まぎらわしくてすいません…
あたしはため息を吐き、ナギサに近寄って尋ねた。
「ナギサ、うちから追手をだすけど構わないね? それから、その手紙見させてもらうよ」
「ええ、構いません。ですが、状況は思ったより深刻なようです」
セイアがさっとかけよってあたしにささやいた。
「これはまずいよ先生。宝物庫の奧にはヤーナムの輸血液があるかもしれない。少なくとも、ミイラとはいえ聖体がいくつかと研究レポートのようなものがあったはずだ……!」
「あんたそれを早く言いな……! 輸血液も聖体も破壊を前提に追うよ。あれはこの世にあってはならないものさ。場合によっては宝物庫ごと焼き払うよ」
ナギサとセイアが素早く視線を交わし、セイアがうなずいた。
「ああ、かまわない。正実も出すけどいいね?」
「……わかった。ここの守りはホーネット小隊とドローンでなんとかするさ。ただ、もう事は終わってる可能性が高いさね……」
「盗みおわったから爆弾を、ということだね。とはいえ追わないわけにもいかない……正実主力はこっちに残すべきか」
「ああ、ミメシスも発動されるだろうからね……完全に後手に回っちまったよ」
「全面戦争になるね……ナギサ、覚悟はしておいておくれ。ここからは凄惨な事になる」
ナギサは眉を一瞬寄せ、決意に満ちた顔でうなずいた。
「発動されれば、もはや仕方がありません。……覚悟、していたことです」
「それで手紙は?」
「これです」
読んでみた。なになに……
『天使と悪魔が舞う夜に、貴婦人の血と聖者の遺体をいただきに参ります。 慈愛の怪盗』
貴婦人の血……よりによってカインハーストの血かい! あれはいっとうマズいものだ。
カインハーストは上位者を呼び、交わっていた。上位者の赤子を作るために。
……同じ事ができてもおかしくない。あんなバケモノ共を若い女が大勢いるキヴォトスに呼んだら何が起こるかは火を見るより明らかだ。
『こちらアイリーン。レイヴン小隊、宝物庫に盗人が入った。敵の目標はバイオテロができる輸血液とミイラだ。捕縛は考えなくていいよ。ただ、その輸血液だけは絶対に破壊しな。あらゆる手段を許可する。破壊の方法は焼却だ。無理なら爆破でも何でも良いよ。繰り返す。敵の目標はバイオテロ用の輸血液だ。必ず焼却しろ。オーバー』
『アイコピー! 輸血液の破壊、了解』
あたしは急いで無線を飛ばした。
できるならばあたしも行きたかったが、ここで追えばミメシスが発動した時に厄介だろう。
戦力を分散せざるを得ない。
先手を打たれたね……おそらくもう盗人はいないだろう。
アレはもう安全だから狼煙を上げただけだ。
となればこれは『一つコマを奪われたが、こっちはこっちで布石を打っておく』しかないね。
ここから巻き返すしかないさ……
◇
「さて、先生とトリニティはお陰様で忙しいようだな、キキキ……では、その間にわがゲヘナから歌を送ろう」
アイリーンとティーパーティーがわたわたしてる間はマコトが取り持った。
サオリはいい気味だとにやりと笑う。
「ああ、そのようだな。だが、そちらは良いのか? あちらにつかずに」
「構わない。トリニティの事はトリニティがやるからな。それより歌の前に一つ聞きたい」
「なんだ」
「秤アツコ! 錠前サオリ! そしてその近衛どもよ! 貴様らはおかしいと思わないのか? 本来であれは貴様らがアリウスの生徒会であるべきだ。だがベアトリーチェという余所からやってきた大人……キキ、大人か怪しい者が取り仕切り、その為政とて豊かなものではない」
ここでサオリが何か言う前にマコトはさらにたたみかけた。
「故にこのゲヘナの生徒会長であり万魔殿の議長である羽沼マコトが提案する! ゲヘナと共にあの『妙な女』を追い出し、秤アツコが生徒会長になるべきだと! その際の支援は惜しまん。決して餓えさせん。どうだ?」
サオリはアツコを見ずに怒りの形相で叫んだ。
「断る! 余所者にアリウスの何がわかる! ふざけるな!」
アツコは少し下を向いて、うなずいた。
「そうか、ではもう少しふざけるとしよう。ヒナ委員長! 出番だ!」
「……ええ、始めるわ」
サオリはヒナがかかってくるのかと思ったが、出てきたのは拳でも銃弾でもなく音楽だった。
トリニティが古聖堂に持ち込んだパイプオルガン。その音色が響き始めた。
荘厳な音色に一瞬、耳を傾けてしまう。そこにヘヴィなドラムとギター、ベースの炎のように熱いハードロックがぶち込まれる。
『ハード! ロック! ハレルヤ! ハードロックハレルヤ!』
「さあ、反逆者を褒め称えよ! 今宵、天使と悪魔が迷える子羊に道を示してやろう!」
マコトのMCもノリにノっていた。何しろ悪魔というのは混沌を苗床にするものだからだ。
『この罪人たちの夜に、聖人はなすすべもない』
『導きの光はなく、子羊は迷うばかり』
いつのまにかそこら中に配置されていた万魔殿の儀仗兵たちが叫ぶ。
『雷鳴のように壁が倒れ、秩序は崩れようとしている』
『それが黙示だ。貴様の魂をさらせ』
腹の底に響く重低音に、アリウス生たちはこれが出し物とわかっていても気圧される。
ロックの波に飲み込まれそうになる。
『我らに必要なのは力と権勢の雷光!』
プロジェクションマッピングで美麗なPVが演出される。
ゲヘナとアリウスの校章がそれはもうかっこよく炎と共に映し出される様に見入ってしまう。
中央で歌を叫ぶマコトが実際以上に大きく見える。
『偽りの預言者を打ち倒せ!』
しかもご丁寧に背後のPVには歌詞も和訳されて書かれていた。
映像では明らかにベアトリーチェを模した人形が燃やされている。
『月が昇り始めたら合図してくれ』
ここでマコトが外の月を高らかに指さす。
『さあ畏怖を胸に舞い上がろう!』
序盤のパイプオルガンのパートを終えてひっそりとフェードアウトしていたヒナが、その脚力で地面を蹴って古聖堂内を滑空する。
『ロックンロールの天使が貴様にもたらす反逆の聖歌!』
今まで黙っていたミカと残っていた正義実現委員会の一部が突然歌い出す。
これも演目の内だが、アリウス生はただただ圧倒されるしかない。
音楽をろくに聴いていなかった耳に賛美歌からのハードロックは刺激が強すぎるのだ。
『天使と悪魔が共にやってきた!』
じりじりとミカとマコトがアリウス生に近づく。
『ロックンロールの天使が貴様にもたらす反逆の聖歌! 神がつくりたもうたこの超自然なる世界!』
短い間奏と共にティーパーティーと万魔殿が舞台に勢揃いする。
『真の信仰者たちよ! 汝は救われる! 兄弟姉妹たちよ! 信仰をもって強くあれ!』
ミカがサオリを指さし、目を合わせて歌う。
その真剣な目に、サオリの心がゆらされる。
『審判の日に勝利をおさめる者達よ! お前達は道化が王となる姿を目にするだろう!』
アツコの方でもマコトが同じようにアツコにスポットライトを当てさせて手振りも大仰に歌う。
『我らに必要なのは力と権勢の雷光!』
『偽りの預言者を打ち倒せ!』
『月が昇り始めたら合図してくれ、さあ畏怖を胸に舞い上がろう!』
『ロックンロールの天使が貴様にもたらす反逆の聖歌!』
『天使と悪魔が共にやってきた!』
『ロックンロールの天使が貴様にもたらす反逆の聖歌! 神がつくりたもうたこの超自然なる世界!』
今や古聖堂自体がびりびりと揺れるようだ。
サオリは拳を握りしめる。
やめろ、歌うな! 私たちを惑わすな! 本当にできる気がしてしまうじゃないか!
間奏は静かに盛り上がり、テンションは最高潮となる。
『背に翼』
ヒナがその羽を広げ、衆目に見せるように軽く回ってからマコトの後ろに回る。
『頭には角』
マコトがニヤリと笑い、自らの角を指さして誇示する。
『我が牙は鋭く』
イロハがマコトの広げた右手の先で歯をむき出して笑う。
『我が目は赤く』
マコトの左手側にはサツキがいつものいやらしい笑顔で自らの赤い目を指さし。
『天使とも堕天使ともほど遠い姿だが』
ここでさっとマコトの周りを囲んでいた三人が離れ、マコトは大仰な仕草でアツコに手を差し出す。
『さあ選ぶがいい! 我らの同胞になるか、真っ逆さまに地獄行きか!』
思わずアツコが手を伸ばしそうになった所をサオリがあわてて手を掴んで止める。
『ハード! ロック! ハレルヤ!』
『ハード! ロック! ハレルヤ!』
『ハード! ロック! ハレルヤ!』
せかすように責め立てるようにコーラスが鳴り響く。
だが、アツコは拒むことも手を取ることもできなかった。
(こんなことしてる場合かとは私も思いますが、ナギサとセイアちゃんと先生は裏でめっちゃ追ってるので…)