ヤーナムから来たアイリーン先生   作:照喜名 是空

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アビドスの夜明け

 

「急がねば……! せめて今までの研究成果を……!」

 

 黒服はあわてて地下アジトから最低限の荷物を持ち出すために祭壇を訪れた。

 アイリーンがこちらに走ってきていた。

 

「馬鹿なっ……! そうか、大人のカードを使いましたね? それはあなたの生の時間を……お願いですから、話を……くっ!」

 

 慈悲の刃が振り回される。黒服は走って逃げ出す。

 

「ホシノから全部きいたよ。あんた、ホシノを身請けしようとしたんだって? で? この祭壇はなんだい。ああ、言わなくて良い。そういう事さね。納得したかい? 死にな」

「はあっ、はあっ……! くっ、最悪『追放』を私自身に使えば……あれを……応用すれば……」

 

 銃声。黒服が倒れて壁にもたれかかる。

 

「ぐうっ……ここまでですか……残念です……はあっ、はあっ……そ、そうだ……トリニティのカタコンベの奧……アリウス自治区で、もっとむごい実験を行ってい」

 

 アイリーンは黒服の目の前に崩れかけた頭蓋骨を突きつけた。犬歯はやたら大きく、頭の天辺が崩れて、中から妖しい光がうごめいている。

『上位者の叡智』とよばれるものだ。

 

「そいつをあんたの手で割りな。手はまだ使えるだろう。あんた、神秘に、特別な知恵に興味があるんだって? ……くれてやるよ。特別な知恵ってやつを」

「なるほど……すでに……それをすれば命は助けていただけますか?」

「やらなきゃあ確実に今死ぬね」

「わかりました……」

 

 黒服が床に頭蓋骨を叩きつけて割る。すると妖しい光が黒服のひび割れた頭に吸い込まれていく。

 そう、それはまるで寄生虫が宿主を見つけたかのように。

 

「ぐっ……ぐわああああっ!」

 

 それはかつて上位者と呼ばれた神に近い存在の叡智の断片。

 割って使うことにより『啓蒙』……人ならざる知恵、気づきを得るという。

 そして、啓蒙とは一度に多量に取り込めば狂気を発症し……最悪の場合、頭から出血して死に至る。

 

「はあ……はあ……そ、そうだ! 思い出しました……我々は、かつてあなたのように先生だったのです! ですが、幾度も来る滅びに失敗し……時を戻した……! お願いです、アイリーン先生。どうか生徒を、キヴォトスを滅びから救ってください……」

「そうかい……そいつはおあつらえ向きだ。あたしは狩人狩り。同類を狩る者さね。なら、獣とは扱えないね……狩人を狩る作法で行うよ。あんた。言い残したい事はあるかい?」

「そ、そうです。これから来る滅びは……まずミレニアムの天童アリス。彼女は実は古代兵器です。それから……」

 

 黒服の独白は長きにわたった。アイリーンはスマホでそれを録音していた。

 

「……以上です。できるならば、私もあなたと協力したかった……けれど、もう許される物ではないのでしょうね……」

「祈りな。楽にしてやる」

「“……ああ……ごめん、皆……私は、失敗した……アイリーン先生。生徒を、よろしくお願いします……”」

 

 慈悲の刃が閃き、黒服の首が落ちた。

 アイリーンは懐からハンカチを出して、落ちた首にそっとかける。

 そうして、何も言わずにアジトの外へと出て行った。

 とても、重い足取りだった……

 

 ◇

 

 どうも、とんでもなく因果なことに巻き込まれちまったねえ……

 とりあえず、どうするかねえ。時間的な余裕はあるし、子ウサギ共と小間使い共を鍛えるかねえ。

 ああ、それから事情を知ってるセイアとリオとヒマリに渡りをつけて……面倒だよ。まったく……

 

「けれど、ああ……抗う手段があるってのは、気分が良い……終わったよ、子ウサギ共」

「……先生」

 

 アジトの外に出て、子ウサギ共と合流する。

 タネは簡単だ。こんな真夜中に移動する人や車両をモエのハッキングやらドローンやら……特殊部隊の手段で発見する。

 あとは施設の入り口を探して先回りしておいたのさね……

 邪魔な連中は、慈悲の刃で一人一人黙らせていった。殺しちゃいないが、拘束はさせてもらっている。

 

「ああ、今夜の獣狩りは終わりさ。いいか、あんたらは何も関わってないし、何も知らない。それでも聞かれたらあたしに脅されたと言いな」

「……先生、でも」

「しかし先生! 先生は……」

 

 サキが口ごもり、ミヤコが目に危険な光を宿して何かを言おうとする。

 

「あんたらの知らないところで、無法者が無法者を殺した……それだけだよ。あいつは確実に大勢を殺してた。殺すんだ、殺されもするさ……法を破るってのはそういうことさね。あたしだって、何もかわりゃしない……こんなものは、年寄りに任せるんだ、いいね」

「それで、いいんでしょうか……」

「あんたも年を取ればわかるさ、ミヤコ。若い子には光ある道を歩いて欲しいんだよ……あたしにはもう時間がない。あんたにはまだ未来がある。そうだろう?」

 

 皆、無言で車に乗り込む。

 

「さあ、帰って寝るよ。ああ、白栗にも連絡しといておくれ。帰って寝なってね……」

 

 サキが沈黙に耐えきれなくなったのか、ラジオをつける。

 なんだい、ずいぶんご機嫌な歌がながれるじゃないか。

 

『壁の染み、殴る音、流れる涙

 駆け抜けろ、血を流せ、合図だ、賽を投げろ

 

 その手でエサをやるな。近づけば噛みつかれる。

 その中に入る方法なんて解るはずもないんだよ。

 世界の中に俺たちなんていないんだ。

 

 なあ少年。ありえないんだよ』

 

 ああ、夜が明けていくじゃあないか……

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