ゲヘナでの帰り際にはイロハからマコトに伝言を渡しておいた。
『あんたがアリウスと火遊びするのは構わない。あんたの外交戦略も余所様を攻め始めない限り止めない。けれど、一つ覚えておきな。裏切るヤツは、裏切った先からも信用されないもんだ……アリウスが憎んでいるのはトリニティだけじゃない。ゲヘナもだよ』
渡したノコギリ鉈にも付箋を貼って書いておいた。
『よく考えな』と。
これで止ってくれればいいけれど、あたしは忠告したからね。
まあ、まだ手はあるさ。
ちなみにホシノも別れ際に近況を聞いたよ。アビドスは貸し出されたリゾートの廃墟島を一つ借りて観光業を始めるらしい。
たまたま隣の島を借りていたのがヘルメット団の一つだったから、戦いと交渉の末アビドスに転入させたとか。
スマホで見せてくれた写真には南の島で楽しそうにしているアビドス生とヘルメット団の日常が写っていた。
これで、あの子も前を向いて行ければ良いけどね……
◇
しばらくはゆっくりできる時間がありそうだ……
カヤをミグラントに体験入隊させて、レベルアップさせた上でパトロールに同行させた。
カヤ自身は大した仕事を振っていない。後ろからただ見ているだけだ。
それでも、大分現場の空気は理解できたらしい。
「キヴォトスってこんなに治安が悪かったのですか!?」
「そうだよ、あんたの見てたのは上澄みだ。今日一日でも信じられないほどバカな事件がどれだけ起こっているか解っただろう」
「ええそれはもう……! なんなんですかカイテンジャーって!? 温泉開発部ってなんなんですか!?」
カヤはパニックになった様子でやれ信じられないほどバカな動機で列車ジャックがあっただの、万引きのノリで銀行強盗が多発してるだの目を白黒させていた。
「キヴォトスじゃざらにいる狂人だよ。あんたも解っただろう。ここじゃこんなのがゴロゴロいて、これがここの日常さね」
「毎日……これを毎日処理してるんですか!? ウソでしょう!?」
「カンナに聞いてみな。これでも大人しい方だよ」
カヤは目を覆って空を見上げて、私に情けない声で尋ねた。
「キヴォトスに常識的な平和が来る日は……いつか来るのでしょうか? 銃を持たずに外を歩けるような……」
「できるさ。いつかは。それだけの兵力と仕組みがミグラントにはあるだろう? でもそれには長い時間がかかる」
「……どれだけ、どれだけかかるのでしょうか?」
か細い震える声だった。
「あたしの代じゃ無理だ。あんたの夢だろう? それはあんたが生涯かけて実現していくものなんだよ」
「これを……何十年もかけて、ですか……なんというか、それは……」
「がっかりしたかい」
「まあ、はい。これだけの力があればもっと大きな事ができるかと思っていました」
「クックック……そんなもんさ。いつだって世の中は期待外れだ。『その場にとどまるのさえ、全力で走り続けなければならない』。現状維持だって必死でしなきゃいけない。改善したいなら、倍は頑張るしかないのさ」
「納得したくないですが、納得するしかありませんね……」
最近ミグラントで採用しはじめたSRT風の戦闘服。灰色と水色の迷彩模様にポケットのたくさんついたベスト。
その中から缶コーヒーを取り出してカヤは一息に飲んでため息を吐いた。
「力が……もっと力が欲しいですね……超人のような……何から始めればいいんでしょう」
「何をするにも体力をあげな。その手段は使わせてやってるだろう?」
「人形、ですか……ええ、ええ……これはまず私自身を鍛え直す必要がありますね」
「そうだよ。あんた、がんばりな。偉くなってデカい夢を叶えたいんだろう? まずは体が資本さね……」
カヤはスチール缶を握りつぶすとゴミ箱に投げて、歩き出した。
どうやらレベルアップでは筋力も相応に上げたらしい。
「ありがとうございました。私の進むべき道が解ったような気がします。……時々、鍛えに来てもいいですか?」
「ああ、いつでも歓迎さね。けれど、気をつけるんだね、力ってのは扱いを間違えれば自分を傷つける。常に力の振るい方ってのを注意することだね」
「……ご忠告、どうも」
朝焼けの中をふらふらと歩くカヤの姿は儚くも、どこか決意に満ちていた。
その日から時々、ミグラントのフィットネスルームで黙々とサンドバッグを叩くカヤの姿が見えるようになった。
◇
まあ、そんなこんなで細かいことはありつつも平穏だ。
今日もシャーレの食堂で料理番の子からご機嫌な朝食を貰う。
ホットサンドにスクランブルエッグ、サラダに紅茶。朝らしくて良いじゃないか。
『……トリニティのティーパーティーはクロノスの取材に対し、匿名のインタビューで答えてくれるそうです。今回の特集は『アリウス分校とは?』です! 遠い昔に袂を分かち、消えたはずのトリニティの異端……それはまだ滅びていなかったのです!』
食堂のテレビからゴシップが流れた。
おおむね事実だ。ナギサが個人的なコネを使って少しづつアリウスの活動をマスコミにリークしている。
『では、聖園ミカさんから渡された爆弾を特別製の強力なものにすり替えたというのは……?』
『アリウスの生徒会長をやっている女性から命令された。直接ではないが、マダムと言われるあの女の命令なしにはそういった作戦は行われない』
ああ、モザイクに声を変えたアズサが普通に全部話してるね……若干のカバーストーリーではあるけど。
『ではアリウスの生徒会長が聖園ミカさんの計画に便乗して百合園セイアさんの暗殺を謀ったと言うことですか?』
『作戦目的は我々のような下っ端にはいちいち説明はされない。だから私にはわからないが、結果としてそうなるな』
ああ、クロノスのレポーターは絶好調だねえ。
その後スタジオではパネルまで使ってアリウスとトリニティの関係や、アズサが本来は親善大使だったことをミカのインタビューも交えておどろおどろしく報道していた。
「ナギサ……腹をくくったようだね」
「おーっ?! なんだ先生、おはようーっ! 早いなあ」
「ああ、おはよう白栗」
白栗がご飯に味噌汁、目玉焼きを選んで横に座る。ここも選べるバイキング式になってよかったよ。
白栗はテレビをちらりと見ると、いつもの脳天気な顔から一瞬で「リーダー」の顔になる。
「エデン条約、か……もう一つ二つ荒れるな? 先生」
「ああ、そうなるね。いつでも動ける準備はしておきな」
「おーっ、わかったぞっ」
これだけの情報をリークしたんだ。アリウスもノーコメントでいつまでもいられない。
つまり戦争は避けられない。
少しづつ、世相はきな臭くなり始めた……