神笛と永遠と   作:坂野

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2話
2-1


 真っ白な雲が空の一割ほどを占めているが、気持ちの良い青空が視界に飛び込んでくる。天気も旅の始まりを祝福してくれていると考えるのは行き過ぎだろうか。

 この旅路がどんな結末を迎えるかは予想など出来ない。出来ないからこそ良い方向へと向かうよう願い、何事も吉兆だと受け止める心意気でいたい。

 

 まずはミリク平原を目指す。

 グラ・フラバ低地から隠者の抜け道へと入る。洞窟の中はヴァンプが多く、少しの足音でこちらに勘付かれては叩き落とすの繰り返しだ。時たまリィブラの縄張りに入ってしまい地中から現れて来た奴に応戦と、なかなかに騒がしい。

 六人での戦いとなってもそこに六人全員でのチームワークなどまだまだ生まれない。更にはランツやタイオンが悪態や嫌味を吐きながらで雰囲気も到底良いとは言えない。

 トワは基本的にユーニの後ろに隠れている。昨日までの作戦と同じだ。足元にはリクとマナナもいる。リクは積極的に戦ってはいないし、マナナはそもそも戦闘ほとんどしていなかったようだ。一応己が身を守る術は心得ているようだが本当にそれだけ。

 暫く進んでいくと段々と明るくなり、岩肌だった道も草が増えてくる。フライアが現れる頃には青空も見えるようになり自然と気分が軽くなる。

 

 そうしてキマリスの高台から眼下に広がるのはミリク平原だ。

 遠くにはペンテラス地方に存在するインヴィディア山脈が(そび)え立っている。かなりの距離なのにここからでも分かるほどの巨大さだ。右に目をやれば高いところに橋に似た不思議な地形が見える。

「みんな、一ついいか」

 景色に圧倒されているとノアがとある提案をしてきた。この先、ケヴェスとアグヌスのどちらと出会っても兵士を殺さないようにしたいのだと。相手は此方を敵として全力で殺しにかかってくるから、正直なところ難しいだろう。それでももう命を奪う必要はないからどうか、と。

 難しい顔をした者も少なくないが、結果的にその提案は通った。可能なら戦闘自体も避けるように努力する事も付け加えておく。

「お……? 何か見えるぞ、ってあれ鉄巨神じゃねえか!?」

 ランツが少し遠くに何かを見つけ驚く。

「いや、あれは既に朽ち果てた物だ。ここからだと見辛いが破棄されて数十年は経っている。恐らく前世代の鉄巨神だろうな」

 だがタイオンがすぐに危険性はないと判断した。目標としてちょうど良い為一先(ひとま)ずそこを目指す。

 

 坂を下ってビリエラ丘陵へ。鉄巨神へは小川を乗り越える必要があるのだが——。

「げ、なんかでっけぇの歩いてるぞ」

 川の北側から凄まじい大きさのゴゴールがゆっくりと歩いてくる。鉄巨神程ではないにしろ、その半分はあろうかという高さだ。一定区間を行き来しているようで、恐らくその範囲が奴の縄張りだろう。

「あれは『覇道のギガンテス』だね」

 トワが瞳を起動して告げる。

「あれのせいでミリク平原にはコロニー展開がずっとされてないんだ。討伐するにも白銀クラスを連れてこないといけないから、展開しない方が楽なんだって」

「トワ、よく知ってるな」

「うん。ノアたちみたいに戦えないから、せめてと思って前から地図とかモンスターの情報はずっと集めてたんだ。でも地形情報ならタイオンの方が詳しいんじゃ……」

「いや、僕はあくまでも作戦立案に利用する地形の情報が基本だ。あとはそれに関わるものばかりで、モンスターの種や細かい情報はムラがある」

「そっか、じゃあみんなの瞳にボクの集めたデータを共有するよ」

「いいのか……、いや純粋に助かる。感謝するよ」

「ふふ、良かった」

 成人の儀の用意として多くのコロニーを飛び回ってきた為、アイオニオンでのかなりの情報を記録してある。自分がおくりびとを辞めさせられた時に生き延びる手段として用意を始めたものだった。万が一の時には情報を提供して作戦の立案に関わったりなどと考えていたが、まさかこのタイミングで使うことになろうとは思ってもみなかった。こんな膨大な情報は昨日までならアグヌス兵に渡すなんてあってはならないことだったろう。

 それがケヴェス軍の為ではなく、共に歩く"彼ら"の為に使われる。不思議と軍に渡すよりも嬉しい気がした。

「どれどれ……。おお、すげぇ! モンスターの名前に二つ名付きには目印までついてんじゃん!」

「本当だ! モンスターを見たらその情報も一緒に分かるようになってる!」

 ユーニとセナが感嘆と共に叫んだ。仲間に喜んでもらえた時の気持ちは空が晴れ渡る時と似ている気がした。どんなに小さいことだろうと。

 

 ギガンテスの周回パターンを把握し、奴が背を向けたタイミングで急ぎルカの曲洲を抜けて小川を渡る。北側にはガムトの道標があり目印としては優秀だが、今はそちらに向かうとイザナ平原へと出てしまうのでうっかり釣られてはいけない。

 

 小川を越えてしまえば朽ちた鉄巨神はあっという間だ。

 朽ちてこそいるがエネルギー源さえあれば動く。持ち合わせていたシリンダーで起動させると、どこにいたのか商会のノポンが四匹やってきた。

「ノポンがたくさん……!」

「トワちゃん、どうしたの? ありゃ?」

 セナがトワの顔を覗き込むと、トワが初めて見せる表情を浮かべている。

「お客さんも? 行く先々でノポン商会をご贔屓にもッ!?」

 勢いよくノポンに飛びつきしゃがんで抱きしめる。

「コロニーには来ない商会の子だよね! 初めて会えたー! 外にはこんなに可愛いノポンがたくさんいるんだ! コロニー30ももふもふノポン王国だったけど、初めて見る子はどれも可愛いなぁ〜」

「も〜! 離しても〜! シルジル困っちゃうも〜!」

 トワはノポンが大好きだ。純粋にその見た目や喋り方が可愛らしいのもある。だが今まで成人の儀を執り行い、戦闘すらしない特別なおくりびととして扱われてきた彼女に対してやはり近寄る兵士は多くなかった。特別扱いされているから失礼なことは出来ないと、人としての好みとは関係のない一線を引かれて距離を強引に作られてきた。

 そんな彼女に何の壁もなく近づき、仲良く接してくれたのはノポンたちだった。キャッスルにいるノポン、行く先々のコロニーに所属するノポン問わず遠慮なく内側に踏み込んできてくれた。そんな経験の中で自然とノポンたちを好きになっていた。

「もふもふ……可愛い、気持ちいい」

「もも〜。シルジルも何かふわふわされて気持ちよくなってきたも」

 一番好きなのはもふもふなところだが。

 

「なんか安心しちゃった。貴方もそうやって笑えるんだね」

 ミオがトワの左にしゃがみ込んだ。

「ミオさん……?」

「時折思い詰めた表情してたから。戦えないって言ってから、もしかしたら私たちよりもずっと不自由を強いられてたのかもって。好きなものとか趣味とか、それすらも無いのかなって不安だったの。自己紹介の時も言わなかったでしょ、だから……」

 つん、とトワの鼻の奥が染みる。ミオは既に生まれてしまった一線に触れて、その内側に入ろうとしている。慎重に、彼女も恐る恐るトワの反応を確かめながら。

 上辺だけじゃない。ただ誰にでも優しいそれでもない。ケヴェスという壁、特別な扱いという壁を取り払おうとしてくれている。

「そうだよね。貴方も私たちと同じ"人"だもんね、好きも嫌いもあって当たり前だね」

 ミオが左手でトワの涙を柔らかく拭う。

"君は幸運だ"

 夢の中の彼の言葉を思い出した。

 

 

「も〜……シルジル挟んでいい雰囲気になってるも〜」

「すまない。よいしょっと」

 ノアがトワの腕からノポン商会のシルジルをそっと取り上げた。

「お兄さん助かったも、ありがとも。ついでに何か買うも? 買ってっても、買うも」

「え、あー、そうだな。とりあえずみんな、装備品の類でも見ておこうか」

「さんせー、アタシなんかエーテル防御の欲しい」

「俺は物理寄りで」

「ミオちゃんとトワちゃんは……」

「今はそのままにしておくんだ、出発する時に呼べばいい。シルジル、情報の類は取り扱っていないのか? 僕は装備よりもそちらが気になる」

「リクは整備用のパーツも」

「マナナはお料理の材料を仕入れたいデスもー!」

 トワとミオをそのままに他の面々はノポン商会と取引を進めているのだった。

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