神笛と永遠と   作:坂野

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 その身をずたずたにされたメビウスは仰向けに倒れ、姿が執政官へと戻っていく。指の一つも全く動かない。(たお)れたふりをしている可能性もあるが、身体の損傷度合いと断末魔の叫びからして事切れているのは間違いないだろう。

 エセルたちも動かないがこちらはしっかり息がある。どうやら気絶しているだけらしい。

 コロニー4は誰の命も零していない。

 

「は、ぁ……で、きた……よね?」

 強張っていた身体から急速に力が抜け、トワはその場にへたり込んだ。まだ少し胸が痛い気もする。少し不安で胸に手を当てればはっきりと自分の鼓動を感じる。

 大丈夫、動いている。一安心だが緊張による疲労感は纏わりついたままだ。こんなに疲れたのはいつぶりだろうか。初めて一人で成人の儀を執りおこなった時以来、もしかしたらそれよりも上かもしれない。

 ノアとミオ、ウロボロス化を解いた四人、そしてリクとマナナが駆け寄ってくる。ノアたちはずっと戦っていたし、リクもマナナを守る為に飛び火を防いでいたから最も疲れていないのはトワである。それなのに立てないのがどうも情けない。

「ノア、火時計、斬れた、ね。ランツとセナも、ありがとう」

 へなへなの笑顔だったが、皆も同じように笑い返してくれた。

「守るのが俺の役目だからな」

「それに私たちにトワちゃんを守れって指示してくれたのはタイオンなんだよ」

 タイオンに目を向けると彼は恥ずかしいのか、視線を逸らした。

「言っただろう、君も守る作戦を立案するのが僕の役目だと。それにあの瞬間、君は確かに場の支えを担っていた。君を見捨てるのは愚かな判断だ」

 痛かった胸が温かくなる。戦いで無力だと嘆いていた自分が彼らの力になれた。

 

 ミオがトワに視線を合わせるように屈み、そのまま正面から優しく抱きしめる。

「頑張ったね、本当に頑張ったね……! 貴方の音も想いも、ちゃんと伝わってきた……!」

 待って、そんなこと言われたら。

「俺たちと違って武器(ブレイド)が出せないまま敵の前に出るのは本当に恐ろしかったと思う。その勇気のおかげでエセルたちの命が尽きる時間を延ばしてくれたんだ。

 ありがとう、トワ」

 ノアも屈んでミオとトワの両方の背中を抱え込む。武器を握ってきた硬くて強い手だ。自分には決して成し得ない手がトワを褒めるように撫でてくる。

「う、みんなのおかげなのに、みんなが、頑張った、からっ、ボクは、ただ、うぅぅ……」

 本当に泣いてばかりだ。

 

 

「さーて、どんなツラしてるか見てやろうぜ」

「本ッ当に好き勝手しやがって。……あれ、これどうやって外すんだ」

 ユーニとランツが執政官に近寄りマスクを外そうとする。適当に頭部を探っていると、条件を満たしたのか執政官のマスクが消えて素顔を露わにした。

「……シワシワ」

「ゲルニカと同じ……。ロウカだっけ?」

 少なくとも自分たちと同じ兵士ではないだろう。ならばゲルニカの仲間、というのも変だ。メビウスがゲルニカを殺したのだから、ゲルニカとメビウスたちは敵対している。

 メビウスとは一体何なのだろう。

 

 砂が擦れる音がした。向けば意識を取り戻したエセルがこちらを見ている。瞳も赤くない。ノアたちのこともバケモノとして見ている目つきではない。

 ノアが今までのことを改めてエセルへ説明する。バケモノに見えていたのは間違いなくノアたちで、執政官の手で無理やり異形のバケモノに見せられてだけなのだと。

「そうか……すまなかった。君たちに酷い言葉を浴びせてしまったな。ノアにも。神奏の、君にも」

 そんなのもういいのだ。真実を理解してくれて彼女たちが生きている、それだけで。

 エセルは倒れている執政官に近寄りその顔を確認する。彼女も執政官の素顔を見たことはなく、シワの深く刻まれた顔を見て苦々しく表情を歪めた。

 

 執政官から粒子が溢れ出す。兵士たちと違いおくりをせずとも白い粒子となり、肉体が崩れていく。

 しかし執政官もまた、粒子に宿る想いは自分たちと同じ「死にたくない」であった。それに触れたノアは何を考えたのか笛を取り出して、彼をおくろうとする。

「いやいや、さすがにおかしいだろ」

「兵士たちの命を奪い、僕達を抹殺しようとしたんだぞ。それでも君はおくるというのか?」

 ランツとタイオンの意見は最もだ。同じおくりびとのミオですら、正直おくるのはどうだろうと悩む。

 ノアにとっては、死にたくない想いは自分たちと変わらないからおくる。死んだ人の声を届けるのがおくりびとだからと。

 

 トワは分からなかった。自分の感情としてはランツたちに同意する。自分が生きる為に兵士の命を奪い取り、自分の糧としたのは許せない。でも今落ち着いて考えると、それはついこの間までノアやミオたちがお互いにやってきたことと何ら変わらないのではないだろうか。

 そうしなければ死ぬのならやっても良いのか。執政官——メビウスは傷つきさえしなければ問題ないのに勝手に戦って傷つき、勝手に命を利用して回復したから駄目なのか。自分たちは良くてメビウスが悪いというのは、いくらなんでも暴論だろう。

 先程まではコロニー4の皆を死なせたくなくて必死だったが、人の命を喰って生きてきたのは此方だって結局同じだ。

 何が正しくて何が間違いなのか分からない。

 少なくとも今のトワはメビウスをおくる気にはなれないし、こんな迷いだらけのまま奏でても粒子は飛んでいかないだろう。

 

 ミオはノアの「俺たちと変わらない」に何かを感じたようで、彼と共に演奏を始めた。

 二人を見て他の皆はある意味好き勝手に当てはまる言葉を探していく。ランツはお人よし、セナは仕事熱心、マナナはくそ真面目、ユーニは天然か何も考えてないだけ。全てに当てはまりそうで、そのどれとも違うような気もする。

 

 トワは膝を抱え込み目を閉じた。命とそれに対する向き合い方は嫌でも考えなければならないだろう。ただ今この瞬間に考えられるほどの余裕はない。

 今は、ゆっくり重なるノアとミオの音を聞いていたかった。

 誰が相手でもおくりびとの責を果たすノアとミオが心の底で何を考えているかまでは分からない。だが二人がどんな想いで今メビウスをおくっていても、メビウスの粒子が舞い上がっていることは事実だ。それは迷いなどなくこうしたい、こうすべきだとはっきりした意志を持っているからの表れ。

 

 ノアは一人じゃなかったから、共に命を背負う覚悟を決めた仲間がいたから火時計を斬る選択をできたと言う人だ。そうかもしれないけれど、最後に剣を振り下ろしたのはやはりノア自身の覚悟だろう。

 それはとても強い人のやれることだ。もし弱ければ最後の踏ん切りなど到底つかない。進むことも戻ることもできずその場に立ち止まり、選択を永遠に先延ばしにして現実から目を背ける道を選ぶ者もきっと大勢いる。

 

 トワは未だ持っている笛を軽く握りしめた。

 自分の感情でメビウスをおくらない選択をした。死にたくない気持ちは自分と同じ類のものだったかもしれないのに。

 

 ボクは自分勝手だ。

 

 

 その後、エセル以外のコロニー4の兵士たちも続々と目を覚ました。ミオたちアグヌス兵に警戒と敵対心は剥き出しだが、エセルの命令により手出しはしないようにと一応の安全は確保された。

 メビウスに絡んだ戦闘の影響で南へ抜ける道は土砂の撤去が終わるまで侵入不可能となってしまった。撤去作業が終わるまではコロニー4にて寝泊まりをすることとなる。

 エセルは「私が崖を落としてしまったからな」と苦笑していた。普段は気高く振る舞っている彼女も、そんな可愛らしい笑顔を見せるのだと意外な発見だった。

 

「さて、騒動が続いたばかりでまだ疲れが取れないだろうが色々と教えてほしい」

 ノアたち一行は執務室へと招集をかけられる。改めて今回の騒動の説明、火時計から解放されたことによる影響やウロボロス・ストーン破壊任務の顛末などをエセルに話さねばならない。

 一通り話終わったところでエセルと副官のボレアリスは難しそうな声を漏らした。

 無理もない。気を失っている間に火時計の破壊から執政官の死亡と、短い時間の中に密度の高い出来事が起こりすぎた。更には火時計が破壊されたコロニーがどうなってしまうかなんて誰にも分からない。下手をすれば今まで以上に明日を迎えるのが難しい、なんてことにもなりかねない。

「ま、命を奪わなくても良くなったのは幸運かもしれませんね軍務長」

 ボレアリス曰く、土塊の火時計は効率が悪く日々命の残りを気にして過ごしてきた。その心理的負担から解放されたのは純粋に助かったのだと彼は言ってくれた。

 エセル率いるコロニー4は白銀ランクだった筈だが、とランツが指摘すると何やら不祥事があったとか。エセルの好敵手と称されるアグヌスきっての槍術の使い手、名を「紅蓮のカムナビ」。彼との戦いでエセルがとった行動がキャッスルの意にそぐわなかった。今となっては土塊だがコロニー4は今でもカムナビとの決着を願っている。

「話が逸れてしまったな。火時計や執政官からの支配は受けないのは同様らしいが、君たちの身に起きているインタリンクといったことは我々には適用されないようだ」

 あくまでも火時計からの解放のみ。それに加えて火時計との繋がりを悪用して操られることは恐らくない。ノアたちのような強大な力はエセルたちにはない。

 

 ウロボロス・ストーン破壊作戦においてはやはりかなりの騒動となっていた。ケヴェスはコロニー9、アグヌスはコロニーガンマが作戦に関わった。その関わった兵士のほとんどが死亡、もしくは行方不明扱いになっている。

 その上ケヴェスは成人の儀を担うキャッスルのおくりびと——トワが作戦後行方知れずとなっては、それはもう一大事だった。

「先刻までの私なら神奏が見つかったとキャッスルに報告しただろうが……。君はノアたちについていくのだろう?」

 トワは頷く。ノアたちがシティーを目指す中で自分も武器を見つけたかった。戦地に立ち命の危険に晒されても、命をただおくるだけの環境には不思議と戻る気はしない。

「ならば私も君の気持ちを尊重しよう。君の思うままに君の道を進んでくれ」

 人柄もまた彼女は白銀と称されるに値する人物なのだ。

 

 

 命を救ってくれた礼だと、テントの用意や風呂の時間帯の調整までエセルは丁寧に気を遣ってくれた。

 ノアたちに当てがわれたテント内の会話で執政官とメビウス、そしてキャッスルとの繋がりについていくつかの疑惑が生まれていた。

 まず執政官について。執政官はケヴェスにもアグヌスにもキャッスルからの意向を伝達する役割として配備されている。だがその姿があまりにも似通いすぎている。多少の差異はあれど素顔を隠しよく似た赤い鎧を纏っている。ケヴェスもアグヌスもだ。

 次に女王について。それぞれの話からすると、執政官とは違い姿はだいぶ異なるから同一人物などではないだろう。

 話を合わせると、一つの推論が生まれる。

 執政官はウロボロスの敵であるメビウスとなった。そしてその執政官はキャッスルから派遣されている。彼らには繋がりがあるのではないだろうか。もしそうだとしたら、今まで籍を置いていた自軍ですら疑わねばならない。

 自分たちの命は何か悍ましい存在に管理され、握られ続けていたのかと考えるだけで鳥肌が立つ。戦いの義務から解放された途端に多くのことが見えてくる。ずっと己の目で世界を見ていたはずなのに、やっと目を開いたかのように情報が流れ込んでくる。

 当たり前だと思われていたことが次々と崩れていく。世界も信じられなくなってしまう。

 

 

 その夜にトワは夢を見た。いつもと同じ果てのない空と草原の世界にあの人もいる。空を見上げていた彼がトワの気配に気がつきこちらに顔を向ける。トワを認識するとすぐに笑顔を浮かべた。

「ね、出来ただろう?」

 歩み寄ってきた彼がトワの笛に左手を重ねる。そこで初めてトワは自身が笛を両の手で持っていることに気がついた。夢なのに物って持ち込めるんだ、と思考の一部が妙に冷静な感想を述べている。

 そういえばこの夢はいつも彼から何かを伝えられるだけだ。彼はトワの状態を把握している。一方的に話してくるものの、内容は理解できるからトワが喋らずとも成立していた。逆に会話の類が一切発生しないことに今の今まで気が付かない方が不思議であった。

 夢なのだから全てトワの内にある要素で構成されていて当たり前なのだけれども。

「笛の名前、教えてくれるかい?」

 ——あれ、変だな。

 彼はトワの知ることは必ず知っている筈なのだが。本当に知らない? 知っているけど改めて聞きたい? 数瞬考えが巡るがトワは素直に口を開いていた。

「……モナド」

「うん。その名前を付けてくれたこと、本当に感謝するよ」

「なんで貴方がお礼を言うんですか」

 彼はトワが質問をしたことに驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの顔に戻ってしまう。トワの全てと世界の根幹を知るような雰囲気を持つ彼に、今は少し違和感を感じていた。これまではこの夢を謎に思いながらも不思議な安心感がいつもあったのに。

正解(・・)だからだよ」

 理解不能だ。ただなんとなくで選んだ音の並びに正解も不正解もあるのか。

「ボク、貴方のことを何も知らないんです。名前もどこの所属なのかも。大体これって、ボクの夢なのに」

 ボクは貴方のような人をアイオニオンで見たことがない。

 

 夢を夢だと気づけるのもおかしな話だった。この夢以外は何度見ても目を覚ますまで気づけないのに、これだけは必ず夢だと自覚している。

 

「夢なんかじゃないさ」

 

 

 視界が白んだ。

 気づけば見えるのは天幕の布の色。コロニー4だ。

「……夢じゃないか」

 呟きはすぐに空気に溶けていった。

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