神笛と永遠と   作:坂野

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 水柱が鉄巨神を囲むように次々と上がる。そこからはまたウロボロス・タイオンが姿を現し、数えきれないほどだ。本物を探そうと全てに向かってレーザー砲が放たれていく。撃ち抜かれた分身は紙となり弾け散る。どれも本物ではない。

 突如として影が濃くなっていく。見上げれば鉄巨神をも覆い隠すほどの巨岩が出現している。ウロボロス・タイオンの手が下へと振られ、巨岩が徐々に鉄巨神へと向かっていく。

「やりすぎデスも! イスルギさんまで死んじゃいますも!」

 マナナの言う通り鉄巨神は潰せるかもしれないが、あれではイスルギもただでは済まない。

「……タイオンはそんなことしないよ」

 彼の優しさは知っている。どれだけイスルギがタイオンに憎しみと復讐の感情を抱えていようと、タイオンがイスルギの命を奪うなど絶対にないと言い切れる。

 だってついさっき流れ込んできたタイオンの感情は、今でもイスルギを強く慕っていたのだ。

 

 巨岩が鉄巨神に激突する寸前でぴたりと止まり、弾け飛んだ。分身たちと同じだ。

 紙が降り注ぐ。ノア達にも、トワの元にも舞い降りてくる。その大きさは普段のタイオンの操るモンドより数倍は大きかったが、こちらに挨拶らしき動きを見せた。右手を腹に当て一礼をする。可愛らしいと思ったのも束の間、乗っていた手からふわりと降りて水へと溶けていく。

 

 巨岩の幻で己を虚仮(こけ)にされたとイスルギの怒りの声が聞こえる。神経を逆撫でされたイスルギは幻影ごと吹き飛ばしてやると、ウロボロス・タイオンへ向けて一点集中砲火の体勢へと入る。さすがに一点集中されてはウロボロスだって耐えきれない。タイオンなら策があるのかもしれないが、彼は定められた照準から逃げようとしない。見ているトワの背筋にも冷や汗が伝う。

 

 ——タイオンはウロボロスになれた。

 

「……セナ?」

 まただ。今度はセナの声だ。さっきからおかしい。どうして届かないはずの声がトワだけに聞こえるのか。

 ——私だって!

 セナが走り出した。それにランツも続く。

 セナの想いが聞こえてくる。タイオンもみんなも、絶対に殺させない。自分がみんなを守るんだ。人一倍強い腕力は、ずっと鍛えてきた時間は、みんなを守る為にあるんだ。

 今度はセナとランツの番だった。

 生まれたセナのウロボロス。ウロボロスにしては僅かばかり小さいが、大きな手が強く印象に残る。後ろにも手に似た羽が浮かんでいる。

 ウロボロス・セナが鉄巨神の下へ潜り込み、その脚の一つに手をかける。ゆっくりと鉄巨神が持ち上がり、重心が後ろへ回る。その瞬間に羽が巨大なハンマーへと変化し、脚を思いっきり叩き飛ばし完全にひっくり返してしまった。放たれた砲撃も空へと向かい、誰一人として傷ついていない。

 

 復讐心の強さというのか、執念というのか。ひっくり返ったのにまだイスルギはタイオンの命を奪おうとするのをやめなかった。数を撃てば当たると言わんばかりに、滅茶苦茶にレーザーを発射してきた。ラムダの兵士まで巻き込みながらだ。とても正気の沙汰ではない。

「トワ! 頭引っ込めるも!!」

 リクに腕を引っ張られる。まだ抵抗する力も入らず、簡単にリクの力に負けて尻餅をついてしまう。

「イスルギさん、味方の兵士まで巻き込むなんて……。優しい人だったんじゃないんデスも!?」

「人の感情は強いも。良くも悪くも、とんでもない行動に走らせるも」

 レーザーがラムダの兵士を撃ち抜く瞬間の違和感をトワは見逃していなかった。赤い粒子が見えなかったのだ、全く(・・)

 攻撃の勢いで瞬く間に霧散してしまったのかもしれないが、それもおかしい。空を見上げてもやはり粒子は何一つ昇っていない。

 レーザーがトワたちの近くまで掠めていく。流石に身の危険を感じ身を縮こめ耳を塞いだ。

 

 ——かかる火の粉は振り払う。

 ノアの声だ。

 ——どうにもならない時は諦めろ。

 ミオの声も聞こえてくる。

 変で、おかしくて、疑問だらけで。リクにもマナナにも聞こえていない。空耳にしてははっきりしすぎている。トワはもう訳が分からなかった。ウロボロス・ストーンを見つけてからずっとそうだ。世界は敵で、敵のアグヌス兵は味方になって。何もかも訳の分からないことばかりだ。

 だから、これが「そうなのだ」と半ば諦めるように全力で叫んだ。

 

 これ以上イスルギに酷い事をさせないで。苦しんで、泣き続けてる彼の心を誰か助けて。

「解放して!! 全部!!」

 火時計も、イスルギも。

 ——勿論!!

 重なったノアとミオの声が響いてくる。会話が成立した事にも驚けなかった。どうしてかこの声が彼らに届くと信じきっていたから。

 

 

 音が止んだ。聞こえてくるのは水の流れる音だけ。

「もう大丈夫、かな」

「ノアたちが火時計壊したみたいだも」

 ゆっくりと顔を出せばリクの言った通りに、ラムダの鉄巨神の火時計は消えていた。中央にはノアがラッキーセブンを突き刺したのだろう穴が見える。

 鉄巨神からイスルギが出てきた。大きな怪我は無さそうだが鉄巨神をひっくり返されてしまったのだから、無事とは言い難い。周囲にもラムダの兵がノア達を取り囲んでおり、戦いは完全に終わっていない。イスルギは足を引き摺りながらもノア達へにじり寄ってくる。

 それをタイオンが両手を広げて遮った。

「もう、やめてください」

 火時計を破壊したのだからもうウロボロスたちとイスルギは戦う理由がなくなった。それでも命が欲しいのならばタイオンの、僕の命を奪ってくれ。それでイスルギの気が済むのならば。

 トワは一瞬慌てた。今のイスルギなら本当に奪いかねない。

 

 俯いていたイスルギが天を仰ぎ高笑いを響かせる。狂ってしまった、という言葉が相応しいが酷く悲しくもある。

 その姿が泥となり崩れ去るまでは。

 トワもノア達も目を見開いた。今の今まで目の前の泥をイスルギだと、人間だと思っていたのだ。あんなに人間らしく感情を揺らして、敵意をタイオンに向けていたのだから。

 その上動揺しているのはノア達だけで周りの兵士の様子は変わらない。ただ黙って取り囲んでいるだけだ。イスルギが本物ではない事を知っていたというのか。

 動揺が収まらないうちに今度は紫の粒子がイスルギだった物のすぐ後ろに収束し出す。あの光は執政官が、メビウスが現れる時の——。

 予想通り特徴的な赤の鎧を纏った執政官が現れる。今まで見てきたメビウスよりは小柄でずんぐりとしている。ゆっくりと左右へ首を振り、至極楽しそうな声で喋り出した。

 

「震える程懐かしいって感情が分かるかい?」

 

 トワは初めて聞く声だった。だが、ノアやユーニ、ランツ、リクはイスルギが泥となったよりも驚愕している様子だ。

 時間を表す言葉は十年しか寿命のない兵士には実感がなく、所詮言葉でしかないと歌うように語っている。右手を後頭部へと回し、仮面の下から現れた顔は声の通り穏やかで嬉しそうだった。

 深い緑をした髪が右の目を隠している。顔つきからして二期くらい。

「ヨラン……お前……」

 ランツがメビウスの名を呼んだ。

 炎と瓦礫の中、アグヌスとの戦闘で死んでしまったノアたちの昔の仲間。それをインタリンクで垣間見ていたミオたちもまたヨランの事を知っていた。

「ヨラン! お前、お前……あの(・・)ヨランなのか!?」

 

 きぃん。

 

 変な音がトワの耳に、脳に直接響いてくる。小さな痛みを感じ右のこめかみを押さえる。

 さっきと同じだ。タイオンの過去を見たように、音と映像が何故か流れ込んでくる。

 

 まだ二期のノア達が炎の中を走っている。彼らが訓練をしていたのはコロニー14だ。そのコロニー14がアグヌス軍の襲撃を受け、幼い彼等は実践経験も無く逃げるしか出来なかった。

 上から降ってきた瓦礫にランツともう一人の兵士が体を挟まれてしまう。それをヨランとノア、ユーニ、リクが力を合わせて退かす。

 それで終われば良かった。

 上にあったタンクを支える鉄骨が限界を迎えかけていた。それにただ一人気がついたヨランが咄嗟にランツの体を押し、ノア達の方向へと突き飛ばした。

 

 ノア達が、ランツが見たのはヨランの笑顔だった。

 その笑顔はあっという間に瓦礫とタンクで遮られ、潰されてしまう。

 ——ヨラン?

 幼いランツの悲鳴がする。

 ——ヨラン……!

 瓦礫の下から流れてくる赤黒い液体は残酷なまでに事実を告げていた。

 ——ヨラン!!

 

 ランツに大きな影響を与えた誰か(・・)はこの人だ。

 

「あ……! いっ……、あ、あっ……!」

 トワの頭痛が酷くなる。視界が暗くなって平衡感覚が失われていく。

 狭くなる視界の中でノア達とヨランはまだ何かを話している。ヨランはずっと楽しそうで、ノア達はずっと苦しそう。

 

 左半身が冷たい。

 その感覚で倒れたのを理解する。

「トワさん!? 聞……ますも!? ……ん!!」

 マナナの心配する声も遠い。思考も散らかって、うまく考えられない。

 ——水、つめたくて、きもちいい、な。

 そこでトワの意識は途切れた。

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