去年、百合園セイアの寝室をアリウスの生徒に命じて爆破させた翌日。
聖園ミカは少しの不安と機嫌の良さが混ざったいつも通り不安定な感情で朝のお茶会に出ていた。
バレたらどうしよう、セイアちゃんが怪我しすぎてなきゃいいけど。あんなに大きな爆発なんて聞いてない。やっぱり私が悪いのかな……
そんなぐちゃぐちゃな心のミカと、ティーパーティー首脳部への爆破という前代未聞の事態にすっかり恐怖したナギサ。
「……ですから、とにかくミカさんもパテル派に動揺を抑えるように呼びかけてください。セイアさんも今日中に退院できるそうですが……セイアさんの目は……もう……ミカさんも不安でしょうが、とにかく今は私たちがしっかりしていないと……」
「う、うん……大丈夫、大丈夫だから。いざとなったら私が守るじゃんね」
ミカは想像以上の事態になって青ざめていたし、ナギサは優雅にお茶を飲むルーティーンでなんとか心を落ち着かせようとしていたが、そういう時のナギサは本当に一杯一杯で泣く寸前なのだとミカは知っていた。
「とにかく今はお互いに身を守りつつ犯人を捜しましょう。おそらくエデン条約に対する妨害なのでしょうが……」
ナギサはティーカップを持つ手が震えていたし、その言葉でミカも震えだした。
このトリニティの頂点である優雅なお茶会はただの自分の罪と見えない襲撃者に怯える女の子二人でしかなかった。
そこにノックの音。
二人の羽が逆立った。
「ナギサ様、ミカ様、セイア様がお越しです」
ナギサの秘書の声だ。二人は顔を見合わせ、うなずいた。
「セイアさんはもう動いていいのですか? ミネ団長は何と? いえ、とにかくお入りください」
「はい、肉体的には信じられないほどの回復をしたとのことです。退院は許可されてはいますが……はい、どうぞセイア様」
入ってきたセイアの姿に二人は絶句した。
いつもの白くて露出の高い服はまあいい。だが目に巻いた白い血のにじむ包帯と右手に持つ銀色の杖は一体。
完全に視覚を失った様子だがなぜ一日で杖までついて適応できているのか。それも予知夢の力なのか?
二人の困惑をよそに、セイアはにこやかに笑って手を振った。
「やあ、ナギサにミカ。心配をかけたね。でも結論から言えば私は失明はしてるし予知夢の力も失ったけど引き替えに新しい能力を得たからちゃんと見えてはいるよ」
「えっ? 失明しちゃったのに見えてる……? 失明って見えないって事だよね? なんで? ううん、っていうかそれどころじゃなくって……」
「ミカさん、落ち着いてください。とにかく、とても大丈夫そうには見えないのですが……でも、とにかく無事でよかった……!」
ナギサはもうティーカップをソーサーに置いて握りしめていたし、ミカはいろいろな感情で混乱中だ。
それに対しセイアはよく寝た! といった笑顔をしている。
「うん、またややこしいことを言ってすまない。簡単に言えば見えてるし健康だよ。私は大丈夫だ。心配かけたね」
その言葉に二人は立ち上がって三人で抱きしめ合った。
色々と腹に抱えるものはあるが、それでも今は純粋に友達を心配し合っている女子高生にすぎない。
「心配したんですよ、本当に!」
「セイアちゃんが生きててよかったじゃんね……」
「うん、ありがとう。私も二人にまた会えてうれしいよ」
ひとしきり落ち着くまで抱きしめ合って、離れる。
「ところでミカは私に謝ることがあるんじゃないかな。いや私は普通に怒ってないよ。ここまでする気はなかったんだろう? 部下の暴走だから別にいいよ。でもそれはそれとしてナギサに心配させたことはちゃんと謝ったほうがいいよ」
「……え、と。それは、その」
この二言とミカの反応だけで何が起こったかナギサは気づいてしまった。不幸なことに。
「ミカさん、どういうことでしょうか。ちゃんと……説明して下さい。私は今……冷静さを、欠こうとしています」
「まあまあナギサ。私はほら大丈夫だから。私が普段からややこしい言い方ばかりするのがまずかった所もあるしね」
そのあまりにもセイアらしくない言葉に二人の脳裏に同じ発想が過ぎる。
頭も打っちゃったのかこいつ!
その考えにミカは犯した罪の大きさに恐怖し、ナギサはさらに冷静さを欠いていた。
「ミ カ さ ん!」
「え、ええと……ごめん、ごめんねセイアちゃん……! わた、わたしこんな大変な事になるなんて思ってなくて! 本当に! 信じてなんて言えないけど、でも本当に……本当にごめんなさい……! ごめんね……」
「ミカさん……どうして! どうしてこんなことを……」
「だ、だっていつも訳の分からない言葉でちくちく説教してきてイラッときたし……ちょっと怪我しちゃったらいいなってくらいで、こんな……私馬鹿だった……ごめんなさい……」
セイアはシンプルに苦笑していた。実に頭がトリニティである。
「大丈夫だよ。私は普通に肉体的には健康だから。それにミカが軽い気持ちでやったのは『知っている』よ。まあそれはナギサが十分怒ってくれたからまあいいんだ。確かに以前の私は言い方がよくなかったのは事実だ。ゆるすよ、今はね」
「セイアさん……! ミカさん、あなたという人は……!」
ナギサはセイアを抱きしめてミカから庇うようにミカをにらむ。
「でもこのままじゃ三人とも収まらない気持ちがあるのは事実だ。だからミカ……殴り合おうじゃないか、この際もうみんな全部ぶっちゃけちゃったらいいんじゃないかな。雨降って地固まるというヤツだよ」
「何を言ってるのセイアちゃん」
「セイアさん、もういいですから……休みましょう、セイアさん? ……セイアさん? きゃっ!」
ナギサが強く抱きしめたが、あっさりとセイアに引きはがされて床に転がる。
セイアは杖をかつんかつんと突きながらミカを見上げた。
「心配は要らないんだ。あれだよ、神秘的な契約みたいなものさ。私が夢と目の代わりに手に入れたのはもう一つあってね……単純な力だ」
そういうとセイアはぬるりとした動きでミカの背後を取ると神秘を溜めた拳で一撃、かがんだところを正面に回って思い切りみぞおちを杖でぶっ叩いた。
ロスリック式の致命攻撃であり、ミカは床に転がった。
「立ちたまえよ。学生らしく喧嘩しようじゃないか。殴り合いで」
「本当に痛いじゃんね……引き替えとはいえ、そこまで強くなれるなんてずるくないかな?」
「客観的に見てまあズルだね。それよりいつものわがままと言い訳はいいのかい?」
「セイアちゃんがその気なら、もう遠慮は要らないよね。セイアちゃんのために……祈るね」
双方が拳と杖を構えだした。
「誰か! 誰か来て下さい! セイアさんとミカさんがご乱心です! 今すぐ正義実現委員会を! 急ぎなさい!」
そこからの戦いはティーパーティー内で秘した伝説として語られた。
何しろ隕石は降るわその中をセイアがするりするりと避け回ってミカをぶっ叩きまくるわ、魔法じみた何かを使うわ、果てはミカが素手で壁をブチ破り柱をなぎ倒し、もう荒唐無稽な戦いであったからだ。
なお、この戦いを止めるために正義実行委員会20名が出動、最終的には剣先ツルギにより鎮圧されたし、ついに堪忍袋の緒が切れたナギサも仲良く入院したミカとセイアに思いの丈をぶちまけまくった。
けれど、最終的にはセイアのこの一言で収まった。
「じゃあ、友達やめるかい? 私は喧嘩しても君達といっしょに青春したい」
「それを言うのは反則じゃんね……」
「それは反則ですよセイアさん。何もかもめちゃくちゃじゃないですか……ええ、ええ。それでも二人は私の大切な親友です」
すれ違って喧嘩して大泣きしてまた笑い合う。
女学生の青春などまったくそれでよいのだ。
◇
この事件の余波は大きい。
まずティーパーティー強し、という噂が流れた。
『ご存じですか? この間の上層での爆撃音……』
『ええ、ええ。ミカさまとセイアさまが喧嘩をして正実が出動したとか……』
『お二人とも、ツルギ様が必要になるくらいお強かったのですね……』
権力や知謀だけではなく、シンプルに個人として聖園ミカと百合園セイアは強いのだと。
そしてこれだけの喧嘩をしてなお笑い合っていたという事実、そしてナギサの情報戦略によりその結束はより高まったと内外の評判は落ち着いた。
『ですが、最後は三人そろって保健室で笑い合っていたそうですわ。ミカ様も公式に謝罪されましたし……セイア様もご健在ですし、一安心ですわね』
『ええ、まるで夕暮れの河原で殴り合ってお互いを認めるかのような……美しい友情ですわね!』
『今期の新刊はこれで決まりですわ、ウフフ……』
これもまた、ナギサの情報戦略の一つ。そのはずである。
そしてティーパーティーはさらにもう一つの手を打った。
『決闘クラブ』設立である。
部長は百合園セイア、副部長聖園ミカ、マネージャー桐藤ナギサ。
さらに部員が剣先ツルギ、羽川ハスミ、歌住サクラコ、蒼森ミネ。
『それもいいですが聞きました? セイア様が新しいクラブを作られたとか』
『決闘クラブですわね……ゴリゴリの格闘系クラブと聞きましたわ。恐ろしいですわ……』
『ふふふ、それは偏見というものですわ。ご覧なさってこの活動内容の紹介動画を……』
このメンバーの『勧誘』に逆らえる者はおらず、そして実質的にこのクラブはトリニティの最高幹部会であると言えた。
そうそうたるメンバーが杖や素手で華麗に殴り合う動画は普通に格闘としてもエンターテイメントとしても見応えがあった。
『まあ、なんて華麗な戦い……まるでダンスのようですわ』
『そうでしょう、それにこの部員名簿をごらんなさい』
『あらまあ……なんてセレブレティな方々……決闘クラブに入れると言うことはとても名誉なことですわね』
『決闘クラブ』こそが『トリニティ上層部』であり出世のゴール、目指すべき名誉となるのは時間の問題だった。
そしてそれがもたらすものはトリニティの気風に『尚武』が入るということであり……
風向きが、変わり始めた。
かつて陰謀と不信に淀んでいた空気は少しづつ風通しがよくなってきている。
『あ、あの……最近下級生の間でわっぴ~という挨拶が流行っていると聞きましたが……本当ですか?』
『それはシスターフッドの何らかの隠語というわけではないのですね?! ……すいません、私も聞いたことがありませんね。デマかと思われます』
たとえば、サクラコが意外に愉快な人だと知れたり。
『うん、ミネはまず何が怒りのきっかけになったか理由をちゃんと言えば殴るより話が早く済むと思うよ』
『そうでしょうか。私はそうは思いませんが……まあ、試してみましょう』
ミネが少しだけ会話が通じるようになったり。
『ツルギちゃん何読んでるの? あっ、その小説いいよね☆』
『きええっ……』
ツルギが意外に乙女であることが知れたり。
端的に言ってトリニティの最高幹部たちが互いの人柄を深く知れたのはトリニティの結束を高めた。
何しろ常日頃からスパーリングで殴り合った後である。心のガードも当然下がるのだ。
『これでいいのでしょうか……権力のパワーバランスが、うう……』
『風通しはよくなっただろう? 結局の所、上層部というのは仲良しクラブであることが最適解なんだ』
『し、しかしセキュリティの観点からもどうかと思うのですが……』
『この面子を見ればわかるだろう? 最高のセキュリティは権力者自身が腕力をつけることさ。さあ、青輝石がたまった。レベルアップしよう』
『うう……セイアさんのレベルアップはいつも心地よいですね……』
ナギサはシンプルに個人として強くなったし、仲良しクラブというのもなんだかんだでナギサの精神を安定させた。
なお、ゲヘナ生徒たちはざっくりこう捕えた。
『要はトリニティのお偉方が仲良くなったってことだろ? 仲良しクラブで』
『でも動画見たら普通にヤバいレベルの戦いしてるんだけど……』
『いーじゃんどうせエデン条約? で味方になるらしいし』
『じゃあまあいっか』
『っていうかどうせならうちもそうすりゃいいのに。マコトちゃん様とヒナ委員長が殴り合えばいいんじゃね?』
『それな。風紀委員は万魔殿に嫌がらせされすぎだろ。自由とこんとん? のゲヘナの名が泣くぜ』
『やっぱ時代は力こそパワーなんだよ!』
さざなみは、ゆっくりと広がり始めている。