ミカの車輪が振るわれ、それがわずかに掠るだけでも骨に響くダメージが入る。
赤黒い怨念に触れるだけで異様な不快感が内臓に走る。
それでも、サオリは戦い続けていた。
「ねえ、もうやめよう? 本当に死ぬよ?」
「だからこそだ……! 私は殺し殺される覚悟でここに立っている! 最後にものを言うのは意思だ……そこにまだ勝機がある」
サオリの弾丸や爆弾をミカは車輪で防御してため息をついた。
「ああもう、やっぱりこうなるんだ。私セイアちゃんみたいに論破うまくないんだけどな」
「言葉で何が変わるっ!」
「じゃあ逆に聞くけど、ここで仮に勝って私たちを滅ぼしてそれでどうしたいの? そうしたらサオリちゃんは幸せになれるの? そうは思えないけど」
そう、これは心を折る戦い。撃ち合いながら頭を巡らせるわけでキヴォトス人でもかなり厳しい。
「幸せになる? バカなことを。そんなものどこにもない。すべて虚しい幻だ。その真実を世に知らしめる……」
「トリニティやゲヘナには確かに幸せだった人たちがいたのに?」
「それが幻だと言っている! 一発の爆弾で壊れるようなものが真実であってたまるか」
双方が戦場を自在に移動して撃ち合い、殴り合う。ミカが障害物すべてを車輪でなぎ倒しながらだ。
「ふーん、じゃあ不幸なのが真実だからみんな不幸にしようって教義なの? そりゃ、あなたの手でみんな不幸にしたら不幸になるに決まってるじゃんね」
「いずれ壊れるかりそめの幸せよりはマシだ。そう教わった」
サオリは物陰に隠れ、爆炎に紛れて距離を取る。
「そうやって不幸に酔って幸福になる努力をしない言い訳だけしてるんだ。そっか……そんなのおかしいよ。私はそんなの信じない。誰でもきっと幸せになれるのが『正しい運命』だと思ってるよ。だから……祈るね。あなたの『正しい運命』を」
ミカはすべてをなぎ倒して最短距離で加速していく。
「暴力で信仰が折れると思うな!」
「そうだね暴力だね。だからトリニティの財力で無理やりにでも幸せになってもらうね☆」
ミカの車輪が振るわれ、回転する車輪がサオリの腹に押し付けられた。
「vanitas vanitatum, et omnia vanitas……」
「わかってくれないかぁ……あとでセイアちゃんにお話ししてもらえばいいかな……」
こうして、ものの10分ほどでこの場のアリウスたちは制圧された。
1時間もせず再び場が整えられる。だが、もはやそこに茶番の空気はなかった。
戦場のそれである。
中央にはティーパーティーの3人にマコト、アイリーンがいる。
物々しい空気が支配し、兵たちは指揮を待っていた。
「皆さん、お疲れ様です。パーティーがこのような結果になって残念ですが……私、桐藤ナギサはトリニティの代表としてエデン条約の条約事項としてETOの発動をゲヘナに『要請』します」
いけしゃしゃあとトリニティ節を炸裂させるナギサに対してマコトは皮肉げに笑った。
「キキキ……いいとも、ETOによる戦力支援を約束しよう。この羽沼マコトは万魔殿の議長として要請を承認する。ただし……我がゲヘナは連邦捜査局シャーレに介入を『依頼』する」
まるでリレーのように滑らかに話者のバトンがタッチされた。ここまでセイアは予測済みであり、プランの一つとして全員がセリフを覚えていたのだ。
「……構わないよ。連邦捜査局シャーレとしてゲヘナの『依頼』を受理して介入を始める……けれど、そのために連邦捜査局の権限としてミレニアムに『援助』を要請するよ」
ミグラントの一人が用意していたドローンを連れてくる。
ホログラムで投影されたのはミレニアムの会長、調月リオだ。
「話は聞いていたわ。ミレニアム会長として連邦生徒会の要請を受けます。この件に関して我々ミレニアムは協力を惜しみません」
その場にいたゲヘナとトリニティの兵たちがどよめく。
思ったより大事……というか三大校と連邦生徒会による武力同盟だ。
明らかに相手がアリウス1校だけではない。一体何が始まるのだろうと沸き立つのも無理はなかった。
「そういうことだよ。この狩人狩りアイリーンが宣言する……獣狩りの夜の始まりさ。
標的は『嚮導者の獣、ベアトリーチェ』。狩りの主はあたしだ。あたしが殺る。あんたらは獣に従わせられているアリウス生徒を『鎮圧』しな。そのためにトリニティ、ミレニアム、ゲヘナは協力して狩りを行う……」
ここでアイリーンは言葉を切り、かつての友を思い出して語りだす。思えばあの男は演説の才があった。
「これは『連盟』。たとえ普段は相いれずとも狩りの夜には仲間として協力するんだ。
いい年して
真っ先に乗ったのはマコトだ。混沌の気配を感じたのだ。
「キキキ……ゲヘナは連盟に加わる。ここまで来て手土産なしというのもつまらないからな」
「もとより、ミレニアムは協力すると言ったはずよ」
リオも映像越しにうなずいた。
セイアはナギサとミカを振り返り、手を差し出した。
「ティーパーティーホストの権限で今この場で決を採るよ。ナギサ、ミカ。狩りに加わるならばこの手をとってくれ」
「ここまで来て退く選択肢はないじゃんね」
「……もう私も腹をくくりました。ここにいる皆とならば、やりきります」
三人の手が重なる。セイアは目隠しされた顔で微笑み、ホストとしての力をふるい始める。
それは弁舌。兵を狂奔に走らせる演出であり、天使たちの長としての
「決まりだ。誰か異議のあるものは?! 正義実現委員会は。シスターフッドは? 救護騎士団は! 異議があるならば今すぐ言ってほしい」
セイアはカン!と床に獣狩りの杖を突いた。
熾天使の神秘にティーパーティーの権限。それらがそろい、正当な手続きは儀式と化す。契約が力を持ち始めるのだ。
「救護騎士団はアリウスを『救護』します。たとえ本人たちが望まずとも、彼女たちには『救護』が必要です。力による『救護』が」
ミネは考える必要もなく古聖堂の床に盾を突き刺した。
「……正義実現委員会は、今まで通りティーパーティーの剣であり続ける。それが今この場で正義を実現する手段だからだ」
ツルギは深く考えた後、真似してショットガンの尻を床に突き刺す。
「シスターフッドは賛同します。もとより我々のまいた芽……刈らせてもらいます」
覚悟を決めたサクラコはセイアより下賜された『フリーデの大鎌』その冷たい片割れをさくりと床に突き刺した。
「
セイアがその小さな体からは想像もつかないパワフルさで宣言した。
「決まりだ。さあ、忙しくなるよ。準備しなお嬢様方……そして知るがいいさ。人であることを捨てた者の末路ってやつを」
かくして、三大校が一見自然な流れで一つの『勢力』となった。
ハナコあたりは気づくだろう。これが『晩餐会』ですでに決定されたプランの一つであると。
そしてその『評決』の行きつく先を……賽は投げられたのだ。『流れ』が分水嶺を超えた。