神笛と永遠と   作:坂野

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 執政官の素早い徒手空拳は確かに手強い。並の兵士では簡単に捩じ伏せられるだろう。だがエセルに届く強さではない。速度だけならミオの方が圧倒的であるし、彼女がカバーしきれない部分はランツが安定して受け止められる。拳や蹴りの合間に生まれる隙もノアにとっては好機になる。

 エセルよりは大したことないと、ノアたちが着実に執政官を追い詰めていく。

「おぉぉりゃぁ! ハンマーヘッド!」

「続くぜ! スプラッシュブラスト!」

 セナの打撃とユーニの援護射撃により、執政官は大きく後退り左膝をついた。かなりの傷を与えたはずだが、ノアたちもエセルからの連戦で息も絶え絶えだ。いくらエセルより実力が劣っていても、早期に決着をつけねば一瞬の隙に優勢と劣勢が逆転してしまう可能性がある。

 

 このまま立ち上がらずに降参とでも言ってくれないかと願ったが、甘い考えがそう易々と通る訳がない。

 執政官の周りに光が収束していく。ノアとミオがインタリンクするように、一度執政官の体が光となって解け再び身体を構築していく。

 その姿はアルフェト渓谷、グラ・フラバ低地で遭遇したあの化け物——メビウスとそっくりだった。

 細部はあの時と違うようだが、大まかな形相はあの時と同じだ。巨大な体と鋭い牙、腹部には紫色に怪しく光るコアのようなもの。そしてエセルたちと同じように光る赤い瞳。

「そうか、赤い瞳はメビウスの……!」

 タイオンの中で点と点が繋がっていく。エセルたちはメビウス、執政官の手によりウロボロスをバケモノだと認識させられていた。一度コロニーに戻ろうとした時に襲撃されたのも、全く同じ理由だとようやく確信を得られた。

 

 メビウスが手を掲げると、コロニー4の火時計から命の粒子がメビウスへと集まっていく。身体に付着したそれが緑色のエーテルとなり傷を癒していく。

 同時に倒れた兵士たちから呻き声が上がる。

「回復したんなら!」

「もう一回やるまで!」

 ランツとセナが飛び出し重たい一撃を加えるも、メビウスは即座に火時計を利用して回復してしまう。

 また兵士たちから苦しげな声が漏れる。異常だ。トワは慌てて兵士たちを見回した。

「え、」

 倒れ伏した兵士たちから赤い粒子が零れている。身体を痙攣させながら、苦悶の表情を浮かべながら。

 彼らは生きている。ノアたちは戦闘不能にしただけで命など奪っていない。それなのに彼らは今、死へと近づきつつある。何故などと考えずとも分かる。あいつが、メビウスが。

「タイオン! これって!」

 タイオンならきっとこの状況を理解しているはずだとトワは叫んだ。

「ああ、分かっている! 火時計に紐づいた兵士たちの命を強引に吸い上げ、それを自身の回復に充てている……!」

 タイオンの言葉を聞いたノアは驚愕の表情を浮かべ、戦い続ける他の四人に向かって声を張り上げた。

「みんな待ってくれ! 攻撃を続けたらエセルたちが!!」

 だが四人は攻撃の手を緩めない、緩められない。

「けど、やらなきゃアタシたちがやられる!」

 ユーニがメビウスの胴体にしがみつきつつ、エーテルの銃弾を貫通させる。それもすぐに回復の色へと変わっていく。

「そうだよ、それなら倒し切るしか!」

 セナがメビウスの後頭部に勢いをつけ大彗槌を振り下ろす。メビウスは衝撃で一瞬の硬直を見せたが、粘ついた笑いと共に何事もなかったように全員を振り飛ばした。

 

「いい洞察力してるわね〜。そうよ、命の火時計はメビウスであるこの私の思いのままなの」

 だからどんどん攻撃してくるといい。いくらでも受けてあげる。命なんてそこら中に腐るほど在る、生えてくる。メビウスにとって兵士の命なんて無限に発生するのだから、やりたい放題しても何ら問題がない。吹けば飛ぶ程に命は軽い。

「でもねぇ、私もそろそろ飽きてきちゃった。勝負って結局は勝つから面白いのよね。だから私の勝ちにして終わりにしましょ」

 メビウスが宙へと浮き、鉄巨神から砲撃を放ち出す。慌てて全員が身を隠すが、容赦のない砲撃が続くせいで反撃しようにも飛び出すことすら難しい。

 

 そこにノアが覚悟を決めた顔を見せた。

「ランツ、あいつの注意を惹いてくれるか」

「惹いてどうする!?」

「……火時計を斬る」

「な……!? お前、何言ってんのか分かってんのか!」

 各コロニーの火時計は所属する兵士たちに強く紐づけられている。それを破壊などしたらどうなってしまうのか。もしかしたら助け出すどころか、エセルたちコロニー4の兵士全ての命を奪うかもしれない。でもこのまま手をこまねいても彼らの命は吸い尽くされてしまう。

 ノアもミオも、彼らの命を背負い込むともう腹を括っていた。

「あー! 分かった、行ってこい! お前らだけに背負わせるわけにはいかねえもんな」

 ランツだけではない。セナ、ユーニ、タイオン。皆ノアに強く頷いた。

 

「よし、三つ数えたら出る。三、二、一……行くぞ!」

 六人が一斉に飛び出す。降り注ぐ砲撃を掻い潜り前進する。

「多少見辛くてもね、数を撃てば当たるのよ!」

 洞窟から流れ出た黒い霧が増えてきたが、メビウスは物量で押し切るつもりだ。最早雨と言ってもいいほどの砲撃が避けきれなかったノアとミオの足元に当たり、二人の体勢が崩れる。そこへすかさず一点集中とメビウスが照準を定めた。

 

 

 ——ボクは、何をしている……?

 二人を守りたいと強く想ったランツとセナが手を伸ばした。瞬間、光となって解ける二人。そして現れた新たなウロボロス。

 

 ——みんなは命を賭けて戦い続けている。誰かを、命を守りたくて。

 ウロボロスは鉄巨神の砲撃も受け止められたが、メビウスは攻撃の手を一切緩めなどしない。高火力で何発も撃たれればいくらウロボロスでも長くは持たない。

 それをユーニとタイオンが必死に回復で支援し続けている。だが二人の回復力を持ってしても、ランツとセナはもう耐えきれない。

 

 ——ボクはただ、ここで隠れて、無力に震えているだけ。 

 守りたい。誰も死なせたくない。ユーニとタイオンのその想いが重なり、三体目のウロボロスが誕生した。驚異的な回復力でランツたちも一気に持ち直していく。

 ランツとセナ、ユーニとタイオンのウロボロスがメビウスを上下左右から容赦なく打撃を加え続ける。耐えきれずメビウスはまた回復しようとするが、二体のウロボロスが地面に抑え込みそれを阻止する。 

 

 ——ここにいても、みんなは責めたりしないだろう。

 メビウスが抑え込まれているタイミングを利用して、ノアとミオがインタリンクし火時計へと跳んだ。行けると思ったのもほんの一瞬。ウロボロスの力で斬りつけても火時計には擦り傷すらついていない。

 それならばとメビウスから離れもう二体のウロボロスが連続で火時計を攻撃するも、それでも全く傷はつかない。

 火時計の残量は僅かだ。もう、命が尽きてしまう。

 

「馬鹿ね! 火時計は命、人の『生きたい、生きようとする意志そのもの』! そう簡単に斬れる筈がないじゃない!」

 

 ——そうだ。

 メビウスの言う通り、火時計に集まる命は兵士たちの意志の塊だ。今まで戦場でおくりをして触れた粒子はそのどれもが「死にたくない」「生きたい」と叫んでいた。

 今も同じだ。メビウスに吸い取られ続けている命が触れた時に全く同じ感情が流れ込んできた。

 その生きたい意志を、命を吸い取っているのは他でもないメビウスだ。命を腐るほどあると吐き捨て、己が為だけに搾取しているのは紛れもなくこいつだ。

 トワがここで身を隠しながらリクとマナナを守っていても、ノアたちは責めるどころか礼を言うだろう。確かにそれはトワにとっても嬉しい。だがトワ自身がここでこうしていることが耐えられない。自分が自分自身を一番許せない。自分も戦いたかった。彼らのように何かを守るために。

 

 その自分に何が出来るんだ。出来るのは笛を奏でることだけ。

 いや、奏でられる。

 

 過去に自分をおくりびとの道へ向かわせてくれた人が言ってくれたことがある。

 おくりは生きている者の想いが成せる技だ。死人は喋らない。生きている我々がどこか安らげる場所に辿り着いてほしいと想いを乗せて演奏するから、命の粒子はどこかへと飛んでいく。おくりは人の想いで出来ている。命の粒子はおくりびとの想いに応えている。

 

 それならば、もしかしたら。

 

 笛を取り出す。執政官がメビウスとなった時から振動を続けていた笛が静かになった。待っていたと言わんばかりに。

「リク、マナナ。そこから絶対に動いちゃ駄目だよ」

「トワさん……? 何する気デスも? 出たら危ないデスも!」

 マナナがトワの服を掴んで制止してくるが首を横に振る。

「いや。ボクには出来ることがある」

 マナナは泣きそうな顔をしているが、リクは真っ直ぐトワを見つめたままだ。

「『やれる』も?」

 上手くいくかなんて分からない。前例だって聞いたことがない。でもノアたちだって今そうやって火時計を斬ろうとしているのだ。

「ボクは信じる」

 リクが言ったんじゃないか、この笛は特別だって。

 でもね、ボクは分かっている。笛が特別だからやれると信じてるわけじゃない。ボクが信じてるのはボク自身の意志だ。

 

『強い意志で動けば必ず笛は応えてくれる』

 夢で出会ったあの人の声が響いてくる。

 

『君なら出来るさ』

 

 鉄巨神を正面から見据える。三体のウロボロスがメビウスと戦いながら火時計の破壊を試み続けている。

 おくりたい想いで命がおくられる。それならまだ死んではいけないと祈って奏でたのなら。まだ彼らの命は零れ切っていない。もうこれ以上零させちゃいけないんだ。ゲルニカの時、ムンバとハクトの命が目の前で散った時の光景を繰り返させたりしたくない。

 火時計が破壊されるまでに兵士たちが死ぬなんて絶対に駄目だ。ここにいる兵士たちの命をボクが預かる。

 彼らと共に戦場に立つ。

 命を背負って。

 

「……メビウス。ボクたちは、ボクたちの命はお前たちに喰われる為の存在じゃない!!」

 

 奏でる旋律は想うがままに。この場の命を背負う覚悟と一緒に、突き動かされる感情に押される通りに。

「あら……?」

 命の赤い粒子がぴたりと止まる。兵士から溢れる粒子も火時計からメビウスに向かう粒子も総じてそこに留まる。

 君たちが生きたいと願うなら負けないで。ボクがここに繋ぎ留めるから、君たちも抗うことを絶対に諦めないで。

 トワの肩が、足が、全身がのしかかられたように重たくなる。一瞬驚くも当然かと納得する。今ここにあるコロニー4の命をトワが留めた、預かった。命の、彼らの生きたいという想いの本当の重さはこんな物じゃない。これくらいなんて事ない。

 耐えられる。

「この音って……」

「トワ、何を!?」

 ノアたちが音に気がつき振り向く。演奏は止めずに視線だけで彼らに返す。

 ボクが留めるから、どうか火時計を。

 しかしノアたちが振り向いたことによりメビウスに回復の阻害の原因を認知させることにもなってしまう。

「仕組みは分からないけど、そんなところで無防備で突っ立ってるのはお馬鹿としか言いようがないわね〜!」

 何とでも言え。馬鹿だろうと、音を全てに届かせるならここしかない。彼らと戦うのに自分だけ隠れているなんて出来ない。

 メビウスが右手を握り、己の方へと引っ張る。同時にトワの身体も胸ぐらを掴まれたかのようにメビウス側へと引きずられる。

 せっかく留めた命を強引に引っ張っている。預かった命と繋がったトワの身体ごと、まだ回復と砲撃のエネルギーの為に利用しようとしている。心臓が握られたかのように痛む。直接メビウスの手で命を搾られている感覚だ。目をぎゅっと閉じ、痛みに耐えてそれでも演奏は止めたりしない。

 

 踏ん張るんだ。ノアたちはいつも痛みと共に戦ってきた。こんなの彼らの足元にも及ばない。

 流れ込んでくるんだ、生きたい意志が。言葉などではない。もっと、心の奥底にある、命そのものが必死に叫んでいる。

 だから、ボクがこんなのに負けちゃいけないんだ。

 

 二本の足に力を入れる。引きずられないように全身の力で抵抗を続ける。笛から紡ぐ音だけは止めたりするものか。

「頑張るわねぇ。だ、け、ど、武器(ブレイド)も無しにそこにいるのはタダの的よ!」

 メビウスが鉄巨神の照準をトワへと定める。それでもトワは逃げたりなどしない。メビウスから視線を外さずに奏で続ける。負けてたまるか。ここで命果てようとも、その間際まで絶対に演奏を止めたりしない。

 ノアたちはずっとそうして戦ってきたんだ。

 何よりいざという時にはトワの命を真っ先に捨てろとタイオンに伝えてある。トワの命を捨てることで一秒でも、一瞬でも長くメビウスに命を渡さない時間が延びて火時計を破壊してくれるなら、コロニー4の兵士たち全員の命が守られるなら。

 ——ボク一人の命なんて安いものだ。

 

 発射の瞬間に視界が白で埋め尽くされ反射的に目を閉じる。しかし覚悟した衝撃は来ることなく、恐る恐る目を開けばウロボロスが一人、鉄巨神の砲撃を受け止めていた。

「トワちゃん! 私たちが守るから!」

「お前はそのまま演奏を続けろ!」

 セナとランツだ。

 驚いたり喜んでいる暇はない。一瞬止まってしまった演奏を即座に再開する。

 ウロボロス・ランツが砲撃を受け止め、意識がそちら側に集中しているメビウスの隙を突きウロボロス・ユーニが背後から蹴りを喰らわせて光の羽で地面へと縫いつけた。

 

 そしてウロボロス・ノアがもう一度大きく跳躍し、頂点でインタリンクを解いた。彼の武器(ブレイド)、ヒドゥンソードから更に剣を引き抜く。

 魔剣ラッキーセブンが姿を現した。

 鞘となっていたヒドゥンソードは変形し、彼の左手に籠手として装着される。その左手でミオの手を強く強く握りしめて、落下速度を利用してそのまま剣を火時計へ。

 上から下へ。何の抵抗も感じさせず切先が滑り落ちていく。

 

 ぶしゃり。

 

 聞こえない筈の音の錯覚すら感じるほどに、鉄巨神に流れる血が溢れ飛び散るように命の粒子が解放された。胸ぐらを掴まれていた感覚も消えて、痛みから解放され幾分か楽になる。

 メビウスの焦る声がするがまだ終わらせない。終わってなどいない。

 

 ——お前が吸い取った命を全てみんなに返せ!

 

「なに、何よこれぇぇッ!」

 メビウスの身体が崩れていく。回復として利用した命がメビウスから離れる。生きる意志は本来在るべき場所、兵士たちの肉体へと戻っていく。そして本来負うべきだったダメージが一斉にメビウスへ襲いかかっていく。銃弾の貫通や骨が粉砕する程の衝撃を強引に回復してきたのだから、それが圧縮され同時に押し寄せてきたら頑丈そうに見えるメビウスだって耐えられやしないだろう。

 

 宙にいるノアがミオと頷き合い、繋いでいた手を離す。意識をメビウスに集中させラッキーセブンを構え直した。

「インフィニット、……ブレイド!!」

 魔剣の白刃がメビウスへ迫り来る。もう防ぐ術はない。仮に防御する手段があったとてあの魔剣の前では無意味だろうが。

 

「いやッ、嫌よ、こんな、こんな所で、死にっ……死にたくなあぁぁアァアァァァァい!!」

 

 断末魔の叫びごと魔剣がメビウスを切り裂いた。

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