神笛と永遠と   作:坂野

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 リビ平原は緑も水も豊かな場所だ。エルシーの滝から流れ落ちた水が小川を形成し、途中でいくつかの湖を生み出している。

 ネウス湖で軽い休憩を挟み、そのまま更に南へ。マグリア湖をぐるりと囲む坂道を登る。途中で地中に潜むグロッグに驚かされたりと軽いハプニングがあるも、怪我を負うことはなく順調にリペルの丘まで辿り着く。目の前に広がっているカタラー丘陵の先には一旦の目印になっているエルシーの滝も見える。

 この近くにはコロニー30がある。レウニスのメンテナンスや修理などが主な役割で、積極的にアグヌスへと攻め入るコロニーではない。しかし軍務長のルディを始めとして優秀なメカニックが揃っている。うっかり鉢合わせなどしたら戦闘は避けられないし、苦戦は必至だろう。過去にアグヌスの白銀ランクに攻められた時に、コロニー30のみの力でこれを退けた戦績がある。兵士の数では相手の半分以下だったのにも関わらずにだ。要因は当然コロニー30の保有する大小様々なレウニスと、それを的確に使い熟す兵士たち。とにかく今は遭遇しないことを祈るしかない。

 

 ただコロニー30と親しくなれたのなれば良い事も当然ある。

「……これ、登るのか?」

 エルシーの滝の裏、裁きの絶壁。名の通り目の前には岩壁が立ちはだかっている。ユーニが思わず漏らした呟きは全員の気持ちと一致していた。

「こんなのランツとセナくらいしか登れねぇだろ」

「……だがここを登らないと先に進めない」

 タイオンの現実を突きつける言葉でまた皆が溜息を吐いた。

 コロニー30の軍務長は岩壁に生えている蔦を利用したクライミングが得意だ。もし彼から技術を教われたら全員が崖を登れただろうが、生憎今は難しそうだ。

「よし! ウロボロスになって一気に跳ぶか!」

「ランツ! 君はもう少し慎重にだな! こんな所でウロボロスになったらコロニー30にすぐ見つかるんだぞ!」

「いや……その方法はアリかもしれない」

「ノア!?」

 このまま時間をかけて登るよりも、ウロボロス体となって一気に上がった方が結果的にリスクは少ないのではということだ。もし登っている間に見つかってしまえば応戦は難しい。大きく跳躍し辿り着いてすぐにインタリンクを解除してしまえば良いのだから。

「一理あるな……」

「だろ? んじゃ早速、セナ!」

「オッケー!」

 ランツとセナがインタリンクしウロボロスが現れる。ウロボロス・ランツはトワへと右手を差し出してきた。

「え?」

「一緒に跳んじまえば楽だろ?」

「トワちゃん乗って!」

 当たり前の気持ちを孕んだ声色が嬉しかった。置いていかない、連れて行く。

「ありがとう。じゃあ失礼して……」

 恐る恐るウロボロスの右手に足を乗せる。人の肌とは全然違う質感だが、そこに二人が確かにいるのが伝わってくる。傷つけないように落とさないようにしてくれる二人の優しさが温かい

「リクはどうするも!」

「マナナも忘れないでほしいデスも〜!」

 もふもふのノポン二人が身体を上下に揺らして憤慨……"フンゴフンゴも"している。

「二人はアタシたちが運んでやるよ、いいだろタイオン?」

「構わない」

 二人はユーニたちに任されることに。

「よし行くぞ! しっかり掴まってろよ!」

「絶対落とさないから!」

 断崖から少し離れウロボロス・ランツが両脚に力を入れる。ぐ、と溜めて助走をつけ大きく跳び上がった。

 二人を信じてはいるが慣性と恐怖で思わずトワは両目を瞑った。宙にいる浮遊感は輸送ポッドでも感じているが、やはり地から足を離すのは本能的な怖さがある。二人の手の上だから空気の流れや匂いが直接肌へ触れてくる。

 力の入っていた両の眼を恐る恐る開いた。ウロボロスの身体能力はやはり強大で崖どころか滝すらも足の下にある。見えるのは空と遙か先まで広がる大地。北側へと顔を向ければコロニー4の鉄巨神までも見える。リビ平原、イーグス荒野、西にはダナ砂漠と大海の渦。この広大なアイオニオンの一部が絵のような美しさと共にそこにあった。ただただ凄いと感じる。各地のコロニーに行ってそこそこ多くの景色を見ていたのにこんな感覚は初めてだった。

 輸送ポッドの窓越しに見ていたから? 違う。自分が前と変化したからだ、それが僅かであっても。自分と共にいてくれる人がいるから、ケヴェスから離れて武器(ブレイド)の抜刀が出来ないことを隠さなくて良くなったから。おくりしか出来ないのではなくて、おくりが出来ることの意味を少しだけ知れたから。改めて命に向き合おうと自分で決めて立っているから。

「セナ、ランツ見て! 凄い! アイオニオンってこんなに綺麗だったんだ!」

 思わず声を張り上げていた。この地を単なる戦場の舞台だと思っていた。だが今では全く違う色に映る。世界の色を受けてトワの瞳も青空の如く輝いている。

「うん! すっごい綺麗!」

「俺たち結構歩いてきたなぁ」

 命を奪わなくても生きられるようになったから、他の事へ目を向けられるようになった。明日の命の残量に怯えて過ごさずになった。アグヌスは倒すべき敵から歩み寄れる存在になった。

 もしも他の兵士たちも戦争から解放できればこうしてアイオニオンの光景に感動することも、もっと他の事を楽しめるようになるのかもしれない。シティーに辿り着いた時にそれが叶うと信じたい。

 

 宙にいた時間は十秒だってなかった。それなのに景色が心を震わせた感覚のせいで随分と長い一瞬だった。

 無事に全員が上まで到着し、六人は即インタリンクを解除する。うっかりウロボロスのままだとあまりにも目立ちすぎる。

 制覇者の崖上から改めて北を見た。土地の名前通り絶壁にて裁かれ許された者だけが見られる景色だ。

「まぁ私たちは楽してきたけど……」

「ボクはもっと楽してるから……」

 手段はどうあれ景色が良いのは確かではある。一分ほど皆で自分たちの歩いてきた道を眺め、再び歩き出す。

 

 目指すは大剣の突き立つ大地。二ヶ月もあれば行けるとエセルは見立ててくれたが、ミオの残り寿命はもう三ヶ月もない。ふとした時に不安と焦りの色をした瞳が見え隠れする。ミオ本人もそうであるし、セナとタイオンも時折彼女を心配そうに見つめていた。

 命の残り時間の間にシティーへ辿り着ければ、ゲルニカの言うもっと生きられる方法があるのなら、ミオは十年を超えて生きていられるだろうか。

 

 デューマの顎を通過する頃には日も暮れてきた。辺りが暗くなるにつれて一際目を引く一つの大木に気がつく。花、それとも葉なのだろうか、桃や橙色に光り輝いている。サフロージュという木だ。

 タイオンが立ち止まりその木を見つめている。少しだけ寂しそうに。

 時刻もいいところだし今日はここで休む事に決まった。夕食を取り、眠るまでは各々好きに過ごしている。ランツとセナは普段通り腕立て伏せやスクワットといった筋トレに励んでいる。ノアとミオは他愛もない会話でも楽しげにしているし、ユーニは頭の後ろで手を組み寝転んで空を見上げている。タイオンは教本を読みつつもサフロージュの木を時折見上げている。

 トワも普段通り練習をしようと笛を取り出す。口元に持っていこうとしたところでふと手が止まった。

 目の前に舞い落ちてきた一枚のサフロージュの葉が目に留まる。月並みな言葉だがとても美しいと思った。

 こんな場所に還れたのなら。

 目を閉じ、サフロージュを意識して音を奏でてみる。ゆっくりと一音一音探るように。

 

「初めて聞く音だね、新しい旋律?」

 声に気がつき目を開くと、いつの間にやらトワの右隣の椅子にミオが座っていた。ノアはどうしたのかと思ったが、彼は今はユーニと会話している。

「うん。こんな所に魂が辿り着けてもいいよな、って思って」

 以前に笛との出会いを話した時に、トワの旋律は夢で見た不思議と安心する場所へ魂を送りたくて生まれたものだと伝えた。今までそれをずっと奏でていたけれど、安心する場所は何も一つでなくても良いような気がしてきた。新しい旋律を生み出すことも何か自分が変わる要因になれば良い。

 簡単に言えばおくりびととしての新しい事への挑戦、だろうか。

「完成するまではまだかかるし、サフロージュの木だけだと少しイメージが足りないから……。もう少し他の所を見て、景色を合わせて作りたいんだ」

 それを聞いたミオは柔らかい笑みを浮かべ、素敵だねと頷いてくれた。よく見る笑顔なのにやけに儚く見えたのは、彼女の残り時間のせいだろうか。あと三ヶ月もしないうちにこの人はこの世界から消えてしまう。

「ミオさん、アグヌスの基本の旋律とミオさん自身の旋律を教えてほしいな。音を作るのに役立つかもしれないし……」

 それも間違いではなかった。けれど無性に彼女との繋がりを持っておきたくなってしまった。強くて優しくて、おくりびととしても素晴らしい人の音色と想いも彼女の死と一緒に無くなってしまうのがあまりにも寂しくて悲しい。

 ミオの持つ笛はもしかしたら誰かに受け継がれていくかもしれない。けれど形のない音は誰かが覚えて、繋いでいかなければあっという間に忘れられてしまうだろう。その一片だけでもトワが持てたのなら。

「神奏って呼ばれてる貴方にはあまりにも普通すぎるかもしれないよ?」

「そんなことない! ミオさんの音、本当に優しくて、泣きたくなるくらいだよ」

 思わず身を乗り出していた。ぐい、と顔と顔が近づいた事でミオの驚いた表情がよく見える。

「あ……ごめんなさい、勢いつけすぎちゃった……」

「……ふふ、出会った時より積極的になったね。うん、教えるよ。ノア(きみ)もどう?」

 ミオがノアの方を向いた。トワもそちらを向くとノアと視線がかち合う。

「いいのか?」

「同じおくりびとだもの、どうせなら三人でやりましょ。貴方もいい?」

「……はい!」

 トワの胸が喜びの音を奏でているのがはっきりと聞こえた。

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