神笛と永遠と   作:坂野

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 第一エレベーターで下へ向かい、第一採掘場に降りる。良質な鉱石付近には決まってモンスターが集まっていた。目的は鉱石の採掘やモンスター討伐ではないから、騒がずにさっさと通り抜けていく。

 明るい方向へ進んでいくと視界がいきなり開けた。広がる景色は坑道とは思えぬ程広大で、ここが洞窟内だと忘れるほどに開放感のある空間へと出た。足元には短いながらも草が生い茂っているし、水脈のせいか所々には小さな池も出来ている。ここからでははっきりと目視はできないが、天井の一部に大きく穴があいている。おかげで外からの光が入り込み明るさも申し分ない。

「凄い……!」

 誰からともなく感嘆の声が上がった。坑道だから無機質な景色がずっと続くと思っていたのが、かなり嬉しい形で裏切られた。

 この空間はセーヴの遺跡と呼ばれている。遺跡と呼ばれるくらいだから過去に何かが在ったのだろうが、歴史上インヴィディア坑道内にコロニーがあった記録は両軍共に全くない。大体入り口が狭すぎて鉄巨神の搬入は不可能だ。部品を持ち込み組み立てる手もあるが、労力とメリットは釣り合わない。しかし何かの意匠が施された石柱、石で出来た建物の一部などは明らかに人為的な遺物だ。

 アイオニオンはその各地に歴史と辻褄の合わない遺跡が多くある。その謎を解き明かそうにも、常に戦争に明け暮れているのだから放置され続けている。ほとんどの者はその謎に気がつく余裕すらないだろうが。

 

「トワ、ぼーっとしてると足踏み外して落ちるも」

「あ、ごめん。つい見惚れちゃって……」

 空間を見回すトワの表情は楽しげだ。

「トワさん、ここ気に入りましたも?」

「うん。こんな所で演奏できたらなって。でも少し自然が少なくて寂しいから、木や花なんか植えてもっと明るく……」

 腕を組み右手を顎の下に添える。トワは何かを考える時に決まってこのポーズを取る。そのまま一人で考えを呟いてまとめていく。

「もー……足元ちゃんと見るも……」

 リクの呆れた声もトワの耳には入っていない。

「……サフロージュ! サフロージュの木でいっぱいにしたら絶対綺麗だと思う!」

「おーい、そこのぽやぽや軍団、置いてくぞ〜」

「リクはぽやぽやしてないも!」

 

 ジェムストーンの原石が採れる付近からはスパイドの縄張りだ。そこら中に糸が張り巡らされているから嫌でも分かる。刺激しないように進み、襲撃された場合は蹴散らしていく。下へ下へと向かい、採石岩路に差し掛かろうかという時に異変が起きた。

 視界前方に紫色の煙が出現した。自然発生などではない。左右から弾丸のようなものが地面に着地し、そこから出たものだ。

 煙幕かと驚いている間にも次々と撃ち込まれ、あっという間に視界が煙で覆われていく。

「臭いが変も!」

 リクの言った通り、妙に甘ったるさを感じさせる香りがする。甘いのに花や果実のように気分の良いものではない。熟しすぎて腐る寸前の果実のようで不快な臭いだ。咄嗟に各々が腕や掌で鼻と口周りを覆う。周囲の音も気配も逃さないと気を張る。

 ノアから見て二時の方向からアグヌス兵が飛び出してきた。即座に抜刀し攻撃を往なすが、アグヌス兵はまた煙の中へと隠れてしまう。煙を吸ってしまうのを覚悟で全員が臨戦体勢を取る。

「……赤い、光。メビウスの瞳だ」

 トワが呟いた。煙の中をいくつかの光の尾が走っている。不気味に揺れる赤はコロニー4でエセルたちを支配していた光と同じだ。

 再び煙の中からアグヌス兵が飛び出してくる。気配に敏感なミオはそれをいち早く察知し、これを迎撃しようとするも突如として足の動きが止まってしまった。普段の彼女なら簡単に返り討ちに出来たはずなのに、動かない足に気を取られた隙をつかれ簡単に吹き飛ばされてしまう。追撃にはセナが対応するも、また煙の中へと消えてしまった。

 恐らくは麻痺弾の類だ。煙そのものが目隠しになり、吸い込んだ者には身体能力を鈍らせる効果がある。使用者は煙に身を隠しヒットアンドアウェイの戦法で一方的に蹂躙できる。

 しかも"瞳"でこちらの位置を正確に把握してくる。厄介この上ない。

 

 一人、タイオンがこの戦い方に覚えがあるような声を発した。

 ケヴェス軍コロニー13の特殊戦法。かつてタイオンがコロニーラムダにいた時に経験したものだ。だが彼らはそのコロニーラムダの兵士、アグヌスの者たちだ。それを何故利用するのか。確かに戦法としては強いが、タイオンの声色的にラムダの軍務長が取るやり方ではないらしい。

 黙っている間にもひっきりなしに煙は撃ち込まれてくる。視界は一方に晴れる気配もないし、兵士たちも攻撃の手を緩めなどしない。

「水……。地下には水脈がある、そこから坑道の外に出られるんだ」

 もしも逃げるのであればそこしかない。

 

 逃げるか、迎撃して倒し切るか。

「タイオン、決めろ! 俺はお前の判断を信じる!」

 シールドブレードを展開し銃撃を放ち続けていたランツが叫んだ。この場で最も判断材料を持っているのはタイオンだから。タイオンであれば最善の選択をしてくれるから。

「……逃げるぞ。今はそれが最善と判断する!」

「決まりだな、案内しろ! ユーニ! 煙を吹っ飛ばしてくれ!」

「任せとけ! ボルテックス!」

 ユーニがガンロッドを地面に突き刺し、エーテルを周囲に勢いよく拡散させる。煙は吹き飛ぶも量が多くすぐに視界が紫に染まっていく。しかしその一瞬で充分だった。

 方向と自分たちのいる地点を正確に把握したタイオンが迷いなく走り出す。他の者はそれへと続く。

 

 細い採石岩路を抜け石切り場へ。第三エレベーターへ乗り込もうとした時、がくりとトワの膝が折れ、走っていた勢いそのままに転んでしまった。

「トワさん! 大丈夫デスも!?」

「頑張るも! 水脈までもうちょっとも!」

「あ、……っぐ、ぅ」

 転んだ痛みは大したことない。それなのに起き上がれない。声も上手く出せない。

 起き上がらなければ。二人に大丈夫だと言わなければならないのに、なんで。

「煙吸い込みすぎたも? でもちゃんと口と鼻塞いでたはずも……」

「リクー! 考えてる場合じゃないデスも! ランツさん、トワさん背負えますも!?」

「任せろ! ノア、トワのこと俺の背中に乗せてくれ!」

 されるがままにランツの背中に身を預ける。ランツにしがみつこうにもまともに力が入らない、苦しい。

 第三エレベーターへと乗り込む。起動させて下る間にユーニがトワへ回復アーツをかける。少し楽になるがまだ手足は動かせないし、声も簡単には出せない。

「戦場に出られなかったから、アタシたちより毒物耐性弱いんだと思う。現に防御役(ディフェンダー)のミオですら足が止まるレベルなんだからトワにはこの煙強すぎるって」

「ごめ、ん……こ、んなとき、に」

「泣くな泣くな」

 ユーニが人差し指でトワの額をつつく。助け助けられは仲間なのだから当たり前だし、これも人それぞれの得手と不得手が出ただけだ。

「今はランツに守ってもらいな。それにタイオンが道案内してんだ、絶対に逃げ切れる」

「ん……」

 

 エレベーターの扉が開く。出るとそこは第三採掘場だ。土砂が乗せられたトロッコが規則正しく並んでいる。

「ここだ」

 巌窟の滝から流れ落ちた水が水脈となり外へと続いている。勢いがそこそこあり微かに恐怖も感じるが、後ろからは煙と兵士たちがそこまで迫っている。躊躇している時間はない。

「トワ、息溜めて俺にしっかり捕まってろよ。今入る力だけでいいからな」

 ランツの優しく頼もしい表情と声に安心感を覚える。頷きだけで返し、大きく息を吸い込む。ほんの僅かではあるがトワがランツにしがみ付く力が強まったのを合図にして、水脈へと飛び込んだ。

 一瞬の浮遊感の後、全身を包む冷たい水。走り回った体にはちょうど良い気持ちよさでもあった。水面へと顔が出たらあとは流れのままに。数分もかからず水に放り投げられた場所は水脈の終滝だ。坑道からやっと抜け出せた証拠だ。

 広がるのはコンティ大瀑布。逃げきれたかと思うが、むしろ逆だ。この大瀑布がコロニーラムダ本来の支配域だ。見つかる前に急ぎ離れなければならない。

 

 何か巨大な機械の駆動音、突き上げるような地面の振動。

 コンティ大瀑布、第三の滝を割り白い鉄巨神がゆっくりと姿を現した。鉄巨神の足元からは沢山のレウニスが真っ直ぐこちらへ向かってくる。

 

 アグヌス軍、コロニーランク鋼——コロニーラムダだ。

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