神笛と永遠と   作:坂野

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 コロニーラムダの鉄巨神が身を滝から出し切ると、浮遊していた身体から重たい動作で四つの脚が展開される。カメラアイらしき部分が発光した姿は、さながら一つ目の巨大な亀に見える。

 鉄巨神の展望デッキに一人の人物が姿を現す。落ち着いた佇まいに白地に金で彩られた軍服が似合っている。額から瞼を通り首へと走るエーテルラインは、たった今流されてきた水脈を彷彿とさせる。そして左目は、坑道内にいた兵士同様赤く不気味に輝いている。

「やはり、イスルギ軍務長……!」

 タイオンが呼ぶ通り、彼がコロニーラムダの軍務長だ。

 

 イスルギがタイオンの名を呼ぶ。瞳は赤いがエセル達の時とは異なり、ウロボロス達をバケモノとしては認識させられていないらしい。しかしイスルギの声と纏う雰囲気からは決して友好的とは言えない。バケモノを見る目ではなくても敵としてウロボロスを見ている目だ。

 ウロボロスの抹殺を指示されているのかとタイオンが問うが、イスルギは少し違うと不穏に笑った。タイオンに対して、この戦法があの時(・・・)と同じだと気がついているんだろうと逆に問いかけてくる。

 ——ナミが死んだあの時と同じだ。

 ナミという名にはタイオン以外聞き覚えがない。タイオン以外は二人の対話の詳細は分からない。タイオンのパートナーであるユーニであれば名前くらいは知っているのかもしれないが。

 しかしナミという人物の死が、今の二人に大きな影響を与えてしまったのは確かだ。それくらいは理解できる。

 何故イスルギがナミを失ったという状況を再現してまでウロボロスを、否タイオンを追い詰めたのか。

 

「これは"復讐"だ。志半ばで死に追いやられた、お前の作戦で、お前の手で命を奪われたナミの怨嗟だ!」

 

 タイオンに過去を知らしめ、思い出させる。そしてそのタイオン自身の過去が今のタイオンを断罪する。

 つまりイスルギはただ一人、タイオンのみを苦しめる為にこの作戦を決行したというのだ。

 

 タイオンが悔しげに、そしてあまりにも悲しい目をしながら歯を食い縛る。

 ここにいる者は分かっている。タイオンの作戦はいつも的確で間違いが少ない。彼の指示で戦いでも、旅路そのものもここまで全員が無事に来られた。ナミという人物が命を失ってしまった時の彼の作戦は、敵の方が上手だったか作戦の相性が悪かったのだろう。責任の全てが彼にあるなど思っていない。

「僕の、せいなんですね」

 だからこそ、彼は誰よりも自分を責めた。自分の責任だとずっと苦しんできた。

 イスルギは優しく賢明だった。それなのに今こうしてナミの命を奪った敵の戦法を使わさせてしまったのを、何としてもタイオンを殺そうと決意させてしまったのも己の所為だと。

「その通りだ、タイオン」

 ——過去は人を狂わすんだよ!

 

 そう言い残してイスルギは鉄巨神へと戻っていく。

 鉄巨神のエーテルラインが光り出す。攻撃の合図だ。

「ノア、セナ! レウニスをぶっ飛ばしてくれ、まずはトワを安全なとこに隠さねえと!」

 ノアがグラウンドビート、セナがビッグインパクトでレウニスを吹き飛ばした隙間からランツが抜け出す。リクとマナナも全速力でランツへとついていく。一度水脈の終滝側へと戻り大きな岩陰にトワを降ろす。

「リク、マナナ。守りきれよ」

「言われなくてもやるも。リクは勇者も」

「お任せくださいも! 擦り傷一つ付けさせませんも!」

 未だに手足に上手く力が入らず、岩に背中を預ける形になる。元気だろうと戦うことは出来ないが、トワにも信じるくらいは出来る。自分の想いは伝えられる。

「ランツ、無理も、無茶もだめ、だよ」

「分かってるよ!」

「み、んなにも……死なないで、って。ボク、信じてる、から」

「ああ。誰も死ぬつもりなんてないからな!」

 そう言ったランツの足音が遠くなっていく。代わりに聞こえるのは戦闘の音。ノア達の武器(ブレイド)がレウニスや鉄巨神の硬い装甲を叩き、砕いていく音。敵から発射されるエーテル砲の音。攻撃の余波で周囲の木や岩が崩れる音。

 グラ・フラバ低地でノアとミオ達が出会った時を思い出した。お互いに敵同士で命を奪い合っていた。ウロボロス・ストーンの破壊が目的だったのに、それを忘れるくらいに相手が憎くて。

 あの時もトワはただ隠れているだけだった。死なないでほしいと祈るしか出来ない無力な存在だった。それは今も変わらない。

 けれど違うことも沢山ある。ノアとミオ達は敵ではなく仲間になった。インタリンクが出来るようになったのは彼らの大きな力だが、それは結局きっかけの一つに過ぎないように思える。互いを知り、同じ人だと理解し寄り添って手を取り合う。それが彼らの何よりの力だとトワは思っている。

 トワも彼らの無事を祈ることしか出来ないのではなく、祈れるのだと捉えられるようになった。何か大きなモノに立ち向かうのなら、全員が負けないと強く想うことが必要なのではないかと考えられるようになった。どんなに無力でも、信じることさえ諦めたら勝てるものも勝てなくなる。

 武器は形あるものが全てではない。それならば今のこの状況でトワが持てる武器は彼らを信じる想いそのものだ。

 

 マナナがトワの腰あたりを漁っている。何かと思ったがマナナが回復用の小型エーテルシリンダーを羽で掴み、トワの口元に差し出した。

「トワさん、これ飲みますも。飲まないよりマシなはずデスも」

「ありが、と……」

 ゲルニカの時の逆だなぁとぼんやり感じた。本来は自分用なのだが、この旅が始まってから一度も使っていない。ユーニの回復が優秀なのもあるし、何よりみんなに守ってもらっていた。情け無さはどうしてもあるが、それでも今は嬉しかった。

「ゆっくり飲んでくださいも。飲めないと思ったらマナナのこっちの羽を指で握ってくださいも」

「ん、ぅ、んく……」

「上手デスも〜、もう少しデスも。リク、攻撃大丈夫そうデスも?」

「今の所はこっちまで飛んでこないも。鉄巨神のレーザーで狙われたらまずいけど、イスルギはタイオン以外マトモに眼中にないも」

 リクの発言からこの場は安全らしい。ただタイオンの身が心配だ。

「んっ、マナナ、ありがとう。だいぶ楽になった」

「良かったデスも! 喋るのも滑らかになってますも。体はどうデスも?」

「まだそんなに力入らないけど、ゆっくりなら動かせそう。さっきよりずっとマシだ」

 ゆっくりと両手を胸の前で重ねて目を閉じ、改めて強く祈る。信じる。彼らなら負けない。負けてはいけないのだ。

 

 ——ナミさん!

 は、と目を開けた。タイオンの声だ。しかし変だ。こんな所まで彼の声が聞こえてくる訳がない。距離がある上に戦闘音が激しすぎるのだから、どれだけ声量に自信のある者でも掻き消されるに決まっている。

 でも聞こえた。空耳かと思ったが、またすぐに聞こえてくる。

 タイオンの声、イスルギの声。知らない女の人の声、多分これがナミという人の声。

「リク、マナナ。タイオンの声、聞こえる?」

「も? マナナには戦ってる音しか聞こえませんも」

「大体この距離なんだから届いたらびっくりも。通信してる余裕だってないも」

「だよね……」

 ボクだけ?

 声が大きくなる。(もや)がかかった声が段々聞き取れるようになってくる。声だけじゃない、何かが見える。頭の中に何か、映像らしきものが。

 

 タイオンの姿が見える。今と違って眼鏡をかけていない。コロニー13との戦いでの作戦を仲間に提示するもまどろっこしいと一蹴されてしまっている。

 イスルギと額に小さな氷の角がある紫髪の女性。手足も氷に似た結晶で覆われている。彼女がナミだ。

 作戦を立てコロニー13をインヴィディア坑道で迎え討つも、麻痺弾と奇襲によりラムダの兵は次々に殺されていく。迫り来る煙幕からタイオン達を守る為に、ナミと数名が戦う選択をして坑道に残る。

 最期に、彼女の大切な懐中時計をタイオンに託して。

 

 タイオンの過去だろうが、どうしてそれがトワに流れ込んでいるのか理解できない。インタリンクする者同士はお互いの過去を垣間見ると聞いていたが、トワはそもそもインタリンク自体ができない。

 四肢に力を入れ、岩に寄りかかりながらも身を乗り出す。タイオンは、皆は今どうなっているのか。

 レウニスは全機沈黙しているが鉄巨神はまだ砲撃を放ち続けている。その鉄巨神に向かってタイオンが何か叫んでいるのが見える。その声は全然聞こえないのに。

 鉄巨神の体勢が崩れる。ノア達の攻撃によりダメージが蓄積されていた。だがイスルギも諦めることはなく、全方位にレーザー砲を発射する。その一本がタイオンへと迫るも、彼はイスルギに言葉を投げかけるばかりで避けようとしない。

「タイオン!」

 叫んだ。それと同時にユーニの声も頭に響いた。

 ユーニがタイオンを押し倒すようにして砲撃を避けさせる。レーザー砲はギリギリで二人から外れる。二人の体が宙に投げ出され、水飛沫を上げて着地する——かと思われた。

 

 ——僕が、今やれることは!

 

 タイオンとユーニの身体が青白く発光し解けていく。途端に大きく上がる水柱と共に新たな巨人が、ウロボロスが生まれた。

 アグヌスを象徴する白い体に、頭部や袖の先には青緑の葉がある。その形はサフロージュとそっくりだ。

 あれがタイオンのウロボロスだ。

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