古道にいたノポン商会のロロカも黄色い光を目にしていた。やはりあれはキャッスルから放たれたものであり、放たれたと同時にインヴィディア山脈の一部が吹き飛んだらしい。
嫌な感覚はやはり間違っていなかった。トワがコロニー9へ向かう前の記憶の限りではキャッスルにそのような兵器はなかった筈だ。恐らくはこの一ヶ月程で急造されたと考えられる。
進むにつれて岩から金属で出来た道に変化していく。大昔に存在したであろう塔の中へと入り、ロンアの展望まで上がる。霧も立ち込めており視界が良くない。寂れた遺跡と霧のせいでただでさえ不安な気持ちが余計にどんよりと沈んでいく。
歩きながらユーニが腕を組み、メビウスへの文句を言い始めた。
「本ッ当にメビウスって腹立つよな。平気で人の命を奪ってさ、冗談じゃねぇっての」
「そういう奴をノポン語で『アクヤク』っていうも。悪い奴も。で、そのアクヤクを倒すのが勇者も」
リクが得意げに右手を挙げて小さく揺らした。自分を褒めてくれていいも、と言いたそうだ。
その隣でリクの言った「アクヤク」にマナナが疑問を持った。
「じゃあ、ノアさんやミオさん達もアクヤクデスも?」
この前まで命を奪って生きていた。それならばメビウスとやっていることは変わらない。この論理だとノアやミオ達、そしてこの世界の兵士全てがアクヤクになる。
ユーニはそうしなければ死ぬから仕方なくやっていたと反論した。ランツも好き好んで戦っていた訳ではない、自分たち人間はそう出来ているから、世界がそうだからと続ける。
「そしたらセカイがアクヤクですも! みなさんが嫌なことをやらせてますも」
「……違うと思う」
「トワさん?」
世界がアクヤクなら確かにそこで結論になる。そこで終わってしまう。他者に責任を押し付けてしまえば楽だから。
「
仕方ないから人の命を奪っても良いのか? 仮に仕方ないからと言いながら嬉々として命を刈り取っている人に出会ってもそれはアクヤクではない?
世界が戦わせているのならそれに抗うことができる。少なくとも自分たちはそれに気がつき、その選択肢を知れた。それは幸運なことだが、それに甘んじていたらきっとまたアクヤクになる。
思考を止めずに常識を疑う。当たり前をひっくり返す。この世界で
「アクヤクかどうかは自分の意志で決まると思う。ただ何も考えないでいたら、またきっとボクらはアクヤクに逆戻りだ」
それはコロニー4でのメビウスの粒子に触れた時の答えだった。あのメビウスは兵士から命を奪って当たり前だと言っていた。世界がそう出来ているから自分もそうするのは当然だと。
兵士たちの想い自体に目を向けたりもしない、いつか反乱を起こされる事など考えもしなかった。何があっても今の立場と状況は変わらないと高を括っていた。
だからあいつはアクヤクだったのだ。
トワ自身は人の命を奪っていなくとも、戦わないおくりびととしての立場に甘えて結局動こうとしなかった。たとえどれだけ戦闘向きでなかったとしても、空き時間に鍛錬を行うくらい出来たはずだ。でもトワはそれから逃げた。笛の練習、戦闘以外の配属先の勉強などに逃げた。幸いそれはマナナに肯定され、仲間たちにも認められたから良かっただけ。戦えないと嘆き続けた現実に言い逃れはできない。
自分だってアクヤクだった。
ノア達も戦い続ける世界に疑問を抱いても前には進もうとしなかった。疑問を抱いただけで結局は戦場に立ち、目の前の人間の命を奪い続けた。仕方ないからと自分に言い聞かせて他の方法を探さなかった。探せる精神状況ではなかったのは確かではあるが。
もしかしたらそもそもメビウスによって疑問すら抱かないように仕向けられているのかもしれない。アクヤクの元にはアクヤクが集まった方が都合が良い。メビウスの好きに兵士達を操れる。
だってアクヤクから抜け出してそのアクヤクに立ち向かったのならば、それはもう勇者だ。メビウスは勇者が生まれるのを恐れているのかもしれない。
今はシティーを目指す。そしてシティーに辿り着き、何かを知ったらまた考えなければならない。どうすべきか、この世界に対してどうしたいかを。
どうしてこんな世界で自分たちは生きているのか。
「言われてみりゃ、この世界で生きてる理由とか考えた事なかったな」
「それを考えても意味はないぞ」
「あ?」
ランツとタイオンがいつもの通りに一瞬火花を散らす。喧嘩にはならなかったが。
この世界に生きてる理由を考えてしまえば、行き着くのは自死。他者を考えれば自分など要らない事に気がつく。自分がいなければ全ては丸く収まると錯覚し、解決の為に自己の消滅を願うようになる。
それは戦えないと嘆いたトワが、過去に何度も陥った思考でもある。
しかし自己が消滅しても世界は無くならない。丸くも収まらない。
逆にノアは無意味なものに意味を見出すのが自分たちの権利だと主張した。動植物の存在理由、月や空がある理由。その変化を感じ、意味をつけて楽しむことができる。
生きている理由は自分で見つけられる。それがウロボロスの力でもある。アクヤクにならない為に、今まで無意味だと思われたものも向き合っていきたい。
それが今のノアの答えだった。
「なんか重たくなっちゃったな。行こうか」
モルクナ大森林の上層は巨大な樹と古代の遺跡が混じり合っている。どちらかと言えば遺跡の主張の方が激しい。
「……これ、どうやって進むの?」
セナが覗き込んだのは塔と塔の谷間だ。人の跳躍ではとても飛び越えられないほどの距離がある。
「インタリンクでよくね?」
ユーニの言葉に一同が「それだ!」と叫ぶ。思えばリビ平原の裁きの絶壁をウロボロス体で跳んで登ったのだった。
「じゃあ今度は私主導でやる! いいよね、ランツ」
「構わねえよ。リクとマナナも忘れずに持ってけよ」
ウロボロス・セナがリクとマナナを抱え、羽の手で地面を強く叩き飛んでいく。
「距離的にミオの素早さで助走をつけて一気に飛ぶのがいいと思うんだけど、頼めるか?」
「任せて。これくらいなら簡単にいけそう」
ウロボロス・ミオが風のような速度で地を滑り、宙を舞ったかと思えばあっという間に対岸へと渡っていた。
「アタシ飛べるし、アタシで良くねえか?」
「僕も浮けるんだ。それにモンドでトワの運搬もできる、手で持つよりも安全だ」
「へーへー分かりましたよ」
ウロボロス・タイオンが現れモンドで簡易的な籠を作る。
「乗ってくれ。先に行った四人よりゆっくり進むから安心してほしい」
「ありがと。それじゃお言葉に甘えて……」
モンドで編まれた籠は紙で出来ているとは思えぬほどしっかりとした踏み心地だ。入口らしき部分がゆっくりと閉じ、進むタイオンを追って籠も動き出す。
そっと籠から顔を出し下を覗き込む。想像以上の高さですぐに引っ込めたが。
ふわふわとした感覚は僅かばかり心許ないが、意外と悪くはない。今後も時たまこんな風に運んでほしいかもしれない。
「他のみんなも乗せてみたら?」
「ウロボロスになれるんだから、トワとリクとマナナの三人以外を運ぶ必要はないだろう」
「こいつ恥ずかしいだけだぜ」
「ユーニ!」
「……あははっ。じゃあボクは特別だね、なんか嬉しいや」
「……そうか」
ウロボロスの顔は変化しない。でもタイオンの声は静かながらも確かに嬉しさを孕んでいた。