今日中にケヴェスキャッスルへと潜入する予定がすっかり狂ってしまった。エセルとカムナビをおくった時には既に太陽が西へと傾いていた。激しい戦いであったから休まずにこのまま進んでも危険なだけだ。エンダド峠で一夜を越し、改めて明日の朝キャッスルへと向かう。
焚き火をぼんやりと見つめる。小さく火の粉が爆ぜる音と流れる風の音は不思議と気持ちを落ち着かせてくれる。それに焚き火を見て思考を空っぽにでもしていないと、すぐに今日の戦いが頭の中で繰り返されてしまう。眠りたいのに精神が昂ったままで静まる気配がない。
それはトワに限らずリクとマナナを除く全員が同じだった。リクとマナナは寝袋に入って気持ち良さげに眠っている。寝顔は穏やかそのもので見ている方も自然と笑みが零れてくる。
自然の柔らかい音だけの空間をランツが破った。
「なあ、ノア。さっきの儀式さ、
ノアはコロニー4での戦いの時にメビウスさえもおくった。コロニー4の兵士の命を糧として吸い尽くそうとしたメビウスでもおくったのだから、ランツの疑問は当然だろう。
「さすがに今日は無理だよ。俺だって人間だ、あんな奴等を許せるほど完璧じゃないよ」
「……だよな。なんか、安心したわ」
寧ろあのメビウスをおくれる精神の持ち主はとんでもない聖人か、逆に人の感情を理解できない者くらいではないだろうか。後者はそもそもおくりびとにすらならないだろうが、前者は一人だけ当てはまりかねない人がいる。
クリスだ。クリスであればメビウスさえもおくるかもしれない。彼ならどんな悪人相手だろうと、命である事に変わりはないと調べを紡ぐのだろうか。世界を数段高い位置から俯瞰して、所属も善悪も関係無しに全ておくるのだろうか。
トワは未だにどんな想いを抱えていたとしてもメビウスをおくる踏ん切りはつかない。
コロニー4の執政官やピーとオーが悪い奴だという理由は見つけられたが、そんな人物さえもおくるのかどうかはまだ迷ったままだ。
死後の世界が存在するかなど当然知らないし分からない。仮に死後の世界が本当に存在するとしたら、おくったメビウスの魂が辿り着き、他の善良な魂にまた手を出したらどうなるのか。そんな恐怖が漠然と存在している。
自分一人があれこれ考えたり、おくらない選択を取ったところで何も変わらないだろう。だからこれはまだ自分の我儘でしかない。
まだ答えは見つからない。
「あんな命の使い方っておかしいよ」
ミオはメビウスだけでなく、エセルとカムナビに対しても微かに憤っていた。自分の命を削って往った道は間違っていると彼女は言いたいのだ。
だがミオも他の皆も薄っすら理解してはいる。命よりも大切な何かを見つけてそれを得る為に二人は往った。それが名誉なのか誇りなのか充足感なのか。
その中でタイオンは「言葉にできない何か」と表現した。
それでもミオは納得ができない。命よりも大切な物なのかと。ミオはその命をミヤビから与えられたから、尚更強く感じるのだろう。命がなかったら何も出来ないのに。
果たして彼らは命を削って、その何かを得られたのか。セナが得られていれば良いと願いの言葉を口にする。
「でもそれって、哀しすぎるよ」
ノアも納得していない。あれが選んだ道ではなくあれしか選べなかったのではないか。他の選択肢があれば戦わない道だってあった筈なのに。メビウスを
トワは口を開きこそしなかったが、実のところエセルとカムナビの選んだ道に納得していた。確かにメビウスが二人の命を吸い上げようとした時、咄嗟に笛に手を伸ばしこそした。しかしエセルはノア達がエセルとカムナビの為にメビウスを斃す事を拒んだのだ。きっと命が今ここで尽きる事は何も関係が無いと言いたかったのではなかろうか。
何よりあんなに楽しげに戦う二人に対して「間違っている」なんて言えない。それでも間違いだと言いたいのなら、他の道をあの瞬間にもっと多く彼らに提示しなければ示しがつかない。この世界の選択の幅はあまりにも狭いから。
自分達が選べる道が増えると信じてシティーを目指している。戦い以外の選択肢が誰でも選べる世界になることを願って。
それでもエセルとカムナビはあの場で二人での戦いを望んだと思う。たとえどんなに道が用意されていても、だ。
火の粉が風で舞い上がる。命の粒子に似ている気がした。
翌朝の天気は快晴だった。空気も心なしか澄んでいる気がして一つ深く吸い込んだ。
いよいよケヴェスキャッスルへと乗り込む。目的は
そのコロニー4にエセルの最期はいずれ伝えねばならないだろう。しかし今すぐという訳にも行かない。まずはコロニー4の安全を確保してからだ。
カゼオイの崖道を過ぎケヴェスキャッスル地方に近づくにつれ、少しずつ地面の色が変わる。ケヴェスキャッスル地方の地面、
「そろそろ入り口があるはず。確かここら辺に……」
道を少し外れ、岩陰の地面を軽く叩くようにして何度か踏んでいく。ぱたぱたした音の中に一つ硬い金属質の何かを叩く音が混ざる。土を軽く払うとハッチが見えた。埋まっている取手を軽く引き、そのままゆっくりと持ち上げる。随分と使われていないのか——そもそも使われた事などないのだろう——滑りは悪い上に、金属の擦れる音が耳障りだ。
入り口は最低限のサイズしか確保されていない為一人ずつ梯子を下っていく。先頭は気配に人一倍敏感なミオ、すぐ後ろに道案内役の為にトワを置く。その後はタイオン、ノア、セナ、リクとマナナ、ユーニと続き、
通路の高さはランツの背でも余裕があるが、幅は人がすれ違うにはギリギリしかない。戦闘が想定されていないのだから当たり前だが、とにかくこの先に誰も待ち伏せていないのを願うしかない。
どんな気配や音も逃さないように気を張る。基本は一本道だが定期的に現れる横道はコロニー11やオービルブス要塞への出口に繋がっている。時折頭上から軽い振動や人の声がうっすら聞こえてくる。当初の予定通り、現在のケヴェスキャッスルはコロニー11との合同演習の真っ最中のようだ。
「いきなりアシェラさんが『やあ反逆者の皆さん。お元気かな?』とか言いながら天井から出てきそうな気がする……」
「トワぁ! 怖いこと言うなよ! ケヴェスのディフェンダーとしては会いてえけど……」
「ランツも余計な言うなって!」
コロニー11軍務長、凌剣のアシェラ。またの名を死にたがりの戦闘狂。
ケヴェスキャッスルを守る最後にして最強の砦のトップに君臨する人だ。コロニー11自体が所謂問題児と呼ばれる者の集団の為、好んで近寄る者は少ない。実際に話もなかなか通じないのが難点だ。だがアシェラに関しては死にたがりと称されるイメージとは裏腹に、戦場以外ではかなりマトモな部類だ。
トワがキャッスルにいた頃には何度も会ったことがある。
「
よく考えれば、アシェラはトワが成人の儀奏者だから抜刀が許可されていないのを嘘だと勘付いていたのかもしれない。トワ本来の事情すらも見抜いて接していたようにも今なら思えてくる。推測でしかないが。
つまりは単なる戦闘狂に見えても、キャッスルのお膝元のコロニーの軍務長なのだから自分達の行動を予測していてもおかしくない。彼女がこの通路の存在を知っているかまでは分からないが、仮に知っていたらいつ現れるか分からない。
——と思っていたのだが。
「えっと……そこを右に曲がって上がったところ……」
誰とも遭遇しなかった。
女王や執政官長はトワが通路の存在を把握しているのを知っている。それならば潜入に利用される可能性が高い事くらいは簡単に予測できるはずだ。
キャッスルに来るとは思っていなかった? 仮に来たところで返り討ちに出来る別の手段を有している? 逆に誘い込まれた? 考えても答えは誰も教えてくれない。
ミオが出口のハッチを音を立てぬように僅かに開けて、耳から気配を探る。人の気配は全く感じられず、次いで目で周囲を確認したがやはり誰も部屋にいない。安全と判断して一人ずつ部屋へと入っていく。
キャッスルの見た目通りに黒い壁で囲まれた小さな部屋だ。簡易的とはいえ机や寝台が備わった部屋は、前線の粗末なそれに比べれば遥かに恵まれている。
コロニー9へ向かったあの時のままのトワの部屋だ。
「変、だよ。これ」
紛れもなく自分自身の部屋、それはトワが最も理解している。だからこそ違和感があるのだ。
キャッスルはエセルとカムナビにウロボロスと一緒にトワの抹殺も命じていた。それならその時点でトワはキャッスルにとっては用無しであり、部屋も別の用途で使用されていると考えるのが自然だ。もう戻らない兵士に部屋など必要無い。
何も変わっていない。机などの位置だけではない。置かれた教本も、成人の儀で着用していた服もそのまま残されている。かと言って埃が被っている訳でもない。この旅を始めて一ヶ月以上は経つにも関わらず、間違いなく清掃が入っている。
まるでトワが何事もなくキャッスルへ帰ってくるのを待っているかのようだ。
そのまますぎてあまりにも不気味だ。
キャッスル周辺には常に黒い霧が漂っている。それを一度不活性化し集約して一気に放つのが殲滅兵器の基本的な仕組みだ。最も効果的なのはその不活性化装置の破壊なのだが、キャッスル中心部にあり現実的な案ではない。
そこで砲身基部にあるオートバランサーの破壊を目的とする。恐らく殲滅兵器は急造された為、キャッスルの外郭リングだけでは砲身そのものの重量と砲撃の際の反動が吸収しきれない。その為のオートバランサーだ。これを壊してしまえばリングは負荷に耐え切れなくなり崩れ、殲滅兵器は自重で勝手に落ちていく。
肝心のオートバランサー自体の強度だが、ウロボロスであれば破壊が可能だ。六人なら問題ない。
「……以上だ。あとは事前に伝えた通りトワ、リクとマナナはここで待機していてくれ」
「タイオンのモンドが入ってくるまで待ってればいいんだよね?」
「ああ。あと明かりに関してだが、万が一を考えて部屋の照明はつけないでほしい。中に人がいるのを悟られてはまずい」
「キャンプ用のエーテルランプなら問題無いも?」
「弱くなら問題ない。……マナナはあまりはしゃぎすぎないようにな」
「ももーっ! 信頼されてませんも!」
警戒しつつ部屋の扉を開く。兵員待機区画のど真ん中であるがやはり誰もいない。キャッスルの兵士総出の演習なのだから当然だが。
「なんだろう、場違いな言葉かもしれないけど……。いってらっしゃい。ボク、信じて待ってるから」
自分に出来る唯一の事だから。
「必ず殲滅兵器を破壊して帰ってくる、約束だ」
「コロニー4を守って、私達もシティーへ行く。勿論、トワも一緒に」
ノアとミオの言葉に四人も笑顔や頷きで同意する。きっと彼らならやり遂げてくれる。
「リクとマナナはいざという時トワちゃんを守るんだぞ〜」
「リクを誰だと思ってるも。下手な兵士よりも武器の扱いはお手の物も」
「ま、万が一やばくなったらここを抜け出してアタシ達の方に来な。それも無理だと思ったら脱出用の通路で一旦逃げてもいいし」
「うん。ありがとう」
「よし。んじゃ、行ってくるぜ!」