サフロージュの木の下で一夜を過ごし、南へとまた進んでいく。左手にリエス湖が広がるロミの丘をゆっくりと登っていく。急ではない坂道が微妙にキツい。
丘を登り切ったあたりで今まで自然豊かな道だったのが、いきなり地面が焼け焦げたかのように黒い一面へと変貌した。カーナの古戦場と地図に書かれている通り、過去に戦場だった地だ。レウニスのパーツや兵士の身に付けていた物などまだ利用出来るものがあるかもしれない。個々に散らばって残骸から有用な物を探すことになった。
トワは張り切るリクの後ろについて荷物持ちだ。
「メカニックにはお宝の山も! いいのが見つかればパワーアシストも強化できるかもしれないも!」
リクが柔らかそうなお尻を振りながら壊れたレウニスに潜り込んでいる。トワが崩れるかもしれないから気をつけてと心配する声をかけても「リクはそんなヘマしないもー」と返されてしまった。
暫くはこのレウニスからパーツ漁りだろうか。仕方ないと溜め息を吐くも、トワの表情は明るかった。だってこれは普段は厳しげな表情の多いリクの可愛い点でもあるのだから。
「それにしても……」
トワは辺りを見渡す。古戦場に散乱するのはレウニスといった機械類ばかりではない。放置されたままになった兵士の骸もある。かなり激しい戦いだったようで残っているのはざっと数えて十もない。恐らくは骸ごと燃やし尽くされてしまったのだろう。
かなり時間が経っているせいか、骸から粒子は昇っていない。推測でしかないが、ここで斃れた兵士たちは今の今まで誰にもおくられなかったのではないか。壮絶な戦闘でコロニーごと壊滅させられたのなら、このコロニーにいたおくりびとも死んでしまっただろう。ノアのように相手の兵士でもおくるような者は稀である。彼らはどれだけの時間ここに取り残されてしまったのか。
粒子はもう昇らないかもしれないけれど、誰かが彼らを弔ってあげなければいけない気がした。その誰かは今ここにいる自分ではないだろうか。
リクはまだパーツ漁りに夢中だ。トワは笛を取り出し、いつもの自分自身の旋律を奏で出す。
どれだけ孤独な時間をここで過ごしたんだろう。貴方たちがどうか安らかに眠れますように。少しでも心穏やかな場所に辿り着けますように。
おくりがこんなに遅くなってしまってごめんなさい。
演奏を終えて瞼を開くと、いつの間にやらリクがトワを見上げていた。リクのことだから音が聞こえてもパーツ漁りを続けそうなのに。
「待たせちゃったかな」
「そんなことないも。……トワ、いい顔してるも」
「いい顔?」
「キャッスルにいた時より肩の力が抜けたってことも」
兵士たちが明日の命を必死に狩っている時、トワも明日の自分の命で必死だった。縋れるのは己の演奏だけで、それはあまりにも頼りない糸でしかなかった。
その恐れが消えたおかげでおくりびととして成長している。キャッスルの中よりもウロボロスたちといる外の世界の方が安心できて安全とはおかしなものだ。
「笛を託した甲斐があったも」
短く小さな腕を組んでリクが頷く。ノポンは少し調子の良いところがあるのが玉に瑕だ。
「リク、
「そういうのは自分で見つけるのが醍醐味も。全部教えたらつまらないも」
「適当に流されてる気がする」
「そんなことないも」
そんなことありそう。リクだから余計に。
「みんな、来てくれるか!」
ノアが何かを見つけたようだ。彼の元へ行くと、彼が指差したのは既に破壊された火時計だ。ここにあったコロニーの物だろう。
「これって黄金ランクの火時計だよな」
火時計に刻まれているのは間違いなく黄金ランクの証だ。白銀の上にある最高ランクの称号である。
「……おかしくねぇか?」
ランツの疑問は最もだ。最高ランクのコロニーが壊滅する程の戦闘とはどんなものなのだったのか。いや、重要なのはそこではない。最高ランクが負ける相手とは何だ? 相手も黄金であったとか?
この火時計はケヴェスの物だ。遺された物もパワーアシストやケヴェスに支給される武器ばかりでそれは疑いようがない。しかしこれも変だ。戦ったのならアグヌス軍の遺物もある筈なのだ。ここにはアグヌスの骸も、武器の一つも何もない。本当に一切アグヌスらしき物体が存在していない。
「一体何と戦えばこうなるんだ……」
黄金が大敗を喫する程の敵など想像がつかない。こんな長い時が経過しているのに未だ植物すら芽吹かない程に焼けこげる地面になるまで、執拗に凄まじい攻撃を加えるような敵なんて。
ふ、とトワが更に変な箇所に気がつく。
「そもそも黄金ランクは戦闘が免除されるんだよ」
兵士たちは自分の命の為に戦っているが、もう一つ理由がある。それがコロニーをランクアップさせ、最終的に黄金に辿り着くこと。その特権である戦闘の免除が目標だからだ。
「戦闘が免除されるから、黄金の昇格が決まった瞬間にそのコロニーの情報はほとんど遮断されてコロニーの位置も変えられる。情報がどこからか漏れたりしたらアグヌスに見つかっちゃうからね」
だからよく考えると黄金ランクが戦闘になること自体おかしい。敵は黄金ランクになった瞬間を襲撃したとでも言うのだろうか。だとすればそんな情報をいち早く知れるのはキャッスルや女王、そして執政官——。
「まさか……!」
タイオンが目を見開くが、トワは首を横に振った。どれも結局は推論に過ぎない。自分たちが出会った執政官は確かにメビウスになったが、その全てがメビウスであるという確証はまだ掴めていない。嫌な予想は次々に繋がり膨れ上がるが、今はここで終わりにしておこう。この場であれこれ考えるよりも先に進む方が重要だ。
突如地面が震え出す。コロニー4の時のように巨大な何かが近づいているのかと周囲を見るが、目立って動く物は何も見当たらない。
「下!」
ミオが叫ぶと同時に全員がその場から飛ぶようにして離れる。地面を砕く音と共に現れたのは、アグヌスのレウニスであるレプスだった。
「こんなんばっかだな! 一気に片付けちまおうぜ、タイオン!」
「了解した!」
ユーニとタイオンがインタリンクしたのを皮切りに、他の四人もウロボロスへと姿を変える。
ウロボロス・ユーニがレプスの動力源であるコアを撃ち抜き、すぐにウロボロス・ランツが頭ごと押し潰す。これだけで相当なダメージだが手を抜いて後ろから追撃などでもされたら堪らない。倒れたレプスに向かってウロボロス・ノアが大剣でもう一度コアを貫いた。関節を繋いでいた黄色のエーテルの流れも消え、レプスはあっという間に沈黙してしまった。
インタリンクを解いたタイオンがレプスを見て眉間に皺を寄せる。キャッスルから支給される自律偵察型で、右翼に刻まれているエンブレムはコロニーラムダの物だ。ここは既にラムダの支配域になっているからすぐに離れた方がいいとタイオンは提案する。僅かな時間とはいえ今の戦闘データはラムダ側に送られている可能性が高い。ウロボロスたちの居場所が相手に知られてしまう。
もう役に立ちそうな物も拾えそうにないし、これ以上留まる理由は無くなった。進もう。
トワも歩き出そうとした時、立ち止まるユーニが気になった。そっと彼女の顔を覗けば、瞳には怯えの色が浮かんでいる。
「ユーニ、顔色悪いけど……」
「え……あ、あぁ! ちょっと、な。ここに残った兵士たち見てたら可哀想になってさ、アタシもちょっと影響されたのかもな」
今のユーニが何か隠してるのは多少鈍い人でも分かる。だが下手に詮索しないかどうかの判断は、その人の気遣いの程度によるだろう。トワはそこで立ち止まる選択をした。無理に言わせる権利など持っていない。
一呼吸置いてユーニがまた口を開く。
「……さっきさ、トワがおくりの音奏でてくれただろ。あれ嬉しかった。ここに遺された兵士たちをおくってくれる奴もいなかったんだって思うと、やっぱり寂しいよな」
「……うん、ボクもそう思う」
「さ、行こうぜ! ボケっとしてたらノアたちに置いてかれるしな。ほら、タイオンもそこで見てないで行くぞ!」
少し先にタイオンがこちらを——ユーニを心配そうに見つめていた。ユーニとインタリンクをする彼はやはり彼女が気になってしまうのだろう。