ヤーナムから来たアイリーン先生   作:照喜名 是空

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第二回『晩餐会』~晩餐の後には運動を~

 

 それから、ある程度アリウスにちょっかいかけつつ、ベアトリーチェの行動を制限してなんとかエデンまで小競り合いにとどめ、エデン条約の場にはアツコが来ざるを得ないのを逆に利用してその日のうちに一気に攻め落とす……といった大まかな方針が決まった。

 

「さて、それではいよいよ『王女』についてだけど……」

 

 リオが画面をいじくる。

 出された魚料理は……なんだいこれ、『スシ』ってこういうものだったかい?

 とはいえ、サイコロみたいに真四角で複雑な模様が入っている色鮮やかな物体だ。

 ウナギのゼリー寄せは好きじゃないんだけどねえ……

 まあ、実際食べてみたらうまかった。

 これが何であれ、美味ければなんでもいいじゃないか。

 

「私は『前回』をできる限り踏襲するわ。ゲーム開発部にプレッシャーと情報を与えてアリスに接触させる。先生がいない分はすでにdivi:sionシステムを無力化できているからつり合いが取れるはず。あとは何事もなければそのまま『王女』は『アリス』として無害化できるわ。これを逃せばおそらく次に無害化できる方法はなくなってしまう」

 

 ヒマリが大きく得意そうな顔でうなずいた。

 

「ですから最初からそうしましょうと言っていたでしょう? 結局のところ多少のリスクを織り込んだ方が合理的なんですよ」

「あんたねえ、これはたまたまアリスとモモイがお人よしだからうまく行きそうなだけさね。軽々しく賭けにでられないリオの苦労もあんたが理解してやりな」

「……努力はしておきます。ですから『KEY』についても無害化する方向で行きましょう。この全知の学位を持つ私に任せてください。不可能ではないのは『前回』で証明されているのですから」

 

 ヒマリ……それは無責任というんだよ……

 

「あんたねえ」

 

 私が小言を言う前にリオが素早く返した。

 

「悪いけれど、『KEY』については先生にあずかってもらいましょう。最低限でも電子的に完全に隔離できる施設は必要よ。私にはミレニアムの安全を守る義務があるの。あなたみたいに冒険ができる立場ではないわ」

「ですが……」

「ヒマリ。あんたがお人よしなのはわかったさ。けれどね、いつでも優しい選択ができるわけじゃないんだ。あんたのそれは無責任っていうんだよ。外野から好きなことを言ってるだけさね」

 

 ふくれっ面をされてもねえ。実際通らないだろうそれは。

 

「まあまあ、すぐに結論を出さないだけ及第点ということにしてくれないかなヒマリ。これ以上を求めるのは欲張りすぎというものさ」

 

 セイアが助け船をだしてくれたね……たすかるよ。

 

「しかし、いざというときにアリスの手でプロトコルATRAHASISが使えないのであれば片手落ちでしょう。仮にアトラ・ハシースの箱舟が出てきたとき、多次元解釈バリアをどうやって解除するのですか?」

 

 確かにそこで詰むけどね。けれど相当な綱渡りだよ。

 あたしにはわたりきる自信はないね。

 

「多次元解釈というのはよくわからないけど、要は無数の可能性の霧の中で確率的に存在するということだろう? それならばプレナパテス先生を呼べばいい。最悪私がなんとか『確定』させよう。アイリーン先生にもわかるんじゃないかな、あれは『悪夢』なんだよ。正確に言えばあのデカブツ前の『霧』なんだ」

 

 ああ……狩りの獲物となるたぐいまれに強い獣の前には霧がある。

 あれは夢見る狩人だけがくぐれ、獣は抜け出せず、外から攻撃することもできない牢だ。

 狩人が獣を倒すまでそれは夢として確定せず、獣が倒されたときだけ結果が確定する。そういうものだ。

 

「ああ、『あらゆる可能性が確定せずにある』ってそういうことかい……あんた、あれを御せるのかい」

「理論上はいくつかは思い浮かぶね。近くによりさえすればだけれど」

 

 どうもこの手の専門的な話はよくわからないね。アコと私以外はなんとなくわかっているからいいかね。

 

「成層圏まで撃墜されずにたどり着く手段なら私にも当てがあるわ。エンジニア部に余った予算をつぎ込みましょう。宇宙戦艦は彼女たちなら実際に製作可能なはずよ。ウトナピシュピティムの本船と同等のスパコンも次善の案として検討しましょう」

「珍しく意見が一部合ってしまいましたね……それならば、クラフトチェンバーの構造を解析すればあるいは可能かもしれません」

 

 しばらく話が白熱していたが、どうもKEYが抜けた後のアテはあるらしい。

 寿司の皿が下げられ、それからエデン条約や対ゲマトリア、無名の司祭の話をしたが、特段面白くもないので割愛する。

 いくつかイカレた案もあったが、ここはキヴォトスである。とくに特筆することはない。

 

 ◇

 

 帰りがけに白栗たちを回収していく。

 C&C相手にいつもの無限組み手をやらせてもらっていたのさ。

 ふうん、素早く移動して近距離で撃ち合うスタイルは狩人の狩りに近いね。

 

「どうだい、いい勉強になっただろうひな鳥共」

 

 ひな鳥共で立っていられてるのは白栗と紅出だけか……

 

「有難ッス……心はまだ余裕(イケ)んのに足がうごかねえ……無面目(なさけ)ねえなあ……!」

「あたいはまだ弱い……でも、まだ……!」

「まだやれるぞ……っ!!」

「ミグラントに来て良かった……世の中まだこんなに強いヤツがいるなんてね……」

 

 やるもんだね。もう狩人特有の折れない心を持ち始めてるよ。

 だが、これは過ぎれば血に酔う事になるからね。

 

「今日はそのへんにしときな。ああ、メイドさんたちもつきあわせて悪かったね。これはほんのお礼だよ」

 

『聖歌の鐘』を鳴らして全員の体力を回復させておく。澄んだ音色は休息にふさわしいものだ。

 

「これが噂の先生の力……疲れが取れた気がします。ありがとうございます」

 

 メガネの子が頭を下げてくる。

 

「この子達……なんていうか、すごいね……ちょっと怖いっていうか」

「ああ、なんだろうな……戦う事をまるでゲームをやりこむみたいに楽しんでいるというか……」

 

 色白の子と色黒の子が普通にひな鳥共に引いてるね……血に酔わせないように気をつけるべきだね。

 とはいえ、ある程度の折れない心も必要ではあるのだけど。

 

「ハッ! いいじゃねえか。あたしは気に入ったぜ。良い根性してるよこいつら」

 

 赤毛のおちびちゃん……ネルといったかね。いい目をしてるよ。

 

「こいつらを仕込んだのはあんたなんだろバアちゃん。一つ手合わせしてかねえか?」

 

 そういえば、ウタハに新しい武器を貰ったんだったね。

 

「かまわないよ。とはいえ、この武器はおろしたてでねえ……手になじんでないのさ。悪いけど、そっちも模擬弾で頼めるかい? 血で床を汚すのも何だろう」

「へえ、外の人間は弾丸で血が出るって本当だったのか。良い度胸だなあバアちゃん! じゃあ、やろうか」

 

 メガネの子が素早くゴム弾のマガジンを投げるとネルは次々にキャッチしてポケットに詰め込み、手に持ったマシンガンにもリロードする。

 実弾のマガジンがばらばらと地面に落ちた。

 

「いつでもかまわないよ、おちびちゃん」

「言ったなババア!」

 

 そこからは目を回すような高速戦だ。おちびちゃんは獣のように暴れ回り、コマのように綺麗に銃を振り回す。

 

「うぉらぁっ!」

「へえ」

 

 飛び込みからの乱舞か。特に優れた狩人の獣がたまにするやつだよ。

 厄介だけど、初手を避けれればなんとかなる。集中を切らさずに避け続ける。

 

「チッ……!」

「隙だよ」

 

 こういうのは後隙が大きい。止んだ瞬間を狙って双警棒を×字に振り下ろす。

 この双警棒は実は慈悲の刃と全く同じ長さ、重さ、重心に合わせて作られている。

 

「軽いんだよ!」

「だろうねえ」

 

 四、五発入れて下がると、ほぼ同時にマシンガンの弾幕が迫った。

 かなり痛いね。1マガジンで四割はもっていかれた。

 まだだ、冷静に見に回れ。途切れる瞬間を逃すな。

 

「オラオラどうしたぁ!?」

 

 ネルがリロードする一瞬で弾幕から逃れる。

 歩きながら息を整え、冷静に弾幕を避けていく。

 

「舐めてんじゃねえぞ!」

「悪いけど、年寄りでね」

 

 ナイフを投げて牽制。避けるか。だろうね。

 

「そんなもんかよ!」

 

 蛇行しながら近づく……そろそろだ。

 

「オラオラオラァ!」

 

 今度は足を止めて一斉射撃かい。それならこうだ。

 警棒の先端同士をぶつけ合わせ、一つの重い警棒に合体させる。三段警棒をたたんで合わせることでこれも変形前の慈悲の刃と同じバランスの警棒になる。

 そして開いた左手で銃を出して近づく。

 

「ふざけてんのか!」

 

 丁度至近距離で弾切れにになったネルは蹴りを放とうとする。ここだ。

 蹴りが放たれる寸前で銃を撃つ。

 

「チィッ!?」

 

 ネルが『大きくのけぞった』。

 警棒を『懐』にしまい、抜き手を握りしめて拳を作り、ネルのみぞおちに思い切り叩きつける。

 やはりこれだとダメだねえ。普通に吹き飛ばしてしまうよ。

 起き上がる前に勝負を決めたい……と思ったらもう跳ね起きたね。

 運良く丁度ネルの顔が警棒の近くにあったので、殺気を込めて突きつける。

 

「はあ、はあ……悪いけどババアは息が上がっちまってね……花を持たせてくれるかい」

「チッ……しょうがねえな……年上を立てといてやるよ」

 

 まったく年甲斐もない事はするもんじゃないね。もうちょっと戦いが伸びてたら普通に死んでたよ。

 若いってのはうらやましいよ。それを差し引いてもこの子はとんでもないね。

 ……強い子だ。とても。

 

「そうかい、助かるよ」

「次は慣れてる武器をもってくるんだな。じゃないと正直消化不良だ」

「あたしのは刃物でね。あんたらでも斬れる代物だ。死人が出るよ」

「チッ……そうかよ、つまんねえな」

「クックック……殺し合いは常に面倒なものさ。そうじゃなくちゃいけないんだよ……」

「同感だ」

 

 それから、そんな話をして謝礼を支払った後こっそりと輸血液を使ってあたしたちはDUに帰った。

 さてと、次はアコの誘いもあったし、今回の晩餐会で計画した……ゲヘナに『マコトに気合いを入れに行く』かね。

 

 ◇

 

『それで、先生はどうだったかしら』

『ああ? そりゃあ戦力としてか?』

『人間として、戦力として両方よ。あなたはどう感じたかしら』

『老獪だな。単純なカタログスペックならあたしの圧勝だ。それを年の功で埋めてきやがる。お互い実弾と真剣でやったら……火力としてはほぼほぼ同じだ。その上でどっちかが死ぬ。それが必要な事なら、あのバアさんはやる……参考になったか?』

『そうね、大いに参考になったわ』

『そうか。切るぞ』

 

 ネルは電話を切ると、どういうわけか次亜塩素酸ナトリウムで床を洗浄しているロボットを見た。

 

「あのババア……本当に血を流しながらあの動きをしてたのかよ……外も大概イカレてんな」

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