神笛と永遠と   作:坂野

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 眼帯の装着を促された時もだったが、先導するシャナイアの足取りはどうも急いでいる。小走りの彼女はあまり後ろを振り返らずに真っ直ぐに大剣へと向かっていく。

 すぐに大剣の真下へと辿り着いた。しかしそこにあるのは事前情報通りの鉄の壁でしかない。

「どうやってシティーとやらに行くんだよ」

「行き止まり、だよね?」

 ランツとセナが首を捻ったり腕を組んで大剣を睨みつけるがモニカが否定する。シャナイアが壁のすぐ近くまで近寄り何かを探るような動きを見せた。すると彼女の目の前の壁が上へと開き、人が一人分通れる程の入り口となった。

 思わず皆で入り口まで駆け寄りまじまじと観察する。開いた状態ではどう見ても扉だが、閉じてしまえば全くと言っていい程に分からない。タイオンも見事だと感動の声を漏らした。エセルが大剣に何もないと判断するのは当然だ。これを事前知識無しで見つけるのは至難の業だ。

「……ねえ、そろそろいい? 見つかるよ」

 少し不機嫌そうなシャナイアの声にはっとする。彼女が急いでいた理由も(ようや)く理解した。こんな所をメビウスに見つかってはシティーにとっては大変な事態になる。

 大剣の中へ走り出した彼女の背中を追いかけていく。大剣内部通路は赤茶色くなっている。外と同じく金属に見えるから長い年月で錆びてしまったのだろう。

 大剣の名のイメージから分厚い鉄板が突き刺さっているのだと考えていた。しかし内部は想像以上に空洞が広く、大小様々な管が道の役割を果たしていて、上下左右にそれが張り巡らされている。剣と言うよりは大きなコロニーに見える。

「これってシティーの人が掘ったんですか?」

 走りながらトワがモニカに問いかけた。それに対してモニカは首を横に振る。

「いや、シティーの記録にはそのようなものはない。恐らく初めからこうなっていたんだ。それを先人達が利用し、今のシティーがあると考えるのが自然だ。先人達が用意したのは後付けの扉や照明、移動の為の階段や機械くらいだろう」

 たったの十年しか生きられない兵士からしても、この内部の構造は十年などではとても作れないことくらい理解できる。兵士より長く生きられるらしいシティーの人間なら時間をかけて作れるのだろうかといった予測だったが、そうではなかったらしい。

 外から見れば規格外の大きさの剣であり、中身は想像以上に入り組んでいる。人為的に作られた物としか考えられないがシティーの人々の手による物ではない。ならばケヴェスかアグヌスのどちらかが建造したと考えるのが自然だが、そうだったとしたら現在どちらの手にも落ちていないのが不自然だ。

 本当にこんな巨大な物が世界の始まりからこうだったと言うのか。

 

 走っていく内にエレベーター前に辿り着いた。シャナイアが端末を操作して呼び出し、全員がエレベーターへと乗り込む。

 上への到着まで少し時間がかかるとのことで、その間にモニカが色々と説明をしてくれることとなった。

「あのさ、ゲルニカってアタシ達があの時に会った奴だろ。で、モニカ(あんた)はそのムスメ? だっけ。……ムスメって何?」

 まず口を開いたのはユーニだった。ユーニだけでなく、皆にとって聞いたことのない単語だったから同じ疑問は持っている。

 ユーニの問いにモニカが僅かに眉を顰めた。その理由は誰も分からない。

「失念していた、お前達に娘という概念はなかったな。——着けば分かる」

 その概念を持ち合わせないことが、モニカにとってどのような感情にさせるのかも分からない。戦いしか知らなかった自分達はウロボロスとなり火時計から解放された事で、他の兵士よりも多くの事実を得た方だとすら思っていた。でもこの世界にはまだ何か大切な事が多くあるらしい。

 ただ知らないだけで、誰かが心を痛めるような事が。

 

「そうだ、眼帯の説明をしておこうか。このエレベーターはシティーに向かっている、だからその眼帯を渡したんだ」

 渡された眼帯はメビウスの索敵を欺瞞する物である。ウロボロスとなった者は瞳が変化する。己の尾を飲み込む蛇の模様、ウロボロスの輪だ。ウロボロスの輪となった瞳からは微弱な電波が発せられる為、そのままではメビウスに位置や動きが筒抜けとなってしまう。エンダド峠でエセルとカムナビに待ち伏せされたのも、キャッスルの殲滅兵器(アナイアレイター)で待ち構えられたのもこの電波のせいだった。

「あんたもウロボロスなのか? 俺達みたいにインタリンク出来るのか?」

 ノアが尋ねた。モニカに限らずシャナイアや他のロストナンバーズのメンバーも同じく眼帯を左右のどちらかに装着している。

「まあ似たようなものだ。インタリンクは流石に出来ないがな。

 厳密には"ウロボロスに連なる者"だ」

 そう言ったモニカが左目の眼帯を外した。瞳に浮かび上がっているのはアグヌスの火時計に似た色をした輪だが、よく見るとノア達の瞳とは少し違う。ノア達のウロボロスの輪よりもぼんやりとした形をした蛇がそこにあった。

 

 

 到着したエレベーターを降りると圧巻の景色が広がっていた。

「うっひゃぁ〜! 高ぇ〜!」

 感動と恐怖が半々のランツが叫んだ。

「うん。こんなの見たことないよ!」

 ミオも普段ならはしゃぐ事を嗜めそうだが、景色に心を打たれた方が大きかったようだ。勿論それはミオに限らず全員がこの光景に圧倒されていた。

 白い雲は足の下、更にその下にはエルティア海が広がっている。正面の遠くには宙に浮かぶ白い要塞——アグヌスキャッスルが目に飛び込んでくる。正確な標高は分からないが間違いなくケヴェスキャッスルの最も高い場所よりも更に上なのだろう。

「そういうの後にしてくれる?」

 先導されてからシャナイアにはどうも呆れられてばかりだ。彼女からしたらこんなの見慣れた光景だろうし、いくら眼帯をしてるとは言えシティーの外を長く彷徨きたくはないのだろう。それを考えると自分達の感動やはしゃぎっぷりに苛立っても仕方ない。気をつけようか、と互いに視線で会話をして再び彼女の後をついていく。

 

 ドルガンの断崖から空中回廊へと進む。柵や手すりなどそんな親切な物は当然全く無く、人が並んで三人程しかない幅の通路もある。

「足滑らせたら助からないよね……」

「セナ、言葉にすると意識して逆効果だ。だから僕は考えない」

「あー無理、アタシもう意識飛ぶ。誰か背負って」

「ユーニィィ!!」

「わーん! ミオさーん! 手引っ張って!」

「ま、待って、私もちょっとここ……」

「俺がミオの手掴むから、ミオはトワの手を取ってなんとか……」

 景色に感動など何処へやら。あっという間に高所の恐怖へと変わってしまった。背中を押し励まし合い、時には手を取り慎重に足を前に進ませ続ける。シャナイアやモニカ達はやはり慣れているようですいすいと足元も見ないで走っていく。何度か梯子も使いどんどん標高が上がっていく。

 高さばかりに気が取られていたが、気温もそれなりに低い。雪も彼方此方に軽く積もっているし、鉄の壁や梯子に触れると肌が突き刺されるような冷たさだ。恐怖と寒さの両面で一刻も早くシティーに到着したい気持ちでいっぱいだ。

 

 時間にすれば十分だって経っていなかっただろう。しかし体感的に一時間はシティーへの道のりに苦戦していた。

 少しずつ高さにも慣れ、ゆっくりであれば地上と同じように歩けるようになってきたあたりで何かが見えてくる。

「あそこが入り口だよ」

 大剣を構成する物とはまた異なった材質の何かが見え、そこにロストナンバーズらしき人間が見張りをしている。横には自動機械(オートマトン)も二機配備されている。

 ここがシティーの入り口だ。

 入り口から中に入った通路は鉄巨神内部に似ている。大剣とは違ってここはシティーの人達が作り上げたのだと感覚的に理解した。

 二十メテリ進めば眼帯を取り外して良い許可が下りた。シティーはそのものに眼帯同様にメビウスの索敵を欺瞞できる機構が備わっている。中の安全はモニカが保証してくれた。

 未だにメビウスがシティーを発見出来ていない理由がこの仕組みのおかげだ。シティーはそこにいる者にとって最後の砦であり、唯一の安息の地。しかし一歩外に出ればメビウスに見つかる可能性や、兵士達の争いに巻き込まれる危険に晒される。

 今後シティー外に出る時は眼帯の装着を義務付けられた。自分達にとってもメビウスに易々と見つからないのは大いに助かる。逆に言えば今までメビウス側に道のりの全てが漏れていたのが恐ろしいくらいだ。

 

 通路を抜ければ広い空間へと出た。空は見えないが一つのコロニーよりも遥かに大きな場所は開放感がある。外よりは暗いが照明のおかげで気分が塞ぎ込むほどでもない。目を凝らせば人が沢山いるし、小さな建物も数多く建っている。

「……やっと辿り着いた、と言っていいものか」

 タイオンは眼鏡のブリッジを押さえて少しばかり重たげな声で呟く。まだ敵か味方かの判断も出来ていない。安易に信じるのは危険だと言う。

「でも俺は信じたいな」

ノア(きみ)が楽観的すぎるんだ」

「はは、そうかもな。だけどモニカの目はあの人と……ゲルニカとそっくりだったよ。俺達に手を差し伸べてくれてるのは確かだと思う」

「メビウスに抗するって言ってたよね。なら信じてもいいんじゃない?」

「そうそう、ミオの言う通りだって。敵の敵は味方、ってな」

「ボクもランツと同じ考え。武器も持たないで話しかけてくれたし、その姿勢に向き合ってもいいんじゃないかな」

 まったく——とタイオンは溜め息を吐くが、彼も一先ずは信じる事に同意してくれた。但し気は抜かないようにと注意も添えて。

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