神笛と永遠と   作:坂野

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 マナナの野戦スープで腹を満たし、精神的にも少し余裕が出来たのかその日は皆静かな眠りへつけた。翌朝の寝起きも良く、朝食を掻き込んだ後にセレント湖を離れる。

 体力自慢のランツとセナは先頭を切り、道の確認と指示はタイオンがその後ろで出している。そのすぐ後ろにはリクとマナナがついていく。とてとてと足音が聞こえてきそうだ。ユーニはタイオンの隣でとりあえずと言った具合に黙々と歩いている。殿(しんがり)はノア、ミオ、トワの順で横一列になっている。別に会話が弾まなくとも気にはならないが、ミオがそういえばと口を開く。

ノア(きみ)武器(ブレイド)、変わってるよね」

「え?」

 ノアの武器のデザインは黒を基調とするケヴェスには珍しく、赤い身と水色のエーテルの刃で出来た剣だ。しかしミオが指摘したのはデザインではなくその様子だった。

「時たまきらきら光ってるでしょ、あれって何?」

「きらきらはボク気づかなかったけど少し振動してる、よね。別に武器同士のぶつかり合いしてなくても、多分」

「そうそう、黙って構えててもちょっと揺れてるんだよね。何か理由があるの?」

「あー……」

 ノアが困り顔になりながら右手で頭を掻く。

「言えないこと?」

「いや、そんなことはないよ」

 

 それからノアは語り出した。まだコロニー14所属、訓練兵だった時の話。武器(ブレイド)を出せないフリをしていたこと、武器を振るうことへの恐怖、人を傷つけて殺す事への言いようのない不安。だがそれをリクは「武器を取らないのは味方に死ねと言っていると同義だ」とばっさり切り捨てた。武器を振るうのは敵を殺すのに限らない。守る為に振るう武器でもある。

 その時に貰った剣、名を「魔剣ラッキーセブン」。業物と言われるだけある、あまりにも鋭すぎるその切れ味は鉄巨神の装甲でさえ紙切れ同然らしい。

 リク曰く、武器(ブレイド)の恐怖を知るノアだからこそ託す価値がある。使う時までノア自身の武器(ブレイド)で鞘のように覆っておけば良い。使わなければそれもそれで良し。

 ついでに魔剣ラッキーセブンの名前が微妙なら自分で考えとけ、と。

 

「と、まあこんな感じかな」

「……なんか、ボクと似てる」

「貴方もリクから武器を? いや、でもそれなら使ってるよね」

「ボクは(これ)

 取り出したのはトワのおくりの笛。

「良かったら、貴方もその話聞かせてくれると嬉しいな。君も聞いてみたくない?」

「トワが問題ないなら」

「さすがにノアにだけ話させるのは申し訳ないからね、いいよ」

 

 トワは一期のかなり初期に戦闘訓練を早々に諦められ、おくりびとへの道を歩み出した。すぐに才能を開花させ成人の儀の奏者として演奏をしていた。

 どんなに早くても成人の儀の奏者に選ばれるのは五期や六期で、身体が成長した者ばかりの中では彼女の姿は嫌でも目立った。贔屓だとか何か媚を売ったのではなど悪い噂が本人の耳に入ってくるのも遅くはなかった。だからこそ必死に練習を重ね、せめて演奏の腕前だけで黙らせられるように努めていた。

 それでも壁は訪れてしまうものだ。

 二期に入る頃には演奏に文句をつけるものは目立たなくなる。またトワに演奏の基本を教え、共に成人の儀で演奏していた師とも呼べるおくりびとの様々な配慮もあった。武器(ブレイド)を出せないのではなく、抜刀の許可が貰えないことにしようと提案してくれたのも彼だ。必ず素晴らしいおくりびとになると信じ、潰れることがないようにと可能な限り彼女に向けられる悪意を防いでいてくれた。

 確かに有り難かったし嬉しかった。だがそれはそれでトワにとっては、期待に応えねばと負担にもなっていた。

 自分の旋律を見つけたい。教本にはない音を見つけなければいずれ儀の担当を下ろされかねない、優しくしてくれた彼にも申し訳が立たない。

 

 そんな時にキャッスルにたまたま訪れていたリクと出会う。

 ノアたちが訓練していたコロニー14とキャッスルは距離が近く、リクは時折キャッスルで何かと物資を調達していたようだ。

 昼食を摂ろうと居住区内の踊るノポン亭に向かっていた時にうっかりぶつかってしまったのがリクだった。謝るトワに対してリクは彼女をじぃっと見つめたかと思うと、いきなり言い放ってきたのだ。

やっぱり(・・・・)武器(ブレイド)出せないも?」

 呼吸を忘れた。

 なんで。見ただけでどうして。何か目印でもあるのだろうか。じゃあ他の人にも全部筒抜けなのでは。隠しているのもバレていて、陰からずっと笑われているに違いない。戦えないからおくりをしているのは甘えだ。バレているなら逃げなければ。どこへ。逃げてどうするのだ。ケヴェスが駄目ならアグヌス? 馬鹿な事を。アグヌス兵に見つかった瞬間に殺される。抜刀が出来ない自分はどこへ逃げても野垂れ死ぬ。モンスターを狩って食い繋げもしない。ああ、どうせなら大海の渦に飛び込んで引き裂かれて。そうだ、もう死ぬしか、残ってない。

「ひ……、い、はっ、あ」

 呼吸が上手くできない。あ、もういっそこのまま窒息して。

「……言い方が悪かったも、思いの外深刻だったも。深呼吸するも。……名前、教えても」

「へ、え、あ……トワ……」

「ん。なら、これ渡しておくも」

 それが今の笛だ。真っ赤な身と水色のラインが唄口と指穴を縁取るように彩り走る笛。

「おくりをしてる時何を考えてるも。自分のことも?」

「ち、がう! それは、それは絶対に違う!」

 儀において演奏している時は自分の身など考えていなかった。ただ十年を生き抜いた兵士たちを純粋に尊敬し、戦いから解放されて安らかなところへ辿り着けるようにと祈りの気持ちで音を奏でている。

「じゃあ大丈夫も。おくりのこと考えてたら、他人の目なんてどうでも良くなるも」

 全てにおいて、とまでは言わない。生きたい欲求は誰にだってあるのだから。ならばおくりびととしては他人の事を考えるようにすればいい。おくりびととしての責も果たさねばならないのだから、どうせその内そうなっていく。

「トワがおくった命がどんな場所にいてほしいかでも考えるも。トワの考える命の行き先、ラクエンって奴も? ま、よーく考えてみるも。いつかトワにしか出来ない事に繋がっていくはずも。

 あとその笛は特別も、大事にするも。でも名前ないから適当にトワがつけといても〜」

 内容の半分も理解できずに座り込むトワを放置して、そのままリクは去っていった。

 

 特別と言われたから音が良いのかと思ったが、別にそんなことはなかった。出てくる音は他の笛と何にも変わりはない。何が特別なのかは実は今でもよく分かっていない。その後何度かリクと再会する度に聞いてみたが、必ずはぐらかされたりぼかされる。一応リクの言葉は信じているからいずれ分かれば良いのだが。

 笛を渡されてすぐの夜に夢を見た。果てのない空とどこまでも広がる草原、そしてそこに突き立つ赤い剣。知らない光景なのにどこか懐かしくて、泣きたくなる程に安心できる場所だった。

 

 夢で見た不思議な場所。不思議だったけれどそんな場所に命をおくりたい。そう考えて生まれたのが今のトワの旋律だ。

 

「って感じ。まさかノアもリクから特別な物を貰ってるなんて」

「俺も驚いたよ。リクって付き合い長いけど結構底知れないんだよな……」

「不思議な偶然だね。それで二人とも名前はどうしたの?」

「へ?」

「魔剣と笛の名前」

「あ〜……」

 ノアはそっと目を逸らす。

「ふむ。考えてない、もしくは言うのが恥ずかしい?」

「あはは……まあ、ちょっと」

「ふふ、ならいつか教えてくれたら嬉しいな」

「いつか……うん。いつか、な。トワは決めたのか?」

「ボクは……」

 考えてはいた。ただこうして誰かに聞かれる事も、自ら話す事もしてこなかった。そうしていたら周囲から勝手に「神笛」とは呼ばれていたが、特にそれを正す事もしていない。でもこうして彼らと出会い何かが変わろうとしているのなら、今こそ名を声に乗せ音にして与える瞬間ではなかろうか。

 手の笛を見つめ、そして呟く。

 

「モナド」

 

「え」

 ノアの僅かな驚きは誰にも気づかれることはなかった。

「何か意味とか理由はあるの?」

 ミオにちらりと視線を移した後、すぐにまた笛を見つめてトワは続ける。

「ボクもよく分かんない。ただなんとなく、この名前をつけるのがとても自然だと思ったんだ」

「そっか。モナド……神笛(しんてき)モナド、うん、なんか私もしっくりくるな。いい名前」

「ありがとう。二人の笛も名前あったよね、良い戦績を納めたりおくりびととして貢献した人に渡される笛のはず」

 ノアの持つ笛は聖神の笛、ミオの持つ笛は祈神の笛の名を冠する。戦人、おくりびとのどちらとしても優秀な二人は持つに相応しい事など一目瞭然だ。

 だがミオは表情を曇らせた。トワは迷い、その理由を聞こうかと一瞬考えたがそれ以上踏み込むのはやめた。彼女が話したくなった時で良いじゃないか。知られたくないことなんて誰にでも沢山ある。ゆっくり、行こう。

「ミオさん、いつか貴方のこともっと知れたらいいな。だからそのいつかが来るまでボク待ってる。でも絶対聞きたいな……なんて」

 少し我儘すぎただろうか。踏み込みすぎてミオを不快にさせてしまったかもしれない。

「いいよ。約束しましょう、その時(・・・)が来たら私のこと貴方に伝えるね」

 約束、自分と相手がいて成立するもの。人との繋がりの一つだ。

 

「俺も約束の対象に入るかな……」

「君にはインタリンクの時に断片的にもう見られてる気がするもの、今更だよ。それなのに聞きたいなんて少し意地悪じゃない?」

「はは、確かに」

 笑い合うノアとミオを見ていると、トワもまた自然と笑顔になってくる。二人がこの旅の中でずっとこうしていればトワも嬉しい。輪に入る必要は必ずしもない。単純に優しい人たちの笑顔を見ていられるのなら、それでいい。

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