仮面の下から現れたのは機械部品で構成された骨格と不気味な紫の光を携えたカメラアイだった。
杖を掲げたまま動作を停止した女王——否、機械はもう何も言わない。集約されていた炎のエーテルエネルギーも霧散し、エーテルプロテクションも消えている。
術者が動作を停止したおかげかトワを拘束していたエーテルの荊と周囲の壁もまた消滅した。やっと解放されたが目の前の状況への驚きで、床にへたり込んだまま到底動けそうにない。
凍りついた場に突如として執政官の高笑いが反響する。右手で顔を覆い、心底愉快だと言わんばかりに声を張り上げている。同時に蔑みの色も見え隠れしている。
「やはりな。希望は捨てたくないか、
誰に向かって話しているのだ。だってケヴェス兵が讃えてきた女王は今目の前で動作を止めている。そもそも人ですらなかったのだ。彼の指す女王とは何者でどこにいるのか。
「良いだろう。ならば"そこ"で見ているが良い」
執政官はゆっくりと歩み出し、機械の女王を一瞥もせずに左手で強く乱暴に押した。ただの機械であるその身体は抵抗もなく地へと倒れていく。倒れ切った身体はパーツの一部が飛び散り、関節の向きも人ではあり得ない方向へと捻じ曲がってしまった。
「
執政官が言い終わるか否かのタイミングでノアが
「因果だよ」
執政官の言葉が重々しく響く。全てを知っていると言いたげに呟き此方へ歩み寄ってくる。
「その流れ、
言葉と共に顕現した執政官の
それは、とてもよく、見ているような。
執政官が刀を引き抜こうとした正にその時、キャッスル中に警報が鳴り響いた。続けて聞こえたのは微かなモーターの音で次第に近づいてくる。一体どこから。
「——後ろ!」
女王の間へと上がるエレベーターがある方向から一機の飛行艇が侵入してきた。強引な侵入のせいで豪勢且つ繊細に彩られた硝子が砕け散る。その後を追って複数の飛行艇も侵入し、そこから小型の
自動機械は銃撃を放ってきたが、弾の目標は全て執政官だった。執政官はその場で刀を抜き、視認出来ない程の剣捌きで全ての弾を弾き飛ばしていく。
「あのレウニスって……」
「うん。間違いないよ、あの時の!」
ユーニとセナに限らず、他の者も侵入してきたレウニスには見覚えがあった。アルフェト渓谷でゲルニカが乗っていた物と同じだ。
レウニスは自動機械と共に執政官へと攻撃を加えるのかと思いきや、勢いをそのままに執政官の頭上を通り過ぎていく。レウニスが向かった先にあるのはまだこの世界に生まれ落ちる前の兵士達を包む物、ゆりかごだ。
連なった大量のゆりかごの上部をアームで掴み、それを奪ってまた外へと逃げていく。自動機械達はとにかく執政官をその場から動かさない為だけに弾幕を張り続けている。つまりあのレウニス達の目的は執政官を倒すことでもキャッスルを制圧することでもない。ただゆりかごの強奪だけが目的だと考えられる。しかしそれは一体どういう理由なのか想像がつかない。
「おいノア、脱出するぞ!」
ランツが
「
タイオンもノアの背に向けて叫ぶ。もうキャッスルに残る必要はない。それなのにノアは執政官を見据えたまま動こうとしない。動こうとしていないのか、何かが気になって動けないのか。
「ノア!!」
何度も呼びかけ、ミオが彼の耳元で強く言ってやっとノアは
「こっち! ボクが案内する!」
本調子には見えないノアにあまり負担はかけられない。立ち上がったトワが先頭になり走り出す。
玉座から見て右側、給水路とは反対に位置する排水路へと逃げ込む。有難いことに女王の間に流れる水は汚くならずにそのまま外へと排出されており、身が汚れる心配をせずに済んだ。滑るようにして排水路を降りていく。
外の光が徐々に強くなる。出口が近い証拠だ。
「もう外に出る! そのまま湖に落ちるから息吸って!」
流水音が反響する空間は非常に喧しい。声を張り上げて後ろの仲間へ叫んだ。トワも大きく息を吸い口を手で押さえる。
視界が白く染まり身体が宙へと放り出される。反射的に目を閉じて落下の恐怖に耐える。数秒して全身が液体の中に落ちる感覚と心地よい冷たさに包まれた。余計な力は入れたりせず、落下の勢いで沈み切るまで流れに抗わない。身体が浮上し始めたところで水を蹴り水面を目指す。
「っぷ、はぁ!」
「うー、羽ぐっしょぐしょだよ……。頭重てぇ〜」
「耳に水入った……」
各々が多少の文句を言うものの全員の顔が確認できる。
水面には軍服がいくつか浮かんでいる。成人を迎えた兵士が身につけていたものだ。成人の儀は流水の儀を含めて成人した者をおくったことになる。キャッスルで演奏していた時は身体だけでなく"全て"をおくると祈りを込めていたのだが、キャッスルを離れ女王の真実を知った今では見え方が全くの逆だ。
——こんなの、ただ捨てているだけだ。
身体は粒子となって空に昇っていく。しかしここに浮いている物達は粒子となる訳でも、水に溶けていく訳でもない。その内水の流れに押し出されて落ちていくだけ。
抜け出せて一安心といきたいがまだキャッスルはすぐそこにある。この湖からエクダソの崖方面へと細道がある。水は排水路から湖に落下し、そこから細道を流れて最終的に奈落へと吸い込まれていく。細道は大きな浮遊岩礁へ繋がる直前で途切れている為、気を抜いてしまうと水と共に奈落へ落ちてしまう。もしくは足を滑らせてしまうか。
「キャッスル側に反応は探知されるだろうが、ウロボロスで降りて細道の最後で跳ぼう。生身で行くよりも速いし、ウロボロスの力なら穴に落ちる心配もないはずだ」
タイオンの提案に否を唱える者はいない。細かい動きが得意なウロボロス・ミオが先陣を切り水の上を滑っていく。
ランツとセナは相談した結果セナ主導でインタリンクをする。ランツもセナもウロボロス状態だとより強い力で押し切るタイプの為細かいことはやりにくい。身体が小柄なセナの方がまだ良いとの判断だ。
「……ウロボロスって水の上立てるんだね」
「いいから行くぞ、セナ!」
言われてみれば。ウロボロスの足元を見るとノイズがかったような何かが水を弾いている。実際に弾いているのかそう見せかけているのかまでは分からないが。ウロボロス・ミオよりはゆっくり慎重にウロボロス・セナが細道を走っていく。
「ユーニ、僕主導でいいな」
「分かってるよ。
「理解が早くて助かる。行くぞ!」
ウロボロス・タイオンが出現し、即座にモンドが展開される。モンドが集まり器を作り出した。モンドの器が湖に入れ込まれ、そのままトワ、リクとマナナを掬い上げた。
「ももー! タイオンさんすごいデスも!」
「でも水も入ってるも。何とか出来ないも?」
「それくらい計算済みだ」
リクの文句にタイオンが得意げな声で答える。器の一部にモンド半分程の扉が開く。そこから水が排出されていった。
「便利だよね、これ」
「何事も使い方次第、使う者次第だ。トワ、リクとマナナを抱えてくれるか。勿論振り落としたりはしないが少し速度を出す。体重の軽い二人を頼む」
「了解。二人ともおいで」
トワがリクとマナナを両脇に抱えてしゃがむ。これなら風で二人が飛ばされる心配はない。
「こっちはいいよ。タイオン、ユーニ、お願い!」
「よっしゃ! 飛ばすぜ!」
「……程々にな」
先に行った二体のウロボロスとは違い宙を浮いたまま前へと進み出す。確かに少し前にモルクナ大森林で運んでもらった時よりは速さがある。顔を出していては軽いノポンは飛ばされる可能性が高い。
細道を通り奈落へ落ちる穴を超える。岩礁へと到着してすぐにキャッスルから探知をされないようにインタリンクを解除し、更に距離を取るためにそこから走る。数百メテリ走ったところでやっと皆の足が止まった。
「ここまで来れば大丈夫、かな」
「うん。ここら辺には兵士の気配も無いし、ひとまず安心でいいと思う」
ノアとミオがお互いの言葉に頷く。ようやくこれで一安心だ。ユーニは緊張から解放されたと大きく伸びをして空を見上げていた。タイオンも必死で逃げてきたせいで僅かにズレた眼鏡の位置を正して、安堵の息を吐く。リクとマナナは荷物を落としていないか確認し、何も落とさずに済んだと喜んでいる。
トワは心臓の位置に手を当て、まだうるさい鼓動を聞いていた。逃げる為に身体を激しく動かしていたのもあるが、目の前に見えるキャッスルがひどく悍ましく見えていたからだ。
女王は慈愛の心を持つ、常に兵士を気にかけている、兵士にとっての還るべき場所。教わった全ての事はもう何も信頼できなかった。だって女王はこの世界を守る為ならば愛しい兵士を手にかけようとしたし、そもそも人ですらなかった。
あんな「物」の為に自分達は戦って、生きていたなんて。
とりあえず今は全員が無事なことを喜ぼう。目的の場所も近くに迫っているし、ミオに残された時間も二ヶ月はある。それにトワにはミオをおくる旋律をノアと共に演奏する目標がある。キャッスルへの暗い感情は一旦忘れて、今はミオと皆の為に進むのだ。
「よし!」
両の拳を握って気合いを入れ直す。
大剣の突き立つ大地はもう、すぐそこだ。