神笛と永遠と   作:坂野

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 ラシンの大皿をぐるりと回り、やっとニールの谷の入り口へ辿り着く。暫く進めば砂と岩だらけだった道も草木が見えるようになるはずだ。

 そこでランツとユーニが足元に何かを見つける。

「結構やばいかもな」

 付いてからまだ日の新しい足跡だ。恐らくは斥候(せっこう)の跡だが、この近くを支配域にしているコロニーは一つしかない。

「コロニー4……」

 トワの呟きにユーニが反応する。

「マジ? コロニー4ってもう少し南にいなかったか?」

「いや、本当につい最近にイーグス荒野側まで範囲を広げてきたんだ。ウロボロス・ストーン破壊任務の数日前だったはず」

 かなり直近の為、アグヌスには情報が回っていない。タイオンが苦虫を噛み潰したように眉を顰めた。

「すまない、事前情報に無くルート提案の時にデメリットとして挙げられなかった。まさかこんな所にまで……」

 

「ねえトワちゃん、コロニー4ってそんなに凄いの?」

 セナの不安げな顔に申し訳なく思うが、しっかりと首を縦に振る。

「全体的な兵士のレベルも高い上に、軍務長がケヴェスの中でも飛び抜けた実力を持ってる。『白銀のエセル』って聞いたことない?」

 その名はセナたちアグヌスにも知れ渡っていた。寧ろ名を知らぬ者の方が少ないくらいの戦人(いくさびと)だ。たった百人の兵でコロニーを三つ落とした話はあまりにも有名だ。そんな人が相手なのかとセナは肩を縮こめるが、ノアたちがまだ可能性はあると言う。

 エセルはノアたちが幼い頃に彼らを助けてくれた命の恩人だ。ノアたちを覚えている可能性があり、何より話が分かる人だ。彼女を知る人は口を揃えて強くて優しいと言う。自分たちの状況と理由を話せば分かり合えるかもしれない。

 

 僅かな地面の震え。レウニスが通るような振動。ここで多くの者は周囲を警戒し出す。徐々に強くなる、近づいてくる。身体を突き上げるような揺れの時点でもうレウニスのレベルではないと嫌でも理解する。

 音のする方を見る。土煙の中で見えた閃光と同時に飛んでくる砲撃。巨大な物が動く音か着弾の音なのか、はたまた自分たちの悲鳴なのかもう分からない。急ぎ岩陰に身を隠した。

 すぐに砲撃は止んだが、土煙の奥に見えたのは巨大な鉄巨神——コロニー4だ。また上に見えるのは二つ名と同じく白銀の軍服に身を包んだコロニー4軍務長、エセル。隣には副官らしき男もいる。

 ノアが一人で岩陰から身を出し、エセルとの対話を試みる。自分はコロニー9のノアだ、過去にはコロニー14でエセルに助けてもらったこともある。ノアの武器(ブレイド)の秘密にも気づいてくれた、洞察眼も確かにある人だ。ここまで言えば敵ではなく同じ兵士だと気づいてくれるはず。彼女なら、エセルならきっと。

 そう願ったが、それは呆気なく叩き折られる。

「生憎だが、バケモノを助けた覚えなどない!」

 再び飛んでくる砲撃。地上からは兵士とレウニスも攻撃を仕掛けてきている。その上岩陰に隠れているのに妙に的確な攻撃を撃ってくる。エセルたちには障害物を貫通してこちらの姿が全て見えているとしか考えられない。

「……一人、兵士が混ざっているな」

 エセルのその言葉に全員で顔を見合わせた。今の今までメビウスから世界が自分らの敵であり、世界もまた自分たちの全てを敵だと認識していると考えていた。

 記憶を必死に遡る。何か自分たちの中で例外はいないかと。

「トワだ」

 タイオンが気づいた。

「君は確か、ゲルニカから『完全なウロボロスではない』と言われたはずだ。それに火時計は失ったが、僕らと違って瞳にウロボロスの輪を持たない」

 つまりあの赤い瞳はウロボロスの輪を持つ者に対して効力を発揮しているのではないか。

「君を爪弾きしてる訳じゃない、むしろ今は幸運ですらある。赤い瞳に引っ掛からず、バケモノとして見られない君ならエセルを説得できるかもしれない。……頼めるか」

 そんなの決まりきっている。彼らの役に立てるのなら。

「分かった。やってみる」

「ま、待って。トワちゃん一人だったら、もしも攻撃されたら私たちと違って無防備だよ……!」

 セナの心配にはランツが答えた。

「俺とノアがすぐ出られるようにする。やばいと思ったら腕引っ張ってすぐに引っ込める。トワ、お前の命預けてくれるか」

「勿論。ボクもなんとか出来るようにするから」

 

 意を決し、コロニー4の鉄巨神の正面へと踏み出す。靴が砂を擦る音、自分の心臓と息の音がうるさい。冷や汗が地面に落ちる。土に吸い込まれて聞こえない音までも鼓膜を揺らした気がした。

「君は……」

「ケヴェスキャッスル所属、おくりびと。成人の儀奏者、トワと申します。ボクの姿が分かりますか、コロニー4軍務長"白銀のエセル"殿」

 これでトワもバケモノに見えていたら間違いなく撃たれる。ランツたちが守ってくれる確信はあるが、握りしめた拳の震えは全く止まらない。

 こちらを見定めるようにエセルの目が細められる。どうか、赤い瞳を貫通していて。

「知っているとも、私たちケヴェスの大切なおくりびと。コロニー9に行った後に行方不明との報がキャッスルから入っていた。何故、そこに」

 タイオンの予想通りだ。ノアたち六人が第一関門を超えたことにまずは喜ぶ。

「先ほどエセル殿が見た者たちはバケモノなどではありません。彼らもボクと同じ兵士です、ボクの仲間です。もう一度だけ見ていただけませんか、瞳の機能を全て切って(・・・・・)

 数秒の沈黙が流れる。まっさらな目で見れば絶対に間違わない。頼むから、消せるのであれば赤い瞳をどうにか消してほしい。

 

 エセルの眉間の皺が強くなる。その表情の揺らぎ方は迷いじゃない、あれは誰かから何かを吹き込まれた反応だ。それも悪い事を。

「君はバケモノたちに脅されているか幻覚を見せられているか……。言っては悪いが作戦で多くの仲間を失い正常な判断が出来ていない可能性がある。君の安全のためにもまずはそこのバケモノ共を排除する!」

 地上にいるレウニスが光ったのを見たランツが飛び出した。

「もうこれ以上は無理だ!!」

 彼のシールドブレードが展開され攻撃を防ぐ範囲バリアが張られた。同時にコロニー4からの攻撃が再開されてしまった。

「ランツ! ごめん、ボク……何も……っ!」

「謝んじゃねえ! 誰もお前が悪いなんて思ってねぇ! 作戦変更だ、逃げるぞ!」

 ランツがトワの右手を掴み走り出す。オディ山峡の道へ全員が逃げ込む。

「ノア! どうすんだ、兵士相手だぞ!」

「変わらないさ、誰も殺さない! 戦闘不能か気絶に追い込むだけにする!」

 地上からは兵士とレウニスが襲いかかってくる。その上空中からは鉄巨神による正確な砲撃の嵐だ。赤い瞳は想像以上に厄介らしい。

「もー! 危ないデスもー!」

「いいからマナナ走るも!」

 足の短いノポン二人はノアたちとの距離がすぐに開いてしまう。しかしノアたちは兵士を退けるために手に武器を持っているせいで抱えることができない。

「リク! マナナ! ボクの腕に!」

 武器(ブレイド)が出せないから出来ることがある。その為のトワの腕だ。右腕にリク、左腕にマナナを抱えて死に物狂いでノアたちについていく。

 エセルを説得できなかった悔しさ、仲間をバケモノと言い放たれた悲しみ、死と隣り合わせの逃亡。複数の感情がごちゃ混ぜになって視界が滲んでくる。これが自分にしか出来ないとは別に思ってない。でも今の自分にはリクとマナナを守ることが出来る。

 それだけでも充分じゃないか。

 

「あの洞窟に!」

 タイオンが指したのはベネル洞窟の入り口だ。少なくとも上からの砲撃は防げる。兵士たちとも少し距離が出てきた。逃げ切れる可能性はまだある。

 ベネル洞窟にはキャピルが多く生息している。キャピルの見た目は得意ではないトワだが今はそれどころではない。後ろからコロニー4の兵士が追いかけてくる方がずっと怖い。

「……黒い霧?」

 ノアとタイオンが洞窟内に発生している黒い霧に気がつく。通信を阻害する上に、黒い霧が発生した地点は遅かれ早かれ消滅現象が起こる可能性が高い。良いものではないが、どうやら今はそれが利点になっているらしい。

「洞窟に入ってから兵士の連携がおかしい。単独行動というか互いが見えていない感じだ」

「黒い霧は赤い瞳にも効果があるってことか?」

「恐らくは。おかげで僕たちからしたら兵士を捌きやすいが……」

 黒い霧について新たな知見を得られても、今は逃げるのが最優先だ。途中でノポン商会が何故かいて驚きの視線を向けられるが、当然構っていられない。ただ物凄く気になったから叫ぶだけ叫んだ。

「ここ黒い霧出てるから商売しない方がいいと思うよー!」

「叫んでないで走るも!」

「走ってるって!」

「速度落ちてるも!」

「ボク体力ないんだから!」

「あ! 光見えてきましたも! 出口デスも!」

 洞窟の出口は昨日休んだレセント湖の上あたりに位置する。左手に走れば逃げられそうだ。いざとなれば湖に飛び込んで、来た道を戻る手だってある。選択肢は複数あるのだ。

 

 目の前に鉄巨神さえいなければ。

 

 読まれていた、というより出口がここにしかないのだから相手からしたら絶好のチャンスだ。待ち構えていれば勝手に出てくるし、出てこないなら南側から兵士を送り込めば強引に押し出せる。詰みだ。

 

 鉄巨神からエセルが降り立つ。ダブルレイピアを構え真っ直ぐこちらを見つめる瞳には、全く隠す気のない殺意が宿っている。

「エセル! 本当に分からないのか、俺たちが!」

 それでもノアは諦めずに呼びかけている。

「そのような悍ましい姿で人語を話すとは……」

 もう彼女にはノアたちが完全に理解し合えないバケモノとしか映っていない。悍ましいとまで言い切られ、どんな姿に見えているのかとランツが舌打ちする。

「最早逃げ場はない、覚悟しろ!」

 エセルが四人の兵士を従え襲いかかってくる。

「『神奏』は傷つけるな! 周囲のバケモノのみ討伐しろ!」

 今までと違い黙っていてもトワが狙われることはない。かと言って始まってしまった戦線から離脱もできない為、自然とトワを中心とし彼女を守るようにしての戦いになる。

 エセルはノアとミオが相手をし、左はランツとセナが、右はユーニとタイオンがそれぞれあたる。

「ノア! 頼む!」

 ランツの叫びは先にエセル以外を処理したいという合図だ。ミオが一時的にエセルの注意を惹きつけ、その間にノアが残りの兵士たちの側面から崩しを叩き込む。続けてランツ、ユーニと続き一気に気絶まで持ち込んだ。

「後は私が!」

 兵士たちが目を回している所へ、セナがジャイアントスイングを盛大にお見舞いする。二人の兵士を吹き飛ばし、もう二人への兵士に激突させた。追い討ちとしてタイオンが荒鷲を喰らわせ、エセル以外は速攻で戦闘不能へと追い込めた。

 六対一。これならあの白銀のエセル相手でも対処は可能なはずだ。

 味方が倒れても動じずに周囲を見渡し状況を把握しようとするエセルに対してミオが仕掛けた。

「こっちを見て!」

 グロウサークルで強引にエセルのターゲットをミオ自身に固定する。類稀なる戦人である彼女であれば、まず真っ先に回復と支援をこなすユーニとタイオンを潰す判断を爆速で下してしまう。彼らを守る為に敵の視線を常に防御役(ディフェンダー)に向け続けさせなければならない。

「スラストエッジ!」

 ミオがエセルと向き合ってくれているのを利用し、ノアが背後から剣を突き出した。

「バケモノにしては、知恵が回るな」

 しかしその切先は容易く彼女の剣に止められてしまう。ノアを全く見ることなく左の剣でノアの剣を押し止めてしまった。それにノアが歯噛みするが手を止めるわけにはいかない。

 タイオンが再び、今度はエセル目掛けて荒鷲を放つ。それも当然の如くエセルは素早い剣捌きでモンドを散らしていくが、本命はダメージではない。

「パワーサークル!」

 ユーニがミオの背後で攻撃力を上げるフィールドを設置した。続け様にミオが双月輪を巨大化させ、エセル目掛けて投擲する。

「ジェミニ、ストライクッ!」

 タイオンの荒鷲はモンドを散らされることを前提として放たれた物だ。エセルの視界を少しでも乱すために。回避に少しでも遅れが発生すれば、機敏な動きのミオから放たれるアーツの回避は難しい。

 一投目は上手く受け止め受け流したものの、二投目はさすがのエセルも対処が追いつかず攻撃に押し負け身体が宙を舞った。それでも即座に身体を捻り、剣を地面に突き立て吹き飛ばされる距離を最小限にしたのだから末恐ろしい。

 そのまま剣から大きな衝撃波が飛んでくる。ランツがシールドを展開したおかげで全員の身は守られたが、有り余ったエネルギーにより後ろ側の崖が崩れ落ちていく。

 

 強すぎる。このまま戦っていてはジリ貧で間違いなくこちらが負ける。

 互いに睨み合い相手の隙を見逃すまいと、気が抜けぬ時が続く。ふわ、と洞窟から緩やかに風が吹き出してきてもまだ場は動かない。

「黒い霧……?」

 風と共に洞窟内の黒い霧がこちらにも流れてきたのだろう。辺りが少し暗くなる。

 ミオがノアに対して、切羽詰まったように声をかける。恐らく今こそ魔剣を抜くべきではないのかと言いたいのだ。しかしノアはそれを拒否する。あの切れ味ではエセルを殺しかねない。

 エセルが一歩を踏み出した。まずいと背筋に冷や汗が伝うが、二歩目を踏み出す前に彼女が赤い瞳を押さえ呻き出した。場の霧は徐々に濃くなっている。タイオンが言った通りに、黒い霧は赤い瞳にも効果があるのが事実ならば。

「エセル! 俺だ、ノアだ!」

 三度(みたび)、ノアがエセルへと呼びかける。今までの彼女とは様子が違う。苦しみながら地に膝をついてしまう。

 

「仕方ないわねぇ」

 ノアでもエセルでもない声が響いた。紫電の閃光と共にエセルの前に赤い鎧と外套、胸には紫の水晶体を輝かせた人物が現れた。

「執政官……!」

 執政官。各コロニーにキャッスルからの指示等を伝える役割を持つ人物たちだ。

 エセルは執政官に自分が何と戦っているのか問おうとするも、うるさいと一蹴されてしまった。そして彼女へと電撃を落とし気絶させてしまう。それは兵士に対してあんまりな仕打ちではないのか。

 

「この役立たず」

「ッ……!」

 トワの身体が強張る。自分に言われた訳ではない。分かっている、分かっているがそんな言葉誰に向けられようと聞きたくなどない。

 至極楽しそうに執政官が近づいてくる。執政官自ら"敵"を処分するつもりらしい。

「こっちの方が楽しいもの、ねぇ?」

 拳を構える。どうやら己の拳を武器としているようだ。

 

 ノアの武器(ブレイド)とトワの笛が振動していた。まるで執政官に対し、抑えきれぬ怒りが溢れ出るかのように。

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