神笛と永遠と   作:坂野

2 / 98
1話
1-1


 永遠の名を冠する世界——アイオニオン。ケヴェスとアグヌスがお互いの命を奪い合い己のものとする世界。生きる為に戦わねばならない、戦う為に生きなければならない。兵士として産まれ落ちた者は全てその運命を背負わされる。

 だが何事にも例外はつきものだ。

「コロニーシグマの鉄巨神、沈黙を確認!」

「我らの勝利だ!」

 黒の軍服を纏った兵士たちが一斉に歓喜の声をあげる。勝利の雄叫びは戦闘で力を使い果たしたにも関わらず、地面を震わすほどの力を持っていた。ケヴェス軍、コロニー9の者たちだ。

 赤い命の粒子が色濃く残る戦場は、まるでこの大地が流した血のようだった。不治ヶ原の名を持つこの地には相応しい光景なのかもしれない。

 

 そんな地に一人、コロニー9の輸送ポッドから降り立つ者がいた。おくりびとの軍服に身を包み、腰まではあろう金の髪をハーフアップにした一人のケヴェス兵。その歩みが灯の丘で止まる。

「あの、コロニー9にもおくりびといますよね。ボクがおくってもいいんですか?」

「問題ありません。勝利した場合はトワ殿がおくりを行う旨は伝えてあります。

 何より我がケヴェスにおいて稀代のおくりびとと呼ばれる貴方が折角来てくださったのです。どうかその音色で勝利の為に散った者たちをおくってやってください」

「……分かりました」

 おくりびと——トワは頷き再び戦場へと向き直る。そうして笛を構え、一つ息を吸う。

 彼女の笛は身を赤く塗られており、そこにはまるで発光しているかのような水色の線が描かれている。黒を基調とするケヴェス軍でありながら。アグヌスのそれとも似つかぬトワのみが持つおくりの笛は、誰が名付けたのか『神笛(しんてき)』と呼ばれていた。その神笛から紡がれる音色もまた彼女のみが奏でる旋律だった。

 おくりの音色がトワを中心として響き渡る。音色が届くのが視覚化されるように、兵士の骸から溢れ出た命の粒子が赤から白へと変わっていく。戦闘中は砲撃の火薬と舞い上がった土煙のせいで灰色がかっていた空も徐々に晴れていく。陽は少し傾いていたらしく、その黄色い光は目には眩しい。

 どうか命を散らした兵士の命が穏やかなところへ行き着けるように。勝利に貢献した彼らに最大限の敬意を。

 ボクができるのはこれだけ(・・・・)だ。

 

「ふぅ……」

 演奏を終えたトワが一息つく。彼女の演奏は他のおくりびとよりも少し長い。そのおかげかほとんどの兵士が輸送ポッドへと乗り込み、コロニー9へと戻る準備が既に整っていた。コロニー9の兵士に案内されトワもポッドへと乗り込む。己に与えられた席に腰を下ろせばすぐにポッドが浮上する。笛を握りしめたままふと外へと視線を移せば、また新しく白い粒子が浮かび上がっている光景が目に入った。

 もしかして全てのケヴェス兵をおくれなかった? ボクは己の責務もまともに果たせなかった? これしかできないボクが。

 一瞬にして心臓が冷える。まさか自分の尻拭いをコロニー9のおくりびとがしているのでは。

 トワの表情に気づいた兵士が彼女に慌てて声をかける。

「あ、すみません! うちのおくりびと……ノアって奴なんですけど、あいつ優秀なんですけど少し変わってて。アグヌスの奴らまで毎回おくるんです。規則には書かれてないから、とかなんとか……」

 どうやらトワの不安は外れたようだった。それには一安心したが、アグヌスの兵士までおくるノアという人物に興味が湧く。

 基本的におくりびとは自軍の兵士をおくる。それは至極当然のことで敵軍を、しかも自分がつい先程命を奪った相手すらもおくるのは確かに変わっている。敵にまでおくりをする義理はないし、死後にまで関わるなどほとんどの者はごめんだろう。

 でも、優しい人だな。

 区別なくおくる。敵でも命の安らぎは必要だ。ノアだってアグヌス軍に対して全く憎しみを持たないわけではないだろう。それでもおくりびととして平等に接する姿勢は、トワにとって優しく強く感じられた。

 

 

 不治ヶ原から伸びる岸壁に囲まれた一本道を進む。少し進めばイザナ平原が開ける。その最も北の水源地近くに現在のコロニー9が駐屯している。

 トワはコロニー9の所属ではない。彼女の本業はケヴェス・キャッスルにて執り行われる成人の儀での演奏だ。その演奏の為に成人を間近に控えた兵士がいるコロニーへと赴き、為人(ひととなり)を自身の目で確認する。その兵士の戦い方、人間関係、生き方を見て演奏に想いとしてこめる。彼女なりのおくるという行為への向き合い方であり、10期分を生き抜いた兵士への敬意でもある。

 現在コロニー9には来月に成人を控えたムンバという兵士がいる。彼の様子を見る為に訪れているのだ。ただトワはムンバの確認をするつもりでしかなく、先のように戦場でのおくりをさせられるとは思っていなかった。

 彼女にとって戦場は終結していようと立っていられない程の恐怖を感じさせるものである。他の兵士も恐怖は抱くだろうがトワはまた別の理由も持ち合わせていた。

 

 コロニー9に到着後、トワ自身に宛てがわれた天幕で腰を下ろす。自分は戦っていないのに酷く疲れた気分だった。

 戦闘後のおくりはいつもこうだ。おくりの際に触れる粒子から滲む想いはどれもが負のものばかり。生への渇望、敵軍への恨みや憎しみ。それに触れる度に喉を締められたように苦しくなる。必死に戦っている皆とは違い、自分だけが戦闘を免除され安全な場所に置かれている。彼らをおくるのが自分で本当に良いのか、いつかトワ自身への恨みの感情に触れてしまう時がくるのかもしれないと常に怯えている。自分には彼らに対して何も言い返せない、恨まれて当然と肩を鷲掴まれるような感覚が離れない。

 駄目だ。今は勝手に落ち込んでいる時じゃない。

 首を横に振り、笛を取り出して優しく握りしめる。不安な時は決まってこうして自分に為すべきことを言い聞かせてきた。今コロニー9でやるべきなのは成人を迎える兵士を見ること、自分の責務を果たすのが最優先だ。己で己に言い聞かせていることくらい理解しているが、こうしていると握りしめた笛も寄り添ってくれる気がした。言葉など話さないし生命体でもない一つの道具だとしても、トワにとっては心の拠り所の一つであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。