全員何事もなく渡りきり、そこから大樹の洞穴を抜けキラキラ池へと到着した。今日はここをキャンプ地にしようと決めた瞬間にマナナが叫びを上げる。
「ああーっ! 食材がすっからかんデスも!」
「今日の晩御飯分もないの?」
「このままではなーんにも作れませんも! 皆さんで材料を集めますも!」
今日の夕飯の材料に加え、日持ちする食糧も欲しいマナナの依頼により手分けをして調達する事になった。ノア、ランツ、セナ、リクがハインドを狩り肉の調達をする。タイオンは残って荷物の見張りだ。
ユーニ曰くハインドの肉は美味らしい。キャッスルからの配給だと赤銅で時々、黒鉄になると安定して供給がされる肉だ。白銀ならばアルマのサーロインともっと良い肉もあるのだが、ハインドでも調理の仕方によってはそれに負けない味が出る。その上マナナが調理してくれるのだから下手なアルマの肉より美味しいかもしれない。
ミオ、ユーニ、マナナ、トワは木の実やキノコを探しにキイロの森へ向かう。
「いいデスも? ここら辺は美味しいコンブダケというキノコが採れますも。でもそれとよく似たカイミンダケもあるから気をつけますも! うっかり食材に使ったら半日はぐっすりデスも!」
「コンブダケってこれか?」
「それがカイミンダケデスもー! ユーニさん座学得意なのに!」
マナナとユーニの寸劇のようなやり取りを耳にしながら他のメンバーも採集を始めていく。マナナが共有したものや教本で得た情報で確認しながら集めれば間違いも起こりにくい。
キノコであればペンタクルマッシュ、コガサタケ、トルマリンダケ、コンブナメコ。果実ならピリットナシ、グリーンクリン、モモンマンゴー。ゴゴールが食べるゴゴールゴルツビーなんてのもある。葉物ならキノウアシタバやニュウレンソウ。種類も量も豊富だ。
「ねえ、これってなんだろう」
ミオがトワに一つの果実を差し出してきた。黄緑色の皮に黄色の斑点模様がついている。
「……黄色いところ光ってる、のかな? データにはこんなの無かったような」
「そこの面白い形の木にたくさん成ってたの。これは落ちてたやつだけど食べられるかな? マナナ、これ知ってる?」
ミオがマナナを呼んだ。ユーニへキノコの見分け方を熱く語っていたマナナだが、ミオの手にした果実を見て文字通り目の色を変えた。
「そ、それはっ!」
物凄い勢い——それこそ全速力のミオ並みの速度でやってきたマナナに二人は驚く。絶対に食べてはいけませんも! とか言われるのだろうかと身構えたが、全くの逆だった。
「伝説の果実、サンサンイチジクですもっ!」
ミオやトワ、ユーニも聞いたことがない名前だった。しかし伝説と言うくらいならとても美味しいのではとユーニが問えば、マナナは水を得た魚のように語り出した。
「ホッペがズッドーンと地面にめり込むくらいの美味! サンサンの名前の通り、熟してくると太陽のように輝いて暗いところではランプの代わりにもなっちゃうすごい果物デスも! そりゃもうジューシーな高級品のなんのって……ありゃ?」
マナナの勢いが止まる。数刻固まったかと思えば折角のサンサンイチジクを地面に落としてしまった。それに続いてマナナも手を地面につけて涙を流しながら項垂れた。
「これ、まだ食べられませんも〜……」
熟れていないのだ。今食べたら苦すぎて悶絶死してしまう程にとても食べられる状態ではない。
言われてみれば、マナナが語ったように光り輝いてはいない。仄かに光っている程度だ。どことなく命の粒子を思い起こさせる。
サンサンイチジクが食べられるようになるまでには、実が黄色くなり更にそこから一年を待たなければならない。少なくとも今年はまず間違いなく食べられない。
「マジかよ、食べてみたかったな〜」
ユーニががっくりと肩を落とす。
「いいじゃない、また来年ここに来れば。伝説って言われてるんだもの、食べなきゃ損だよ」
あまりにも自然な流れでミオが続けるものだから、ユーニもトワもその言葉の残酷さに一瞬気が付かなかった。
「私は無理かもしれないけど、みんなは食べられるでしょ。その時はマナナが調理してあげてよ」
やっとその意味を理解した二人が、思わずミオの首元を見た。トワは己の口を手で覆い、ユーニはさらっと言うなよとミオに軽く怒りをぶつけた。
ただミオ本人は本当に思った通りのことを言っただけだ。そこには食べられないから残念などの気持ちはない。ミオ自身は無理、他の皆は可能性がある。それだけ。単なる事実の羅列。
ユーニからしたら、ミオが何故そこまで残りの時間をそういう物だと割り切れるのか不思議だった。もう二ヶ月程しかないのならもっと慌てそうなものなのに。
ミオはミオでそれなりに焦っていると言った。でも彼女からそんな雰囲気は無い。周囲からは残り時間を受け入れているようにしか見えない。
「もしそう見えるなら……今のこの命は、私のじゃないからかも」
ミオは今の命を親友から貰った物だと言う。過去にあった何か、その時に本来はミオが死ぬ筈だった。だから今の時間はミオの物ではなく、託してくれた親友の時間。彼女の時間を生きている。
ミオが祈神の笛を取り出して旋律を奏で始める。彼女のいつもの旋律。でも今の音は優しさと同時にとてつもなく寂しい音がする。
ミオと親友の関係はユーニ達とヨランのそれに似ていた。助けられた人は生き延びて、助けた人は命を落とした。
「ミオはさ、もしもその親友がヨランみたいに敵として現れたらどうする?」
似ているからこその質問だったのだろう。ユーニも未だヨランの事で悩んでいる。彼にどう向き合うのが正しいのか。そもそもこの問題に正しい答えがあるのかも不明だ。
「ランツみたいに聞いちゃうかな。なんで、って」
ミオもやはり同じなのだ。敵として現れた事に対してでもあるが、本当に聞きたいのはそんな事ではない。
自分に命をくれた事、自分の方が親友より残りの時間が短いのにどうして。親友だって生きたかったに決まっているのに。
「ミヤビの方が、長く生きられたのに、なんで」
親友の名はミヤビ。涙と共にミオの本心が零れていく。
トワは思わずミオに手を伸ばした。以前に彼女がトワにしてくれたように、右の人差し指と中指で彼女の涙をそっと拭う。彼女の涙と想いを零したくないと感じた。地面に落ちて、そのまま消えてしまうのが怖かった。
「……ありがと。前はこんなんじゃなかったのにな」
きっとそれが焦っている、ということなのだろう。
「でもね、その後受け入れる。現実を。答えが何であっても」
そう言ったミオの目はもういつもの彼女だった。優しく、強い光を
「後ろは? 振り返らない?」
「"相方"が前ばかり見て走ってくんだもの。私が後ろに行くわけにはいかないでしょ? こう見えて年上なんだから」
「だからそういうところ! でも相方かぁ。もうそんなんなんだな、ちょっと羨ましいかも」
場の空気はもう軽くなっていた。ミオの瞳も、ユーニの声も重たくない。
——本当かな。
トワだけはミオへの心配がどうしても消えなかった。寿命の縛りが無いノポンの二人を除く中では彼女が最年長だ。面倒見も良く他人への思い遣りが人一倍強い彼女は自分の抱える物を隠すのも上手い。セナやタイオンはそれを理解していて心配している。
それでも彼女はいつも「大丈夫」と笑うのだ。そして自分たちは彼女に結局甘えている。
集めた食材を抱えてキラキラ池へと戻る。ノアたちの狩りは無事に終わっただろうか。
「戻りましたも! お肉の方はどうでしたも?」
「あっ、マナナ今は……」
振り向いたセナの額に冷や汗が伝う。
「お、ちょうどハインドの処理終わったところだぜ!」
笑顔のランツは身体の前側を真っ赤に染め上げていた。
「うっかり動脈切っちゃって……」
苦笑するノアは服が元から赤いからそこまで大差ないように見えるが、顔の左半分は鮮血でべったりだ。
「僕は何も見ていない」
タイオンの背中からは明確な拒絶が伝わってくる。
アイオニオンに生きる兵士たちはその身を
戦場で多くの命を奪っていても、大量の血を浴びる事はまずない。調理班だってキャッスルから支給される食材を使うのが基本であるから、わざわざ自分で狩る兵士も少ない。食材調達班でもない限り血まみれの光景は滅多に見ない。
大森林に甲高い悲鳴が響き渡った。