神笛と永遠と   作:坂野

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 ノポン商会から幾つかの装備品、パーツや食材を買う。ついでだと一休みした後に一向は再び出発する。

 

 ミリク峡谷道を進むうちにフォーニス地方へと突入する。地図が示す地名はミリク峡谷道からラーダ峡谷道へ。景色も緑の豊かな草原から徐々に茶色の砂と岩場へ色相が変化していく。

 ここに生息しているのはホッグス、タオースといった縄張り意識が強いものや群れで生活するものが多い。夜になればヴォルフも活発になる為、この先は気を抜けばモンスターとの戦闘も増すだろう。

 

 ラーダ峡谷道の終わりに行き当たったところで、タイオンがこの先のルートを二つ提示してきた。

 一つは西に進み風鳴りの洞門を通る道、もう一つはメノの大洞門を通る道だ。

 西ルートは道のりは短いもののスピカル等のかなり獰猛なモンスターの生息地である上に、アグヌス軍コロニーイオタの支配域である。東ルートはモンスターは大した強さではないが、西に比べて砂地が多く進むのにかなり時間がかかり、気温もアイオニオンで最も高い地域である点だ。

 危険を冒しつつも効率を取るか、時間をかけても安全を選ぶか。それぞれの考えや複雑な思いはあるが、多数決を取った結果、西派はセナとタイオンの二人だけの為東ルートが選択された。

 モンスター同士の争いも多いがそれには関わらず足を進める。メノの大洞門を抜けると眼前に広がるのはイーグス荒野のピエントの窪地だ。窪地からさらに東にはダナ砂漠が広がっているが、そちらはルート上に位置していない。

 窪地から真っ直ぐ進めるのなら早いのだが、高低差があり梯子の類がなければ登るのはまず無理だ。すぐ西の掌中の長城側から回り込むしか無い。

 

 直線で進んだ場合の二倍以上はかかる距離を歩き、気温もかなり上がってきた。

「暑い〜、もう無理……」

「ミオちゃん頑張って……!」

 暑さにも熱い物にも特段弱いミオは上着を脱いでもまだ暑がっており、セナに肩を貸してもらいながらやっと歩いている状態だ。彼女の頭の上にある特徴的な耳が垂れているのが後ろからでもよく分かる。どうもミオの耳の動きは感情と連動しているらしい。

「確かにタイオンが西ルートを勧めたかった訳だ……」

「そういう事だ。トワが西を選んでも結論はひっくり返らないが、ミオを見ているとだから言ったのにとしか……」

「あはは……。でもボクも流石に暑いなぁ〜、そろそろレセント湖だしなんとか頑張らないと」

 そう言いながらトワもまた上着を脱ぎ左腕に抱える。気休めに右手を団扇代わりにして煽いでみるも、ぬるい風が顔に当たるだけだった。

 ラシンの大皿は東側のダナ砂漠からの風が吹き込むせいで、完全な砂漠地帯で無いがかなりの暑さだ。ミオに限らず全員汗ばんでいるのは事実である。暑いものは誰だって暑い。

「タイオン、暑くないの?」

 彼は橙色の長いマフラーを巻いている。ミリク平原のように涼しい場所ならまだしも、こんな空気が揺らめく程の暑さなら脱げば良いのにと思うのはトワだけではないはずだ。

「暑いには暑いが僕はミオほど弱くはないからな。それに首回りはさすがに緩めている。それで事足りるんだ」

「弱くないっていうかかなり強い部類だと思う……。でもいきなり倒れられたらやっぱり困るよ、水は飲もう」

 水筒を取り出しタイオンの口の前に差し出した。トワにしてはそこそこ強引な行動にタイオンも少し困惑する。

「タイオン言ったよね、ボクは戦闘において力になれないって。だから少しでも役立てればなって」

「……当てつけか?」

「違う、タイオンの言った通りだからだよ。逆に戦闘において作戦を立てる君は大きな力だ。……戦術士なら分かってるだろ、このメンバーにおいて一番命の優先度合いが低いのはトワ(ボク)だ」

 タイオンが目を眇めた。トワの発言を否定しきれなかったからだ。武器(ブレイド)を出せない。そんな人間をいざという時にも助けるのか。一人を切り捨てて他の大勢の命を守る戦術など珍しくもない。それをタイオン自身が実行するかは別問題として。

 

「その時が来たら躊躇なくボクを捨てて」

 

 トワは死にたくないと泣いた。だがそれとこれは別の話だ。他の命が危険に晒され誰かを切り捨てることで解決するのであれば、自分の命は真っ先に捨てられるべきだと思っている。仲間を守る為に死ねるなど、力を持たない己が出来る最大限の恩返しだ。

「……そうならないように戦略を練るのが僕の仕事だ」

 水筒を受け取ったタイオンが溜め息を吐く。

「優しいね。君も」

 

 

「あ! ミオちゃん、水! 湖だよ!」

「水……? 水!」

 水の単語に反応しミオの耳がピンと元気良く立ち上がった。がばりと顔を上げて途端に駆け出していくミオをセナが慌てて追いかけていく。人とは希望が湧くと活力が何故か戻ってくるのである。逆もまた然りだが。

 レセント湖は崖の下に位置し、日差しからも隠れられる為かなり涼しい場所だ。何だかんだ暑さに限界を迎えていたのは何もミオだけではなく、他の面々も次々と湖へと飛び込んでいく。ノアもタイオンと少し話した後に上着を脱いで飛び込んでいた。冷静そうな彼もそんな面があるのだなぁ、とトワはひっそり笑っていた。

 トワはタイオンの右隣に腰を下ろし湖で泳ぐ皆を眺めている。水に飛び込まずともこのままで十分涼しい。

 

 涼んでいたらすっかり夕方だ。そろそろ夕飯の準備に取り掛かる。食事の用意と聞いたマナナが大張り切りだ。ミオたちがコロニーガンマにいた時から料理を担い、戦場でもマナナの美味しい料理は兵士たちの支えになっていた。

「一つ欲しい材料があるんデスも。デザートにぴったりだから皆さんに探してきてほしいデスも!」

 探すのはルージュパインだ。見つかりやすい場所はここから少し南にあるリコの泉だが、そこはアングの縄張りで戦闘は避けられない。

「ボクはマナナのお手伝いしててもいいかな。味付けと盛り付けはマナナに任せるから、他の調理で手伝えるところは指示通りにやるよ」

 ノアたちはルージュパインを探しに、トワは残ってマナナと食事の準備を進めることに。

 作るのはマナナのお手製野戦スープ。材料はキラボシダイコン、コメットキャロット、バニットの肉と素材は至って普通の物だ。

「トワさん、包丁とか調理器具の扱いは知ってますも?」

「調理科の内容は教本で読んだんだ。でも実際に握るのは初めてだから、一応マナナにチェックをお願いしたいな」

「お任せデスも! そうそう、峰に人差し指を当てて左手はとにかく切らないのを第一に……」

 トワの事前知識とマナナの指導が良く、少し教わればすぐに基本的な動きは問題ないレベルに達した。火の番も「見ておいて」に対してただ黙って見つめている訳ではなく、逐一マナナの確認と指示を仰いだ。

「トワさん、お料理結構向いてるかもしれないデスも」

 マナナがスープの味見をしながら言う。

「お料理というか、トワさんは色々とお勉強してきたって言ってましたも?」

「単に戦い以外で何かしないと怖かったからね。でもどれも専門の人にはやっぱり敵わないよ、結局何にも出来ないままで来ちゃったなぁ」

「違いますも! マナナには分かりますも、トワさんは磨けば光りますも。何にも出来ないんじゃなくて何でも挑戦してきたんデスも。それってすごーい努力デスも!」

 採集科にしろ調理科にしろ一期のうちは必ず戦闘訓練を行う。戦うのが苦手な兵士の割合はそれなりにいるが、トワから見れば武器(ブレイド)が出せている時点で既に立っている土俵が違う。それに苦手だと言いつつも基本はこなせるのだし、自分よりは遥かに戦える力を持った他の兵士を羨ましく思った事は数えきれない。

 この世界で戦えぬのなら価値がないと捨てられてしまう。他の事は出来たかもしれないのに、戦いが出来なかった一点で己の価値が消える。

 でも視点を変えれば常識はひっくり返る。自分が否定してきたことが別の人には肯定される。

 もしもこの世界そのものをひっくり返せたのなら、戦うことが当たり前じゃない世界になれたのなら。戦いで苦しむ人はいなくなるかもしれない。仲間を失って悲しまなくて済むかもしれない。

 武器(ブレイド)を出せず戦いもまともに出来なかった自分が、戦い以外の道を明確に示すことが出来れば。武器(ブレイド)を出せない事を最初から隠さなくても良い世界になれば。

 トワが新たな道を切り開ければ他の人も、自分だって救われるのかもしれない。

 

「はは……、なんだかボク、泣いてばっかりだ」

 コロニー9に来て、ノアたちと出会ってからの短い間に何度涙を零したことか。彼等に出会うまでは泣くのも甘えだと我慢してきたのに。

「あー! 涙零したら駄目デスも! 体液落ちたら衛生面としてアウトデスも!! 手じゃなくて腕で拭いてくださいも!!」

 人から自分の不手際を指摘されるのがあんなに恐ろしかった筈なのに。自分の無能さを責められているようで、胃から中身も感情も迫り上がってきて零れそうな感覚が苦しかったのに。

 どうしてか今はマナナの注意がこんなに嬉しい。

 

「おーい、ルージュパイン拾ってきたぞー」

 ランツの声がする。あちらも無事に終わったようだ。

「よ〜し、トワさんはルージュパインを切ってくださいも。マナナの言う通りに切ればパインの外側が器になって見た目も楽しくなりますも!」

「……うん。ありがとう、マナナ」

「どういたしましてデスも!」

 自分にできる事は増やしていけば良い。役に立てる別の道を彼らと一緒に作っていけば良いのだ。

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