セイラス段丘に着いたところでタイオンがここで一度きちんと休息を取ることを勧めてきた。この先はコロニーラムダがあり、今まで以上にアグヌス軍と接触する可能性が高くなる。休める時に休んでおくのが得策だろう。
「タイオンって、ガンマに来る前はラムダにいた筈だよね」
ミオの問いにタイオンは少し複雑そうな表情で唇を結びはしたがこれを肯定した。コロニーラムダに所属していた頃にはここ一帯の掌握作戦にも参加し、この先のインヴィディア坑道に関しても多くの情報を持っている。
コロニーラムダは坑道でエーテルの採掘を
タイオンだけが何かを堪えるような表情だった。変に不都合な情報を隠したり仲間を危険に晒すなど彼がする訳がないから、過去に心情面で何かあったと考えるのが自然だ。でも先程のユーニと同じで無理して言う必要など当然無いし、それを言わせる権利など誰も持っていない。
ちょうどノポンキャラバンが滞在しているのを発見できたので、そこを今日のキャンプ地とする。
「ミオさん、寝ちゃったね……」
ミオは寝袋に仰向けで眠っている。しっかり者の彼女にしては意外にも豪快な寝相である。
「ラムダのレウニスとも戦ったからね。私も疲れちゃったな」
そう言ったセナもミオの隣の寝袋に横になってしまう。トワは普段通り眠るまでは笛の練習と新しい旋律を創ろうとしたのだが、さすがに眠りの邪魔は出来ない。眠ろうにもトワに眠気はまだ訪れていない。
「ボク、リエス湖が見えるあたりで練習してるね」
キャンプ地にいる面々には見える範囲だから一人でも問題ないと自己判断したが、ノアが
「俺も行くよ。万が一の護衛になるし、一緒に練習させてほしいな」
「勿論。ボクも嬉しい」
リエス湖が一望できる小さな崖に、キャンプ地から持ってきた椅子を開き二人で腰を下ろす。
気持ち程度だが音は少し控えめに、それぞれの旋律を自分のペースで紡ぐ。ケヴェスでも優秀なおくりびとに与えられる聖神の笛を持つノア、神笛を所持し本人も神奏の名を冠すトワ。他のおくりびとからしたらかなり凄い絵面なのだが、当人たちは全くそうは思っていないし思い付きもしないだろう。
二十分は過ぎただろうか。ノアが指を止めてトワに話しかけてきた。
「今気になったんだけどさ、トワにおくりを教えてくれた人ってどんな人だったんだ?」
トワからしたら意外な質問だった。これまでのノアの印象からすると、教わった相手よりも演奏する者自身が何より大事で、誰に指導されたのかという点に興味などほとんどないと思っていた。
「トワの旋律がオリジナルなのは知ってるけど、なんて言うかな……。基本の所に何となく懐かしさを感じるんだ」
ノアが聖神の笛を指ですっと撫でる。その動きがトワには少し寂しげに見えた。
特段隠すことでもないし、とトワはノアの問いに答える。
「優しい人だったよ。常におくられる兵士たちの気持ちに向き合ってこの世界を悲しそうに見てた。ボクなんかにも優しくしてくれて『トワは僕よりも絶対に素晴らしいおくりびとになるから』って色んなところで守ってくれた」
名をクリスと言った。
トワに似た色をした髪を肩のあたりで緩く結んだ男の人。表情も性格に違わず常に柔らかく穏やかで誰もが近寄りやすく、彼を慕う者は沢山いた。彼もケヴェスで三本の指に入るくらいに優秀なおくりびとだった。
ノアがクリスの名を聞いて目を丸くした。直後驚きながらも嬉しそうな声を上げる。
「凄い偶然だな。俺もクリスにおくりを習ったんだ」
今度はトワが驚く番だった。思わず驚きで漏れた「え」に続いて叫びそうになるが、慌てて左手で口を塞ぐ。うっかり叫んで周囲のモンスターを刺激でもしたら大混乱だ。
クリスはキャッスルに常駐していた訳ではなかった。トワが成人の儀を一人で担う迄は面倒を見ててくれたものの、キャッスルを離れる事も多かった。離れている時にノアのおくりびととしての教官をしていた。
「そっかぁ……。クリスさん、あの後コロニー9に行ってたんだ」
トワが一人で成人の儀を担うようになった頃、三期に入った時期だ。成人の儀で演奏していた他のおくりびとたちは、キャッスル外のおくりびとの育成の為に各コロニーへと派遣された。数名はキャッスルにも残ったが、クリスはキャッスルから離れることとなった。どこへ行くかも彼はトワには教えてくれず、ただいつも通り頭を撫でて大丈夫だと告げて去っていった。
まさかこんなタイミングで彼の行き先を知るとは思わなかった。嬉しそうに頬を緩めたが、トワの表情はすぐに沈んでしまう。
「……なら、ノアはクリスさんのこと、きちんとおくれなかったんだね」
「……ああ」
行き先こそ知らなかったが、クリスがどんな最期だったのかだけはトワの耳にも届いていた。
アグヌスとの戦闘の際に鉄巨神の砲撃に巻き込まれて命を落とした、というのが表向きの理由だ。実際は異なる、というより誰も知らない。
「奏鳴の丘の東側にパワーアシストと……この笛が落ちてたんだ。そこまで砲撃が届いた痕跡どころか戦闘の跡すらなかった」
推測ならいくらでも出来る。碌に抵抗もできずにアグヌスに連れ攫われただとか、目眩しの為に物だけ置いてどこかへ逃げてしまったとか。
——自ら大海の渦に飛び込んだとか。
「ボクね、いつかクリスさんが成人する時に演奏するのが目標だったんだ」
クリスはトワが一人で成人の儀を執り行うのを見ずにコロニー9へと向かった。いつ戻ってくるのかも分からなかったが、成人出来れば必ずキャッスルに戻ってくる。当時クリスは十期だったから一年もせずにまた会えると信じていた。その時に前よりはマシになった自分の姿を見てもらいたかった。
「ボクにとって大事な人だったから他の誰かにおくられたくなかったけど、ノアになら……。ううん、骸が見つからないよりノアにおくってもらった方がずっと良かったのにな」
もし仮にノアにおくられていたのならば、当時は拗ねたかもしれないが今なら寧ろ感謝すら出来たのに。
ノアが拾ったクリスの笛は今、彼の手の中にある。
そうなるとノアはキャッスルから聖神の笛を贈られたのではなく、クリスのそれを引き継いでいたことになる。一応キャッスル側に確認を取った上で正式に譲渡された形になっているらしい。
「あの人は時々ずっと遠くを見るような目をしてたからな。俺たちには理解出来ないものを見てた気がする」
取り乱すところや声を荒げたり、感情を大きく波立たせる姿など一度も見たことがない。
「戻ろうか。休まないと明日に響く」
ノアの声はもういつもの色だった。自分たちが目指すのは大剣の大地、シティーであってこんなところで感傷に浸ることではない。
やっぱり強い人だな。その言葉を飲み込んで、トワも努めて普段通りの声で答えた。
「うん。……今度さ、ノアと二人でケヴェスのおくりびと同士で一緒の曲を吹いてみたいな。それをミオさんに聞いてもらおう」
「いいな、それ。俺たち三人だと三つ組み合わせが出来るし、個人と三人で演奏する以外にも別の旋律が見つかるかもしれない」
過去を振り返ってばかりより、今は前を向かねばならない。過去は過去のままで何も変わらない。今を見て、先へ。
過去より未来の話をしよう。