守月スズミと、そう仲がいいわけでもないある生徒の話 作:ふぁっしょん
久しぶりに紅茶をいれようと思って戸棚から茶筒を取り出したのだけれど、落ち着いた、たとえばブレックファーストと付いたりするような茶葉が尽きていた。残っているのはアレキサンドロ云々とか、そういう名前の奇抜なやつばかりだ。
手で仰いで嗅いでみると、やはり刺激的に過ぎるから、気分ではない。
それで茶葉を買うことにした。
トリニティ地区は歴史ある茶葉売りが多くあって、むしろ歴史が浅い店が少ない。つまりおおよその店の茶葉は高い。
そういう背景もあって、大衆寄りの店で値段も質も良いところは、なかなか人気がある。
暇な時間になったから茶葉を見に店前にいくと、そこは生徒が多くいた。各々のグループであれこれ話して、和気藹々といった様子であった。
その隙間を縫って店内に入った。
目当ての落ち着いた茶葉とはつまり王道だから、すぐに見つかった。
小袋に入ったそれを引っ掴み、会計の方を向いて、ふと思う。
茶をしばくのなら、いい気分で飲み終えたい。
仲良さげに話すここの客らほどの茶飲み相手が欲しいとか、そういうことではなく。
茶と菓子で腹がくちて億劫になった重い身体でポットやらなにやらを洗うのが億劫なのだ。
ポジティブな気分で洗い物をしたい。それだけのいい気分になりたい。
私はしばし考えて、会計を済ませた。
そう寂しくも豊かでもない懐具合を省みて、それなりの値段の菓子を想った。
……しばらくして、寂しい懐とともに、私は空を見た。
まだまだ空は青いから、茶と菓子を揃える時間は、十二分にありそうだった。
私は守月スズミに電話をかけた。
少しの間のあと、返事がきた。「はい、守月です」
私は、焼き菓子は好きかといった。「え?ええと、好きか嫌いかでいえば、好きな部類、だと思いますけど……」
ではフィナンシェはどうかといった。「多分、好きですね」
私はあれこれ説明するのが億劫に思った。要は、茶と菓子をしばく最中に目でも楽しみたいというだけである。
だから、もし暇があればこれこれの時刻にこの場所に寄ってください、菓子と茶をあげますので、などと言った。すると彼女は「……ちょっと、どういうことなのかわからないのですが」などという。
ともかく来てほしい、寄ってフィナンシェを食べるだけでいいから、というと、今度は「はあ」と返ってきた。
それで、そういうことにした。
伝えた場所の公園、時刻は午後三時頃、晴れた空、あたたかな日差しの下である。
この公園は日差しを遮れる場所にコンクリートの机と椅子が設けてあって、そう音もなく、飲み食いには都合がいい。椅子的なそれのうえにハンカチを敷いて座り、机に菓子と茶を出した。
片肘を机について、ぼんやりとカップを掲げる。暖かな中身が風に揺れて、波という程ではない高低を生み出しているのをみた。湯気が立ち上る、その小さな水面は、悪くない香りを溢れさせていた。
啜るのは上品とはいえないから、ついばむように飲む。どちらも傍から見ると同じように思うけれど、こちらは熱すぎて火傷しかねない。
涙目になって、口を離した。舌が火傷しなかったのは幸いである。
聞いたところによると、コーヒーと紅茶は、冷えたあと温めると味や香りが変わってしまうらしい。実際試したことはないが、そういうわけらしいから、少し冷ましてから水筒に注ぐのは、中身は冷えるばかりだから、よくはないのだろうな、などと思う。
私はやはりふうふうと息を吹きかけて、カップの中の紅茶を適温にもっていくことにした。
「ほんとうにいた……」と微かに声が聞こえたから、私は振り向いた。みると守月スズミがいる。
彼女の赤い瞳と白い眉は困惑を示していたけれど、特にいうことも思いつかないから、私はハンカチを例の席替わりのコンクリートに被せて、手で促した。
彼女は座った。上品というより、綺麗に整った座り姿である。
茶はいるか聞くと、ありがたく受け取ってくれた。
私は息をカップにふうとかけて、それから守月スズミに「熱いから気をつけてくださいね」といってから、口を付けた。
シンプルな紅茶は美味というより美香といった具合であるように思うが、それは決して味が悪いということを示していない。
熱すぎない程度のそれは、きちんと香りと味を伝えてくれる。
味わいながら彼女をみる。おずおずと紅茶を飲み、フィナンシェに手を出した守月スズミは、焼き菓子のおいしさに目を瞬かせて、すこし微笑んだ。
それをみると、なんだかいい気分であった。
しばらく楽しんだあと、守月スズミは少し悩んだ様子になったのち、カップを置いてから口を開いた。
「お聞きしたいのですが、実は話したいことがあったりしますか?」
ふむ、と考える。特にないように思うけれど、なにかあるだろうか……
少しして、思いついた。
「守月さんが暇なときに、菓子などを差し入れしてもいいですか?」
すると彼女は「え?」と困惑した表情を浮かべたから、私は思うままに口を開いた。
「あなたと仲良くなりたいような気がします」
「気がする、ですか?」困惑の表情が深まる。
「はい。守月さんは……」
ふと、その感覚を形容する言葉がわからないことに気が付いて、私は無難な物言いを求めた。
「守月さんはかわいいひとですから」
彼女は困惑したまま、少し赤面した。
ええと、などのつぶやきがしばらく漏れていた。