「……は?」
誰の声だっただろう。
「なあ、コロニーから逃げるんだからもう抜刀禁止なんて無視していいだろ。こんな状況でルール守ってたらそのうち死ぬ——」
「違うんだ」
ランツの言葉を遮った。
トワが
「ボクは生まれつき
アイオニオンにおいて、己の武器を取り出せないのであれば兵士として話にならない。
そういった兵士に備えて一応の救済措置はある。訓練において別途武器を渡し、一期の内は戦闘訓練を行わせその後採集科や調理科といった戦闘が少ない科へ配属される。戦闘訓練と他の適性によっては戦場に立たされ、前線で戦わざるを得なかった者もいたとかいなかったとか。
しかしトワはそれすらもままならなかった。そもそも全てにおいて基本となる戦闘にあまりにも向いていなかった。戦闘の適性が壊滅的だった代償か、逆にずば抜けた適性を持っていたのがおくりびとだった。
トワにとっておくりができなくなること、演奏の腕前が低くなっておくりびとを降ろされることは冗談でも何でもなく死を意味する。仕事が無くなる、役立たずになる。そんな兵士を大切に生かしておく程ケヴェスに余裕はない。さっさと殺されるのが目に見えている。
「つまり君はこれからの戦闘において力になれない、ということだな」
「タイオン!」
セナはそこまで言わなくてもと咎める声を上げるが、タイオンの言葉は全くもって正しい。だからこそトワは今まで戦闘のできない自分自身は役立たずであると言い聞かせてきた。境遇に甘えるな、と。役立たずは役立たずなりに足掻き続けなくてはいけない。他の兵士たちは戦って生き抜いているのだから。
「みんながボクを足手纏いと思うなら、置いていってもいいよ」
「もし置いてかれたらどうするんだ」
ノアがトワを見つめる。青い瞳は真っ直ぐ揺らがない。
そんなの決まっている。生きていく術などない。
「……コロニーに戻って、撃たれて、死ぬかな」
もう、それしかないから。
「ねえ、貴方はどうしたい?」
ミオが問いかけてくる。表情は固くて彼女の考えは読みにくい。読みにくいが本心を言えと、それだけははっきりと目から伝わってくる。その後肯定と否定のどちらが待っているかまでは分からない。
「ボクは……」
生きたいか。男の言葉が浮かぶ。
当たり前じゃないか。生きていたいから戦っている。敵軍の命を狩って、奪い取ってまでそうしている。死にたいのなら疾うにやっている。生き残るよりも命を落とす方が簡単な世界だ。こんな世界でそれでも足掻いて苦しんでもこうしている理由なんて。
「死にたく、ない。生きていたい」
大粒の涙が頬を流れていく。コロニーに戻って撃たれて死ぬと言ったが、そんなの怖いに決まっている。今この世界で生きている人間のほとんどは生きたいからそうしている。
戦えないトワだって同じだ。
ミオが表情を緩めた。
「なら、それでいいんじゃないかな。私たちと同じだよ」
トワの戦いの場が演奏の舞台だっただけ。今の今までずっとおくりをすることが戦いだった。生への執着は他の兵士と変わらない。
「それに何にも役に立たないなんて、そんなこと絶対にない」
呟いたミオの瞳が微かに揺れた。彼女の背負ってきた悲しみの中に、トワと何か重なるものがあったのかもしれない。
いつの間にやらユーニがコンテナを漁り出していた。着替える物を探している。見ればウロボロス・ストーンと一緒に男が運んでいたのだろう物資が多く残されていた。残されたものは有効活用しよう、ということで各々がコンテナを漁り出す。リクとマナナは食料が沢山あると羽を使って掻き集めているし、タイオンは情報が得られるものがないかと見回っている。
トワも同じく何かないかと探すうちに、男が粒子となり消えてしまった地点に一つ認識票が落ちていることに気がついた。
「ねえみんな、これ」
拾い上げ、皆に駆け寄って認識票を差し出す。
「『ゲルニカ・ヴァンダム』……。あの男の、名前か?」
「多分。……良かったね、名前は知れた」
男の、ゲルニカの残したモノが託した想いだけなのはあまりにも悲しかった。生きた証の一つとして名前だけでも覚えていれば、きっとその存在は完全に消えたりしない。
「お、服あったぜ〜」
ユーニが服の入ったコンテナを探し当てた。コンテナの二つほどに詰め込まれており、着古されてはいるが丈夫そうで着るには全く問題なさそうだ。
「アタシこれ〜」
「私は、これ! ミオちゃんは?」
「私はこっちと……、あとこれかな。白いの好きだから」
「ボクはどうしようかな……」
軍服と成人の儀の服以外の服などまともに着たことなかった。トワに限らず兵士たちは皆そうだろう。着やすいか、好みの色かくらいしか基準はない。
トワはトワなりの基準で探していく。ケヴェスのおくりびとであること自体に誇りはあるからそれは失わないように。そしてずっと共にいるおくりの笛にも近づくように。
ケヴェスらしくインナーとズボンは黒っぽく。動きやすさを考慮すると真っ黒な物はなかったので深い紺を選択した。上着は笛と同じ赤い物を。胴体部分だけのものがあったので、肩からは紺のインナーが見える形になる。フード付きである点が少し気に入ったかもしれない。パワーアシストは無いと力が不足してしまう為茶色のベルトを利用し腰に斜めにかけて装着。靴はインナーと同じ色を基調に、底は赤い丈夫なゴムで作られており悪くない。更にそれぞれ両足に小型のアシストを一つずつ装着する。
「トワちゃん、雰囲気変わったね! でも似合ってる!」
セナが屈託のない笑顔でトワの選択を褒める。ユーニもミオも笑顔で頷いてくれた。少し照れもするが素直に嬉しかった。
「『神奏の』って言われてるからもっと落ち着いた服を選ぶのかなって勝手に思ってたけど……。うん、アクティブなのも素敵」
「ありがとうございます。お二人もその服、似合ってます」
「いいよ、そんなに固くならなくて。貴方はあのゲルニカって人と頑張ってくれてたし、何より演奏がとても優しかった。これからシティーを目指すんだからもう少し肩の力抜いて、ね。セナもいいかな?」
「私はミオちゃんが良いならそれで大丈夫!」
今朝まで敵だったのにそう言ってくれる。まだ完全に警戒心が解けた訳ではないだろう。それでも優しい言葉をかけてくれるのは彼女たちが強い証だ。
準備をしていたらあっという間に陽が落ちてしまった。ここを発つのは明日の朝だ。
各々が持っていた携帯食を今日の夕飯とし、就寝まで好きなように過ごしている。ランツとセナは各個人で筋トレに励み、タイオンは茶を啜りつつ地図から地形情報の確認をしている。リクとマナナは既に仲良くなったようで会話に花を咲かせているようだ。ユーニは寝袋に寝転がり眠りはしないもののゆっくりと過ごしている。ノアとミオは二人でまだ何か気持ちの整理をしようとしていた。その中でミオは日記を記している。成人までちょうど三ヶ月の彼女は、残りの時間をどう過ごすかをどうしても考えてしまうのだ。
トワは今度こそ練習が出来ると笛を取り出す。ここら一帯なら音で敵に見つからないだろうし、ただ黙って座っているのも耐えられなかった。
立ち上がって笛を構える。これまでもこれからも変わらない。自分にできるのはこれだけだ。だから演奏で何かを見つけたい。ゲルニカが
すぅと息を吸い、音を鳴らそうとした瞬間。
「あの〜……トワちゃん」
セナが申し訳なさそうに手を挙げた。
途端にざあっとトワの血の気が引く。やはり勝手な行動すぎただろうか、夜に吹くのは配慮が足りないと言われるだろうか、横になっているユーニの邪魔になると注意されるだろうか。自分の至らない点が一気に脳内を埋め尽くしていく。共にいるのを許されたからと言って、あまりにも気を抜きすぎた行動だったかもしれない。
「もしかして迷惑だったかな、ごめんっ、ごめんね」
「違う、違うの! あのね、私、トワちゃんのおくりの旋律の演奏聴いてみたくって……」
「……ボクの?」
「ミオちゃんが凄いおくりびとだって言ってたから、どんな音かな〜って。あ、もしかして今からそれだった?」
「いや、ケヴェスの普通ので練習しようとしてたけど……」
「お、アタシも聞きたい。何だかんだきちんと聞いたことないしな。ノアも聞いてみたくないか? 同じおくりびととして勉強になるかもしれないじゃん」
「ああ。俺はまだ自分の音を探しきれてないから是非とも参考にしたいな」
「私も。貴方の旋律聞いてみたい」
「ランツも聞きたいだろ〜」
「なんで俺にも聞くんだよ! そりゃ聞けんなら聞くけど」
「聞きたいんじゃねえか」
セナに留まらず続々と集まってきた。タイオンに文句を言われないかと視線を向けたが、彼は目を閉じて軽く首を縦に振った。演奏くらいは問題ないらしい。
「じゃあ、ボクが成人の儀に演奏してるのを……」
姿勢を正す。足を揃える。
誰かをおくるのではなく、今を生きる人の為だけに音を奏でるのは初めてだ。
演奏に込める想いが違う。成人の儀では成人を迎えた兵士への祝福と尊敬の想いを。戦場でのおくりは命を落とした兵士への悲しみや哀れみ、生き残った者への労い。
今はどれとも違う。きっとこれは彼らへの感謝だ。自分を旅に同行させてくれる彼らへの。
瞼を閉じて、息を吹き込む。
ケヴェスにもアグヌスの教本にも存在しないトワだけが奏でる旋律。おくりびとによって多少の旋律の工夫はあれど、トワの旋律はどこにも似たものが存在しない。
時折トワが見る夢。果てのない青空とどこまでも続く草原の世界。
そこには一本の剣が突き立っている。空と草原の世界には似つかわしくない程に鮮やかな赤の身体と、発光する水色のエーテルラインが描かれている。更には中央に穴が空いている不思議な形の剣だ。アイオニオンに存在しないであろうその景色は何故か酷く懐かしさを感じさせる。知らないのに知っている、そんな感覚。
おくった魂がそんな世界へと行き着くことを願って生まれた旋律だ。ここでならきっと戦争で傷ついた魂たちも穏やかに眠れる。
青空がゆっくりと夕陽の赤に染まっていく。赤から紫へ、紫から夜の黒へ。夜には剣のエーテルラインが特に際立つ。光るそれは剣の血液のように流れていて、その流れを見ているだけで夜を越せそうな魅力があった。そして夜は再び開けて朝が来る。
そんな景色が聴いてる人にも届くように。
演奏が終わり静寂が訪れる。
ぱちぱち、拍手の音で目を開いた。ミオの拍手に続きそれがセナたちにも広がっていく。
「うん、本当に素敵だった。聴いててこんなに気持ちが穏やかになるのなんて初めてかも。それにあの『神奏のトワ』の演奏聞けて嬉しかったな、セナはどうだった?」
「私も! ほんと〜に綺麗な音だったよ! ありがとうトワちゃん!」
アグヌスの人に嬉しいことを言われた。否もうケヴェスもアグヌスも関係ない。運命共同体となった彼らにそう言われることが幸せなのだ。
焚き火を消し眠りにつく。
あんな経験をしてしまったから、目が冴えて寝付くのに時間がかかるかと思ったが疲労には抗えなかった。横になって目を閉じれば、引きずり込まれるように眠りへと落ちていった。
トワは夢を見た。あの光景、演奏で思い浮かべる世界。
——久しぶり、だな。
この光景を夢に見るのはいつぶりだろうか。この夢を見るときは決まって何か大きな事が起こる時だ。今回はきっとシティーを目指す旅が始まるからだろう。
果てのない空とどこまでも続く草原。そこに突き立つ赤い剣。
「……やあ。久しぶりだね」
そして、そこにいつも
長い金の髪と遠い空のような青の瞳を持つ男の人。赤いマントは右肩を隠すように風を受けて揺らめいている。隠しているのはきっと彼の右腕だ。トワは彼が何故そんな姿なのかはもちろん知らないが、彼の右腕はどう見ても機械で出来ていた。左腕は生身だからランツのように生まれつきそうだった訳では無いだろう。
「そうか、シティーを目指すんだね。うん、きっと大丈夫だよ。服も……不思議だな。これも因果なのかな」
何も言っていないのに此方の状況を把握している。夢だから当然か、トワ自身の脳で構築されたものだから。
「君は幸運だ。君の選択を尊重してくれる仲間がいて、君はその幸運を掴み取れた。そしてその仲間は前に進んで変わろうとしている。あとは君の意志でどうとでもなる」
トワは彼のことを夢でしか知らない。それなのにずっと昔に、十年も生きられないはずなのにそれよりも前から彼を知っている気がする。それは夢だからと軽率に結論づけても本当に良いのだろうか。
「君が強い意志で動けば必ず笛は応えてくれる。それは因果の外へと繋がる物だから」
彼が微笑む。
「さあ、行っておいで。君にしかできないこと、君だからできること。必ず見つかるから」
——僕にはそれが視える。