神笛と永遠と   作:坂野

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Prologue

 紅と紫が混じった空、周りには沢山の人。噴水広場の時計は午後五時五五分を示している。皇都で行われる女王陛下の生誕祭までもう少し。

「お父さん、女王様のところいかなくていいの? おともだちなんでしょ?」

 薄い金の髪の少女が心配そうに尋ねる。少女の右手を優しく握る父と呼ばれた男性は少女へと視線を落とし、穏やかに笑った。

「人が多い所にずっといたらトワも疲れるだろう? だからここから一緒にお祝いしてあげよう。大丈夫、お祝いの想いは女王様にきっと届くよ」

「そう、なの?」

 少女——トワは首を傾げた。自分の想いは口に出さないと伝わらないのではないかと思ったからだ。母からよく言われていることだから余計に。父も母からそのことでいつも注意されていた気がする。すぐ抱え込むんだからとかそんな感じに。

「強い想いは言葉以外の形でも表れることがあるんだ。今はよく分からないかもしれないけど、きっとトワもいつか感じると思う」

 トワの父はゆっくりと視線を皇都へと向けた。彼女と同じ色の短髪が柔らかな風に揺られている。空の遠いところを集めたような青の瞳は温かく、そしてなにより芯の強さを放っていた。

 何もかもが普段通りの父の姿なのに妙に心が騒つく。

 

 午後五時五九分。

 人の足並みは多くが皇都を向いている。時折子どもたちが大人を追い越していく。皆楽しげな表情を浮かべて。

 トワにはこのお祭りで楽しみなことがあった。午後八時から行われる女王へと捧げる演奏会だ。そこには兄が楽団の一人として演奏する。それには自分も両親ももう一人の兄も家族全員で聞きに行くのだ。大好きな兄の演奏が女王様に聞いてもらえる。自分が演奏する訳ではなくとも本当に嬉しい。きっとそれは隣にいる父も同じだろう。

 それなのに。

 

「さ、もうすぐで花火だ。……よいしょっと。空、見ててごらん」

 父がトワを抱え上げる。いつもなら自分はもうそんな年齢じゃない、もう八つになるのと声をあげただろうが今はそんな気分ではなかった。心が騒つく。何か落ち着かない。楽しいはずのお祭りがひどく怖い。あと二時間もしたら楽しみな兄の演奏もあるのに。理由の分からない恐怖から逃れたくて父の服を強く握った。

「お父さん、どこにも行かないよね」

「一緒だよ。僕がトワを迷子にさせたらお母さんに怒られるから」

 ちょっと違うけどとは言わなかった。父が頬を寄せてくる。恥ずかしいけれど今はそれがとても安心できた。

 

「僕はトワの傍にいる。どこにいても、どんな姿になっても」

 

 かちり。

 針が天と地の両方を真っ直ぐ指す瞬間。

 彼女が見たのは最愛の父の優しい笑顔だった。

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