ヤーナムから来たアイリーン先生   作:照喜名 是空

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HUNTED VERMIN

 

 カイザー製ドローンにオートマトン、それに加え、よくわからないぬいぐるみの怪異。

 アリウス側はすべてを出し尽くし総力戦の態勢だ。

 

「防衛ラインを一段下げろ! 広場に誘い出せ! アレを使う……!」

「ヒエロニムスか! アレならしばらく……マダムの脱出はまだか!?」

「あと1時間もあればおそらくは……」

 

 一方でアイリーン達三千名はヤーナムにおける探索の基本『敵がいればそこはまだ来ていないところ』というやり方でどんどん奥に入っていく。

 さらにリオによる地ならしのような工事で三千名が悠々と通れる進軍ルートを勝手に作っていく。

 ドローンによる地図作製もすでに済んでおり、ミレニアムによる的確なオペレートが驚異的な進軍速度を維持していた。

 

「いけ! ヒエロニムス!」

 

 誘いこまれた広場の先にそれはいた。

 ローブとフードを被った巡礼者のような巨躯、4本の腕に剣と杖。

 

「よくあるでかめの獣じゃないか。ちょうどいいさね。デカブツ相手の狩りを見せてやるよ」

「SRT、支援射撃する! 周囲の敵を近づかせるな!」

「RAVEN小隊、先生を援護する! ヘイトを分散させろ!」

 

 そこからは一方的な獣狩りだった。

 ヒエロニムスは杖を突くたびに足元から光柱を放ち、魔方陣を出して範囲攻撃をするが、狩人相手に棒立ちはあまりによくなかった。

 光の柱はすべてよけられ、範囲攻撃は外から大砲をぶち込まれ、剣を振れば的確に手を打たれてひるまされた。

 

「祈りはもう十分だろう。夢から覚める時だよ」

 

 ぐったりと下がった頭に腕をぶち込まれて中身を引きずり出され、ヒエロニムスは爆発四散した。

 

「なんだい、こりゃただの傀儡じゃないか。いくよ!」

「イエス・マム!」

 

 バシリカへの道はもうまもなくだ。

 

 ◇

 

 一方、サオリはバシリカの屋根裏からこっそりとベアトリーチェの演説をうかがっていた。

 どうも何か様子がおかしい。どのみち素直に戻っても歓迎はされないだろう。

 

「さあ♡これより皆に私が授かった最高の啓示を伝えます♡」

(な、なんだあれは……あれがマダム……?)

 

 ベアトリーチェの腹は大きく膨らみ、胸も張っている。

 なにより笑いながらくねくねと動く様はとてもキツい。

 

「私がこのアリウスで行った探求はすべて私がより高位の存在『崇高』となるためにありました。それを通じてすべてを救う事こそ大人の義務だと」

(そうだ……そのために私たちは戦ってきたはずだ)

 

 サオリは静かに屋根裏でうなずく。聖堂に集まった生徒たちも黙々と聞いている。

 

「そのためにあなたたちには少なからず犠牲を強いましたが……それもいずれ来る救済のため……そう思っていました。ですが、私が本当に求めていたものは別のものだと気づいたのです♡」

 

 何かすごく嫌な予感がする。こういう時はよく当たるのだ。

 

「私が本当に求めていたものは―圧倒的強者男性であったと!!」

 

 アリウス生徒は静かに聞いているが、気配から困惑が強く感じられる。

 サオリもまったく何を聞いているのかわからなかった。

 

「神になろうなどと思い上がりでした♡この世界の絶対の幸福は―子を孕む事です♡」

 

 それを聞いた瞬間、サオリは無意識に立ち上がり銃を構えて狙撃ポイント目指して走っていた。

 

「私はすでに宇宙との交信により圧倒的強者男性である『姿なきオドン』様の子を授かりました♡神にかしずき、偉大なる子を孕み―そしてその子が世界を救うのです♡」

 

 サオリは怒りで頭に血が上る沸騰と、冷静に動く手足を他人事のように感じていた。

 だが、その頭もいずれ答えにたどりつく。

 

(ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるな……!)

「さあ♡共に神の子を授かる悦楽を得ましょう♡この『聖アリアンナの血』を飲むことであなたたちも福音にあずかることが―」

 

 ベアトリーチェが血の入ったフラスコを出そうとした時、サオリの準備は完了した。

 

「ふざけるなぁあああーっ!」

 

 発砲音。

 その弾丸は不意に異形化したベアトリーチェの腕によって阻まれた。

 

「私たちはそんなもののために戦っていたわけじゃない! なら全部……全部ウソだったということになるじゃないか!!」

「……? ええ、すべて支配のための方便。嘘ですが……そんなことはどうでもいいのです♡さあ、これこそ真実♡あなたたちはもう幸福をあきらめる必要はありません。これよりあなたたちに幸福を与えようというのですよ♡」

 

 アリウス生たちは動揺と混乱でどちらにつくべきかパニックになっていた。

 

「ふざけるなぁああーっ! 見ろ皆! これが私たちの生徒会長の本性だ!! 全部……全部ウソだった! ヴァニタスの教義も全部……! マダムは乱心した! 取り押さえろ!!」

「し、しかし……」

 

 とうとうざわざわとアリウス生たちがどよめきだした。

 

「そもそもサオリ、貴様が出かけた先でしくじったせいだろうが!」

「な、なに!?」

 

 好戦的なアリウス生がサオリを責め立てる。

 

「そう聞いているぞ! お前たちがトリニティのパーティーで暴れたせいで予定がすべて狂った! そうだろう!」

「そ、それは……」

 

 別の方からも声がする。

 

「うるさい!! うるさいうるさい!! もう知らない! やってられるか! 皆、逃げよう!! もう知るかぁ!!」

 

 逃げ出そうとする者、サオリに加勢するもの、サオリを非難するもの、場は完全に混沌となった。

 

「おやおや……♡案ずることはなにもないのですよ♡すぐに気持ちよくなります……受け入れましょう。我らが主、オドン様を♡」

 

 ベアトリーチェの体がきしみ、弾け、完全な怪物として生まれ変わった。

 ひまわりのような大量の目が付いた顔、長く細い腕。鍵爪。枯れ枝のような両翼。赤いヘイロー。

 そして……妊婦のように膨れた腹……

 

「わっ、わあああーっ!」

 

 ベアトリーチェの獣化にアリウス生は完全にパニックになって出口や窓に殺到する。

 だが、どれも奇妙に開かない。窓も割れない。

 それは古来よりこういったときに起こる『霧』。死んでいるとも生きているともつかぬものが生み出す神秘。

 あるいは大量の水こそ神秘を封じ込める。これはそう言ったものなのだ。

 

「立ち向かうぞ! こうなったらやるしかない!!」

「サ、サオリ! そうだ、こうなったらやってやる!」

「もう限界だ!」

 

 恐慌状態でベアトリーチェに銃を向けたその時……『ぎぃぃい』と古めかしい軋みをあげてバシリカの扉が開いた。

『霧』に守られた獣を誰が狩れる? そう。狩人だ。

 

「無様だね、嘘つき女」

 

 アイリーンだ。

 手には慈悲の刃と短銃。烏羽の装束。

 静かな、だが海のように深い殺気にアリウス生たちが静まっていく。

 

「ああ……アイリーン先生ですか……♡嫉妬? 嫉妬なのですか♡老婆の嫉妬はみっともありませんよ♡」

「あんた……よりにもよって『それ』を呼んじまったのかい。せいぜい、甘い夢を見ながら死ぬことだ……あんたは、あまりにも哀れすぎて何も言えないよ」

 

 かつ、かつ、とアイリーンは前に進み、アリウス生たちが道を左右に開けていく。

 ベアトリーチェはすぅ……と息を吸い込むと咆哮した。

 

「あんたら陰に隠れてな! どうせこの手のは光を出すんだ!」

 

 実際、それは正しかった。

 赤黒い三連のビーム。手から出される光球。腕を天にあげ、叩き落す巨大な光球。

 そのどれもをアイリーンはよけたが、アリウス生たちに意識を割かれどうも攻め手にかけている。

 

「アメンドーズ狩りみたいなもんだね。動かないだけまだましだ。できるはずさ……!」

 

 そこに、また一つ霧を抜ける音がした。

 

「手こずっているようだね、先生。手を貸そうか」

「セイア! あんた大丈夫なのかい」

「ここまで後ろから大した疲労もなくきたし、それに……まがい物とはいえ私も狩人の末席さ。トリニティの狩りを教えよう」

「わかった。あたしがおとりになる。あんたは後ろからいきな!」

「わかった。それに、細工だってしてあるさ!」

 

 セイアが懐から何かのボタンを出して押すと大音量で聖歌『キリエ』が流れ出した。

 

「う、ううう……! やめなさい……! 私の領地でそのような……! ああ、胎教に悪い……!」

「今だ!」

「ああ、そういえばそういう手もあったね。畳みかけるよ」

 

 アイリーンは獣血の丸薬をかじり、セイアと共に徹底的にベアトリーチェを切り刻む。

 

「慈悲など……慈悲など乞うて何になるのですか……違います……我々は歓喜と共に被虐を受け入れるべきなのです……支配される喜びを……!」

「やかましいよ!」

 

 セイアが杖を鞭にして後ろからその無駄にでかいケツをたたきまくる。

 アイリーンはため息を一つつくと、おなかをかばうように跪いたベアトリーチェの顔面に腕を突き刺す。

 

「はぁ……あんたはきっと誰より優しい先生だったんだろう。だからこそ、その慈悲を踏みにじられた……ヤーナムじゃよくあることさ。……あんたは特別じゃない。どこにでもいる、ただの、哀れな女だ」

「わ、私は……わたしは」

「祈りな。さようならだ」

 

 ずるりと無数の黒い眼玉が脳漿と共に吹き出し、倒れ伏すとベアトリーチェの体は爆散した。

 たった一つ、黄金に光る未成熟の赤子を残して。

 

「先生、それは……」

「ああ、私があずかっておく」

『“ああ……どうか、この子だけでも……おねがいします……”」

「……覚えて、おくさ……あんたの答えも」

 

 アイリーンはその血濡れた未熟児を「懐」に入れた。入れられてしまった。

 

『嚮導者の赤子』

 

 ベアトリーチェの残したなりそこないの上位者の赤子。

 古い書物に触れ、蒙が啓いた彼女は、ついに姿なき上位者を呼び出してしまった。

 それは完全なる失敗作であったが、それでも遺物を残せた。

 彼女の望んだものにわずかでも手が届いたのだろう。

 

 人の幸福とは、すなわち生物としての幸福である。

 

 サオリをはじめとしてアリウス生たちがふらふらと物陰から出てくる。

 

「なんだったんだこれは……これは一体なんなんだ!? 答えてくれ! 先生!!」

「言っただろ『すべてが虚しいなんて当たり前の事さ』。今まで命がけで信じてたことが全部ウソだった……よくあることさね。けれど、それでも。虚しかろうと。虚しいからこそ自分だけでも人として生きるんだよ」

「これが……本当の虚しさ……ああ、虚しい。こんな虚しいことがあるかっ……!! うっ、うう……うあああ……っ」

 

 サオリは泣き崩れ、アリウス生たちもまた泣きに泣いた。

 狂騒の一夜は終わる。

 だが、これからの後始末が大変だろう。

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