「お待たせしました!」
集合場所であるコロニー9の南出撃口には既に兵士の七割程が集まりつつあった。泣き腫らした赤い目が落ち着く頃を待っていては間に合わないかもしれないと僅かばかり不安だったが、幸いまだ時間まで猶予はあったようだ。
「もう大丈夫も?」
「うん。ありがとう」
「なんだなんだ〜、二人だけで秘密の話でもしてたのか?」
ユーニが勢いよくトワの肩に腕を回してくる。
「わ、そんな大したことじゃないですよ、ユーニさん」
「リクと知り合いって聞くと気になっちまってさ。それにアタシたちにそんな畏まらなくていいぜ、気軽にユーニって呼んでくれよ。敬語も使われるような立場じゃねぇし、ノアたちも同じだろ?」
「ああ、無理じゃなかったら気を楽にしてほしい。そこまで年も離れてないしな」
「ありがとうございます。えっと、改めて……」
「固いぞ〜、そうじゃなくてさ」
「あ……、んと……ありがとう、ユーニ、ノア」
「ん! 合格!」
リクの言った通りだ。彼らは立場や年齢を壁にすることなく同じケヴェスの者として接してくれている。
「確かトワって
ランツの問いに一瞬頷くか迷った。他の兵士にはそう伝わっていること自体は事実だ。ただ厳密には抜刀の禁止とは少し違うのだが、それを説明するのは今は少し面倒だった。出撃も近いしあまり時間を食う訳にはいかない。折角他の者と変わらずに接してくれた彼らに嘘をつくような行為をするのは心苦しいが、まだ彼らに真実を話すのは怖い。どんな言葉をぶつけられるか分からない。
「うん、だから戦闘じゃ何も手伝えなくて……。ごめんね」
「そこは気にするなって。その為の俺らじゃねえか、戦闘しないならムンバのことだってしっかり見られるしな」
「守りながら、となると何か考えておかないとな。ランツは敵のヘイトを引くし、俺も攻撃でかなり激しく動き回る。メインのムンバは戦闘に集中する必要があるから当然除外される……ユーニ、頼めるか?」
「任せとけって。戦闘に入ったら基本的にアタシの背中に隠れてな」
ヒーラーであるユーニはアタッカーやディフェンダーと違って激しく動き回ることは多くない為、守る方も守られる方も負担は少ない。また万が一傷を負っても即座にアーツでの回復が可能であるから最もリスクの少ない陣形だろう。
トワの護衛方法に関しては解決したが、ノアが一つ不可思議そうな声を別件であげた。
「ところでさ、俺たちって『赤銅』だよな」
視線の先にあるのは今回の任務で使用されるレウニスたちだ。七段階あるコロニーランクの内、赤銅は下から数えて三番目にあたる。最低である土塊よりは幾分かマシだが総合的に見た場合決して待遇の良いランクとは言えない。しかし今回配備されているレウニスは明らかに高性能のものばかりだ。
「あれ、どう見ても『白銀』クラスのレウニスも」
「白銀!?」
白銀は上から二番目。黄金は戦闘の免除があるため実質的に白銀がトップと言っても過言ではない。
「アタシたち、この間の戦闘でいい成績挙げたからその前祝いじゃね? 黒鉄ランクアップも近いだろうし」
「それにキャッスル勅命だろ、力入ってんじゃねえか?」
ユーニとランツはそこまで大きな違和感は感じていないが、ノアは腑に落ちない様子だ。
「ボクもこれ、変だと思う」
普段はキャッスルにいるトワからしてもこの配備の仕方はどこかおかしかった。
ランクが白銀のすぐ下の鋼ならまだ分からなくないが、赤銅と白銀には三段階もの差がある。またエーテル源の詳細は不明と伝えておきながら、この力の入れようは明らかに不自然だ。詳細が不明なら特別な用意などせずにまずは様子見が妥当のはず。もし詳細をキャッスル側で把握できているのであれば、白銀ランクのコロニーの近くを通過するタイミングに合わせても良い。
謎のエーテル源を「早期」に「何としても破壊したい」思惑が滲み出ている。
この任務はその違和感を隠そうとしない程に急務でなくてはならないのだろうか。それならどこが焦っている? 単純に考えればキャッスル側だろうが、アグヌスも狙っているらしいのだからアグヌス側にも何かしらの不利益がある。
考えていても結論は出ない。すぐに出撃の合図が出され、各々がイザナ平原へと踏み出していくのであった。
目標のアルフェト渓谷はコロニー9からおおよそ南西に位置する。イザナ平原に生息するモンスターは凶暴性は高くない。縄張りを踏み荒らしたり、こちらから仕掛けなければほとんどのモンスターは襲いかかってこない。途中で他の小隊がモンスターの群れと出くわす小さな戦闘に助太刀する程度で、渓谷の入り口までは何も問題はなかった。
順調かと思われたが渓谷の入り口では先行班がヴォルフの群れに手こずっている。ノアたちの後ろにはまだまだ後続班が控えているし、ここで時間をかけてはいられない。
すぐに抜刀しノアとランツが先方へ、ユーニは離れてトワの護衛とサポートに徹する。ムンバは後方から確実に援護射撃を行う。
彼らのチームワークは見事である。ノアが側面から崩しを入れランツがすかさず転倒させる。次いでユーニが敵を気絶させ一気に畳み掛けて早期決着だ。安定した位置取りと積み重ねられてきた連帯感は赤銅クラスにはあまりにも勿体無い。出撃前にユーニが言った通り黒鉄昇格もすぐか、いや鋼へと飛んでも良いくらいだ。しかしコロニーランクはあくまでもコロニーそのものの実力。残念だが他の兵士の実力は赤銅が妥当に感じられた。
ノアたちの助太刀によりヴォルフの群れはあっという間に片付いた。モンスターも兵士と同じく命を落とせば粒子を残す。僅かばかりの命の灯火はコロニー9の火時計へと吸われていく。兵士ほどではないにしろ、命を食い繋ぐのに変わりはない命だ。
しかし先行班の兵士は不満を漏らす。
これっぽっちかよ。そろそろがっつり喰わねぇとな。土塊相手じゃ大して溜まらなかったしなぁ。
やらねばこちらが死ぬ、この世界で至極当たり前の摂理。自分や味方以外の命は奪い取るもので、敵の命は踏み躙って然るべきもの。
おくりびととして命に向き合っていなければきっと自分もそうだった。そう理解はしているのだけれど。
——いやだな。
「みんな、今回の任務は無理も無茶も無しだ」
ヴォルフの亡骸を見ていたノアが呟く。モンスターを倒すのも食糧として狩ることさえも毎日しているのに、彼は妙な胸騒ぎが治らないのだと言う。白銀クラスのレウニスも詳細が明確にならないこの任務自体もそうだが、また別の何かが迫るような感覚が続いている。
「それに来月成人のムンバに、ムンバをおくってくれるトワもいるんだ。二人のためにもここで無理して命を落とすなんてのは本末転倒だろ」
「そっか、もう来月か」
「ああ、やっとここまで来れた」
ムンバは彼の命の刻印がある左手の甲に視線を落とす。目には達成感と寂寥感の両方が浮かんでいる。
「俺さ、この作戦が終わったら採集科に転属願い出すつもりでさ」
つまり命を落とす可能性の低い科で残りの時間を生き延びたい。
「笑ってくれていいぜ」
ムンバは自嘲気味に笑うが、彼をずっと見てきたノアたちは違う。彼のおかげで自分たちは生きている、何度戦場で助けられたか分からない。心の底から感謝しているのだ。転属を笑うなどするものか。
「ボクもその選択は恥ずべきものではないと思う」
コロニー9に来て数日しか彼を見ていないトワもノアたちに同意する。
「終わりが見えない戦争の中で十年を生き延びるだけで難しい。しかも貴方は最も命を落とす危険の高い戦闘員としてここにいる。仲間にも信頼される人柄なのもこの短い間で分かるくらいに伝わってきた。そんな素敵な人が成人を迎えて、そのおくりを担えるなんてボクの方が感謝したいくらいだよ」
「嬉しいねぇ。なんか泣けてきちゃうぜ」
「気抜くなも。油断してると明日にもポックリいくかもしれないも」
「リク! てめえ!」
相変わらずのリクだがそれもまた事実だ。ここまで生き延びてきたからと言って、明日どころか一秒後もそうである保証はどこにもない。
「はは、そうだな。まずはこの作戦を無事に終わらせないとな」
感傷的な空気になってしまったが、ノアの目の色は未だに沈んだままだ。彼もおくりびととして多くの命を送ってきたから、何か思うところがあるのだろう。
「ノア……誰か見届けたい人とかいた?」
「ん、あ、いや——。うん、ずっと前に大切な仲間がさ」
「……そうだよね。ボクなんかよりずっと辛いこと経験してきたよね」
「そんなんじゃないけど……でも無いものを強請ってしまう時もやっぱり、あるかな」
苦笑が余計に寂しく感じられた。
「……お、っと。マーサのチームで欠員が出たみたいだから行ってくるわ。トワはノアたちと一緒にいてくれってさ。一人でコロニーに返すのも危ないし下手なチームよりノアたちの方が安全だろうしな」
じゃあな!
そう告げて離れていくムンバの笑顔は明るかった。
任務への緊張は解けないが、渓谷を流れる緩やかな風は心地よい。
来月が楽しみだ。