守月スズミと、そう仲がいいわけでもないある生徒の話   作:ふぁっしょん

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二話「なんとなく」

 菓子を貪りたいと思うときがある。甘いものが欲しいということでなく、ご機嫌なスイーツが欲しいということである。 

 がつがつと口を開いて食うのだ。無心になって味わうと、なんだか幸せになったような気分であるから、好きだ。

 お上品に茶をしばきながら食うのも悪くないが、そういうのは場を整えないといけないから、面倒に思う。

 

 それで、本日は自警団活動の最中にそのときがやってきたから、私は公園で菓子を貪っていた。

 時刻は夕方、人気の少ない街中、閑静な空気、冷たいベンチだ。

 バッグから荷物をいくつか取り出す。菓子入りの筒とコーヒー入りの水筒と、あとウェットティッシュにナイフも。

 バウムクーヘンを取り出して、ナイフで少し薄めの円盤として切り出し、それを右手でひっつかむ。私は一心にもぐもぐとした。手がべたつくのはご愛嬌だ、あとで拭けばよかろうなのだ。

 無論これだけでは水気が足りないから、水筒でコーヒーも飲む。暖かいというより熱い、油っぽい濃さのコーヒーである。

 少し熱すぎて、私は涙をこらえた。口の中を火傷しなかったのは幸いである。舌がぴりぴりする。

 それで、水筒の口に息をふうふうかけた。

 湯気が外気に霧散して、わずかに白く見える。少し冷ましてから水筒に入れるべきなのかもしれない……そんなことを思うけれど、帰る頃には忘れるだろうから、きっと次も似た思いをするだろう、なんてことも思った。

 

 夕焼けが橙から藍に移り始めている。トリニティの街並みは皆背が低いから、雲の色がよく見えた。

 緋、あるいは丹色のそれは火に似ている。燃えている炎ではなく、炉の内のてらてらと照る火だ。

 だからどうだ、ということもないのだけれど、ただ、この色合いに染まった街は悪くない景色だ。

 

 腹もくちたことだし、私は荷物を片付けることにした。

 バウムクーヘンを筒に戻すとき、ふと目の端でこちらを向く顔をみつけた。

 見ると、ひとりのトリニティの生徒がいた。彼女は少し離れたベンチに座りながら、なにやらタルトらしきものを食べている。

 どこか見覚えがある顔だった。思い返すと、よくスイーツを買うときに列などでみる顔だ。互いによく会うけれど、話はしないから、名前も知らない仲である。

 

 なんだか気になるから見ていると、彼女は視線をそのままに、フォークを手元のタルトに突き刺した。そして小さな口にそれを運び、咀嚼して、傍らに置いていたパック牛乳を飲んだ。

 私はその小動物的な仕草に、ふと思い至る。

 筒からバウムクーヘンを再び抜き、ナイフで二切れ切って、彼女の座るほうへ向かった。

 彼女は差し出された一切れのバウムクーヘンを、手元の皿で受け取った。

 不思議そうな顔であった。「ええと……くれるの?」

 私はもう一切れを手づかみでむしゃむしゃした。すると彼女もまた、フォークでバウムクーヘンを食べた。

 おいしさからか、なにやら驚きの表情である。

 私はその様子に頷いて、このバウムクーヘンを作った店のリーフレットを手渡して、もといたベンチに戻った。

 

 荷物を改めて片付け、バッグに入れ始める。すると、とたとたと軽い足音がたった。

 視線を向けると、どうやらさきほどの彼女らしい。

「バウムクーヘンありがと……わたしは柚鳥ナツ。よければ名前を聞かせてほしいな」

 私は困惑した。突然バウムクーヘンを分け与える見知らぬ人に対し、こんな反応をする人間を知らなかったためである。

 

 

 互いに恐る恐るといった具合で話をはじめたのだが、柚鳥ナツは物怖じしない性格らしく、私の個人情報は早々と暴かれてしまった。無論彼女について私もある程度知ったのだが、会話のテンポを握っているのはほとんどナツだった。

 気が付くと彼女のおすすめのパティスリーやらなにやらを布教されていて、私は戦慄する。

 夕焼けが街並みに沈んで、空が青紫に染まっている。

 風がやや肌寒い。

 

 

 少し会話に間が空いたから、私が中身を飲むべく水筒の口をふうふうしていると、

「実は、聞きたかったことがあって……」

 そう柚鳥ナツがいうから、私は首を傾げた。すると彼女はこういった。

「どうしてバウムクーヘンをくれたの?」

 

 私は少し考えて、「なんとなく、食べてみてほしいな、と思ったので」といった。

 それから、「食べておいしそうにしてるのも見たかった」ともいった。

 すると彼女は二、三度頷いて、なるほどといった。

 深い頷きであった。

 

 

 もう夕を過ぎて夜だ。街灯が点いて明るいとはいえ、帰るべきだろう。

 そろそろ帰らないか、と聞くと、彼女もまた同意した。

 連絡先を交換して、公園を出る。

 柚鳥ナツは手を振って去った。

 私もまた手を振って、去った。

 そんな日があった。

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