ヤーナムから来たアイリーン先生   作:照喜名 是空

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発火

 

「では、皆様おなかもすいたでしょうし……大したものではありませんが、軽食と共にしばしのご歓談をお楽しみください。30分後には『舞闘会』を開催しますので、ご出場の方は準備を……」

 

 司会としてナギサは動揺を隠し、うまくやっていた。

 あっという間に軽いテーブルが運び込まれ、サンドイッチやキャビアの乗ったクラッカー、トリニティにゲヘナ、アリウスをモチーフにした色鮮やかなフルーツとスイーツが並ぶ。

 サオリはその贅沢さに顔をしかめるが、アツコや供回りと共に口数少なく黙々と食べていた。

 

「おや、気に入らないって顔だね。ババアに話してみな。ホストに正面から文句を言うよりはマシだろうさ」

 

 腫物を触るようにぽっかりと空いたアリウスの席に、マコトとアイリーンは目線を交わして介入を始めた。

 ナギサはしれっとした顔を保つので精いっぱいだし、セイアとミカは出場予定なので席を外している……というテイで遠距離からセイアが『聖女のタリスマン』で狙い続けている。

 

「……『先生』か。そうだな、こんな贅沢など虚しいだけだ」

「正直だね、それがあんたらの教義かい?」

「そうだ。VANITAS VANITATUM OMNIA VANITAS……全ては虚しい。どこまで行こうとも全ては虚しいものだ」

 

 アイリーンはここで大げさにヤーナムしぐさで嘲った。

 

「そりゃ、あの『小娘』の受け売りかい? 嘘つきの言うことなんて真面に聞いちゃいけないよ。何を当たり前の事を言って何か言った気になってるんだい」

「だがこの世の真実だ」

「あんたね、『人は水を飲まないと死にます』とか『ここに空気があります』なんて言われてそれで関心してちゃいけないよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それで? 当然その続きはあるんだろう?」

 

 サオリは少し目を見開いた。この教えを肯定しながらバカにする者は皆無だったからだ。

 

「い、いや……あるにはあるが」

「それで選んだことが復讐なのは……まあ、悪くはないさ。すべてが虚しくても落とし前はつけなきゃいけない。当たり前だよ。まさかそれしか教えてもらえなかったのかい?」

「十分だろう」

「あんたね、すべてが虚しいのも、落とし前をつけなきゃいけないのも当たり前の事であって、別にお題目にするようなことじゃないんだよ。それだけじゃ何も言ってないも同じさね」

「なら、あなたにはほかの何かがあるというのか」

 

 アイリーンはノンアルコールワインを一口飲み、普通のため息をはいて穏やかな笑顔で笑った。

 

「……胸を張って生きな。虚しいからこそね。気高く生きるんだ。それが人を人たらしめる唯一の証さ。敵に一握の慈悲を。死に尊厳を。私らは死を糧に生きるしかないんだからね」

「……綺麗ごとだ。そういう事を言うやつから死んでいく」

「誰でもいつかは死ぬよ。いいかい、どう死ぬか、何に命を使うかだ。だからこそ、綺麗ごとのために使うのさ」

 

 サオリは聞き流すべきだと理解しているが、妙に考えてしまう。自分のしてきたことは正しかったのか。それとも間違いなのか。

 ええい惑わせるな! ここに来てから誰もかれも私を惑わしてくる。思い出せ、自分のなすべきことを……

 

「ならば、先生は止めないのか。私がこれから成そうとすることを」

「あんたね、どうせ撃ち合っても死なないだろう? なら、気に入らない相手をぶん殴るのも青春というものさ。それでいいさね。けれどね、あの血はだめだ。死ぬだけじゃすまないんだよ。だからあんたらがトリニティと喧嘩したいなら止めない。思い切り殴り合って負けてきな。その上であたしはマダムがあの血を手に入れるのは阻止する。それだけだよ」

「……あなたが死んでもか?」

 

 サオリが本気の殺気をぶつけるが、アイリーンは鼻で笑った。

 

「なんだい、あんたが殺るのかい? まあ、やってみるがいいさ。殺害予告程度(そんなもの)ヤーナムじゃ挨拶にもならないよ。知るがいいさ、あの街の狩りを」

 

 アイリーンから殺意が返ってくる。なんだこれは、生暖かい殺意……まるで血の海のように匂い立つ。血の海におぼれそうだ。こんなものがあるのか。

 それでも、サオリは表に出さず、睨み返す。

 

「……ならば、その時は後悔するな。お前も知るだろう、私たちの虚しさを」

「そうかい」

 

 やがて、静かに時は過ぎゆく。隣ではマコトがアツコに何やら話しかけていた。

 舞闘会の時間が近い。

 

 ◇

 

 宝物庫では騒がしく銃撃戦が繰り広げられていた。

 

「ひっ、ひええっ! 痛いですね……つらいですね……あっちではパーティーなのに……」

「愚痴らないの! こいつら強いよ。回避に専念して」

「つらいですね……」

 

 ヒヨリとミサキをリーダーにわざわざ白い仮面と安っぽいタキシードで仮装した偽アキラたちが宝物庫を片っ端から破壊していく。

 

「こちらRAVEN4。発見(いた)っスよ。敵主力っスね援護(カバ)ってください。まーどーせブツは持ってないっぽいんで軽く焼いとくんで了承(オネガイ)しますわ」

「うおーっ! こいつら面白い武器もってる! あたいあれもらっていい?」

「ダメだろーっ?! アリウス諸君に告ぐ! お前たちは包囲されてるぞーっ!」

 

 アイリーンお手製の火炎瓶が四方八方から投げつけられ、ヤーナム製火炎放射器が火を噴く。

 

「あっつ!? こいつら、夏だってのに……!」

 

 ミサキたちは宝物庫を逃げ回る。ゆっくりとではあるが、室温は42度、タンパク質の変性温度に近づきつつあった。

 烏たちは宝物庫ごとターゲットである輸血液を蒸し焼きにするつもりなのだ。

 決して効率のよい戦法ではないが、時に炎の海が必要なこともある。穢れた血液はなんとしても持ち出してはならないものだからだ。

 

「包囲されてるっていっただろーっ!? 宝物庫ごと蒸し焼きになるぞっ!? 投降しろーっ!」

「誰がっ……ここで死ぬなら、それでも……」

「わーっ!? ミサキさん!? ……つ、つらいですね……やっぱり……」

 

 アリウスたちの行動は戦術的なものから、ただ火災の中で逃げ回る混乱へと変わりつつあった。

 

 ◇

 

 一方の古聖堂では準備が整い、ホールにロープが張られミカとマコトが試合をすべく向かい合っていた。

 

「さて、では試合に際しましてアリウス分校のお二方に審判をやっていただきます。さあ、こちらに来て宣誓を……」

 

 ナギサの差し出したのは古い聖書。第一回公会議以前に使われたものだ。

 

「姫……」

「……」

 

 二人は緊張した面持ちで聖書に手を当て、宣言した。

 

「アリウス分校の代表、秤アツコが宣誓する。私たちアリウスこそがETOの審判であり、アリウススクワッドがETOの規律を守護する武力である」

「その権限に基づきアリウススクワッドのリーダーである錠前サオリが要請する。『ユスティナ聖徒会』をここに召喚する!」

 

 ゾワッという音、寒気のする気配と共にユスティナの亡霊たちが姿を現した。

 灰色の肌にガスマスク、そしてハイレグボンテージ。

 

「我々はアリウスの正当な権限の元、その権利を行使す……」

 

 誰もが沈黙する中、意外な声が響き渡った。

 

「いいえ。シスターフッドの長である歌住サクラコが命令します。()()()()()()()()()()()ユスティナ聖徒会は速やかにシスターフッドの指揮下に入ってください」

 

 ザッと音がしてユスティナの亡霊たちはサクラコのほうを向いて銃を掲げ、先頭にいたバルパラがサクラコに敬礼をした。

 

「バカな! ETOは……」

 

 叫ぶサオリ。罠の可能性も、発動しない可能性も考えていた。だがまさか制御を取り戻されるとは。

 そこにトリニティとゲヘナのトップ両名が続ける。

 

「はい、エデン条約でしたら皆さんが来られる()()()()()()()()調()()()()()()

「キキキ……漫画の悪役でもあるまいし、わざわざ待っているわけがないだろう? 貴様らという不穏因子がいたのだ。前倒しにする事は簡単だったぞ」

 

『ユスティナ聖徒会はその後継団体の長の指示に従うこと』という一文を付け加えるのもな、と笑うマコト。

 それを睨むサオリの前にミカが悲しそうな顔で出てくる。

 

「ねえ、サオリちゃん。もうやめよう? わかったでしょ。そっちに勝ち目はないじゃんね」

 

 サオリは一つ深呼吸をして叫んだ。

 

「姫! 逃げろ! Vanitas vanitatum……! わかっていたさ……だがそれでも! 聖園ミカ! お前がこんな話を持ってこなければ……!」

 

 アリウス近衛兵がアツコを囲み、サオリがしんがりとなろうとする。

 

「そっか……じゃあ、せめて殴り合ってその気持ちを晴らすしかないよね……」

 

 ミカは舞武会のために用意された『武器』と『防具』を取り出す。

 数百キロはありそうな『車輪』と黄金に輝く三角のバケツのような兜。

 どれも血にまみれて重々しい。それをまるでプラスチックバケツを被るかのようにミカは被った。

 

「……あなたたちのために、祈るね。『正しい運命』を」

 

 ごおぅっ、と音を立てて車輪から赤黒い怨霊が姿を現す。

 その武器の名前は『ローゲリウスの車輪』。

 車輪とは正しい運命の象徴であり、かつて処刑隊は狂的な信仰と神秘主義の元それらをふるったという。

 その本性が今、あらわになった。

 

「……化物め」

 

 サオリが低くうめいた。

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