5-1
大剣はもう目と鼻の先だ。この旅が始まったアエティア地方とは真反対に位置していたせいで、果てしの無い道だと思い込んでいた。しかし実際にアイオニオンの地図全体を見れば分かる通り、大剣が突き立つ大地はケヴェスキャッスルから北に向かって遠くない位置にある。ケヴェス兵にとっては自分が生まれた場所の近くに大剣があったのだ。
ゲルニカは大剣にあるシティーを目指せと言っていたが、兵士達はシティーという名前自体を聞いたことがない。組織名、土地の名前、それとも異なる別の何か。いずれにしろキャッスルの近くにあるのに今まで見つからなかったのはおかしな話だ。コロニー4でエセルが話していたように、実際に訪れた者でさえも「何もない」と判断している。
ただケヴェスでもアグヌスでも無い者がいるのは間違いない。ゲルニカ自身がその証明なのだから、やはり大剣にはシティーという何かが存在している。
上り坂になっているエクダソの崖を歩んでいく。その先にある大剣へ至る
カデンシア地方、ザラ峡谷門。ここが大剣の麓だ。
赤土で地面が構成されていたケヴェスキャッスル地方とは雰囲気が全く異なり、草木が生い茂り
大剣の麓は教練でも詳しくは学ばない。シティーの存在が知られていないのもそうであるし、作戦を展開するのならば大剣を通り過ぎてエルティア海に出るのが一般的な為だ。随分と昔には勢力拡大を目的としてケヴェスとアグヌスが奪い合っていた時期もあったらしいが、今となっては大して重要視される場所ではなくなっていた。
歩きながら
「なんでケヴェスの女王も執政官もトワちゃんを連れ戻そうとしたんだろう」
「ボクとみんなを引き離したかったんじゃないの?」
「それはそうだけど……。あの時に取り引きなんてしないでそのまま全員倒しちゃえば良かったんじゃないかなぁ、って」
「確かに……」
そもそもエセルとカムナビへ与えられていたウロボロス抹殺の命にはトワの命も奪う内容も含んでいた。二人が作戦の完遂を果たせなかったのならば、キャッスルで迎え撃ちウロボロス諸共の始末も十分可能だったろう。女王が機械と言えど強さとしては圧倒的であったし、トワの存在が不穏分子に値するなら力で消してしまえば良かったはずだ。
「ウロボロスの抹殺よりも優先したい何かがあるんだろう」
タイオンが会話に入ってくる。声色から彼もセナと似た疑問を持っていたらしい。
「覚えているか。オーとピーと戦った時に奴等は含みのある言い方をしていた」
含み? とセナとトワが同時に首を傾げる。
「メビウスがトワを狙う理由を、僕等は命の粒子への干渉だと結論づけた。でもあの時に奴等は『それ
「よく覚えてるね」
「癖というか作戦の立案に携わるならば、如何なる情報にもアンテナを張り巡らせる必要があるからな。発言の助詞一つでさえ重要な情報になる」
メビウスにとって、世界を破壊するウロボロスより脅威たるものがある。改めて考えるならウロボロスの抹殺はその気になればいつでも出来るのだから、優先すべきはより厄介な事象を発生させる存在の処理と言ったところか。
「メビウス側はその何かを知っている。そしてそれは火時計の破壊や兵士の解放よりもずっと脅威になっているらしい。トワ、君は僕等とは全く違う特別な何かを持っているんだ」
「そうかなぁ……。笛が凄いんじゃなくて?」
「その方面でも考えた。でも明確に否定できる材料がある。君の存在そのものだ」
もしもトワの持つ笛がメビウスにとって脅威であれば、トワはとっくに排除されている。しかしアルフェト渓谷での一件よりも前は普通に生きていたのだ。今の笛を手にしたのもトワが二期の頃である。即ちメビウスにとっての厄介事が発生したのはほぼ間違いなく今の事態になってからだ。
「とにかく! トワちゃんが私達と一緒に来てくれたのは合ってたってことだよね、タイオン?」
「そうだな。僕等と共にいるのがメビウスにとって不都合なら此方にとっては好都合だ。何より、今では君が能動的に命の粒子に干渉出来るのは大きな力だ。自信を持つと良い」
「照れるなぁ……」
時折軽い休憩を挟みつつ進んでいく。決して遠くはないが、キャッスルで色々とあり過ぎたせいで体力の消耗は激しい。
ゆっくりと進んでやっと大剣の根元が見えてきた。この距離ではやはり何か気になる部位が見えるわけではない。本当に単なる巨大な金属の壁だ。
ミオの耳がぴくりと動いた。
「待って、何か聞こえる」
告げながら
「——上!」
ミオが叫んだと同時に、何もなかった宙から飛行艇が二機姿を見せた。流石にもう分かる。アルフェト渓谷で現れ、ついさっきもキャッスルに飛び込んできた物だ。
飛行艇はゆっくり地面に着地した。側面の扉が開くと中から人が此方へと向かってくる。ざっと数えて十五人程度か。
「キャッスルを襲ってきた奴等と同じ……」
ノアが呟いた。
「じゃあ、敵じゃないってか?」
「まだ分かんねえよ。囲まれてるし」
警戒しつつランツとユーニが相手の様子を窺い続ける。おかしな動きをしてもすぐ動けるように。
「……でも誰も武器、持ってない」
トワの言った通り、取り囲んでいる人達は誰一人として武器を携えていない。佇まいからも殺気や緊張感は全く伝わってこない。それが作戦だとしたら末恐ろしいが。
「武器を収めろ、我々に戦う意志はない」
「我々はロストナンバーズ、メビウスに抗する者だ」
相手が口を開いた。言葉を聞いたユーニやタイオンから驚きの声が上がる。
そして向かって正面からまた別の人物が二人、此方へと歩いてくる。向かって左側の女性が落ち着きながらも強さのある声で話しかけてくる。
「私の名はモニカ。モニカ・ヴァンダム。お前達にウロボロスを託した男、ゲルニカの娘だ」
「……ムスメ?」
ヴァンダムの響きには覚えがあった。確かゲルニカが身につけていたであろう認識表に書かれていた。だが"ムスメ"は初めて聞いた言葉だった。モニカと名乗った女性の口振りからゲルニカとの関係を表す何かだと思われる。疑問を抱いたノアがすぐにモニカへゲルニカを知っているのかと問いかけ、モニカはそれに頷いた。
「お前達の目的はシティーだろう。シティーは我々の拠点だ、案内しよう」
やっとシティーの存在がはっきりと見えた。ゲルニカやモニカの所属するロストナンバーズの拠点とする場所の名前であった。
モニカは先導を髪を左右で結った少女——シャナイアへと任せた。シャナイアはノア達を見定めるように一瞥し僅かばかり目を細めた。それから確認するように指差しで人数を数えていく。
「ノポンは別だけど
質問の意図が読めない。首を傾げたが問いかけには肯定を示す。
「もう一つ。ウロボロスの輪を持たない奴、手挙げな」
おずおずとトワが右手を挙げた。シャナイアと視線が合う。怒っている訳ではなさそうだが少しだけ厳しげな色が圧を放っている。
「火時計、その六人にコロニーの火時計自体を壊してもらった?」
「え……。ううん、違う。みんなと同じように勝手に壊れたけど……」
その発言を聞いたシャナイアがモニカに視線を移した。モニカは喋りはしなかったがシャナイアの伝えたい内容を理解したらしく、目を閉じて一つ頷いた。
シティーの者であるという言葉を疑ってはいない。しかし自分達にとって本当に害をなさない者達なのかまでは判断出来ない。各々が迷っていたが、首を後ろに向けたノアが黙って頷いた。一旦武器を収めシャナイアについていくことにする。
モニカやシャナイア達が乗っていた飛行艇であるシティーのレウニスは、何名かを再び乗せて発進しその姿を消した。
またモニカの指示により全員に眼帯が渡された。モニカ達が装着している物と同じらしい。装着する理由は案内しながら話されるとのことで、今は眼帯の装着自体をしてほしいと急かされた。"瞳"がある方、ケヴェスは右目、アグヌスは左目に装着する。あまり慣れない感覚でむず痒い。視界も大きな変化はないのに何となく違和感がある。
「さて、我々に戦意はないと伝えたがまだ信用ならないだろう」
眼帯の装着を確認するなりモニカがまた別の話題を切り出した。
まだロストナンバーズは信の置ける存在でないだろうから、モニカ自身を捕虜として扱うと良いと言い出した。何もそこまでしなくても良いと困惑の声が漏れるが、不満なら護衛役も務めようと更に提案してきた。メイスの扱いではロストナンバーズでも右に出る者はいない程にモニカは強いらしい。
「……それで俺たちを殴ったりしないでくれよ」
じっとりとした視線でランツが不安を吐いたが、モニカは笑って続けた。
「なに、私にそのつもりがあればお前達は今頃口もきけん状態だ」
モニカの笑みは頼もしさと同時に安心感も含んでいた。不安や疑いの気持ちを解こうとしてくれているだけでなく、追われ続けている自分達を受け入れてくれるかもしれない。そう思うには十分な温かさだった。信じる選択肢に賭けても良いかもしれない。
身体は休めば回復する。しかし精神はそうもいかない。この約二ヶ月は味方の筈の同軍に攻撃され、易々と他人を頼れもしない旅路は厳しかった。キャッスルも女王も信じられなくなって、自覚の有無に関わらず誰もが疲弊しきっていた。
ロストナンバーズを、シティーを信じる。だから自分達にとって味方であってほしい。
「もういい? 行くよ」
そう祈って一歩踏み出した。