神笛と永遠と   作:坂野

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 エセルとカムナビの鉄巨神相手に小手調べなど無意味だ。最初から本気で首を取りに行く覚悟でなければ本当に殺される。

 六人が一斉に駆け出し二人の注意を分散させる。まずはその隙にリクとマナナの護衛の元、戦闘の火花が届かない範囲までトワを下げる。エンダド峠にはあまり攻撃を遮れる岩や壁がない。サイズからして狙われてしまったら守ることさえ難しい。

 だがエセルもカムナビも自身の戦道を持つ兵士だ。ノア達を完全に沈めない限りトワ、リクとマナナには手を出さないだろう。

 

 まずは小回りの利く通常状態で鉄巨神の関節を狙うとタイオンが指示を出した。ランツとタイオンで皆の守りと援護をしながら、特に素早いミオを中心に威力ではなく攻撃の回数で鉄巨神を沈める算段だ。

 ほとんどの鉄巨神使いならばそれで上手くいっただろう。

 エセルの鉄巨神がレイピアを大きく横へ振り切った。ミオが抜群の反射神経と素早さで跳躍し回避したが、表情は驚愕で埋め尽くされている。

「速すぎる……!」

 一般的に身体のサイズが大きくなればなるほど、一撃の威力が増す代わりに行動速度は落ちる。それにも関わらずエセルの鉄巨神は想像を遥かに超えた速度で動き回っている。以前にコロニー4で剣を交えた時と比べれば遅くはあるが、優秀な兵士が武器を振る速度と大差はない。

 

「作戦を変更する! 全員インタリンクだ!」

 タイオンが叫ぶ。この二人にはインタリンクを奥の手段としての温存など通用しない。首を取る覚悟だけでは及ばない。首を落とし心臓に武器の切先を突き立て四肢を切り刻む。露ほどの加減など全て捨て去るしかない、本当に殺すまでに至らずとも。

 

 ウロボロス・ノアが先陣を切る。大剣をエセルの鉄巨神の顔面目掛けて斬りつけるも、エセルはレイピアを交差させて的確に防いだ。ノアの着地を狙い右のレイピアを振り下ろすがノアはこれを回避。それも読んでいたと言わんばかりに、左のレイピアが下から上へと振り上げられノアを宙へ打ち上げた。真横から両方のレイピアが迫るが、身体を回転させてギリギリのところで避け切る。

 それでもエセルの猛追は終わらない。避けられたと判断するなり、今度は上から両方のレイピアを同時に振り下ろしてきた。エセルの攻撃の合間を狙いノアも剣を振るい続けているが、そのどれもが防がれ続けている。

 エセルが乗り込んだ鉄巨神というより、エセル本人がそのまま鉄巨神となったようだ。

 

 カムナビの鉄巨神にはウロボロス・ランツが相手をしている。カムナビの鉄巨神にはエセル程の速度はない。代わりに一撃一撃が重たく、一発でも当たってしまえばウロボロスでも無事では済まない。紙一重でランツが槍を避けてカムナビの鉄巨神へと向かっていく。

 カムナビの鉄巨神が一度長槍を引き、狙いを定めてランツの足元へ突き刺した。ランツはそれを跳躍で避けたが、地面は抉られ槍の炎で燃えている。あれが生身の人に当たるなど考えたくもない。跳躍したランツは鉄巨神の顔面へ張り付き、至近距離でパニッシュメントレイを繰り出した。大きな爆風が起こり鉄巨神がたたらを踏む。カムナビの視界が晴れる前に、今まで身を隠していたウロボロス・ユーニがライトニングアローを放つ。しかしカムナビは咄嗟に槍を回転させ簡易的な盾とすることで射撃を防ぎ切った。

 カムナビは鉄巨神でなければ勝負は決していたと連携を褒めたが嬉しさなど沸いてこない。鉄巨神を沈めなければ何も意味がない。

 

 三体のウロボロスが形態を切り替え、エセルとカムナビの両鉄巨神に引っ切りなしに攻撃を放ち続ける。二体を割こうにも背中合わせとなり互いの死角を補っているせいで決定的な一打に至れない。

「こっちのことなんてお構いなしデスも〜!」

 マナナが半泣きになりながら飛んでくる攻撃の余波を防いでいる。

「それだけリクたちの護衛を信じてるって事も! 胸を張るも!」

「信じてるっていうか忘れられてる気がしますも!」

「……まあ余裕は無いも」

 リクの励ましもマナナには効果がなかった。

 オーとピーは鉄巨神とウロボロスの戦いを離れたところで観戦している。トワはそんなメビウスから目を離さずにいた。

 あの二人が戦いに横槍を入れないとは考えにくい。メビウス側にとって不都合になればまず間違いなく妨害してくる。奴らが怪しげな動きをしたらすぐにノアたちに知らせるくらいの役立ちは出来る。

 苛立たしげに右足で地面を叩くピーと岩に腰を下ろして高み——寧ろ低みだが——の見物を決め込むオー。奴らからすればウロボロスと言えど鉄巨神の手にも及ばないサイズなのだから、早期に決着がつくと思っていたのだろう。

 

 オーが腰を上げた。両手の親指と人差し指で枠を作り覗き込む仕草をしている。ぼんやりとオーの左目が赤く光り出す。

 ——まずい!

 あの赤い瞳には散々苦しめられた。火時計に紐づいた兵士の視界をジャックしてウロボロスたちを悍ましいバケモノに見せる能力だ。エセルはコロニー4の火時計から解放されているからもう大丈夫だろうが、カムナビは無防備のままだ。

 トワは瞳の通信を開きウロボロス六人へ叫ぶ。カムナビが危ない、と。

 ノアもエセルもカムナビの動きが止まったことに困惑している。次いでノア達はトワの声で、エセルはカムナビの様子と自身の経験からメビウスが原因だと悟る。

 カムナビが操られる前にメビウス二人を叩こうと走り出した瞬間、カムナビの鉄巨神の脚が地面を強く叩き一帯に轟音が響き渡った。長槍を大きく天へと突き出しその動きを止めている。

 

「俺は……」

 カムナビの声が鉄巨神から漏れ出す。震えながらも勇ましい声が徐々に強くなり、モルクナ大森林の霧すらも吹き飛ばす勢いで高らかに叫び上げた。

 

「俺は、誰の束縛も受けん!」

 ウロボロス(あの者達)のように"自由"なのだ。

 

 カムナビは己の手で左の眼を、瞳を潰した。痛みや恐怖に屈することなく彼は自分の力でこの瞬間に自由を掴み取った。

 彼の戦道とは誰にも縛られず己で選び突き進むもの。メビウスやキャッスルの支配など受けず、自分の手で選ぶ。カムナビにとってもキャッスルや執政官はもう信頼に値する存在ではなくなっていた。

 今まで歩んでいた道は潰えてしまった。しかし道がないのなら自分で創り出してしまえば良い。そうして今のカムナビが見出した道はキャッスルやメビウスに従う事でも、ウロボロスを抹殺する事でもなかった。

 

「エセル、我々は自由なのだ! 貴殿の言った希望がそれを体現し、見せてくれた。

 選べる我らなら、往くべき道はここではない! なればエセル、選ぶのは、往くべき道は!」

「……ああ! 憧れに向かって!」

 背中合わせとなっていた二体の鉄巨神が距離を取り、振り向き合う。互いを見据えレイピアと長槍を構え直した。

 

 決着をつけよう。

 

 今までノア達へ向けていた刃をお互いへ振り下ろす。ノア達もメビウスも状況が飲み込めない。火時計から解放されたエセルと瞳を潰したカムナビには、もうメビウスの支配は効かない。だからこれは紛れもなく二人の意志だ。

「エセル! 何で、何であんた達が戦わなきゃならない! 敵は俺達だろう!」

「そうよ! こんなの間違ってる!」

 ノアとミオが声を張り上げるが、エセルは真っ向から否定した。これが私の命の使い方だと。コロニー4でエセルと出会った時に確かに言っていた。カムナビとの決着をつけるのが何よりの願いなのだと。

 今まではそれが出来なかった。コロニーの皆を守るために軍務長としての勤めを果たさねばならない、殲滅兵器の矛先を向けさせないためにウロボロスを抹殺せねばならない。しかし殲滅兵器は調整の為まだ再稼働が出来ない。カムナビもメビウスの支配から解き放たれた。

 エセルを縛るものが全てなくなった。

 

 トワには薄っすらと理解できた。成人の儀に辿り着いた者は満足気に往った。それは彼らが成人を果たしたいという強い願いを持っていたからだ。その願いがエセルとカムナビにとっては決着をつける事であっただけ。相手が憎いのではない。所属の軍も関係ない。互いの技を全力でぶつけ合い、ただ戦うこと。

 戦いの果てに得るものが勝利でも敗北でも、きっと二人は満足できる。

 二人の命が輝いているのが見える。

 

 武器同士が衝突し轟音が何度も響く。身体の芯まで揺らしてくるようで、転ばないように踏ん張るだけで精一杯だった。

 その中で急に二体の鉄巨神から赤い粒子が舞い上がり始めた。一瞬、火時計が出力を上げたのかと思ったが様子がおかしい。そもそも粒子の出所(でどころ)はよく見たら搭乗部、エセルとカムナビ自身だ。

「今すぐ戦闘をやめてウロボロスを抹殺なさい! でないと、残り少ないその命、全て奪い取るわよ!」

 ピーが二人に叫んだ。完全な脅しだ。死にたくないなら命令を遂行しろと言いたいのだ。

 

「させるもんか!」

 トワが笛を取り出す。コロニー4の時と同じくトワならば粒子の流れを止められる。

「トワさん! 危ないデスも!」

「下がるも!」

 マナナがトワの左側で盾を構え、リクがトワの服を引っ張った。その直後に足元で起きた爆風で三人の身体が宙に舞い、受け身も取れずに地面へとぶつかる。

「——っ、リク、マナナ、大丈夫!?」

「いてて……。ノポンの柔らかボディは高所落下にも耐えられるくらいにはユーシューなんだも」

「もー! 健康な食事で丈夫なマナナだったから平気なんデスも! トワさんこそお怪我はないデスも!?」

「ありがとう、ボクは平気。それよりも、あいつ……!」

 地面に叩きつけられた衝撃と擦れた砂粒のせいで身体が痛みを訴えているが、それを気にもせずに何が起こったのか把握しようと顔を上げた。土煙の向こうにはこちらに右手を向けたピーが見える。奴が攻撃を放ってきたのだ。

 

「それ()やられると困るのよね。折角の脅しが無意味になるじゃない」

 その言葉でウロボロス六人だけでなくトワまでもが抹殺対象になった理由を悟る。コロニー4で兵士達の命を強引に引き止めたのがメビウス側にも知れ渡っていた。

「だからトワちゃんも抹殺しようとしたんだ! 命の火に干渉できるから……。ランツ、私達で!」

「おうよ! ノア達はメビウスを!」

「任せろ!」

 ウロボロス・セナはトワの壁になろうと、ノア達はピーとオーを叩こうと飛び出すがエセルとカムナビが鉄巨神の脚でそれを阻んだ。

 これで良いのだ、と。

 ノアは良いわけがない、ミオは間違っていると叫び続けるがエセルの声から彼女が嬉し気に笑っているのが伝わってくる。

 今は理解出来ずとも良い。でもいつか伝わる時が来る。この戦いこそがエセルとカムナビの願いだった。命を散らそうとも、己の道を歩み抜く喜びがここにある。

 

「だから、頼む……! この願いと君達への憧れを記憶に、想いに乗せていってほしい。そして本懐を……その命を、繋ぐんだ!」

 

 エセルの叫びを聞いたトワは笛を下ろした。二人の願いが今ここにあるから、そこに自分が介入するなど無粋だ。一秒でも長く生きることが願いではない。たとえ直後に命尽き果てても往くべき場所は、もうここにある。

 ならばもう自分が出来るのは、この戦いをその終わりまで見届けること。それが二人への最大限の敬意だ。

 

 二体の鉄巨神が距離を取る。エセルがレイピアを十字に組む。カムナビがそれに応え、長槍を後ろに引く。

 赤い粒子は昇り続けている。二人の命が消えてしまう直前なのに、どんな命よりも強い輝きを放っている。

 鉄巨神が駆け出す。二人の力強い叫びと共に。スローモーションのようにやけにゆっくりと見える。一瞬が無限に引き延ばされた気がする。

 それでも時は止まらない。

 レイピアはカムナビの鉄巨神を、長槍はエセルの鉄巨神を大きく貫いた。密着した機体の火時計が一際眩くなる。

 赤い粒子が溢れ出す。鉄巨神の血が、二人の命がその全てを流していく。零れたらもう戻らない命が散っていく。

 

 エセルとカムナビの粒子がトワの手に触れた。

 ——幸せだった。満足だった。ありがとう。

 見えないのに。二人の表情は鉄巨神の外にいる者には見えるわけがないのに。

「笑ってたんだ。エセルさんもカムナビさんも……」

「……見えましたも? マナナからはよく見えないデスも」

「違う……。そういうのじゃなくて、なんか、上手く言えないけど……」

 笛を持ったまま両手を握った。自然と涙が頬を伝っている。悲しい訳ではないのに。

 

「リク〜! トワさん泣いちゃいましたも!」

「人の気持ちを感じられるのはおくりびととして立派な事も。感受性が豊かってやつも」

「そうじゃなくて! 今マナナ、ハンカチ汚れてるんデスも〜! 拭く物くださいも!」

「ないも」

「リク〜!」

 

 成人した者をおくってきた。旅の中で道半ばで果てた者もおくってきた。そうして触れてきた命の中で最も強い「想い」だった。胸の内がエセルとカムナビのことで溢れている。

 エセルは言った通りに、ここにいた者へその最期を刻み込んだ。肉体的な命は消えても強烈な想いを残した。命を繋ぎ切った。

 ナミやミヤビが物と一緒に想いを繋いだのとはまた違う。生き様だけで想いを示し切る。別の繋ぎ方、自分がこの世界にいた証拠。

 

 

 ミオが泣き叫ぶかのようにエセルの名を叫ぶのを、どこか遠くに聞いていた。

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