一方、アリウス自治区内。
ベアトリーチェは豪奢な自室内でトリニティから奪った書物を読みふけっていた。
『メンシスの研究レポート』『ヨセフカ医院のカルテ』『聖歌隊の秘儀』『血族の信仰』。
それらはベアトリーチェに確かに啓蒙を与えていた。
「なるほど……やはり上位者とは私が目指すべき『崇高』にきわめて近しいものですね。夢を作り、律を敷き、理想の理を実現させる……すばらしい。そこに至るためには、やはり上位者の赤子が必要ですか……」
猛烈に書物を読み漁るベアトリーチェは気づかない。
自らの頭の『目』が増えていることに。
セイアが宝物庫に封印していた『結晶のスクロール』の書きかけの翻訳ノートが、そこに紛れていることにも。
血族の信仰の何たるかも。
「マダム、お忙しいところ失礼します。トリニティによる反攻が始まろうとしています。ご指示を……」
ベアトリーチェは机に拳を打ち付けて舌打ちする。
「ええい……今良いところだというのに! 以前言った通りです。停滞戦闘でできるだけ時間を稼ぎなさい。籠城するのです。その上で選抜した一個中隊を連れて脱出します。亡命政権としてしばらくはしのぎますが、いずれここは取り戻します」
「はっ……わかりました……」
アリウス生のエリートはそれでいいのか、と思いつつも仕方なく従う。
だが、ベアトリーチェはここでまた邪悪なことを思いついた。
「ああ、そうですね……ついでに100名ほど雑用係が必要です。戦闘には使えずとも発育のいい者を選びなさい」
「は……? はあ、わかりました」
「では早く準備に取り掛かりなさい。私は忙しいのですよ」
「はい……」
アリウス生が去っていく足音を聞き、ベアトリーチェは嗤う。
「兵士として役に立たずとも、『検体』や『贄』としては十分でしょう……さあ、早く上位者への呼びかけをしなければ……」
ベアトリーチェが次に手に取ったのは『血族の信仰』だった。
「上位者との交流はたしか血族が一歩先を行っていたはずですね……どれどれ……『人の幸福とは、上位者との官能的な交わり』……?」
書物をめくる音がする。
「『血族の名誉とは上位者の子をなすこと……女の幸せとは、子を抱くこと』……?」
音もなく、彼女の啓蒙が上がっていっていた。
『結晶のスクロール』を読み解くころにはきっと蒙が啓けているだろう。
◇
地上では物々しく反攻が始められていた。
まずドローンとユスティナ聖徒の数を頼りにカタコンベの迷宮攻略が行われ、アリウス自治区への道が解明された。
そのままドローンが先行してアリウス自治区に宣戦布告を行う。
『こちらはトリニティ生徒会『ティーパーティー』です。本日行われたトリニティ・ゲヘナ合同の催しにてアリウスの代表の方々が狼藉に及ばれ、我々への宣戦の意思を伝えられました』
「撃て撃て! トリニティの異端共の言葉に耳を貸すな!!」
アリウス生たちはドローンを打ち落とすが、ミレニアムの生産力とトリニティの資本によってドローンは次から次にわいてくる。
『これをもって残念ではありますが、我々トリニティはアリウス分校への宣戦布告を行います。3時間後に攻撃を行いますので、停戦や降伏を望まれる場合はこのドローンにメッセージをお伝えください……』
「き、きりがない……なぜこのドローンは攻撃してこないんだ? 撃ち方辞め! 弾薬を節約する! 白兵戦用意!!」
アリウス生たちはドローンを銃剣やそのへんにあった鉄パイプなどで破壊していく。
『なお、本紛争はエデン条約の条約要綱に当たりますので、ゲヘナによる戦力支援、および連邦捜査局シャーレとミレニアムによる支援があります。賢明なご判断を期待いたします……繰り返します』
「くそっ、しくじったのか……? サオリたちは……」
「敗北主義の言葉をしゃべるな! 我々は戦う!」
「そうだ、この日のために訓練してきたんだ!」
そうして、いたずらに時が過ぎていく。攻撃開始の3時間後まで、あっという間だろう。
◇
「……3時間たったね。ちょうど0時だ。準備はいいかいお嬢ちゃんたち」
アイリーンがカタコンベの前で振り向くと、そこには雲霞のように軍勢が集結していた。
「ばっちりだーっ! ……『ミグラント』RAVEN小隊20人参陣だっ!」
白栗が『官憲のメイス』をRANEN小隊全員で掲げる。
ネイビーブルーの官憲の装束にSRT制式黒ヘルメット。
連邦捜査局シャーレとミグラントのワッペンを肩に張っている。
もはや、ヘルメット団ではない。何物にもなれなかった不良ではないのだと。
「『トリニティ総合学園』連合正規軍事部2112名。ここに参陣しました」
ナギサが見事なカーテシーで応じる。
後ろにいたトリニティ生たちもまたカーテシーを一部の乱れもなく行った。
「キキキ……『ゲヘナ学園』万魔殿および風紀委員1530名。ここにあり!」
マコトは虎丸の上から拳を突き上げた。
悪魔たちが歓声を上げる。
「『ミレニアムサイエンススクール』戦術研究部122名および125機。参加するわ」
リオがホログラムで大写しになって。
トリニティとミレニアムは、複数の勢力が合同で軍を派遣するに至り、臨時で仮の部活を作ったのだ。
力の入れようがわかる。
「『SRT特殊学園』4個分隊16名。連邦生徒会防衛室の要請により、指揮下に入る」
そして、ユキノが万感の思いでSRTの山羊の旗を掲げた。
SRTはまだここにあると。連邦生徒会は張り子ではないと。
カヤ、リン、アイリーンの3名でこの3時間で大急ぎで許可を取り付けたのだ。
このビッグウェーブに連邦生徒会も『味方』として旗色を明らかにしておかないと本当にマズいとカヤが必死の説得をかけ、それがなんとか実を結んだのだ。
「いいだろう。ついてきな。狩りの時間だ」
アイリーンは内心の高揚を抑えながら、かつてカヤに語ったそのままに先頭を切ってカタコンベへと踏み出していった。