翌朝。コロニー9にけたたましい音が響く。あまりにも乱暴な目覚ましは緊急招集の合図である。トワも飛び上がるようにして目を覚ましたが、天幕に訪れた連絡係からは招集対象外の為待機を言い渡された。確かにコロニー9の所属ではないが、朝から緊急の音を聞けば嫌でも不安を煽られる。
数分程すればコロニー9の軍務長から"瞳"に緊急招集で伝えられた内容が送られてきた。右のこめかみを人差し指と中指で軽く二度触れる。起動した瞳は眼前にキャッスル勅命の作戦概要を映し出した。
「謎のエーテルエネルギー源の確認と、破壊……?」
翌午前一時頃にアルフェト渓谷へ到着予測とされる謎の物体。アグヌス軍の物ではない上にアグヌス軍側もこれを狙っている予測が立てられている。
内容だけ確認すれば単なる不審物の破壊任務だが、キャッスル勅命であることが引っかかる。詳細も分からない不審物の破壊任務などそんな大層なものではないはずだ。
「入ってもいいかな」
天幕の外から声がする。驚きで小さく声をあげたがすぐにどうぞと返せば、現れたのは長い黒髪を一つにまとめた青年。身につけているのはトワと同じおくりびとの軍服だ。
「もしかして、ノア、さん?」
「知っててくれたのか。いや、もしかして誰かに教わったかな」
「昨日のおくりの時に少し……」
言いながら天幕の外へと出る。そこにはノア以外に三人の兵士が立っていた。
一人は知っている。トワがコロニー9に来ている理由である兵士のムンバだ。そのムンバと同じ肌の質感を持つ大きな体格の兵士はランツ。明るい茶の髪と頭部から白い羽が生えている兵士はユーニとそれぞれ名乗った。
「さっき緊急招集でキャッスル勅命の任務が降りてきたのは聞いてる?」
「はい。軍務長から瞳で概要が送られてきました」
「なら話は早いな。軍務長からさ、あんたと一緒に出撃するように言われたんだ」
「え、あの、ボク戦闘は……」
「ユーニ、端折りすぎだ。厳密には君の護衛なんだ」
聞けばムンバの様子を近くで見る良いタイミングだから共に来てほしいそうだ。同じおくりびとであるノアがいる小隊であれば幾分か気も楽だろうとの考えもある。
「君はキャッスルから来ているケヴェスの大切なおくりびとだ。俺たちも任務と同じように、君の護衛に最善を尽くそう」
「防御には自信あるし、俺ががっちり守ってやるよ」
「ランツの自信はアテにならないも」
「なんだよ! なら俺のパワーアシストくらいちゃんと整備しとけよな!」
「さっきも言ったも。リクは人気者だから忙しいも」
「……リク?」
特徴的な語尾を持つ声に釣られてトワは視線を落とした。そこには青緑色の毛並みと深い茶色の頭髪のノポンが一人。リクと呼ばれたノポンを認識してトワは表情を明るくさせる。
「リクだ! 久しぶりだね! ボクのこと覚えてる?」
「当然も。リクは最初っからトワのこと気付いてたも。むしろいつリクに気づいてくれるか待ってたも、遅いも」
「いつ以来かな、最後に会ったのは多分ボクが四期に入る直前だったよね。じゃあもう三年くらい経つんだ」
リクに視線を合わせるようにしゃがみその身体を抱え上げる。ふわふわだ〜と柔らかな毛並みに顔を埋めれば、リクは嫌そうに身体を捻った。
「も〜、リクがふわふわなノポンなのは周知の事実だけども話を進めるも」
「そうだぞ、まさかリクと知り合いとは驚いたけど今回の主役は俺なんだぜ。お手柔らかに頼むよ」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします。……と言っても、任務を最優先に普段通りの姿でいていただけたら嬉しいです」
変に取り繕ったり緊張して任務に支障が出るのはもっての外。何よりトワがおくりに込める想いは、ありのままの彼らを見て感じたものから来る。
「了解。そしたら俺たちは出撃準備あるし、集合時刻にまた集まるってことで」
装備や武器の再確認へ向かうノアたちの背を見送り、トワも自身の準備に手をつける。ただアルフェト渓谷までのマップの確認と靴に穴が空いていないか程度しかやることはない。武器の確認もないし、少し重たい物を持てる程度に設定されたパワーアシストの調整も大したものではない。
だって戦闘を免除されているのだから。
また暗い感情が足首を掴んでくる。前線で戦う彼らのように何にも役立てていない自分がひどく惨めになる。おくりが役に立っているのかは正直分からなかった。周囲から救いになっていると言われても肝心の死人に口はない。自身の手でおくった兵士たちが本当はどう思っていたのかなど誰も分からない。
あ、駄目だ、泣く。
慌てて天幕に戻りしゃがみ込んで顔を手で覆う。いけない。これからノアたちについて行くのに、成人の儀への準備としてムンバを見ないといけないのに。自分の仕事をする。このままではそれすらもまともに出来ない。そうなったらボクはもう完璧な役立たずだ。振り払え、切り替えろ。お前は何年この仕事をしてきた。涙よ止まれ、止まってくれ。
「止まってよぉ……」
ぽつり、ぽつり。溢れる音がうるさい。
「トワ、いるも?」
人の声だ。袖で乱暴に涙を拭き取り顔を上げる。言い訳出来ないほどに泣いた直後だが、せめて喋り方だけでもいつも通りにしなければ。
「リクか、何かあった?」
そこにいたのはノアたちについていったはずのリクだった。ぽてぽてと音がしそうな歩みで寄ってきてトワの顔を覗き込む。
「何かあったのはそっちも。不安になって来てみれば案の定も」
呆れ顔と共に大きく溜息を吐かれる。いつもなら何か言い返せたがその余裕は今はない。リクであると分かったからか強引に抑え込んだはずの涙が再び溢れてくる。
「……怖いも?」
「昔から、ずっと怖いよ。何にも出来ないボクが。周りから何を思われてるか分からなくて、武器も満足に振るえないボクは、おくりが出来なくなったらどうなるのかなって」
「でもおくりは出来るも」
「おくり
「リクがトワにその笛を渡した時に言ったこと忘れたも?」
覚えている。トワにしか出来ないことがあるから、そう言われた。でもまだ分からないのだ。胸を張ってこれだと言えるものは何も見つかっていない。
「物事には『きっかけ』が必要も。きっかけは必ず訪れるも。その時にトワが掴めるかが大事も」
だから下を向かないで目を開いて前を見ていなければならない。
「泣き虫なのは変わんないも。このまま泣かれてても困るから一個だけ言っとくも、ノアたちはトワを悪くなんて思ってないも。だから変なこと考えて暗くなってる方が失礼も。ほら、泣き止んだらさっさと集合場所に来るも」
そう言いリクは離れていった。少しつっけんどんで厳しいけれどリクは優しかった。笛を渡した時も未来を不安がるトワの背中を少し乱暴に押したのだ。
「リクも、変わらないね」
ありがとう、もう大丈夫そう。
ボクは弱いからまだ怖い気持ちは消えないけど、怖くてもやるべきことはなんとか出来る。今この時点で自分を求めてくれる人がいるから、彼の為にまずは頑張るよ。
何よりボクにはこの笛がある。リクが渡してくれた特別な笛。どう特別なのかは何も説明してくれなかったけれど、あの時からずっとボクの支えなのは間違いない。おくりびととして一緒に歩んできた物、仲間と表現してもいい。
ケヴェスのおくりびととして頑張るから貴方もどうかボクと共に。