守月スズミと、そう仲がいいわけでもないある生徒の話 作:ふぁっしょん
菓子を貪りたいと思うときがある。甘いものが欲しいということでなく、ご機嫌なスイーツが欲しいということである。
がつがつと口を開いて食うのだ。無心になって味わうと、なんだか幸せになったような気分であるから、好きだ。
お上品に茶をしばきながら食うのも悪くないが、そういうのは場を整えないといけないから、面倒に思う。
それで、本日は自警団活動の最中にそのときがやってきたから、私は公園で菓子を貪っていた。
時刻は夕方、人気の少ない街中、閑静な空気、冷たいベンチだ。
バッグから荷物をいくつか取り出す。菓子入りの筒とコーヒー入りの水筒と、あとウェットティッシュにナイフも。
バウムクーヘンを取り出して、ナイフで少し薄めの円盤として切り出し、それを右手でひっつかむ。私は一心にもぐもぐとした。手がべたつくのはご愛嬌だ、あとで拭けばよかろうなのだ。
無論これだけでは水気が足りないから、水筒でコーヒーも飲む。暖かいというより熱い、油っぽい濃さのコーヒーである。
少し熱すぎて、私は涙をこらえた。口の中を火傷しなかったのは幸いである。舌がぴりぴりする。
それで、水筒の口に息をふうふうかけた。
湯気が外気に霧散して、わずかに白く見える。少し冷ましてから水筒に入れるべきなのかもしれない……そんなことを思うけれど、帰る頃には忘れるだろうから、きっと次も似た思いをするだろう、なんてことも思った。
夕焼けが橙から藍に移り始めている。トリニティの街並みは皆背が低いから、雲の色がよく見えた。
緋、あるいは丹色のそれは火に似ている。燃えている炎ではなく、炉の内のてらてらと照る火だ。
だからどうだ、ということもないのだけれど、ただ、この色合いに染まった街は悪くない景色だ。
腹もくちたことだし、私は荷物を片付けることにした。
バウムクーヘンを筒に戻すとき、ふと目の端でこちらを向く顔をみつけた。
見ると、ひとりのトリニティの生徒がいた。彼女は少し離れたベンチに座りながら、なにやらタルトらしきものを食べている。
どこか見覚えがある顔だった。思い返すと、よくスイーツを買うときに列などでみる顔だ。互いによく会うけれど、話はしないから、名前も知らない仲である。
なんだか気になるから見ていると、彼女は視線をそのままに、フォークを手元のタルトに突き刺した。そして小さな口にそれを運び、咀嚼して、傍らに置いていたパック牛乳を飲んだ。
私はその小動物的な仕草に、ふと思い至る。
筒からバウムクーヘンを再び抜き、ナイフで二切れ切って、彼女の座るほうへ向かった。
彼女は差し出された一切れのバウムクーヘンを、手元の皿で受け取った。
不思議そうな顔であった。「ええと……くれるの?」
私はもう一切れを手づかみでむしゃむしゃした。すると彼女もまた、フォークでバウムクーヘンを食べた。
おいしさからか、なにやら驚きの表情である。
私はその様子に頷いて、このバウムクーヘンを作った店のリーフレットを手渡して、もといたベンチに戻った。
荷物を改めて片付け、バッグに入れ始める。すると、とたとたと軽い足音がたった。
視線を向けると、どうやらさきほどの彼女らしい。
「バウムクーヘンありがと……わたしは柚鳥ナツ。よければ名前を聞かせてほしいな」
私は困惑した。突然バウムクーヘンを分け与える見知らぬ人に対し、こんな反応をする人間を知らなかったためである。
互いに恐る恐るといった具合で話をはじめたのだが、柚鳥ナツは物怖じしない性格らしく、私の個人情報は早々と暴かれてしまった。無論彼女について私もある程度知ったのだが、会話のテンポを握っているのはほとんどナツだった。
気が付くと彼女のおすすめのパティスリーやらなにやらを布教されていて、私は戦慄する。
夕焼けが街並みに沈んで、空が青紫に染まっている。
風がやや肌寒い。
少し会話に間が空いたから、私が中身を飲むべく水筒の口をふうふうしていると、
「実は、聞きたかったことがあって……」
そう柚鳥ナツがいうから、私は首を傾げた。すると彼女はこういった。
「どうしてバウムクーヘンをくれたの?」
私は少し考えて、「なんとなく、食べてみてほしいな、と思ったので」といった。
それから、「食べておいしそうにしてるのも見たかった」ともいった。
すると彼女は二、三度頷いて、なるほどといった。
深い頷きであった。
もう夕を過ぎて夜だ。街灯が点いて明るいとはいえ、帰るべきだろう。
そろそろ帰らないか、と聞くと、彼女もまた同意した。
連絡先を交換して、公園を出る。
柚鳥ナツは手を振って去った。
私もまた手を振って、去った。
そんな日があった。