「確認しておこう。ビットレの坂道を通りインヴィディア坑道施設から坑道の中へ向かう。うっかりティルバの岩場に進まないように、特にランツ」
「俺だけ名指しかよ!」
タイオンの説明に合わせて瞳に地図とルートが送られてくる。
ティルバの岩場を突っ切ることが出来るのならそうしたい。南の道よりも大剣への距離が短くて済むからだ。しかし妙にモンスターは強いし、抜けられたとしてもその先のペンテラス地方北方面にも大きな問題がある。インヴィディア山道を下った先では、ちょうどケヴェスとアグヌスが睨み合っている。山道戦線と呼ばれており、隠れ進むなど到底無理な話だ。
遠回りである事、コロニーラムダの支配域である事を加味しても南ルートを行かねば全員死ぬ。目的地に辿り着く前に死んでしまっては本末顛倒だ。
キャンプ地にいたノポンキャラバンに別れを告げ、まずはビットレの坂道へ。見上げればこのセイラス段丘からでも大剣が見える。ウロボロスたちの目的地、ゲルニカの言った希望はまだ遠い。
坑道が近くなるにつれ、辺りは黒い岩が多くなり湿っぽさも感じる。坑道には水脈があるからその影響らしい。
数人ずつに固まり坂道を歩いていく。進路の注意点を話し合ったり、特段旅路には関係のない話題で盛り上がったり様々だ。
トワは集団の真ん中で一人でいた。しかしその表情は以前のように暗くなどない。何かを考える素振りで時折鼻唄を歌いながら一人、自分の世界にいた。
「それ、今作ってるやつか?」
いきなりランツが話しかけてきた。ついさっきまで一番後ろでタイオンと話していたと思っていたのに。ちらりと振り返るとタイオンはノアと話していた。いつの間にやら話し相手が変わっていた。
「うん。まだ上手くまとまってないからどうしようかな、って考えてたところ」
「すげぇよなぁ。メロディーを作るとか俺考えられねえや」
旅を始めて、戦い以外の選択肢を与えられた。いつか他の兵士たちもそうなった時、今までは単におくりの旋律でしかなかった音が楽しめるものになってもいいのではないか。ユーニの趣味がフォーチュンクローバー収集であるように、音を楽しむこと自体が誰かの趣味になるかもしれない。
「そうだ、俺の曲とか作ってくれよ。受けられるかは分かんねえけど、成人の儀で俺に演奏するやつ!」
「そんな簡単に言わないでよ〜……。ボクだってそんなすぐに音作れないよ。それに……」
ボクはランツのことをよく知らない。
ランツの表情が微かに強張る。別に彼を嫌っているのではない。単純に彼の情報を、過去に彼が何を感じてきたのかトワは何も知らない。
「ランツだって、ボクに言いたくない過去も沢山あるでしょ」
トワが
トワは皆と違いインタリンクが出来ない。ランツのパートナーであるセナのように断片的だろうと彼の過去を何も知らない。単に普段のおくりの旋律で成人の儀を執り行うのであれば、ムンバと同様に少しの間観察すればそれで良い。しかし新しく作るのなら話は全く違う。その人の多くの情報を得なければとても作れない。
「ノアがよくランツに『無理も無茶もしないように』って言ってるよね」
何度も言われるということは、過去にランツがそうしてきたからだ。恐らくは命に関わるレベルまで。
彼は戦闘の時、盾役として踏ん張ろうとする時にいつも苦い顔をする。痛いのが嫌だとか戦いが怖いといったものではない。あれは自分で自分を許せない顔だ。ここに来るまでの中で、彼は誰かを守れなかったか、或いは誰かに命を犠牲にして守られたか。
自分のせいで誰かが死んでしまったのだと、ランツの表情が物語っている。
それを償いたくて無理も無茶もしようとする。そうしないとその
「よく見てんなぁ……」
「そうして生きてきたからね。……だから、ボクは君のその辛い過去を知らないとランツの為の音は作れない」
何も今すぐ話せなどとは思っていない。もしも彼がその過去に整理をつけられたら、自分を許せない気持ちを乗り越えられたのなら。その上でトワにその全てを語れるようになったら。
「それでもボクに旋律を作ってほしいのなら遠慮なく言って。その時は全力でランツの為の調べを作るよ」
「なんか悪かったな、軽々しく頼んじまって」
「そんなことないよ。作るのは簡単じゃないけど、そうやって頼んできてくれたのは、とっても嬉しい」
トワがそう言えばランツは眉を下げて悲しげに笑う。そして彼は再び前を向く。
「そうだよなぁ……。ずっと、あの時から動けてないのかもな」
過去を忘れる必要はない。でも過去に囚われていては進めない。過去から抜け出すには意志が、力が要る。それは悲しみ続けるのと同じくらい苦しい。
誰だって、そんな過去くらいある。
話している内にインヴィディア坑道施設へと来ていた。この先が坑道の中だ。コロニーラムダとの接触の可能性が極めて高い、気を引き締めて中へ。
岩石を削り開いた道が崩落しないように、組み合わされた鉄骨が支えている。一定間隔で鉄鋼には照明が取り付けられており思いの外明るい。掘り起こした鉱石を運ぶ為のトロッコと線路もある。コロニーラムダが地道に作業してきたのだろう。
フレヴェル搬出道を進むと第一エレベーターがある。まずはここから下へと降りる。
「げ、スパイドいるじゃん」
ユーニが嫌そうに顔を顰めた。スパイドが五匹固まっている。
「倒すしかないな」
ノアがヒドゥンソードを抜き斬りかかろうとした時、彼の横を橙色の丸が滑っていった。
「マナナも戦いますもー!! おりゃ〜デスもー!!」
マナナである。
背負っている鍋に乗り、高速回転しながらスパイドの群れに突っ込んでいった。それは見事にヒットしたものの倒すまでには至らず、逆にスパイドたちに囲まれてしまった。
「何やってんだ!」
スパイドたちに総攻撃を喰らうかと思われたが、ユーニが射撃で即座に撃ち抜き処理をする。ほっとしているマナナに全員で駆け寄り、何故いきなりあんなことをと半分咎める勢いで問いかける。
「マナナも皆さんのお役に立ちたかったデスも……」
マナナは既に旅の中で料理担当として貢献しているのだが、彼女は戦いでもサポートしたかったらしい。
アイオニオンにおいてノポンは戦うことは少ない。整備、料理、運搬……戦闘以外ならケヴェスにもアグヌスにもいるし、ノポンキャラバンのように第三の勢力としても存在している。
「気持ちは分からなくないも。でもノポンは戦わないも」
リクが歩み寄りそう声をかけた。彼の言い方的にそういうものだと諦めているようにも聞こえる。
「足手纏いにはなりたくないんデスも!」
「リクもそれは同じ気持ちも」
「二人とも戦える時点で足手纏いではないよ」
あ、とリクとマナナが自慢の羽で口を塞いだ。トワは至って普段通りの笑顔だ。本人も別に怒ってはない。
「トワちゃん、顔以外の空気が重いよ……」
セナが思わず突っ込まざるを得ないほどに顔以外が真っ暗だったが。
「とにかくデスも! マナナも戦いたいですも!」
「だからノポンは……」
「そんなの誰が決めたんデスも!? もうミオさんやノアさんたちはケヴェスやアグヌスなんて関係ないデスも!
マナナの言葉にリクがはっとする。マナナは天真爛漫で天然に見えるが、物事の本質をしっかり捉えているノポンだ。ノポンの生存に関わるだとか、ケヴェスにもアグヌスにも多くいるから戦闘に出たら内通を疑われるだとか、要らない理由で自分を縛るなど彼女は嫌なのだ。
「マナナはマナナ、リクはリク、デスも。こうしたいと思ったら、そうしていいんですも!」
戦ったって良いのだ。
マナナの言葉に胸を打たれたのは何もリクだけではない。皆同じだ。自分がこうしたいと思ったからする、出来る。火時計から解放された自分たちはその権利がある。
「……分かったも。ならリクが攻撃でマナナが防御も、これならノアたちも納得するも?」
「ああ、問題ないよ。それなら今後の基本の位置取りは……」
ノアが腕を組み考え出すと、ユーニがにやりと口角を上げた。何かを思いついたらしい。
「最近アタシさ、インタリンクもするから結構動き回るんだよね。
ちらりとユーニがトワを見る。左目を閉じてウィンクしたユーニを見て、トワは彼女がこれから言うことを理解して笑った。
「あんまり動くとトワを守れなくて困ってたんだよな。誰かがトワのこと守ってくれたらアタシたちも戦略の幅が広がると思うんだけどな〜」
少し大仰でわざとらしい気もする。現にリクは視線で最初からはっきり言えもとユーニに訴えている。それに小さく吹き出したが、トワがリクとマナナに歩み寄り彼らに視線を合わせた。
「二人でボクのこと、守ってほしいな」
マナナが元からきらきらした目を更に輝かせ、リクは腰に手をあてて呆れながらも少し嬉しそうに笑った。
「マナナ、全力でトワさんのことお守りしますも!」
「仕方ないも。この『勇者』リクにお任せも」
「……ユーシャ?」
聞き慣れない言葉に一同が首を傾げる。
「ノポン語で強くてかっこよくて、仲間を大切にする人のことも。リクの憧れのノポンも勇者なんだも」
ゆうしゃ、とトワが繰り返す。初めて聞いたが不思議とリクに響きの合う言葉だ。
「うん。宜しくね、ボクの勇者さんたち」
「因みにマナナはリクのオトモも」
「なんか馬鹿にされた気がしますもー!!」