神笛と永遠と   作:坂野

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 ノア達六人が殲滅兵器(アナイアレイター)の破壊に向かって三十分は経つ。いくら巨大で頑丈とは言え、単なる破壊行為だけにこんなにかかるものだろうか。

 一度意識するとそちらにばかり気が入ってしまう。考えられるのは防衛の為の兵士と鉢合わせてしまい、戦わざるを得なくなったか。しかしそうだとしたら逆に殲滅兵器の前までに一切の妨害が無かったのがおかしい。トワの部屋があるのは兵員待機区画なのに、未だにケヴェス兵の気配すらも確認できないのだ。やはり事前の情報通りに全兵がオービルブス要塞側にいる。

 まさか殲滅兵器前にいるのはメビウスだったのでは。緊急脱出用の通路に人影が全く無かったのも、殲滅兵器で待っていれば必ず現れる確信を持たれていたからなのかもしれない。下手に兵士を大量に投入するよりも強力なメビウスが少数いた方が確実に始末できると思われていたのではないか。

 彼らの無事が途端に怖くなってきた。一刻も早く帰ってきてほしい。楽勝だったと笑って、杞憂だったと安心させてほしい。

 

 ——う、あああぁっ!!

 突如として頭の中に声が響いてきた。

「……ユーニ!? っぐ、あっ……」

 いきなり大きな声を上げたせいでリクとマナナが静かにするように言ってくるが、それどころではなかった。

 氾濫している川の堤防が決壊したように、ユーニの声と共に恐怖に塗れた彼女の感情が流れ込んできた。

 感情とぼんやり見える何かの光景。コロニーラムダの時と同じ、また勝手に映像が入ってきて頭の痛みも発生している。ランツとヨランの映像とは違いまだ倒れる程ではないが、締め付けられるかのような感覚でかなりの痛みであるのに変わりはない。

 

 額を押さえる形で頭を抱えた。リクとマナナの心配の声は遠くて返事をする余裕もない。否が応でも流れてくる感情と映像に全ての意識を持っていかれる。

 殲滅兵器、ウロボロス・ノア、ウロボロス・ランツ。目の前には鋭い牙を持つ赤黒い身体のバケモノ、メビウス。やはり待ち伏せされていたのだ。

 それだけじゃない。このメビウスには見覚えがある。いや見覚えがあるレベルではない。忘れられるわけがない。アルフェト渓谷のグラ・フラバ低地で出会った、ゲルニカを殺したあのメビウスだ。

 ウロボロス達の大きなダメージになり得た攻撃が当たっても緑色の回復エーテルの色が浮かび、損傷した部位が瞬時に治癒していく。兵士の命で回復したコロニー4の時とは別でメビウス自身の能力らしい。低いのだけでなく高い声も聞こえる。ラムダで聞いた、まだ幼さを残す声——ヨラン。

 つまりこのメビウスはディーというメビウスとヨランがインタリンクした存在だった。アルフェト渓谷で遭遇した時点でヨランはこちらを認識していた。

 ヨランは一体どんな感情でランツ達を見ていたのだろうか。

 

 痛みが増してくる。

 視界が動く。光の羽が弾幕として撃ち出されているから、視界自体もユーニのものらしい。しかしその攻撃もいつもの彼女らしくない。まともに狙いを定められていないし、簡単に背後を取られ首を絞め上げられる。そのまま吹き飛ばされ、押し付けられながら再び強く首を掴まれる。視界はメビウスの顔で埋め尽くされている。

 ——怖い、怖い怖い怖い怖い、怖い!

 水槽に突き落とされたように上下左右からあのメビウスへの恐怖が伝わってくる。この恐怖と苦しみから逃れたくとも、トワには情報の切り方が分からないから必死に耐えるしかできない。

 確かにメビウスも強い。でもユーニが明らかに本調子ではない。勝てる戦いだって負けてしまうくらいに。

 

 メビウスが首を絞める力を強めた。ウロボロス体であれば四肢を斬られようと復活は可能だが、いくらインタリンクしている本人達が無事だろうと精神的なダメージからは逃れられない。このままでは首ごと握り潰される。握りつぶされても死なないのかもしれないが、先に精神が駄目になってしまう。

 逃げてとユーニに叫びたくても痛みで声は出せないし、その叫びが以前のように伝わるかも分からない。前と違ってユーニがトワの意識に気がついてる様子は見られないのだ。

 仮に声が届いたとて逃げ出せるのならばそもそもやっている。出来ないから(もが)いている。

 

 感じるはずのないメビウスの手の感触の錯覚すら起きるようだ。もう無理だと、恐れの感情と痛みで意識を手放しかけた瞬間。 

 ユーニの不敵な笑みが見えた気がした。

 ——ぶつん。

 そこで途切れた。

「は、あっ……は……う……」

 無意識に呼吸を止めていたらしい。呼吸をする度に強張っていた体が解けていく。冷や汗を拭い、手を軽く握ってもう一度開く。頭痛も消えているし、力を入れ続けた軽い疲労感以外は元に戻っている。

「なんなんだろう……これ」

 トワの独り言にリクとマナナが首を傾げる。やはり彼らには何も見えても聞こえてもいない。

 エンダド峠でメビウスオー・ピーを相手にした時は上手く利用できたと思っていた。しかし意思疎通や記憶の共有が発動する引き金は全く分からないままだ。六人がインタリンクをしていようと常にこうなってはいない。共にいるのが条件なのかと考えるも今回は違った。発動条件も原因が何なのかすらもトワは知らない。

 自分なら分からないことも物知りなリクなら何か知っているかもしれない。詳しく話したら過去に似た事例があるかもしれない。僅かな可能性に縋って口を開こうとした。

 

 どが、ぁァん——!

 

「わあっ!?」

「ももーっ!?」

 体の中心にまで響く爆発音と共に部屋ごと、否キャッスルごと大きく揺れた。

「もしかして、殲滅兵器を……?」

「きっとそうデスも! 皆さんがやってくれたに違いないデスも!」

「でもここまで衝撃大きかったら、多分オービルブス要塞まで届いてるも。さっさと逃げないとキャッスル内に衛兵が集まってくるも」

 リクの言う通りだ。誰もいないはずのキャッスルで大爆発なんて一大事だ。

 緊急脱出用通路に先に出るか悩んだが、少しだけ、三分以内に皆が来なかったらリクとマナナを連れて逃げることにする。 

 幸い一分経ったあたりですぐに場が動いた。扉の下の隙間から音もなくモンドが入ってきた。合図だ。

 扉を開く前に振り返って部屋を見た。

 もう、戻らない。戻らないけれど。

 ——全部、連れていく。

 この部屋とキャッスルで過ごした想いはバレッタに乗せたから。辛いことも嬉しかった記憶も、過去の自分ごと、外の世界へ。一緒に行こう。

 

 扉を開けば待ち望んでいた人達がそこにいる。誰一人欠けずに戻ってきてくれた。その中で特段ユーニが心配だが、表情にそこまで重たいものはない。本当に大丈夫か問いたい気持ちを抑えて部屋を出る。先程の騒ぎで兵士達が来る前にキャッスルを脱出せねばならない。

 緊急脱出用通路は使わない。メビウスが殲滅兵器で待ち構えていたのだから、敢えて潜入させておいて逃げようとしたところを捉えてくる可能性もある。それならば元から立てていた水路を利用する計画の方が良いだろう。人が通る事はまず想定されていない道だ。

 

 部屋を出た後は整備用ハッチから外縁部へ。外へ出てすぐに外殻リングがない事に気がつく。計算通り殲滅兵器の重さで壊れたらしい。

 殲滅兵器基部を左手に見ながらひたすら進み続ける。中層排水路へと通ずるハッチをランツとセナが引っこ抜いた。本来なら二人の怪力でも難しいだろうが、殲滅兵器破壊時の衝撃で隙間が出来ていたらしくすんなりと取れてしまった。

 水路を進もうとするも外へ繋がっている道へは巨大なプロペラが高速で回転している。地図ではプロペラは無かった筈なのだが。

「……別の水路も外に繋がってる。そっちを目指そう」

 地図を確認したノアが高層の水路を発見した。人を運ぶ為のエレベーターは無いが物資運搬シャフトが作動している。タイミングを見計らい一定の間隔で現れる物資に飛び乗って上へと向かう。

 高層給水路の地点で物資から降りて道なりに歩いていく。排水路と違って水も少なく流れも静かだ。ぱしゃりと水を蹴る音がこの場で一番大きいくらいに一帯は静まり返っている。兵士達がいない事を考えてもここまで音が無いものだろうか。不安が芽生えてくる。

 その不安を裏付ける証拠として示せるかは分からないが、妙な胸騒ぎが止まらない。逆に現状を把握してこの不安を潰そうと、来た道のりと現在地点を照らし合わせてみる。

 排水路が使えなかったから仕方なく上層の給水路にいる。上層に向かう水だから、辿り着いた場所からは反対に出ていく水の道もある。それを利用しての脱出作戦に切り替えた。

 殲滅兵器に繋がったハッチは中層に位置していて、その高さから更に上にいる。上層も上層、最も上にある場所。

「出口だ。あそこを出たら排水路を探そう」

 先頭を進むノアが指をさした。狭い通路から出られて少し気分が晴れるかと思ったが、現実は全くの逆だった。

 

 大きな空間に出て、そのまま水路を少し歩く。しかし今までと空気とは妙に感じるものが違う。肌がひりつくような、逆に冷たいものに貫かれるような。とにかく変だ。 

「ねえ、本当にこっちで合ってる?」

 アグヌスにいたミオですらこの場の空気が異なることに気がついている。他の皆も同じで、直感的にここは一般兵がおいそれと入っていい場所ではないことを理解した。

「ノア、早く、早く逃げよう。ここ駄目だよ」

 トワは一人焦燥に駆られたようにノアの袖の裾を引っ張る。対してノアは予測の進路から大きく外れてはいないからと落ち着いたままだ。だが構わずトワは警告を続ける。一秒でも早くここから逃げた方が良い理由を分かっている。

「……ボレアリスから受け取った図面通りのはずなんだが」

 ノアが改めて地図を確認する。落ち着き払っていたノアが瞳を起動した瞬間にその両目を見開いた。

「合ってる、けど……」

 水路から小さな階段で部屋へ上がる。キャッスルの中でも明らかに装飾の質が異なる。見るからに豪勢な空間、通路の両脇に浮かぶ空色のホログラム。

 それはキャッスルにいたトワは何度か来た事がある場所。いつまで経っても慣れる事のない、ケヴェスにおいて最も神経を張り詰めなければならない空間。

 ノア達一般の兵は教練の映像で見た事がある。訪れた経験の有無を問わず、ケヴェスの兵であれば誰もが知る場所だ。

 

「女王の間だから! 早く! 逃げよう!」

 

 ——ケヴェスキャッスル、女王の間。ケヴェスの国のトップ、女王メリアの君臨する場だ。

「マズいどころじゃないも、テキジンの真っ只中も真っ只中も」

 あのリクですら身構え、マナナも少し仰け反り驚きを表している。幸い玉座は降りてきてはおらず女王の姿もない。その他の者の姿も見当たらない。殲滅兵器の時とは違い気付かれてはいないのだから、見つかる前に逃げてしまえばいい。

 ちょうど女王の間へ上がってきた階段の向かい側にも同じ物がある。そこを降りてまた水路を辿れば今度こそ外に出られる。左を向き駆け出したのだがノアだけが本来玉座があるべき方をを見て立ち止まっている。

「どうしたの!? 急がないと!」

「ノア! 早く!」

 ミオとトワが呼びかけるも動こうとしない。それどころか玉座へと走っていってしまった。見捨てる訳にもいかないし結局全員がノアを追ってまた女王の間へと戻っていく。

 ノアがある地点で立ち止まり周囲を見回す。彼の視線に合わせて顔を動かせば他の皆も息を呑んだ。

 

 虫の蛹にも見えるモジュールが規則正しく、夥しい数で配列されている。モジュール——"ゆりかご"の中はライトオレンジの液体で満たされ、その一つ一つに人影が見える。まだこの世界に完全な形で生まれてきていない者達、兵士となる前の人間が中で目覚めの時を待っている。

 全ての兵士が微かに覚えている記憶。自分達はここで女王から生を受けた後に、時を見てゆりかごごと訓練用のコロニーへと送られた。

 ケヴェスもアグヌスも同じようにして生まれてきた。

 間違いなく自分達もこうして生まれたのに妙な気味の悪さがある。ただそこに"在る"だけなのに。

 もう良いだろうとユーニが早く行こうと急かすも、ノアが更に何かを発見した。ゆりかごの一つ、眠る兵士達の顔の中から一人を。

 

「——エセル!?」

 カムナビと共にエンダド峠で命を散らした筈の彼女がそこにいた。

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