ヤーナムから来たアイリーン先生   作:照喜名 是空

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マコトに気合いを入れに行く話 後編

 ◇

 

 万魔殿にいくと、なんともまあ馬鹿らしいほど壮大なお出迎えの儀礼に、『偉大なる議長像完成式典』とやらで一時間くらいかかった。

 なんだいこりゃあ、ほとんど軍事パレードじゃないか。

 

「議長殿! 先生をお連れしました!」

『うむ、入りたまえ』

 

 さっき会った万魔殿の小間使いちゃんに連れられてまあ噂に聞くカインハーストの城みたいな豪華な廊下を抜けると……

 馬鹿みたいにデカい議長室の扉が開いた。

 そこにいたのは猫を膝に乗せ、片手でワイングラスを傾けるマコトの姿だった。

 

「キシシッ、先生よ我が万魔殿の歓迎はどうだった?」

「ああ、馬鹿みたいに金があるのは解ったよ」

「おっと痛烈だな。キシシッ……だが先生よ。こちらも先生の活躍は聞いているぞ。お前は敵を打ち倒し、軍を編成し……DUをまとめ上げ、そしてシャーレの名声を上げてきた……」

「悪名の間違いだろう」

 

 なんというか……会ってみて解ったけれど、これは見栄っ張りの小娘だねえ……

 ああ、だから自信がないのか。やってる仕事や部下の様子を見るに実力はちゃんとあるだろうに。

 

「悪名は無名に勝る。先生が勝ち取ってきた畏怖と力……ここまで来ると認めざるを得ないだろう。お前がこのマコト様と肩を並べるほどの実力者であるということを!」

「このゲヘナを曲がりなりにも治めてるんだから、政治じゃあんたのほうがずっと上さね。若いのによくやるよ」

 

 嘘ではない。けれど、お世辞にはお世辞で返させてもらうよ。

 

「そこまで互いを評価しているならば話は早い! 先生よ。この羽沼マコト様と、万魔殿と手を組め! 我々が力を合わせればキヴォトスの征服などたやすい」

 

 これは本気で言ってるか迷うね……軽い冗談なのか、それとも本当にこの子の野望とやらがそれなのか。

 

「……続けな」

「そうだろう! 悪くない取引のはずだ。キヴォトス征服の暁にはその半分を先生に与えよう。さあ先生! この私と遠大な夢を叶えようじゃないか!」

「……それは本当にあんたの夢ということでいいんだね? 嘘や冗談じゃないんだね?」

「当たり前だ! この野望、遠大な夢こそこのマコト様の公約だ!」

 

 どうやらマジみたいだね……頭が痛いよ。

 そうか、なるほどそういう娘か。『自分は偉大でなければならない』それがこの娘の根幹なんだろう。

 なぜそう思うに至ったかは解らないが。

 偉大でなければならないから、遠大な夢をでっちあげる。偉大でなければならないから、自分より強い者が恐ろしい。

 哀れな娘だ。

 

「キシシッ、それでどうだ? 先生よ。返答は!」

「……逆にあたしが提案するよ。あんたを3日以内に『空崎ヒナに勝たせてやる』それも殴り合いでだ。その場合にあたしが要求する報酬は3つ。便利屋ちゃんを保釈して公認部活としな。それから、ヒナに勝った以上風紀委員に嫌がらせはもうやめるんだ」

 

 マコトは一瞬目を見開いて固まった。マコトの手から猫が逃げる。

 ワイングラスに入ったブドウジュースを飲み、こっちを見た。

 

「キシシ、キキキキキッ! いいだろう先生よ! 面白い……万一できなかったら、さっきの約束は飲んで貰うぞ!」

「ああ、やってみな」

「キシシ、それでどうやって私を空崎ヒナに勝たせるつもりだ? まさか修行か?」

「そのまさかだよ。3日あけると連絡を入れな」

 

 マコトが笑顔のまま目を瞑り、汗がだらだらと垂れた。

 

「嫌だ! なんかもっと便利な手段も先生は持っているはずだろう!?」

「諦めな。ここに来るまでにイロハとやらに話はつけてある。腹をくくるんだ」

「嫌だーっ! 誰か! ええい誰かいないのか!」

 

 あたしは片手でマコトの首根っこを押さえ込みながら、緊急連絡用スイッチを押した。

 これはウタハに作って貰ったもので、直通でミグラントの受付に電話が入る。

 

『あたしだ。ホーネット隊に通達しな』

『はっ、はい! 回線開きます。……どうぞ!』

『こちら白栗アン。回線良好、送れ』

『こちらアイリーン。『明星は墜ちた』繰返すよ『明星は墜ちた』作戦開始だ雛鳥共!』

『イエス、マム!』

 

 その声と共に万魔殿の窓ガラスが割れ、ロープを体にくくりつけた白栗共がなだれ込んできた。

 

「なっ、なんだぁ!?」

「まあとりあえず一回眠っときな」

「ギッ……!」

 

 頸動脈を羽交い締めにして締め落す。

 一分も立たずにマコトは気を失った。その脇をホーネット隊の子らが抱えて窓に横付けしているヘリに放り投げる。

 

「イロハ! そういうことだ。しばらくあんたらの議長を借りるよ!」

「はあ……まあ、早めに返してくださいね。これでもいないと困りますから」

「解ってるよ。世話かけるね」

「はあ……まあ、仕方ないですね……窓ガラス代、お願いしますね」

「ああ、これで足りるかい?」

 

 面倒なので札束を『懐』から3つほど出して投げて置いた。

 

「まあ、たぶん……」

「そうかい迷惑かけたね。帰るよ雛鳥共!」

『マム、イエス、マム!』

 

 あたしは垂らされた縄ばしごに昇ってヘリに入り、ヘリが離陸していく。

 向かう先はDUの訓練場だ。

 気合いを入れ直してもらおうか。

 

 ◇

 

 マコトが目を開けると、どこかの地下室らしき場所だった。

 かなり広い。100m四方はあるだろう。

 あわてて自分の体を確かめるが、何も異常はない。縛られてもいない。

 むしろ、目の前に愛用のライフル『唯我独尊』と見慣れない武器がある。

 なんだろうこの三角形の刃にノコギリを生やした地獄の包丁みたいなものは……

 

「気づいたかい」

 

 扉を開けて、向こうからアイリーンが走ってくる。

 

「武器を取りな。もう訓練は始まっているよ」

 

 手にもった警棒を両端から握って、二本の警棒に分解、伸ばす。

 

「まっ待て! この万魔殿議長たる羽沼まこ……グエッ!?」

「もう一度だけ言う。武器を取りな。待ってやる」

 

 こうなればとりあえずやるしかない。『唯我独尊』を構えて撃つ。

 あっという間に避けられて後ろから痛烈な一撃を貰った。

 マコトがむせている隙に目の前にアイリーンが回り込み、仮面と目が合った。

 真っ黒な目だった。恐ろしい。

 

「まっ……!」

「まずは一回目だね」

 

 みぞおちに強烈なパンチ。マコトの視界は暗転した。

 

 ◇

 

 目を開けたら、また同じ地下室だった。

 やっぱり目の前に『唯我独尊』とあの謎の武器がある。

 体に異常はない。むしろ何か疲れが取れているような気がする。

 一つだけ異常があるのは、前に小さな携帯端末が置かれていることだ。

 

「……見ろということか」

 

 端末をつけてみると動画が再生された。

 どうやらこの武器は『ノコギリ槍』といい、振り方が解説されていた。

 左手に『唯我独尊』、右手に『ノコギリ槍』を持てと言うことらしい。

 できなくはない。できなくはないが……

 

「見たね。始めるよ」

「ひいっ!? 待て!? こんな事が許されるとでも」

「文句を言う暇があれば武器を振りな」

「……くそっ! やるしかないか……!」

 

 使い慣れない武器二刀流ではあっという間にボコボコにされて気を失った。

 

 ◇

 

 目を開ける。またここだ。

 体に異常はない。武器は同じように置かれている。

 マコトは逃げ出した。

 

「なあ、あんた。誰より羽沼マコトを信じていないのはあんた自身だろう」

 

 逃げる。逃げる。

 

「立派な所に住んで、偉大な夢を見るのは自信がないからさ。皮肉な事だね。下っ端からはちゃんと尊敬されてるし、政治だってうまくやっている。けれど、それを誰より評価できてないのはあんただ」

 

 壁だ! どうやっても行き止まり……

 壁を必死に叩くが後ろから思い切り殴りつけられた。

 

「空崎ヒナが嫌いなのも、あの子に勝てない自分自身を見せつけられるからだ。空崎ヒナより有名じゃない自分、空崎ヒナより弱い自分。それがある限り、自分は偉大だという夢を見れない……そんな背中を小さな子供に見せられるのかい?」

 

 壁から引きはがされ、みぞおちにまた食らう。

 

「けれど、あんたはこの訓練で生まれ変わる。夢を叶えられる本物の自分になるしかなくなる……」

 

 ◇

 

 目を開ける。また地下室だ……

 武器を見る。声にならない声が漏れた。

 さっき言われた事を今更になって理解し始める。

 

『そんな背中を小さな子供に見せられるのかい?』

 

 イブキ。何より大切なもの……

 やってやる! 戦ってやる!! 

 マコトは武器を手に取った。

 

「少しはいい目になってきたね」

 

 扉を開けて入り口からヤツが入って来た。

 

「うおおお────っ!!」

 

 ◇

 

 何度も何度も、何度も何度も。戦っては倒される。

 そのうちに、両手で武器を振ることにも慣れた。初めてアイリーンに攻撃を食らわせた時、血が噴き出して恐怖したが、それもやがて慣れた。

 何十回、何百回だろうか。ほとんど相打ち、相手に何かバリアが出てきたと思った次の時。

 

「キ、キキキキ……キキキキッ! やった……キヒヒ、勝ったぞ……キキキキキッ!」

 

 アイリーンは来ずに目の前に綺麗になった銃とノコギリ槍、そして鍵が置いてあった。

 喜んでアイリーンが入って来た扉をあけると階段。

 

「やった……やったぞ……! 外だ……!」

 

 階段を上った先の扉を開けたら、さらに地下室だった。

 反対側の扉から出てきたのはミグラントの制服を着た誰か。

 ヘイローがあるのでアイリーンではない。

 

「どうした? 心が折れたか? これで二八時間目……恐れるな、指導の時間が来ただけだ」

 

 ミグラントの誰かのダブルガトリングガンが火を噴いた。

 

「撃ち負けはしない。当たるならね……」

 

 ◇

 

 それからどれだけ経っただろう。倒しては倒れ、倒れては倒され。

 途中途中に食糧とトイレは置いてあったものの、ずっと戦い続けた。

 

『ようこそ、ここがあなたの魂の場所だよ』

 

 涙はとうに涸れていた。怒りも文句も何も考えずに、ただ倒すにはどう動けば良い、そう頭の中で何度も繰り返す。

 そういえば、一人倒すごとに明らかに身体能力も武器も強度が上がっていた。

 

『あんたがどう戦おうと、私はいつも通りにしかできないからね。いつまで避け続けられるか……見せてもらうよ』

 

 倒す。ただ倒す……この先に何があるかも忘れたまま。

 

『……終わりか。どうした、面白いのはここからだろう。動けよ』

 

 そして、最後に現われたのは『ガトリングを装備した小鳥遊ホシノ』だった。

 

「キキキッ……キキッ……」

「うへ~、地獄を見てきたって感じだねえ。安心しなよ。私で最後だから。最終演習ってやつだね~」

「……キヒッ」

 

 ホシノの背後にある入り口には外が見えた。だが、そんなことはもうどうでもいい。

 倒す。

 

「慣れないガトリングで撃ちまくるおじさんなら、丁度ジェネリックヒナ委員長って感じじゃないかな~。良い値段で雇ってくれたよ先生は」

 

 何度も何度も倒れ、やがてホシノのガトリングをたたき壊した。

 

「やるねえ、立ち回りだけならもうおじさんでも敵わないかも。おめでとう、正気に戻りなよ」

 

 ガドリングの影から出てきたハンドガンで気を失った。ホシノはいなかった。

 

「キッ……キキ……」

 

 ああ……外だ……

 雨がぱらつくが、そんなことは気にならない。

 空! 風! 雨! その全てが愛おしい! すべてが自分を祝福しているかのようだ。

 マコトは雨を受け止めるように手を広げて歓喜の声を上げた。

 

 自由だ。ああなんと自由のすばらしいことか。

 

「キキ……終わった……のか?」

「ああ、終わりだよ。あんたはよくやった。で、どうするんだい? ヒナと戦っていくかい?」

 

 ここはどこだろう。白い花の沢山咲く草むらに、廃墟が立ち並んでいる。その廃墟の屋上からアイリーンが声をかけた。

 

「キキキ……ああもちろんだ……キキキ、キヒヒヒッ!」

 

 また、手になじんだ二つの武器を構える。廃ビルの屋上から目の前に飛び降りてくる小さな影。

 武器の構えた先には、空崎ヒナ。

 

「さあやろうじゃないか! 空崎ヒナ!! お前を倒さないと、私は私でいられないんだッ!」

「先生、一体どんな訓練をしたの……?」

「とびっきり過酷なヤツさ」

「どこを見ている空崎ヒナッ! お前の相手は私だ! 私を見ろ!!」

 

 こうしている間にもマコトは弾幕を張り、的確にノコギリ鉈を振り回している。

 その想像以上の威力にヒナが顔をしかめた。

 

「そう、なら……本気で相手をしないとね」

「キキキッ……そうだ、空崎ヒナァ! お前を倒して、私は私になるんだッ!」

 

 そこからの一戦は動画配信で生中継されていたこともあり、伝説となった。

 共に弾薬が尽きるまで戦い、雨の中花畑で殴り合った。

 到底人体が出して良いような音ではない音が鳴り響き、人々は空崎ヒナのタフさに震え上がった。

 そして、そのヒナと武器アリとはいえ対等に殴り合い、そして地に膝をつけさせた羽沼マコトに熱い物を覚えた。

 

「キキキッ、私が! 私こそがゲヘナの頂点! 羽沼マコト様だ! この戦いを見た者は決して忘れるな! 私こそがゲヘナだと!!」

 

 結局ヒナはその後すぐに意識を取り戻し、マコトはしばらくして過労により気を失い、さらに数日の休養を要した。

 だが、それでも人々は今度こそ心の底から称えた。ゲヘナに羽沼マコトあり、と……

 

「マコト先輩! がんばったね! イブキ、見てたよ! すっごいね!」

「イ、イブキ……私は頑張ったぞ……」

 

 なお、この後の病院ではマコトの人間性がイブキによりなんとか取り戻された。

 それからは、万魔殿から風紀委員への嫌がらせは明確に減り、便利屋68は『アウトロー部の活動内容』として公認されたという。

 

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