された機関車の小さいヤツだろ。
ここじゃあどうもだいぶ未来のようだねえ。まあ、狩人なんて因果な商売やってたら時間を飛び越えるくらいのことはないわけじゃない。
「先生。これを」
「なんだいこりゃ」
「イヤホンです。これで遠くから通信ができます。耳も塞がないので戦闘中もじゃまになりません」
「……まあ受け取っとくよ」
つけにくい形だけど、まあなんとかつけられた。未来はずいぶん便利になるんだね。
「それから、これが地図です。プリントアウトしておきました」
「なんだい、地図もあるのかい。至れり尽くせりだね。じゃあ行ってくるよ」
あたしは車のドアをあけて外に出る。良い空気だ。火薬の匂いに、爽やかな空気。
饐えた腐臭に獣の匂いしかしなかったヤーナムに比べたらなるほど確かに天国だ。
「ですが先生、やはり……」
「くどいよ。あんたは待ってな。子供は手を出すんじゃあないよ」
リンと目線が合う。なんだい、ずいぶんまともな目もできるじゃあないか。
「……わかりました。ご武運を」
「ああ」
しゃりん、とあたしは『懐』から右手に『慈悲の刃』左手に『獣狩りの短銃』を構える。
慈悲の刃は30cmほどのナイフで、複雑で美しく流線的なデザインだ。十分に素早く、鋭く振れる。
短銃はいわゆるフリントロック式のラッパ銃だが、『諸事情』あって狩人なら20発までリロードがいらない。
投げナイフももちろんたっぷり。輸血液もね……ああ、本当にできた後輩だよ。補充してくれたとはね。
さあ、時間だ。
「狩人狩りの狩りを知るがいいさね」
◇
地図とリンの案内を使ってできるだけ交戦を避けながら進むのは想像以上に快適だった。
初めて来たキヴォトスがまるで自分の庭のヤーナムみたいに楽に駆け抜けられるじゃないか。
「なっ、なんだこい……グウッ!」
「ひえっ! 手が! 手が切れたぁ!」
「なんだい、暴徒も子供かい……悪ガキ共。今なら見逃してやるから、道を開けな」
本当にただの悪ガキだねえ……浅く手足を切りつけたくらいで泣きべそかいてるじゃないか。
こりゃ殺しはまずいね。
「あら、あらあら……お強そうな鴉さんが来られるとは……あなたが連邦生徒会の猟犬というわけですか?」
「不本意ながら頼まれちまったもんでね。あんた、強いね……」
なんだいありゃ。真っ赤な服に犬? いや狐だね。狐のお面か……銃剣つけたライフルを持ってるようだけど、只者じゃないね。
周囲の群衆があたしたちから逃げるように散っていく。
「あら……なら、お楽しみといきましょう♡ふふ、ふふふふ……!」
「あんた、ずいぶんと血に酔ってるじゃあないか……さあて、どうしたものか……まあいいさね。かかってきな」
あたしは短銃をホルスターにしまい、慈悲の刃を両手で掴んでパキンと割る。
これは二本のナイフが絡み合って一本のナイフになっているが、解き方を知っている使い手ならば即座に二本に戻せる。
そういう仕掛け武器だ。
しゃりん。しゃりいいいん。
隕鉄でできた刃と銃剣が何度も交わり、互いに弾丸を避け合う。
これは一筋縄じゃいかないねえ。リンの通信ではこの子はワカモって名前の札付きのワルらしい。
とりあえず、殺るにしろ殺らないにしろ、それなり以上に血を流させて弱らせるしかあたしの手札はない。
「ふふ、ふふふ……! ナイフで何をするかと思ったら、これほど心踊る戦いができるなんて……ふふ、ふふふふっ!」
「『夜にありて迷わず、血に塗れて酔わず。名誉ある異邦人よ。獣は呪い、呪いは軛。そして我ら、狩人の軛とならん』……ククッ……ククク……」
どれだけ切り、どれだけ撃ち合ったか……
まずいね、今は体力は7割と行ったところだが、ダメージレースで負けてる。
このままだと押し負けるね。まったく年はとりたくない……
「どうされました? 息があがってますよ? おばさま♡ふふふっ」
「あいにくとババアでねえ……年はとりたくないもんだよ」
「ならもうそろそろおやすみなさいませ!」
おや、大振りに振りかぶったね? じゃあこうだ。
あたしはその振りかぶった手に向かって短銃を撃つ。
獣狩りにおいて、銃とは相手の隙をついてこけおどしに使うものだ。
『隙だらけの獣は、撃たれれば大きく怯む』獣狩りとはそういうものだ。
『
「油断したね」
「あっ……ええっ!?」
そして、大きく怯んだ相手には……狩人は素手による内臓引きずり出し攻撃が可能となる。
だが、こればかりは『そうはいかなかった』
指の第一関節が血肉にめり込んだあたりで止った。ヘイローとやらによる守護だろう。
「げほっ……! げほっげほっ!」
後ろに吹っ飛ばされたワカモのみぞおちから鮮血が服を濡らしていく。
穴はちょっと開いたけど、浅い。
「まだやるかい? 次は本当に心臓を引っこ抜くよ」
「いえ……私はここまで。後は任せます……ここまであなたを誘引できれば十分です。楽しんで下さいね♡」
チッ……表通りにおびき寄せられちまったみたいだね。
ワカモは逃げおおせたようだけど、こっちはそうもいかない。
鉄の塊みたいな車がカッ飛んできてるからね……
「これは……面倒な事になったねえ」
大物狩りと思えばやれなくはないだろうけどね、そうだとしても慈悲の刃じゃどう考えても不向きというものさね。
そんなことを思っていたら、後ろから爆弾と銃弾がでかい鉄の車……耳元でリンが言うには「戦車」とやらを貫いた。
「ああもう! ナイフと骨董品の拳銃で戦車と戦えるわけがないじゃない! 先生! ここは任せて!」
「私たちのライフルと爆弾でならば倒せます。先生、どうぞ先に!」
なんだい……さっきあったやかましい三人娘がいるじゃないかい。
「なんだい、あんたらついてきちまったのかい……余計な助太刀だね、でも助かるよ」
しばらく避けながら見てたけど、大丈夫そうだね。普通に戦えてる様子だよ。
「やれるんだね?」
「はい、先生があらかた倒してくれたおかげで、こちらには損耗が少ないです。火力も私たちの武器なら問題ありません」
影の薄いメガネの娘がうなずく。
「すまないね、任せたよ。あんたらは適当な所で逃げな」
「先生もお気をつけて」
どうもこりゃあ、戦いのことだけで言えば子供扱いばかりもしてられないね。
ああ、年は取りたくないもんだ。
あたしは戦車の横をすり抜けて目的地……「シャーレのビル」とやらに急ぐ。
やったらでかくて白くて妙にさわやかなビルだねえ……リンから鍵は受け取ってる。このカードを……ああ、ここに当てるのかい。
どうせこれも神秘やら最新技術やらそういうわけのわからないものなんだろう? まあいいさね。
ドアが自動で開くのは少し驚いたけどね。
「リン、ついたよ」
『お見事です。では階段を下って地下に行って下さい。安全が確保されたら私も行きます』
「無理するんじゃないよ」
『……お気遣いありがとうございます』
ここが「シャーレ」のオフィスかい……石碑が浮いてるね。ヤーナムの地下にあった遺跡でこういうのをよく見たよ……
青く光って文字が浮かんでる板はなんだい。まあいいさね、どうせろくでもないものなんだろう。
幸い、イスと机が置いてある。少し休ませて貰うよ。
「ふう……まったく、世の中ってのは遠い国でもはるか未来でもまったくもってろくでもないねえ……」
このキヴォトスについて考える。
世界の中心が学生でできてるこの世界を。
大方、学校の権力が強くなりすぎたんだろう。
何もかも生徒会とやらが利権を貪った結果が、じゃあお任せしますよとばかりに全部街の運営を押しつけられたんだ。
たかが10代の子供に。その結果がこれってところかね……
……笑えないよ。本当に。
この街も、この街を笑えないヤーナムも。
ああそうだ、あの後輩はどうなったんだろうねえ。まあ、狩りは成就できただろう。
……ああ、でもなんだかあの子なら逆にゲールマンを
ヤーナムの誰もがそれを夢見て、誰もなしえなかった。
人を超え、人を辞め、上位者になる。
きっとそれもろくでもないことなんだろう。でも、あの子ならやれたかもしれないねえ……
それくらいしか、死にかけてたあたしがここにいる理由がないんだよ。
そうかい、やったのか後輩……
「お待たせしました。……何かありましたか?」
「なんでもないよ。少し、昔を思い出してたんだ」
「……そうですか」
「それで、ブツってのは何だい?」
リンは周囲の机や棚を少し探すと、白い板を探り当てた。
「はい、これが連邦生徒会長の残した物……「シッテムの箱」です。受け取って下さい」
「大げさな名だねえ……まあいいさね。さて、どうやって使った物かねえ」
たぶんこれも、ヤーナムのわけのわからない仕掛けと鍵みたいなもんなんだろう?
しょうがない、少し『見て』みるかね……
『シッテムの箱』
何の変哲もない情報端末。
『先生』が触れることで起動する。
これはその素材から構造に至るまで人智の及ぶところではない。
だがこれは、『先生』の傍らに常にあるべき物だ。
『我々は望む、七つの嘆きを。我々は覚えている。ジェリコの古則を』
「なるほどね……このへんを触ればいいらしいね」
ヤーナムの『狩人』は血によって肉体と脳が変質した時に『啓蒙』を得る。
人ならざる知恵、人ならざる知覚。知り得ない物を知ることができるようになる。
丁度この解説文のようなものが脳裏に浮かぶのだ。
「あっ、先生!? 嘘、手袋をしたままでどうしてタブレットが反応するんですか……?」
「なんだい、これは素手で触る物なのかい。おや、リンお嬢ちゃん。なんか光り出したねえ。パスワード……ああ、合い言葉はこれだろうねえ」
「さすがですね……わかるんですか?」
あたしは手袋を脱いでこの面倒くさそうな機械を弄る。年寄りに初見の機械を弄らせるんじゃあないよ!
「まあ、年の功さね。ところでこれはどうやって合い言葉を入れるんだろうねえ」
「あっ、それはたぶん、画面の下半分を触ると……ええはい、それだと思います」
「なんだいこれは、未来のタイプライターかい……触ったこともないよ」
なにやら虹色に光った面をリンがすらすらと触るとタイプライターみたいな模様が出てきた。
あんたねえ、狩人みたいな肉体労働者が事務用品なんて触ったことがあるわけないだろう?
「ええと、パスワードがわかれば私が入力しましょうか……?」
「年は取りたくないねえ……『我々は望む、七つの嘆きを。我々は覚えている。ジェリコの古則を』だとさ」
「はい、はい……ではここのボタンを押せば入力完了です。最後は先生がやってください」
「ああ、すまないねえ」
結局、横からのぞき込んできたリンがほとんどやってくれた。
何やら文面が出たあと……脳裏にまた文字が走った。
『シッテムの箱に入りますか? >YES NO』
ああ、これはアレだね……『狩人の夢』みたいんなもんだね。
安全地帯の拠点ってわけかい。いいさ、行ってやるよ。
『夢』に入る時と似たような感覚がして……
目を開けるとあまりにも明るい海に水没した壊れた部屋……これは、教室かねえ。
少し探索したけど、やっぱりこの寝てる子しか調べるべきものはないね……
白い髪の、ほんの小さい女の子だ。真っ青な海兵服みたいなのを着てるね。
頭には天使の輪っか。『生徒』ってやつかい……
「えへへ……まだいっぱいありますよぉ……」
「お嬢ちゃん、起きな」
なるほどね、これが今回の『人形ちゃん』ってわけかい。
アレだろ? 『レベルアップ』してくれたり物を売ってくれる子だろ?
「え? ありゃりゃ? あれっ? この空間に入って来たってことは……まさか■■■先生!?」
「悪いねえ、それは『後輩』だよ。あたしはあの子の先輩、鴉のアイリーンだ」
「あっ! そうでした! う、うわーっ! そ、そうでしたね!? もうこんな時間!?」
「落ち着きな。こんなナリだけど、取って食いやしないよ。あんたが、あたしの世話係ってところかい?」
「はい! まずは自己紹介から……私はアロナ! この『シッテムの箱』に常駐している管理者であり……そしてこれから先生をアシストする秘書です!」
そそっかしくて落ち着きのない子だねえ……でも、子供はこんなもんでいいんだよ。
まあ、ヤーナムでは秒で死にそうだけどねえ。
「やっと会うことができました! 私はここであなたをずっと、ずーっと待ってました!」
「ああ、そうだろうね。待たせちまったみたいだけど、こっちも立て込んでいたのさ……何しろ死んでたからね」
「あうう、その、そんなときに申し訳ありません……」
表情がコロコロ変わるねえ。孫がいたら、こんな年頃かねえ……
「かまやしないよ。どうせ地獄行きだったろうさ。ここはまあ、地獄よりはちょっとばかり気安い所みたいだからね。感謝してるよ。よろしくしとくれ、アロナのお嬢ちゃん」
「はい! よろしくお願いします! これから先、頑張っていろいろな面で先生のことをサポートしていきますね!」
「ああ、頼むよ。それで、ああそうだ。サンクトゥムタワーの制御権だったかね。そいつはなんとかできるかい?」
「はい! そのために形式的ではありますが、生体認証を行います! さあ、この私の指に先生の指を当てて下さい!」
ああ、そういうことかい……これは『契約』なんだろうさ。ヤーナムに最初に来た時もそうだった。
ここからは引き返せないって事だね……
手袋を脱いだ右手のほうをあたしはアロナに差し出した。
「契約ってわけかい……いいさ、どうせ死んだ身だし、未練もないさね」
「そ、そんな大げさなものではないはずなんですが……でも、指切りで約束するみたいですね! うーん……えーっと……はい、大丈夫みたいです」
「……本当に大丈夫なんだろうね?」
適当にやってるねこれは……ババアの年の功を舐めるんじゃないよ。
「だっ、大丈夫です!」
「まあいいさね。それじゃあ、やってくれるかい?」
「はい! サンクトゥムタワーのアクセス権を復旧します! 少々お待ち下さい」
「ああ」
何やらアロナは呪文みたいなもんを唱えていたね。
その間あたしはのんびりと外を眺めさせてもらった。海、海か……何故だろうね、なんだか懐かしい気がするよ。
そりゃあ、祖国からヤーナムに来るときに船は乗ったけどね。でも、それよりもっと昔の……
「先生。サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました。今サンクトゥムタワーは私アロナの統制下にあります」
「なるほどね。この街を今はあんたがどうとでもできるってわけかい」
「いえ! 私は先生の秘書ですから! キヴォトスは先生の支配下にあるのも同然です!」
「嘘だろ……こんなものもらってもたまったもんじゃないよ」
「ですので、先生が承認さえしてくれれば、タワーの制御権を連邦生徒会に移管できます。けど……いいんですか?」
あの子達に全部背負わせるというのもねえ……
「じゃあ、何かあったらいつでも私が止められるようにしておいとくれよ。でも今はあの子たちに返してやっとくれ。カエサルの物はカエサルに、さね」
「分かりました。これよりバックドアを仕掛けた上でタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」
「頼むよ」
それから、しばらくいろいろなことをアロナと話した。
キヴォトスというものについて、ヤーナムがどんなところであったか。
お互いの認識の摺り合せってやつさね。
「『神秘に見えるは人の幸福』だったかね。あたしはそうは思えないよ。あれはろくでもないものさね。あんたも気をつけな。そういうものを求める大人は一人残らず人でなしだよ。何も言わせずに撃つんだ。わかるね」
次はお菓子でも持って行ってやろうかねえ。人形ちゃんは無理だったけど、アロナのお嬢ちゃんなら食べれるはずだ。
年を取るとねえ、若い子に奢りたくなるんだよ……
「えっと……あはは、はい。では、お気をつけて、先生!」
目を開けると、「シャーレ」の事務所とやらに戻っていた。
ずいぶんと明るい。これが本来の「シャーレ」なんだろう。
「お疲れ様でした、先生」
「事は解決したかい?」
「ええ、無事に復旧できたことを今確認しました。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝します」
「ああそうかい。世辞はいらないよ。それで、他にも何かあるんだろう? タダ飯ぐらいをするつもりはないからね」
「いえ、これは本心から……いえ、そうですね、ついてきてください」
少し歩くとこざっぱりした部屋に通された。
「ここがシャーレの部室です。ここが先生の仕事場になりますね」
「で、仕事ってのは何だい」
「……そうですね、シャーレは学園のどこにでも自由に出入りでき、生徒であれば誰でも加入させることも可能です。特に何かをしなければいけないわけでもなく、何でも先生のやりたいことをやっていい……というわけですが、あえて言うならば……連邦生徒会にはさまざまな苦情や要望が来ますが、その全てを対処できるわけではありません」
「つまり、何でも屋かい」
「そうなります。その幅広い権限をつかって、キヴォトスにあふれかえった問題を先生の自由に解決していってください。その辺りの書類は机の上に置いておきました。気が向いたらお読みください。全ては、先生の自由ですので」
「……ああ、そうかい」
まあ、いいさね。とりあえず寝かせておくれ! 獣狩りの夜からちょっと死んでただけでろくすっぽ寝てないんだよあたしは。
部室とやらをさがしたらとりあえずベッドがあった。ありがたく使わせて貰おうかね……
ああ、長い一日だったよ……