神笛と永遠と   作:坂野

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3話
3-1


 土砂の撤去は数日の内に完了した。タイオンの想定よりも早く、コロニー4はやはり優秀なのだと彼にしては素直に感服しているようだった。

 撤去が完了したのだからもうコロニー4に留まる理由はない。自分たち以外の兵士がいる安心感や雨の凌げるテントの存在は大きくとも、目的はシティーなのだから止まっていられない。

 それにコロニー4の全員がそうでないにしろ、ミオたちアグヌス兵を快く思わない兵士もいる。未だ混乱も少なくないコロニー4の兵士の為にも、ミオたちの心身を守る為にも準備を整えすぐに出発する。

 

 エセルに出発と感謝を告げようとテントの外に出ると、彼女とボレアリスもどこかへと出発する様子だった。聞けばキャッスルへ向かうのだと言う。

 ノアはそれを止めようとしたし、他の皆も絶対に行くなとは言わないが勧めはしないと口を揃えた。しかしエセルにもキャッスルへ赴く明確な理由がある。執政官の死亡と火時計を失った報告、何よりコロニー4の皆の為に物資も要求せねばならない。軍務長として皆を守る義務がある。

 そう言われては止められない。執政官とメビウスについて、そしてキャッスルへの忠告を一応伝えてそこまでだ。

「エセルさん、キャッスルにいたボクからもいいですか」

「ああ、構わない」

「キャッスルにはケヴェスの執政官を束ねる執政官長がいます。そこまでは勿論ご存知だと思うんですけど、彼の鎧は黄金色で仮面も目元だけを隠すくらいの物なんです」

 つまりは他の執政官とは明らかに違う。各コロニーに派遣される執政官は今回打ち倒した奴のように、赤い鎧に顔の全てを覆うマスクをしているのが基本だ。トワがキャッスルにいた間でも他に特別な姿をした執政官は見たことがない。

 単に執政官長以上の何かを握っているのではと、今だからこそ別の視点で疑える。

「だからもし彼と会うことがあれば、最大限の警戒をと思って……」

「ありがとう。皆からの忠告、覚えておこう。それと逆に私からも忠告しておきたい。いいか、他のコロニーとは可能な限り接触するな」

 火時計を破壊すればその呪縛から解き放たれるが、それは必ずしも良い方向へ転がるとは限らない。状況を簡単に受け入れられない者がいるのもそうだが、厄介なのは好んで戦いをする者もいる点だ。うっかり近寄って要らない戦いで傷ついてしまっては、目的の達成どころではなくなってしまう。

 ノアたちウロボロスが関わる者たちはその運命を大きく動かされる。下手をしたら狂わされる。

 エセルの厳しいが正しい指摘に自然と背筋が伸びる。己が良しとする物を相手に強いたとて、相手にはそうでないこともある。寧ろそちらの方が多いのかもしれない。

「それでも」

 ふ、とエセルの表情が和らいだ。

「かかる火の粉は振り払わねばならないだろう。どうにもならない時は諦めろ、最善を考え全力を尽くせ。きっと君たちなら成し遂げられるさ」

 

 

 コロニー4を発ち、改めてニールの谷へ。滞在していた間にエセルから貰った情報の中には大剣の大地へと至るルートもあった。北と南とアイオニオン中央の大海の渦を突っ切るルートの三つだ。選択肢こそ複数あれど北ルートはアグヌスキャッスルを挟む為難しい。大海の渦ルートはそもそも通過自体が不可能だ。結局は消去法で南、最初から進もうとしていたルートしか現実的ではない。

 まずはエルシーの滝を目標として進むことに。ニールの谷からゼームの四つ辻を南へと歩けば、黄土色ばかりだった景色が緑と青へ徐々に変わっていく。イーグス荒野からリビ平原へ抜けた証拠だ。

 

 この旅を始めたばかりよりも会話が増えた気がする。元の所属が同じ者とのやり取りばかりではなくなった、という表現の方が正しいかもしれない。ノアとミオの二人は精神的に強いこともあり早い内からそうだったが、今は全員がそうなってきている。

 トワは決して仲間外れにされているとは思っていないが、それでもインタリンクが出来る彼らに多少の羨ましさは感じる。新たな力を得て、それを正しく使おうとする彼らはトワの目に眩しく魅力的に映る。自分も彼らのようになれたら、ふとした時の無力感から解放されるだろうか。

 

「トワちゃん、考え事?」

 左隣からしたセナの声に驚き顔を上げた。俯いていたことにそこでやっと気がつく。誤魔化そうかとも思ったが、気遣ってくれた彼女に失礼な気がした。

「うん。……みんな、次々に新しい力を得て凄いなって。セナもランツとインタリンクできたし、正直羨ましいな」

 嫉妬に違いはないが、澱んだ言い方にはしないようにしたつもりだ。無いものを強請って駄々をこねるのはあまりにもみっともない。

「うーん、私もインタリンクできて嬉しいけど……。でもまだ結構悔しいし怖いんだよ?」

「え……?」

「さっきね、ミオちゃんに『インタリンクをしても主導権はケヴェス(あっち)なのってずるくない?』って話したの」

 言われてみれば今までに現れたウロボロスたちはそれぞれノア、ランツ、ユーニの特色が強く表れていた。身体の色もケヴェスを象徴する黒だったし、何も言われなければケヴェスの三人がそれぞれ一人で変身したようにも映る。その見た目通りなのかウロボロス体の主導権は基本的にケヴェスの彼らにあるらしい。

「そしたらね『守りたい思いがある限りきっと順番は回ってくるんじゃないかな』って言われたんだ。だからまずは自分の今やれることを頑張ろうかなって。ちょっとまだ全部は納得してないけどね、えへへ……」

 セナがはにかむ。力自慢の彼女はそこから来る印象とは違って自信が薄いようだった。

 他にもミオに憧れていて彼女の食べるものや振る舞いを真似した時期もあったのだという。けれどそれを当のミオ本人に無理をしなくていいと心配されてしまった。未だにミオのようになりたい憧れは消えないが、少しでもこれが自分だと胸を張れるようになりたい。だから筋トレをして人一倍強い身体の力を更に伸ばしているのだとか。

「私に言われてもって思われるかもしれないけど、トワちゃんも今やれることをやっていけばきっと何か見つかるよ。……ってかトワちゃんはこの間笛でなんか凄いことしてたじゃん! 私の方が嫉妬しちゃうよ!」

 晴れ渡る空に輝く太陽の光だと思った。セナの笑顔がトワの心の曇りを払っていく。

 この先も弱気になるのは勿体無いとやっと気がついた。先に進む彼らに続くのなら、少しくらい勝気でいても良いかもしれない。

 いつか順番は回ってくる。その時までどう過ごすか。背中を丸め下を向いていたら、きっと順番が来たことにさえ気がつけないだろう。その時(・・・)に迷いなく手を伸ばせるようになりたい。

 戦えないからと弱音を吐くのはもう止めよう。戦えないのなら別の方法で。リクが「笛は吹ける」と言ってくれた、マナナが「何でも挑戦してきたのはすごい」と認めてくれた。

 ボクにはこれが、おくりの笛(モナド)がある。

「ありがとう、セナ。ボクも今やれることと、自分にも真剣に向き合う」

「うん! 一緒に頑張ろ! あ、でもこの事ミオちゃんとかランツには言わないでね」

 憧れの存在であるミオは分かるが、何故ランツもなのか。

 どうやらインタリンクしている間はパートナーの記憶や感情も一緒になるらしく、相手の過去を嫌が応でも垣間見てしまうらしい。細かくやその全ては見られずともやはり恥ずかしさは残る。

「ランツには私の気持ちとか見られちゃってるけど……でも変な心配とかかけたくないし」

「大丈夫、言わないよ。約束」

 むしろセナがまだ振り切れきれていない過去を話してくれたなんて、不謹慎かもしれないが少しだけ嬉しくもあった。

 

「おい、あそこに誰か倒れてないか!?」

 ランツが十一時の方向を指した。慌てて皆で駆け寄ったが、倒れるケヴェス兵からは既に赤い粒子が昇っていた。

 ここまでの道のりで命を落としてしまった兵士とは何度も遭遇している。その度にケヴェスであればノアが、アグヌスであればミオが奏でておくっていた。同じ戦場に立つ二人の方が良いだろうと、トワはおくりをしていなかったがそれはきっと間違いだ。

 自分のやれることは、それこそ「おくり」だ。多くの人の粒子に触れ、それをおくること。きっと改めておくりに対して向き合う必要がある。おくりびととして命に向き合う。今までのようにおくりしか出来ないからとか、おくりが出来なくなったら死ぬからではない。自分にも他人にも堂々とおくりびとであると言えるように。彼らがウロボロスとなり変わりつつあるように、トワもまた己を変えなければならない。

 多くの命と死に触れれば、コロニー4での戦いで感じたものへの答えも見つかるかもしれない。兵士やメビウスの違いで命の重みも変わるのか、内包する考えで違うのか、それとも本当に全ての命は平等なのか。

 

「ボクも、一緒におくらせて」

 演奏しようとしていたノアに声をかければ、彼は勿論と頷いた。

「いや待てよ。ミオ、君も一緒に」

「私も?」

「もう俺たちはケヴェスやアグヌスに縛られる必要はないんじゃないかな。十年を生きられずに尽きた命をおくるのに、所属なんて関係ないよ」

 おくりびとだから。

 これから出会う、出会ってしまう兵士の骸たち。誰か一人がおくるのではなく三人で。

 

「旋律、どうするの?」

「ボクが二人に合わせるよ。二人の重なった音、好きだから」

「トワにそう言われるとおくりびととしてはやっぱり嬉しいな」

 三人のおくりびとの息が重なり音が響いていく。兵士から昇る粒子は赤から金へと変わり、風に乗ってどこかへと流れていく。

 粒子の一つがトワの頬に触れ静かに弾けた。そこにあった感情はアグヌスへの恨みなどではなかった。強力なモンスターに襲われて独りで死に行く恐怖。食材を狩りに来たのにコロニーで待つ仲間にそれを届けられずに果てる後悔。

 命を落とす理由は戦争だけではない。様々な想いを抱えて死ぬ、そして同じように多くの者が生きている。

 

 ボクはおくりで何を成せるのだろう。ボクのおくりは何処へ辿り着くのだろう。

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